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ディミトリーの決断

 噴水広場に戻ると従者ワイルドに、お疲れ様です、といい笑顔で挨拶された時には亜空間に招待されていた。

「光影の剣をだいぶ使いこなせるようになったようだね。だか、もう少し制御できるようになるといいかな」

 ワイルド上級精霊の亜空間に招待されたのはぼくと兄貴とケインとイザークとぼくの上着を掴んでついてきたウィルと魔獣たちと水竜のお爺ちゃんだった。

「制御と言われても具体的にどうすればいいでしょうか?」

 光影の剣については具体的にぼくがイメージしながら使用したのは教皇への癒しだけで、邪神の欠片を消滅させた時は、祝詞の力でぶった切れ!としか考えていなかった。

「魔術具を残して邪神の欠片だけを消滅させるようにしてほしい」

 ワイルド上級精霊は亜空間の真ん中にシャボン玉のような球体に包まれたディミトリーの王家の指輪を空中に出現させた。

 邪神の欠片の魔術具がむき出しの状態で出現したことにイザークと水竜のお爺ちゃんは驚いて腰が引けた。

「完全に切り離された空間にあるから害はないよ」

 ぼくのスライムが精霊素を排除した空間に指輪が浮いていることをわかりやすく説明すると、イザークと水竜のお爺ちゃんは胸をなでおろした。

「これはカイル兄さんの実の両親を殺害した山小屋襲撃事件の実行犯が身に着けていた指輪ですよね」

 ケインがこわばった声で質問すると、ワイルド上級精霊は気遣うようにぼくを見て頷いた。

「ディミトリーの精神状態が落ち着いたら、あの指輪を持って帰国できたらいいですね。……ディミトリーに関しては両親の仇で、多くの殺人を犯した実行犯ながら、本人は自我を殺されて多重人格になっていた。あまりに、被害者としての側面が大きすぎます。正気に戻って一般人として過ごせるまで回復した暁には祖国でゆっくり魔力奉納をする余生を過ごしてもらいたいと考えています」

 ぼくの発言にケインとウィルとイザークと水竜のお爺ちゃんまで、それでいいのか?と顎を引いてぼくを見た。

「ぼくは聖人ではないですから、ディミトリーを駒のように使った帝国皇帝も、ディミトリーの人格を破壊して暗殺者に仕立て上げた教会の秘密組織の首謀者も許す気なんてさらさらないですよ」

 虐げられていた実行犯を責めるより、諸悪の根源を許さない、というぼくの発言にぼくの魔獣たちは頷いた。

「カイルならそう言うだろうと思ってこのタイミングでここに召喚したんだよ。ディミトリーは分裂させていた自我を統一して、己の犯した罪の贖罪と復讐を兼ねて逃げた組織の残党を追跡したい、と申し出ている」

「復讐心から即座にその場で暗殺しないのなら、いいじゃないでしょうか」

 ぼくの返答にケインとウィルとイザークが顎を引いた。

「さすがにぼくだって話に聞いたディミトリーの半生は気の毒だと思うけれど、彼は暗殺者として何人もの人を殺してきたのに、拘束されて半年もたたずに自由に行動させるなんていくら何でも早すぎます!」

 ケインの主張にウィルも頷いた。

「ディミトリーが人格を失ったのはケインと同い年の頃だったんだよ。彼は帝国留学に向かう船上で教会の秘密組織に誘拐されたんだ。そこから何があったかの想像はみんなもできるはずだから言わないけれど、人格を失ってしまったディミトリーの罪をなかったことにはできないけれど……ぼくには責められない。だけど、ディミトリーに贖罪の意識があるのなら、その結果を見てみたいと思うんだ」

