神々のお気に入り
「イザークまで招待されたということは光影の剣の練習をしてもいいのでしょうか?」
ディミトリーの件をケインも納得したところで、せっかくワイルド上級精霊の亜空間に来たのだから人目を気にせず練習してみたいと申し出た。
「この場で光影の剣を出現させたらカイルたちの負担が大きくなるから、長時間練習しない方がいい」
「やはり光影の剣で使用する魔力はぼくの魔力だけではないのですね?」
ワイルド上級精霊の助言に心当たりがあったので尋ねると上級精霊は頷いた。
誰の魔力を使用したの?と訝しがるウィルとイザークに、その場に居合わせた全員の魔力、とぼくと兄貴とケインが声を揃えた。
「研究所を出たら疲労感がドッとでたでしょう?」
ケインの質問にウィルとイザークは苦笑しながら頷いた。
「いろいろあった気疲れだと思ったよ」
「ぼくの言葉に光影の剣の光と闇が深くなったのに、それほど魔力を使用したような負担感がなかった方に気を取られていたよ」
ウィルとイザークの感想に、そうだよね、とぼくたち兄弟は笑った。
「魔法の効果の割にぼくの魔力の使用感が少なかったので、あの場に居る全員から少しずつ拝借していたのではないかと推測したんですが、正解でしょうか?」
ぼくの質問にワイルド上級精霊は頷いた。
「イザークの母の封印が消えたのも、偶々、光影の剣に封印のための魔力が吸収されたからだろう」
「では、イザークの喉に声変わりの魔術具をあててみたら封じに使用される魔力が魔術具に使用されて一時的に解けるかもしれないのか!」
ぼくの閃きに、相変わらず面白いことを考えるな、とワイルド上級精霊は笑った。
「光影の剣を出現させずに声に魔力を載せる検証ができるなら面白そうだね」
イザークも乗り気になったので、ぼくたちは声変わりの魔術具をイザークの喉にあてると魔獣カードで遊ぶことにした。
「カイルのスライムの攻撃の効果倍増!」
イザークの一言で魔獣カードのエフェクトの輝きが増し、ぼくのスライムがケインのスライムに圧勝してしまった。
「こんなにも呆気なく封印が解けるなんて思わなかったよ」
「そもそも、母は初級魔法学校にさえ行かなかったから、本当に本能で魔法を行使していただけなので厳重な封印のはずがないんだよね」
ウィルの感想に首のチョーカーを触りながらイザークが言うと、本能で子を守ろうとしたんだから母の愛は偉大だよ、とぼくのスライムが感心したように言った。
「通常は声に魔力を載せると心に染み入る歌声として聞く人の心を癒したり、呪詛の言葉で人を呪ったりするが、概ね、農村で豊作を願う祈りになることがほとんどだ。イザークの母は洗礼式で聖女候補として仄めかされるべきところを、魔力の多い平民の子が成人を迎えないことに気付いていた司祭によって、親元を離れるより農村で歌えばよいと隠されたから、難を逃れた」
ワイルド上級精霊がイザークに母も誘拐の対象になり得たことを指摘すると、イザークは鼻を啜るだけで堪えたのに、イザークの母が生き延びてよかったなぁ、と水竜のお爺ちゃんは短い手でサングラスを外して涙を拭っていた。
水竜のお爺ちゃんは人情話に弱すぎる。
「はい!質問があります!」
ケインが挙手をしてワイルド上級精霊に尋ねると、何だい?と楽しそうな笑顔で続きを促した。
「イザーク先輩の言葉で威力を増した魔法の魔力は、どこから引っ張ってきた魔力なのでしょうか?」
ぼくたちと魔獣たちも疑問に思っていたことなので、ワイルド上級精霊の返答をぼくたちは固唾をのんで待ち構えた。
そんなぼくたちを楽しそうに目を細め見たワイルド上級精霊は魔獣カードを一枚手に取ると魔法陣を透かして見せた。
「このカードの魔法陣には誤作動防止、偽造防止、使用魔力量の制限、などの多くの規制が重ね掛けされている。魔法陣に一定の制限をかけることが義務づけられているためだし、子どもも遊ぶ玩具であるからより規制が多い。イザークの言葉の魔法はそう言った規制を振り切って作用すべき魔法陣だけに魔力を流すことで効果を倍増させている」
魔法陣のことは理解できても、祝詞で効果倍増になる理由がいまいちわからない。
「はい!祝詞の魔法でも効果が倍増するにはどうしてでしょうか……ぁっ!」
挙手をして質問したウィルは途中で思い至る所があったのか語尾が裏返った。
「聖典を丸ごと暗唱する祝詞ではなく独自の解釈で要約した祝詞にはどうしても齟齬があるはずです。そこをイザークの声の魔法は無効化して純粋な祝詞として神々に祈りを届けるのでしょうか?」
自問自答を始めたウィルにワイルド上級精霊は笑いながら、そうだとも違うとも言えない、と言った。
「聖典の内容を人間が解釈したことが正解とも不正解とも精霊は言えない。聖典の全文を祝詞として早口で唱える初級魔法より、上級魔法の呪文の一語の方に効力があることの説明にならないだろう?だからと言って、ウィルの推測が間違っているわけではない」
ワイルド上級精霊の説明にぼくたちは首を傾げつつも頷いた。
「そもそも魔法陣を使用するより祝詞を使用する方が、魔力使用効率がいいというか、疲れないんですよね」
