表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
636/809

イザークの魔法

「声に魔力を載せる魔法は魔獣のように本能でできる突発的な魔法なのか!」

 イザーク本人もよくわかっていないようで、首を傾げた。

 “……祝詞も魔法陣も使用しない魔法は、まあ、魔獣しかできないと思っていた”

 精霊言語で水竜のお爺ちゃんが私見を言うと、マルコが恥ずかしそうに俯いた。

「飛竜ほどではなくても、人間はそれなりに魔力の多い生物で人口が多いから個体差が目立つけれど、集合体になれば飛竜に対抗できる魔力があるんですよね。数いる人間の中には、本能で魔力を使える人間もいるということですよ」

 兄貴の説明に帝国軍に母飛竜を痛めつけられたキュアが頷いた。

「集合体として能力を発揮するために必須な祝詞や魔法陣が光影の剣を出現すると使用不可になる。言い換えればほとんど丸腰だ。光影の剣の前では上級魔獣使役師かイザークやマルコのように本能で魔法を行使できなければ魔力で抵抗することができなくなるのか」

 敵の魔法を無効化することができることに気付いた教皇はホクホクの笑顔になったが、多くの教会関係者たちも魔法も使用できないから条件は一緒だろう。

 “……あたいたちの魔法はほとんどが魔法陣を使用しているから、検証してみないと確かなことは言えないけれど、きついかもしれない”

 ぼくのスライムが精霊言語でぼくとケインに話しかけると、みぃちゃんとみゃぁちゃんも頷いた。

 光影の剣を出現させたら味方の戦力も大きく削がれることになってしまうのか……。

 それなら、身体強化はどうだろう?

「教皇猊下!もう少しお時間をいただいてよろしいでしょうか?この条件で身体強化での組手の練習をしてみたいです」

 ケインの申し出に教皇も枢機卿たちも興味を示して二つ返事で快諾した。

 じゃんけんで即席のチーム編成をするとデイジーとキャロルに分かれてしまい、さながら東方連合国混合チーム対ガンガイル王国チームのようになってしまった。

 デイジーチームからマルコが名乗りを上げるとキャロルチームからミロが名乗りを上げた。

「マルコ君の火竜を見たいから、ぼくはミロ君の援護に回っていいかな?」

 頑張ります!と意気込むミロには言いにくかったが実力差がありすぎるかもしれないとぼくたちが心配していると、そもそもじゃんけんに参加していなかったイザークがついでに自分の能力の検証ができないかと提案した。

「マルコは火竜を使用できるのに身体強化しかできないミロがイザークの言葉の魔法で身体強化にどう作用するか考察するのは興味深い。怪我のないようにカイルの飛竜が両者の間に立てば問題なかろう」

 教皇は中立の立場でキュアが間に入って万が一怪我をした際、即座に癒しをかけることを提案した。

「そうですね、手合わせですから、勝敗より光影の剣の影響下における使用可能な魔力の範囲を調査する方を優先にしましょう」

 ミロの提案にマルコも同意した。

 室内の中央で向かい合うマルコとミロを相撲の土俵を囲むように丸く集まってぼくたちは身守り、進行を水竜のお爺ちゃんが担当し、その上部を救護要員としてキュアが立ち会う形になった。

 “……両者は準備万端かな?よし、組手開始!”

 水竜のお爺ちゃんが開始を告げると、マルコは右腕に火竜を出現させたが、ミロの身体強化の反応速度を上げろ!と叫んだイザークの言葉で加速したミロのスライディングの足払いの方が先に決まった。

 ぼくたちは視力強化を掛けなければ何が起こったのかわからないほどミロの動きは素早かった。

 うつ伏せに倒れ込んだマルコをミロは仰向けにすると、飛竜の巻き付くマルコの腕を気することなく掴み、右手を右足の膝裏に押し込み交差させた左手を右足首の上に乗せると、さらにその上から抑え込むように左足首を乗せ、丸まったマルコの体をくるりとうつ伏せにひっくり返した。

 自分の膝裏に挟み込まれたマルコの両腕が自重で押しつぶされて自力では脱出できない、いわばプロレス技のパラダイスロックのような技をミロは素早くきめた。

 学習館からの幼馴染の辺境伯領出身者たちが、おおおおお、あれが決まるともう動けない!と騒いだ。

 何がどうなっているのかわからないウィルやアーロンたちは、マルコの腕に巻き付いていた火竜が膝に押しつぶされながらもマルコの体をどうにかして動けるように、抜け出せるようにしようと、胴体に巻き付いてもがいている様子に首を傾げた。

