誘拐された経験のある子どもたち
ベンさん特製の手打ちうどんを堪能していると、立ち寄った教皇からハントが旧ラザル国の教会でマテルの兄の市民カードを『該当者死亡』として処理されたことを聞いた。
「結果をお知らせくださり、ありがとうございます」
マテルは自分の感情に一区切りついたかのよう頷いて教皇に礼を言った。
キャロルは世間話をするように邪神の欠片の出現率が異様に高いことを教皇に指摘すると、教皇も現皇帝の御代になってから邪神の欠片の出現率が高いことを把握していた。
「教会の秘密組織が帝国軍を買収していた経緯をハントが追っている。帝国の南進に乗じて教会の人事も秘密組織の手の者たちが南部に派遣したことも確認がとれている。教会が帝国に南進を唆したような記録はないけれど、帝国の南進に教会の秘密組織が便乗している節がある。南部戦線が長期化すると帝国内部の荒廃も目立つようになった」
教皇は帝国の南進と秘密組織の連動があったことは認めたが、帝国の南進のきっかけに教会が干渉した証拠がないと否定した。
「帝国各地であれが地表に現れるようになると、土地の魔力が激減していることを隠そうとする領主の思惑も重なり、封印されているあれがどこから回収されたのか記録がないのだ。ガンガイル王国のように自国で保管する手段が継承されている地域は少ないから、教会が回収していることは間違いない。大陸内部の不毛の地の発生状況と上級魔導士の派遣記録や古代魔術具研究所で魔力を遮断する素材を仕入れた時期と照らし合わせて推測して調査している。……おや、これはさっぱりして食べやすい」
大根おろしとかき揚げの相性の良さに目を見開いた教皇に、そうだろうと、ベンさんが頷いた。
とり天を塩湖の塩で食べるようにミロに勧められた小さいオスカー殿下とマテルが、美味しい!と塩の味に驚いた。
同じ言葉を口にした二人は自分たちの語彙の少なさに照れたように顔を見合わせると、キャロルは塩湖で泳いだ話をした。
「それはずいぶん貴重な体験をされましたね」
「必ず浮かぶなんて面白そうな湖ですね」
ぼくたちの旅の経験談に話が移り、食卓から緊張感が抜けると、不意に何かに気付いたようにマテルが小さいオスカー殿下を見て考え込んだ。
「あれが浮かび上がる場所にあたりがつけば、その周辺にお家騒動を起こせば土地は急激に荒廃しますよね」
「お家騒動は世間に表沙汰にならないように処理されても、領主一族の人数が減るので確実に土地の魔力が減るでしょうね」
ウィルが温玉をつけダレの中で崩しながらそう言うとイザークが頷いた。
「うちは跡継ぎの条件が領主一族内で明確だったから、認知されているとはいえ非嫡出子のぼくが正式な次期公爵ですが、跡継ぎの条件を無視したお家騒動があれば簡単にうちの領は荒れるでしょうね」
イザーク一人いなくなるだけで確実に公爵領は荒廃するだろう。
詳細を知らなくても領主一族の人数が減る危険性を理解しているマテルはイザークの話に頷き、残り少なくなったザル饂飩で中央大陸をかたどり、フォークで皇族たちがどこにいるかを指示した。
「初級魔法学校の新入生でしかなかったぼくでも、落城で落ち延びる最中に脳裏に明確に七大神の魔法陣を思い描いて復讐を誓って以来、帝国皇帝と直系親族の滞在先を近くにいれば明確に、地図上でもぼんやりと把握できるようになりました。例のあれについて研究している上級魔導士たちがあれを追跡するための魔術具を制作していてもおかしくないと思います。数百年に一度しか出現しないと言われているあれが次々と出現するなんて、意図的にあぶり出しているのでは、と疑問に思ったのです」
マテルの言葉に、乗っ取りの魔術具を使用して邪神の欠片を回収しようとしていた秘密組織のやり方を思い出したのか教皇は頭を抱えた。
