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月白さんの言い訳

「この上級精霊はガンガイル王国や辺境伯領に恩恵をもたらすことになったカイルを助けた上級精霊様ではないから、そこまでひれ伏すこともないよ」

 素っ気なくマナさんが言うと、月白さんはケタケタと笑った。

「言ってくれるねぇ。まあ、確かに私が人間に興味をなくして監視を怠っていた期間に大聖堂島に邪神の欠片が集められる事態になっていた。だが、それって、私の責任というより、創造神に封じられた邪神の欠片を利用しようとする人間がアホなんじゃないか!」

 開き直った月白さんに、申し訳ありません、と教皇が頭を下げた。

「いやぁ、人間が愚かな生き物だということを知りながら放置していることに問題があるんじゃよ」

 月白さんの言い訳を問答無用で諫めたマナさんに驚いたエドモンドとセオドアは、座り込んだまま目を白黒させてマナさんと月白さんを見比べた。

「教皇猊下にいつもお仕えしていた司祭様は上級精霊様ということなのでしょうか?」

 話についていけないキャロルが尋ねると、マナさんは頷いた。

「ああ、そうだよ。上級精霊の擬態は普通の人間にはまず見抜けない。御者兼従者のワイルド様が、長年、世界の北方周辺域を見守ってくださっていた上級精霊様だ。まあ、下界に降りてくださったのはカイルたちが帝都に着いてからだけど、そこにいるのが当たり前のように世俗の中に紛れ込んでおられると全く気が付かないものだろう?」

 マナさんの説明にキャロルとエドモンドとセオドアと教皇まで頷いた。

「エントーレ家の面々とイザークさんは驚きが少ないということは、気付いていたのかい?」

 平然としているぼくたちにセオドアが尋ねた。

「あの方がいると安心感が違いましたから、もしかしたら、と考えていた程度です」

 父さんの説明に、亜空間に招待されたから知っていたイザークは便乗して頷いた。

「ああ!子どもたちを危険な目に遭わせていることを知りながら、送り出しても大丈夫だと感じるところがあったのは、上級精霊様が一緒にいらしたからなのか!」

 セオドアの言葉にエドモンドも頷いた。

「あなたもたまには下界に降りていたなら、ここまで教会内の秘密組織が肥大化することはなかったでしょうに」

 マナさんの苦言に月白さんは鼻の頭を掻いて笑った。

「正直、聖職者たちが精霊使いを排除した時点で大聖堂島に興味をなくしたんだ。創造神が世界を作り変えたら、今度は大聖堂島ごと吹き飛ぶのかなと考えていたので放置していた」

 月白さんの爆弾発言に教皇は腰が抜けたのかへなへなと座り込んだ。

「まあ、このまま人間が邪神の欠片を集め続けて、邪神の復活を願ったり、邪神の欠片の力を利用したりし続けたら本当に世界が終焉してしまうことに気付いて、こうして慌てて対処する羽目になったんだ。邪神を利用して創造神の怒りを買わないわけがないのに、何を考えているんだかわからんよ」

 巻き添えを食うなんてごめんだ、といい捨てた月白さんに、気付くのが遅いよ、とマナさんは突っ込んだ。

「封じた邪神の欠片を世界中に拡散させて邪神の欠片の影響力を最小限にしよう、というのが当時の精霊使いたちの方針じゃった。邪神の欠片を大聖堂島に集めることを阻止した精霊使いたちは、精霊使いこそ邪教信者だと排除されたんじゃ。あなたがもう少し大聖堂島の監視を続けていたら世界中に拡散されていた邪神の欠片を再び大聖堂島に集められることはなかったかもしれないだろうに。まったく、命を懸けて戦った精霊使いたちは無駄死にだったということじゃないか」

 身も蓋もないマナさんの言い方に、さすがの月白さんもたじたじになり、すまなかった、と口にした。

「まあ、過ぎてしまったことはどうしようもないのが現実じゃ。多くの邪神の欠片が地表に浮いてきているのは、かつて巧妙に封印された邪神の欠片の維持管理をする一族が亡べば当然の帰結じゃ。緑の一族は土地の魔力が薄くなった場所で邪神の欠片が浮かび上がらないように阻止することを使命としているが、邪神の欠片そのものを封じる手段がなく、エドモンドのように一族で邪神の欠片を封じていた一族が亡べば、残念ながら緑の一族には成すすべがない」

