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光影の剣の使い手

「無詠唱魔法というより目の前に消滅させるべき物がありながら悶々と考えこんでいたことに闇の神がしびれを切らして、さっさと仕留めろ、と重圧をかけられているように感じます」

 詠唱をしなくても熱くなった掌とディミトリーの王家の指輪を見遣り、十徳ナイフのアイスピックを握ると、光影の剣らしく細く尖った先は光と闇に分かれていた。

 ぼくの言葉にワイルド上級精霊が頷くと、兄貴はケインとウィルとイザークをディミトリーの王家の指輪から遠ざけた。

「十徳ナイフはカッコいいけれど小さい分、カイル兄さんが邪神の欠片と接近することになるのが心配だよ!」

 兄貴が自分たちを下がらせるということは間近で見るのは危険だからだろう、と判断したケインはぼくの安全を気遣うように言った。

「さすがにこれだと接近しすぎるかな。投擲してみる?」

「それなら鉄砲にした方が照準を合わせやすくないかな?」

 さすがケイン!目の付け所がいいね。

 小さな的に当てるだけなら、十徳ナイフより吹き矢か銃の方が遠くから狙えていいに決まっている。

 名称が光影の剣だから刃物の十徳ナイフをイメージしたけれど、イメージの幅を効果のある武器へと広げたら、何でもありだろう。

 ぼくの考えに答えるように熱を帯びた掌から十徳ナイフが消え、仰々しい装飾の施された短針銃が現れた。

「なんだかわからないけれどカッコいいね!」

 ウィルの言葉に、神器らしくなったじゃないか、とワイルド上級精霊が笑った。

 ぼくが想像したよりはるかに装飾が多い短針銃に仕上がっていた。

 銃身の半分が光り輝きもう半分が漆黒の短針銃は蔦バラの刻印がびっしりと施されており、機能性重視でシンプルにした十徳ナイフとは大きく異なっていた。

 闇の神は芸術性が高い物を好むのだろう。

 ハルトおじさん作の餃子の女神像なような像を許してくれている精霊神の寛容さにありがたみを感じた。

「ご主人様。精霊神様があれを許してくださっているのは帝都で早急に守りを固める必要があったから仕方なく妥協されたのであって、しかるべき時期に挿げ替えられることをお望みです」

 精霊言語でハルトおじさんの精霊神の画像をぼくたちの脳内に送り付けて口にしたシロの言葉に、そうだよな、とぼくたちは頷いた。

「何だろう、あれを精霊神の像だ、と言い張って実際に設置したラインハルト様の胆力に驚愕するよ。だって、まるで祝詞の真理みたいじゃないか!神々はそれぞれの解釈が正しいかどうかより、喫緊の問題の前なら多少は妥協してくださるみたいに、邪神の欠片が封印されている大聖堂で神学の誓約を果たしたその日に中級魔法を発動できた、と考えたら辻褄が合う!」

 数奇な半生を経て神々の覚えめでたい存在になったのはイザークもぼくと同じはずなのに、まるで自分は急に神々の注目を浴びた一般貴族でしかなく、偶々、中級魔法の祝詞が発動したかのようにイザークは言った。

 本能で声に魔力を載せられるのに亡き実母によって封じられている少年なんて、稀すぎて神々が注目しているに違いない存在なのに、イザークは自分が凡人枠だと考えているようだ。

「まあ、そうかもしれないね。無詠唱魔法なんて言ったらカッコいいけれど、目の前にやるべきことがあるからイメージだけで光影の短針銃に変身しただけで、ぼく自身の魔法なのかと言えば違う気もするんだ。でも、光影の短針銃でなら、ディミトリーの王家の指輪を破壊せずに邪神の欠片を消滅させることができるかもしれないよ」

 ぼくの言葉に頷いたイザークは、光影の短針銃の影響を受けているから、と首元の変声の魔術具を外した。

 両手でしっかりと握った短針銃をディミトリーの王家の指輪に狙いをつけて構えるとイザークが叫んだ。

「光影の短針銃によって邪神の欠片のみ消滅する、と言ったカイル君の言葉は真実だ」

 パン、と響く銃声と同時にイザークが叫ぶと、ディミトリーの王家の指輪を包んでいたシャボン玉のような空間が消え去り光と闇を併せ持つ針が指輪の宝石に刺さった。

 指輪は黒い霧に包まれたが、霧が晴れるとポトンと床に転がった。

「うん。成功だ。邪神の欠片は消滅している」

 落ちた指輪に触れることなくワイルド上級精霊が宣言すると、ぼくのスライムがディミトリーの王家の指輪を拾い上げた。

「指輪の宝石は翡翠になっているよ!」

 役目を終えた短針銃と熱が消えたぼくの掌に指輪を王冠のように触手で持ち上げたぼくのスライムが飛び込んできた。

「混じりけのない透明度の高い綺麗な翡翠だね」

「角度によって王家の紋章が浮かび上がるのか」

 ケインとウィルは翡翠を覗き込んで、さすが王家の指輪だ、と感心した。

 ぼくとイザークはそんなお宝に傷一つつけずに邪神の欠片だけを消滅させられたことに安堵の息を吐いて顔を見合わせた。

「これをディミトリーに返してあげてください。人格が統合したディミトリーは辛い記憶をたくさん抱えているはずです。家族との絆を確認できるものがあれば、少しでも心の慰めになるはずです」