キャロルも何かに気付いたのか眉間の皺を深くした。
「ぼくの実家では回収されたあれを厳重に封印して保管していますが、封印の魔術具の経年劣化を考慮して定期的に魔術具を強化しています。その際に使用する素材が盗難されたことがありました……。実はその直前に我が領の良質な鉄鉱石を狙ったのか鉱山付近の山小屋が襲撃される事件がありました。騎士団の捜査では主犯は帝国がらみではないかと疑われていますが、帝国の動きに秘密組織が連動していたのなら、辻褄が合うのでは、と思い至ることがあります」
誘拐されたときに高級そうな魔力を遮断する布を被って生き延びたぼくとケインとボリスはキャロルの話に、ああ、あれか、と顔を見合わせて呟いた。
ぼくたちの態度から何らかの事件の当事者だと気付いた一同がぼくとケインとボリスを注視した。
「……当時、精霊の出現が珍しかったので口外法度を言いつけられていますが、ぶっちゃけ、問題のない範囲で話しますと、孤児になったぼくを心配した緑の一族が、ぼくの当時の生活状況の確認と保護が必要な場合に緊急保護すると上乗せして支払われる依頼の報酬に目が眩んだ悪徳冒険者が、黒っぽい髪の子どもをまとめて誘拐したので、逃げ出したぼくたち三人が遭難したことがあるのです」
ぼくたち三人の濃い髪の色を見て、間違われても仕方ないですね、とマルコが呟いた。
「ああ!カイル以外の子どもを攫っても、貴族の子弟なら悪徳冒険者には取引先があったのか!」
誘拐犯が教会関係者だけでなく冒険者たちの裏仕事の可能性もあることに気付いた教皇は頭を抱えた。
「あの時、ぼくたちは誘拐された馬車に魔力を遮断する布が積まれていて、それを被って魔獣たちに知られずに原野を横断したのですが、今考えると、あの時、あれを保管する魔術具の強化が遅れることで、ガンガイル王国内でのあれの保管場所が秘密組織にバレる恐れがあったのですね!」
ボリスは当時、思い付きだけで白い布を被り、保護された時に布を騎士団に渡したことを思い出して青ざめた。
「特殊な素材で収集するのに何年もかかる貴重なものでしたが、盗まれたのに翌日に返却された、と聞いていましたが、思い起こせばあの布のことだったのでしょう」
辺境伯領領城の精霊神の祠にお礼参りをしたときに一緒に被って遊んだことのあるキャロルが遠い目をして言った。
「時々話に聞く、幼いころに迷子になったエピソードのことだよね」
ウィルの言葉にぼくたちは頷いた。
「地表にあれが浮かび上がる気配や、あれの封印が脆くなると連中は察知できる、と考えた方が良さそうだな」
教皇の言葉にぼくたちは頷いた。
邪神の欠片の情報は精霊たちには辿れないから、秘密組織が新たに邪神の欠片を収集しようとしていても現地の精霊の悲鳴が聞こえなければ、ぼくにはわからない。
“……秘密組織の連中だって報酬があるから危険なことをするはずなんだ。報酬がある取引に記録がないわけがない。何か暗号や隠語で記録されているはずだ。とっかかりがあれば記録は追えるぞ”
魔本が精霊言語で主張したが、そんなとっかかりがあれば教会関係者たちも調べられるだろう。
“……ご主人様。誘拐事件を太陽柱の過去の映像から詳細を確認しました。誘拐の主犯の冒険者はカカシからの当時のご主人様の状況確認依頼と、秘密組織から運搬中の荷物から魔力を遮断する布の強奪を同時期に依頼を受けていて、秘密組織が魔力の多い子どもを集めていることを知った冒険者は、ご主人様を保護の報酬額のつり上げにカカシが応じなかった場合は、緑の一族の末裔の子として秘密組織にご主人様を売りつける算段をしていたようです。貴族の子どものボリスも三歳児登録のために上等な服を着ていたケインも売り飛ばすつもりだったようです”