 マナさんのきつい言葉に月白さんが項垂れると、キャロルは臆することなくマナさんに尋ねた。

「こちらの上級精霊様やワイルド上級精霊様以外の上級精霊様はどうしていたのでしょうか?」

 思い当たることがあったぼくは頭を抱えると、仕方がないことです、とシロが精霊言語で言った。

 キャロルの質問にどうしたものかと思いあぐねたようにマナさんが月白さんを見ると、仕方ないじゃないか!と月白さんも言った。

「多くの精霊たちは絶望していたんだ。自分たちが肩入れした人間や魔獣たちは悪しきものとして処罰が下る状況で、世界が悪い方向に流されていくことを見ているなんて、拷問に等しいだろう?僅かな希望から活路を見出し、多くの上級精霊が新たな神となるための集合体になったんだ。集合体になるなんて新たな神の誕生のための贄となったように私には見えたが、あいつらは可能性に賭けたんだなぁ」

 月白さんの独白に、新たな神!上級精霊の集合体?と教皇が慄いた。

「発酵の神は上級精霊の集合体ということなのでしょうか?」

 恐る恐る口を挟んだケインの言葉に、月白さんとマナさんが頷いた。

「この世界の終焉を予見した多くの上級精霊や精霊たちが己の主義主張も関係なく、美味しい物を作る、食べる、神々に祀る、人間の行動に楽しさを見出した神々がこの世界を見捨てない、というわずかな可能性に賭けた上級精霊たちによって発酵の神が誕生したんじゃ」

 味噌と醤油を欲したあまり麹菌を求めて台所の祭壇に米を祀って祈りまくったら新しい神が誕生した経緯をマナさんから聞いていたぼくが頭を抱えると、やっぱりお前が発端だったのか!と言うかのようにエドモンドとセオドアとキャロルがぼくを凝視した。

「発酵の恩恵を受ける仕事をする人たちが熱心に神々に祈っていたことと、偶々、ぼくが原野から精霊たちを引き連れて帰ってきて、自宅の祭壇でせっせと祈っていたタイミングが重なっただけだよ」

 教皇は口をポカンと開けて顎を引いてぼくを凝視した。

「やたらと小さい少年が定時礼拝の時のように供物をささげて跪いてささやかな魔力奉納をしたことを精霊たちが面白がり、本当に教会の護りの魔法陣に魔力を流してしまったんだよ。周辺地域の精霊たちも面白がってカイルの祈りを広め、世界中の精霊たちが呼応したから、上級精霊たちはその機会を逃さず融合すると、創造神から新たな神として認められたんだ」

 月白さんの説明にぼくとマナさん以外の全員が頭を抱えた。

「うん、まあ、あの時点で気付かなかった私はマヌケだったな。あの時からこの世界の終焉が遠のく道筋ができていたんだなぁ。だけど、メシウマになるだけで崩壊一途の世界が救済されるなんて信じられないだろう?」

 月白さんの言葉に、当時はわからなかった、とマナさんも頷いた。

「だけど、四歳の子どもが食への探求心で発酵調味料や酒を造ったり、米を求めて農地改良まで始めたりしたんだ。神々の覚えめでたい存在になるのは当たり前じゃよ。その子が大きくなって旅を始めたら世界中の護りの結界を整え始めた。こうなるとカイルが光影の剣を授かるのも、まあ、当然じゃ」

 よくやったよ、とマナさんはぼくに声を掛けると、幼いころのように頭を撫でてくれた。

「ぼく一人でできたことなんて、ほとんどないですよ。家族や領主さまや寮生たちとみんなで成し遂げたことです」

「だから、私も見誤ったんだ。どこからどう見てもただ魔力が人より多くて知恵の回る子どもでしかないのに、あの上級精霊が甲斐甲斐しく世話を焼くなんてどうかしている、と思うだろ?」

 月白さんが教皇に同意を求めると、教皇は首を横に振った。

「普通の少年は四歳で新しい神の誕生のきっかけになりません」

 教皇の発言にエドモンドとセオドアとキャロルが頷いた。

「私は精霊神が誕生した北の地ならあり得ないとは思わなかったんだよ。うん、マヌケの上塗りになる発言はもうしないよ」

 マナさんにじろりと睨まれた月白さんは頭を掻いて頷いた。

「カカシさんはずいぶんと気軽に上級精霊様とお話されるのですね」

 キャロルの質問にマナさんは水竜のお爺ちゃんを指さした。

「無関心でいるということは寝ているのと同然じゃ。精霊ならばこの世界が滅びに向かっているのを知っているのは当然じゃ。上級精霊ほどの力を持つのに、ただ滅びゆくのを待っていただけの方にはこのぐらいきつく当たった方が自覚するじゃろう」