ぼくの意見にケインとウィルとイザークが頷くと、試してみるか、とみぃちゃんとみゃぁちゃんとスライムたちが祝詞を唱えて線香花火で火力の調節の練習を始めた。
上級精霊は楽しそうに笑いながら、お前たちが特殊なんだ、と言った。
「聖典を丸暗記して祝詞を唱えても魔法を発動させるまでにそれなりの修練が必要なのに、お前たちはガンガイル王国の魔獣カード大会で神々を楽しませたから、神々の覚えがめでたい。神学を学ぶ宣誓をしたときから神々はお前たちが聖典を読むのを楽しみにされていた」
ぼくたちが聖典を読むなり中級魔法の祝詞が発動した理由に合点がいった。
「これまた、偶々なんだが、聖典を読み始める順番がよかった。理解しやすい言葉で書かれた発酵の神の章から読んだことで、まあ、発酵の神はカイルをお気に入りだから、なおさら祝詞が発動しやすかった。だが、満を持して待ち構えていた七大神は、肩透かしを食らったようなもので、次は誰の番だと、天界の話題を攫っていたんだ」
相変わらずぼくたちの行動は神々の見世物みたいになっているようだ。
「そんななか、闇の神の章のカイルの考察が今までにない斬新なものだったので上級魔法越えの魔法の使用許可が闇の神から一発で降りてしまったのだ」
えええええ、とぼくたちは顔を見合わせた。
「それではカイル兄さんのかの解釈が大正解というわけではなく、ただ、斬新だっただけなのか……」
ケインが頭を抱えると、だから言っただろう、と上級精霊は笑った。
「正解も不正解もわからないが、闇の神がお気に召したということは間違いない。だから、あの祝詞はカイルしか使いこなせないんだ」
神々が気に入りそうな解釈をみんながてんでばらばらにしていたら、そのうち大喜利みたいになりそうだけれど……そっか、神々にとってはぼくたちの行動にそもそも娯楽のような側面もあるのだろう。
「より個性的な解釈をするより、聖典の内容を考察して、そこから何を読み取るかが試されているのでしょうね」
ケインの言葉にウィルとイザークが頷いた。
よかった、大喜利になるどころかみんな真面目だった。
「光影の剣をカイルが修得したということは、やはり神々は邪神の欠片の早期の封印を求めていらっしゃるのでしょうね」
兄貴がワイルド上級精霊に確認すると、上級精霊は頷いた。
ぼくは亜空間の真ん中で宙に浮いているディミトリーの王家の指輪を見ながら、指輪を破壊しないで邪神の欠片だけを消滅させる方法を考えた。
今まではとにかく邪神の欠片の消滅だけを願って光影の剣を振っていたが、それでは指輪ごと破壊されてしまう。
魔術具に加工される前の邪神の欠片を封じていた箱の時は、マトリョーシカのように何層もの箱に封印されている邪神の欠片を完全に消滅させることをイメージしたせいか、全ての箱ごと白砂に還ってしまった。
あれ?
一刺しで白砂になるほどの破壊力がありながら室内の床には傷一つついていなかった。
イザークの喉を封じていた魔力を使用したように、室内に施されていた結界の魔力を使用したから床に影響がなかったのだろうか?
マルコが自分の魔力で出現させた火竜で火傷をすることがないように、使用した魔力の対象には効力が及ばないのだろうか?
それなら、大聖堂島の一部を破壊するかもしれないと気にすることなく練習してもいいのだろうか?
いや、迂闊に触れば白砂になりかねないのにどこででも試していいものではないだろう。
ワイルド上級精霊の亜空間なら何があっても大丈夫な気がするから、やるなら今がいいだろう。
ディミトリーの王家の指輪を破壊せずに邪神の欠片を浄化するには、日本刀の形では大きすぎる。
匕首でもまだ大きい……それならいっそ十徳ナイフならどうだろう?
十徳ナイフはいいな。
アイスピックみたいなもので邪神の欠片が封印されている宝石の部分を刺してしまえば邪神の欠片だけ消滅させることができるだろう。
そんなことを考えながらディミトリーの王家の指輪からぼくの両掌に視線を向けると、両掌が熱くなった。
「祝詞を唱えていないのに光影の剣を出現させることができそうです!」
ぼくが十徳ナイフのイメージを固めると、掌の中にモンキーバナナほどの大きさの十徳ナイフが現れた。
「無詠唱で光影の剣らしきものを出現させたことに驚けばいいのか、その大きめのチョークみたいな形の物が光影の剣なのかということに驚けばいいのかわからないよ!」
兄貴の感想にケインとウィルとイザークも頷いた。
兄貴が予想できなかったということはまたやらかし事案なのだろうか?
「うん。私の予想でも、それはあまりにもご都合主義だろう、と考えた展開になっているよ」
ワイルド上級精霊の言葉にシロが頷いた。
「ディミトリーの王家の指輪を破壊せず、邪神の欠片だけ消滅させるなら小さい刃物の方が使いやすいと想像したんです」
十徳ナイフからいろいろな形の刃物を出すと、便利そうだね、とみんなが口々に言った。
花火の練習を止めたスライムたちが両肩に乗り、みぃちゃんがぼくの頭の上に飛び乗って十徳ナイフを覗き込んだ。
「その発想力を神々が気に入っているから、無詠唱魔法なんていきなりやってしまうんだろうな」
フフフと腹筋を揺らしながらワイルド上級精霊は呟いた。