“誘拐の実行犯たちは湿地と泥炭地の境目に生息する死霊系魔獣に引きずり込まれて死んだから彼らから証言は取れないよ”
兄貴も太陽柱で確認したようで、魔獣沼が日中陰に潜んでいる死霊系魔獣だったことに、誘拐時に呑気に原野を散策していたことがいかに危険だったかを今頃になって気付いたぼくとケインは無言で顔を見合わせた。
「何か気になることでもあるのかい?」
ウィルがぼくとケインを見て怪訝そうに言うと、ぼくたちは首を傾げた。
「辺境伯領主様に誘拐事件の口外法度を解いてもらって、当時の騎士団の記録と教会の記録を擦り合わせてみたら何かわかるかもしれません。あの悪徳冒険者がぼくたち三人を売り飛ばす先が教会関係者だったなら、どこかにお金の動きを記録した物があるはずです。教会では人身売買は認めていないはずなので、子どもを現す言葉が隠語になっているでしょうが、冒険者への裏報酬ならポイントではなく現金かそれ相当な品のやり取りがあったはずです」
「辺境伯領は金属の運搬はとても制限が厳しいので、余程身分が高くない限り収納の魔術具の中まで詳細に調査されるはずです。どこかに現金の記録が残っていると考えられるでしょうね」
ぼくとケインの考察にキャロルも頷いた。
「教皇猊下!午後から転移魔法の部屋を使用させていただいてもよろしいですか?おじい様に直談判したいですし、ガンガイル王国のあれを始末してしまいたいです」
今まで誘拐された子どもたちの正確な出身地がわからず調査が難航していたのに、教会に全面協力をしているぼくたちの周辺の記録から秘密組織の金の流れを探れることになり教皇は満面の笑みでキャロルに同意した。
留学生一行全員が一時帰国する必要もないので、今回は辺境伯領主に直談判するキャロルと護衛にクリスお付きのミロと、誘拐当事者のぼくとケインとボリスと、関係ないのにごねたウィルと、魔法効果を倍増できるイザークだけで帰ることになった。
居残り班は礼拝所で聖典の続きを読むことになり、自分たちの推しの神の章を読み進められることを楽しみにしていた。
昼食の片付けを終えて一時帰国班のぼくたちがジュードさんの案内で大聖堂の移転の間に行くと、教皇と月白さんが待っていた。
「ガンガイル王国ガンガイル領の教会には私も気になっている場所があるので直接赴きたいのだ」
教皇同伴で帰国するということは夕方礼拝前には大聖堂に戻ってこなければいけないだろう。
「状況に合わせて定時礼拝は中央の枢機卿に任せることにしてある。今日、急いでガンガイル王国のあれの始末をしなくても大丈夫だよ」
午前中から光影の剣を使い過ぎているぼくが転移魔法のための魔力供給をしようと壁に手をついたのを心配そうに見ながら教皇が言った。
「転移魔法の魔力はみんなで供給するので大丈夫です。さあ、行きましょう!」
キュアや水竜のお爺ちゃんも壁に手をついて魔力供給に参加する姿を見て安堵の表情をした教皇が魔力供給を始めると転移の部屋が光り輝いた。
辺境伯領の教会の転移の部屋の扉が開くと、教会関係者の先頭にキャロルの母とエミリアさんが待ち構えていた。
伝達が早すぎる、と教皇が驚きの声を上げた。
「お初にお目にかかります、教皇猊下。私、ガンガイル王国ガンガイル領次期領主夫人のイザベラと申します。男装の娘の緊急帰国の内容を内密にするため、精霊神誕生の地へ教皇猊下がご訪問されるという体裁を取らせていただきたいのですが、宜しいでしょうか?」
キャロルの母は教皇を領城に招待するために教会で待ち構えていたらしい。
「お招きありがとうございます。イザベラ夫人」
教皇は次期辺境伯領主夫人の小芝居の筋書きに同意するように微笑んだ。