 カイル兄さんは優しすぎる、とケインは瞳に涙をにじませると、ディミトリーを許せないと思う気持ちからか、ぼくから顔をそむけた。

「ねえ、ケイン。ぼくたちはみんな生きているんだ。生きているから、悲しいし、悔しいし、やるせないんだ。それは、それでいいんだよ。ケインがディミトリーを許さないと思う気持ちはそのままでいいんだ。ありがとう。ぼくの両親のために憤ってくれて」

 ぼくはケインの両手を握ってケインの優しさに感謝すると、ケインは奥歯を噛むように顎を引くと、ボソッと言った。

「ぼくはね、兄さんがうちに来て幼心に嬉しかったんだ。優しいし、物知りで、兄さんってカッコいいと思っていたけれど、時々、暗い目でずっと隅っこを見ていたのを母さんたちが気遣っていたよね。その時にね、ずっと考えていたんだ。ぼくも父さんと母さんがいなくなったらどうなるんだろうって。突然、誰かに襲われて死んでしまうなんて、あってはならないことだ、怖いことだ、とずっと考えていた。だから、実行犯を許すことを考える日が来るなんて思っていなかった」

 幼かったケインは大人から漏れ聞いたぼくの話を追体験して苦しく感じていたようだ。

 ……ケインにとって当時のぼくの存在は両親がいなくなってしまう恐怖感を刷り込まれてしまった側面もあったのだろう。

「死んでしまったぼくの両親たちも、痛くて、苦しくて、悔しくて、辛かっただろう。だけど、生きのこったぼくの幸せを願ってくれたと信じている。来世で会える時にはお互いに前世の記憶を覚えていなくても、親子として産まれなくても、幸せを分け合える関係になれると信じている。こうやってケインと家族になれたような関係になれるような気がする」

 ぼくの言葉に握ったケインの手にギュッと力が入った。

「ディミトリーにもそんな家族がいるんだ。組織の残党を追うことでディミトリーの贖罪と復讐を成し遂げた暁には、もう、家族の元に帰っていいんじゃないかな?」

 ケインは小さく溜息をつくと、頷いた。

「うん、そうだね。許せない、と思う気持ちと事件の真相解明は別に考えるべきだよね。ディミトリーが人格を統合したのなら、今秘密組織の事情に一番詳しいのはディミトリーなんだから、協力を仰ぐことは理に適っている。その結果を見て……彼を許せるのか考えることにするよ」

 ケインの言葉に号泣して鼻を啜ったのは水竜のお爺ちゃんだった。

 “……ああ、ケイン。気持ちの真っすぐな心根のいい少年だ。悪者を許す必要はない。そのディミトリーとやらは、これからの行いが運命の神に試されているようなもんだ”

 ケインの判断に感心したように水竜のお爺ちゃんが頷いた。

「話の流れがいい方向に行ったようで驚いているよ。当のディミトリーは組織の残党の追跡の相方に水竜を指名している」

 ワイルド上級精霊の言葉にぼくたちは驚いて水竜のお爺ちゃんを見ると、なぜ儂なんだ?と小さい手で自分を指さした水竜のお爺ちゃんも驚いた表情になった。

「ディミトリーが人格の統合ができたのは、地上でのカイルたちの様子を亜空間で見ていたからなんだ。カイルたちが出会った人や状況を見ることで、ディミトリーは少しずつ自分の記憶と重なる箇所を思い起こしながら人格をまとめていったんだ。ディミトリーは廃墟の町の孤児院のような施設には入れられておらず、孤児院で治験されていた薬品を使用する、また別な施設にいたようだ。そこで、邪神の欠片の魔術具の扱いを学ばされたようだ」

「王族出身で魔力が多いことが担保されていたから、扱いが特別だったということでしょうか?」

 ワイルド上級精霊の新情報に思わず口を挟んだウィルに上級精霊は頷いた。

「秘密組織は魔力の多い子どもを狙って攫っていたが、王族直系ともなるとさすがに警護が厳しくてそうそう拐ことができないから数年に一度、世界中の王族の中でも土地の魔力の高い地域に狙いをつけて攫っていたようだ。ディーがガンガイル王国からの子どもたちの誘拐に失敗した時に、一発逆転を狙ってキャロを誘拐しようとしたのもその流れのようだ」