 寝ていただけ、とマナさんに言われた水竜のお爺ちゃんは短い手で頭を掻き、水竜と同じか、と月白さんは眉を顰めてフフっと笑った。

「お嬢ちゃん。精霊は嘘をつかないけれど、自分に都合のいいことしか言わないんだよ。人間の望み通りになど動かない。私たちは神々の(しもべ)。私が教皇のお供をしたのは神々が望んだからだよ。教会にはびこるゴミを処分するのは教皇の仕事だからね」

 美貌の月白さんが片眉を上げてニヒルな微笑を浮かべると、軽い口調で打ち解けたように話していた時とは違う、人間ではない存在感を醸し出した。

「神々の手足となる我々精霊は、邪神の欠片の存在を認めない。認めていないけれど存在しているから、こうしてまどろっこしい手段に出るしかないんだよ」

 月白さんが教皇を見ると、申し訳ありません、と教皇は再び月白さんに謝罪した。

「しっかし、よくここまで厳重に封印したものだな。この部屋のどこに邪神の欠片が存在するのかわからないよ」

 月白さんが軽い口調に戻るとマナさんも頷いた。

「お褒めの言葉をいただきありがとうございます!」

 エドモンドが平伏すると、顔を上げよ、と月白さんが声を掛けた。

「カイルは、この部屋のどこに邪神の欠片が封印されているかわかるかい?」

「いえ、まったくわかりません。見えない魔法がかけられているのか、壁に埋められているのか、見当もつきません」

 部屋の中の魔力の動きはマナさんの精霊がみんなの魔力を借用して灯している照明の魔術具しかわからなかった。

「光影の剣によって邪神の欠片が消滅しても、またのちの世に邪神の欠片が浮いてくることもあるだろうから、次世代に引き継ぐ魔法として伝授するためセオドアとキャロルを呼んだのです」

 エドモンドの言葉に月白さんは頷いた。

「カイルの家族も知っておくとよいだろう。今後、カイルの家族は世界中に移動することになるから封じの手段を知っておくとよい。イザークは、ガンガイル家の封じの魔法をイザークが学びイザークの魔法をガンガイル家が学べば両者ともに問題なかろう?」

 月白さんがこの場に指名されたメンバーの理由を説明すると、エドモンドとイザークは頷いた。

「直接指導するのは息子と孫にします。ご覧になっていてください。マナさん。照明の魔術具を消してください」

 エドモンドの言葉が終わる前にマナさんの精霊が反応し室内は真っ暗になった。

「セオドア、キャロライン、床に手をついて魔力を流しなさい」

 暗闇の中、指示を出したエドモンドに、はい、とセオドアとキャロルが返事をすると床から魔法陣の線が光り壁や天井に広がった。

「礼拝室の魔法陣に似ているだろう?現在、国際条約で使用禁止になっている魔法陣も含まれているから、この魔法陣は覚えなくて良い。この部屋の中をガンガイル王国の護りの魔法陣から切り離しているだけだ。つまり、この部屋は厳密な意味でガンガイル王国ではない。精霊神を信仰しているガンガイル領に邪神の欠片を持ち込まないための苦肉の策だ」

 よい方針だ、と邪神の存在を認めたくない月白さんが言った。

 マナさんの乗っ取りの魔法陣とは違う土地の魔力から切り離す魔法陣に見とれていると、魔法陣の光の線が走っているのに魔力が通っていない箇所を見つけて、あっ!と声が漏れた。

「見つけたようだね」

 薄暗がりの部屋にエドモンドの声が響くと、全員が頷いた。

「巧妙に隠されているのに全員気付くなんて、やはり優秀ですね」

 感心したように教皇が言うと、明らかに浮いていますよ、と父さんが言った。

「全員、視覚に頼っていないからだ。目で見ると錯覚が起こるが、空間の魔力の流れを追えば浮いているのがわかる。不愉快な存在だ。カイル。やってしまいなさい」

 月白さんの言葉が終わる前にぼくの掌が熱くなっていたので、すでに光影の剣を握りしめていた。

「……なんで光影の剣がそんなに小さいパンみたいになっているんだ!」

 ワイルド上級精霊の亜空間でした検証を知らない月白さんは、素っ頓狂な声をだしてぼくの掌の中の十徳ナイフを見た。

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