 ワイルド上級精霊にディミトリーの王家の指輪を託すと、ああ、と言ってワイルド上級精霊は微笑んだ。

「宝石の価値ではなく、先祖代々王家の証として受け継がれた指輪をディミトリーが受け継いだ家族との思い出の品として思いを馳せるのがカイルらしいな。水竜をディミトリーの活動に同行させるのも、ディミトリーの精神状態がまだ安定していないところがあり、心配したからなんだ」

 ワイルド上級精霊の心遣いに水竜のお爺ちゃんは頷いた。

「なに、ディミトリーが酷く落ち込んだり自責の念で無謀なことをしたりしたら、聖水にぶち込んで大聖堂島に連れ戻してやるよ」

 すまないね、とワイルド上級精霊が水竜のお爺ちゃんに声を掛けると、水竜のお爺ちゃんは誇らしげに胸を張った。

「ああ。嫁が目覚めた時に上級精霊の元で働いたと自慢できるし、なにより、邪神の欠片を利用している悪漢どもを追跡することは儂の復讐心を満たしてくれる」

 大聖堂島が湖に落ちて嫁が長い眠りについたのも本を正せば邪神のせいだ。

 やる気になった水竜のお爺ちゃんに、頼んだよ、ワイルド上級精霊が声を掛けたところで、ぼくたちは亜空間から噴水広場に戻っていた。


「許すって、難しいことだね」

 昼食の天婦羅饂飩の薬味の大根おろしを擦りながらケインが呟くと、生姜をすっていたマテルがハントのことを思い出したのか頷いた。

「怒りや憤りを持ち続けるのは、酷く疲れることだよ。忘れてしまうと楽になるかと言えば、亡くなった人たちのことを考えるとそれも許されない気がしてしまう。だからやっぱり、心の奥にどうしようもない悲しみの一つとしてしまい込んでおくしかないんだ」

 ぼくがディミトリーに対する複雑な思いをあえて心の奥にしまい込んでいることをケインにぼかして伝えると、マテルが項垂れた。

「でもね、亡くなった人たちを思い出す時は最高の笑顔だった瞬間が心に浮かぶんだ。みんな、幸せだったんだって、その瞬間を思い出すと心が温かくなる。亡くなった人たちから受け継いだものは血のつながりだけでなく、ちょっとした仕草や生きるための知恵だったりする。そんなささやかなものを、自分の行動から気付くと嬉しさがこみあげてくるんだ。それを誰かに伝えていけたら、亡くなった人たちの思いは後世に受け継がれていくんだ」

 おろし金を握りしめたマテルが鼻を啜ると何度も頷いた。

「ケインがぼくの代わりに怒ってくれるのも、許せないと憤ってくれるのも、ぼくの心を癒してくれる。ああ、こんなに優しい弟がいてよかったよ」

 ケインのディミトリーに対する気持ちは無理に変えなくていい、と肯定すると、優しいのは兄さんだよ、とケインは照れたように言った。

「なにか許せないことがあったの?」

 小声で話していたぼくたちを心配したように小麦粉をふるい終えたキャロルがそばに来た。

「例のあれにまつわることを突き詰めて考えていると、山小屋襲撃事件を思い出すんだ。あの実行犯はあれが関係する魔術具を携帯していたのではないか、って考えたら犯人を許せなくてね」

 ケインがかいつまんで自分が落ち込んでいた状況を説明すると、キャロルは眉間に皺を寄せた。

「そうですね。事件については詳しく話せない詳細があるとおじい様から聞いています。あれの魔術具が山小屋の事件にかかわっているのなら、光影の剣の使い手にカイルが選ばれたのは必然のことのような気がしてきました」

 両親の仇の実行犯に復讐を望まなかったぼくが諸悪の根源に対抗する手段として光影の剣を授かった、と解釈できることをキャロルの指摘で気付いた。

「……そうかもしれない。人間が手にしてはいけない力を使って引き起こされた事件の被害者が、その力を霧散させる手段を手にした……。ということは、ぼくは生涯をかけてあれを霧散させる努力を続けなくてはならないのか!」

 帝国の魔力を安定させる依頼をこなしたと思いきや、新たな依頼をいつの間にか受けていたことに気付いてぼくは頭を抱えた。

「ぼくも手伝うから頑張ろう!」

 さっきまで慰めていたケインに肩を叩かれた。

 自分たちも手伝う、とウィルとイザークがぼくの背中を叩いた。

「あの小箱の中身を消滅させることでしたら、微力ながらぼくもお手伝いがしたいです。あれはあってはならない存在だと胸に訴えてくる圧力がありました」

 マテルの申し出にぼくも心当たりがあった。

「引退後、農場経営をしようとしている例の上級魔導士が南方地域で例のあれが出現して対峙したことがありました。皇帝の即位の遠征が恒例になっていた東方連合国との模擬戦ではなく、南方諸国に宣戦布告をしたのも、あれと何かしら関係性があるのかもしれませんね」

 ぼくが南方地域にも邪神の欠片があったことを思い出すと、キャロルは眉間の皺を深くした。

「我が家に伝わる伝承ではあれは数百年に一度くらい期間を開けて地上に出現する、と言われているくらい珍しい物なのに、なんで数年で世界中で湧いて出てくるのでしょうか?」

 キャロルの言葉に、世界中に教会があるのだから教会の秘密組織が関与しているのではないか?という疑惑が全員の頭に浮かんだ。

「薬味ができたならテーブルに並べてくれよ」

 小難しい話は後にして昼食にしよう、とベンさんが声を掛けたので、ぼくたちは昼食の支度の仕上げに戻った。

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