 ぼくたちは話が身近な人に及んだことへの嫌悪感と同時に、多くの子どもたちは王族の子どもを洗脳するための薬の試験体として誘拐されていたことに、気づいて胸が悪くなった。

「ディミトリーに対する怒りなど消えてしまいそうになるくらい、秘密組織の連中が胸糞悪すぎます!」

 ケインの怒りに魔獣たちも頷いた。

「どうも、ディミトリーが皇帝の手に落ちた頃、第三皇子の子どもが腹いせのように誘拐され、ディミトリーのように使い物にならない第三皇子の子どもの代用を秘密組織は探していたのではないか、とディミトリーは推測している」

 ディミトリーの推測の通りだと第三皇子の子どもは、今頃、ほぼ廃人だろうと考えたぼくたちは言葉もでず、ただ頭を抱えた。

「おぼろげな記憶から推測しているだけなので事実ではないかもしれないから、現地に行って確かめたい、とディミトリーは希望している。そこで、相方として水竜を指名したのだ」

 話が自分に戻ってきた水竜のお爺ちゃんは、はて、と首を傾げた。

「理由は、まだ大聖堂島でしか水竜の噂が立っていないこと、大きさも自在に変身するので何かあった時のハッタリがきく体だということらしい」

 ワイルド上級精霊の言葉に水竜のお爺ちゃんは誇らしげに胸を張った。

「もう一つの理由は、水竜が深夜の散策で教会の転移魔法の部屋を使わなくても転移できる方法を発見したことだ」

 商会の人たちと酒盛りしていただけではなく、転移魔法の手段を発見していたなんて、水竜のお爺ちゃんは夜の散歩で一体何をしていたんだろう?

 “……儂は偶々、噴水の奥底に魔法陣があったから魔力を流したら水以外も転移できることを発見しただけだ”

 帝都の教会でお布施を払うともらえた聖水は大聖堂島の水だとは聞いていたが、水以外も転移できるかどうかを人間なら試したりしないだろう。

「水竜のお爺ちゃんは小さくなれるから転移できても、人間では無理じゃないですか?」

 ケインの素朴な質問にぼくたちは頷いた。

「行き先となる教会にそれ相当の大きさの噴水があれば人間でも転移できる。後は水竜が運べば目的地に簡単に着けるだろう」

 猛禽類に捕獲されたように飛んでいったハントを思い出して、あんな運ばれ方でもいいと思うくらいディミトリーは思い詰めているのか、と考えてしまった。

 “……儂だって状況に合わせてもう少しましな方法で運んでやるよ”

「その口ぶりだと快諾する、ということでいいのか?」

 ワイルド上級精霊の言葉に水竜のお爺ちゃんは注文を付けるかのように小さい右手を前に出して指を一本立てた。

 “……儂の条件は一つ!儂はカイルたちと旅をしたいから目覚めたのだから、ディミトリーに付き合うとしても夜に限定させてほしいね。夜は暇だから、どこに行ったってかまいやしないよ”

 夜明け前には帰りたい、と水竜のお爺ちゃんが希望すると、そうか、とワイルド上級精霊は笑った。

「ああ、ディミトリー本人も水竜の希望通りでいいと言っている。秘密組織の残党はかつての拠点を完全には捨て去っていないだろうから、ディミトリーはまずはそこからあたってみるつもりらしい。深夜の方が何かと都合がいいだろう」

 “……そういうことなら真夜中に噴水広場にディミトリーをよこしてくれ”

 ワイルド上級精霊はケインを見遣ると、邪魔はしません、と言うかのようにケインは頷いた。

「どうせ真夜中はぐっすり寝ているからぼくたちのことは気にしないでください」

 ぼくの言葉にワイルド上級精霊は目を細めて頷いた。

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