「えげつないな。個人戦であの技が決まると本当に抜け出せないんだよね」

 まるで兄弟げんかでミロから喰らったことがあるかのようにクリスが呟くと、初見殺しだよね、とボリスがぼやいた。

 魔法陣が使用できないことを嘆いていたスライムたちや猫たちはミロの活躍に触手や前足を上げて歓喜の雄叫びを上げていた。

 “……軽い手合わせなんだし、潔く負けを認めて、技を解除してもらうかい?”

 水竜のお爺ちゃんが精霊言語でマルコに尋ねると、お尻を高く上げて悶えていたマルコが頷いた。

 “……手合わせ終了!”

 水竜のお爺ちゃんが高らかに宣告するとミロの猫が円の中心までてくてくと歩いていき、蹲るマルコの腰を前足でツンと突いてマルコを倒した。

 ごろりと横になったマルコは膝裏から両腕が抜けて自縄自縛の状態から開放された。

「いったいどうして、こんなことになってしまったのですか?」

 大の字に横たわったマルコの体に火竜が巻き付いたまま顔をミロに向けて睨んでいるが、当のマルコは楽しそうに笑顔でミロに質問した。

「関節技の一つです。マルコさんは自分の体重で膝や足首で固定された両手が、もがくほどきつく締め付けられてしまい、誰かに体勢を変えてもらえない限りあの姿勢のまま自分では動けない状態になっていたのです」

 魔法を使用しないのに本当に動けなくなるのか?と訝しがるウィルにボリスが技をかけると、疑ってごめんなさい!とウィルが解除を求める声を上げた。

 ウィルの砂鼠がウィルに体当たりをすると、ごろんと転がったウィルは声をあげて笑った。

「これは面白いね!身体強化ではどうにもならないよ」

「関節技だから細身で関節の柔らかい人なら自力で解除できますし、ちょと押して体勢を変えてもらえたらすぐ外せるので、知らなければ呪いか何かかと焦りますが、知っていれば関節を外すか応援が来るのを待てばいいだけですよ」

 ケインの説明にウィルが納得している間に、イザークの言葉で身体強化を増強したクリスとボリスが希望者たちに次々とパラダイスロックをかけていた。

 技を決められた方もイザークの言葉の魔法で身体強化を更に強化することを希望したので、検証は試合形式の組手ではなくあちこちで試すことになっていた。

「言葉の矛盾が起こらないように最初に身体強化を強化した人の技が優先するようですね」

「いや、ただ関節が堅くて抜け出せないんじゃないかな」

 枢機卿の見立てに教皇は首を横に振った。

「対戦相手には身体強化の強化はできません」

 わかりやすく腕相撲でガンガイル王国チームと勝負をしていたアーロンとマテルがまともな検証結果を伝えた。

「なるほど、同時に数人の魔力を底上げする効果はあるが、敵対する相手を同時に底上げすることはない。イザークを味方にしたら戦力が倍増することになるのか!」

 教皇の言葉に、イザークが苦笑した。

「カイル君が光影の剣を出現させていることが発動条件ですよ」

 自分一人ではどうにもできない、と釘を刺したイザークに教皇は頷いた。

「そろそろ、邪神の欠片を消滅させましょうか?」

 ぼくが本題に戻すと教皇は奥の壁に向かった。

「最初にイザーク先輩がかけた言葉の魔法がまだ光影の剣に作用してますね」

 念のために留学生一行を下がらせながらウィルが光影の剣を見て言った。

「そうですね。だけど、ぼくは自分の魔力を使用しているような負担感は全くないですよ」

 脇に帯刀するように持っていた光影の剣を中段の構えにすると部屋の半分が明るくもう半分が闇に包まれるかのように暗くなった。

「今度の箱は古いから何重にも封印されているので大きいのだ」

 壁の中から教皇が取り出した箱はランドセル二つ分ほどの大きさだった。

「古くから封印されていた物は連中も開錠できなかったようで、そのまま残っていた。今はどの邪神の欠片の箱も上から新たに厳重に封印してある」

 教皇の言葉通り取り出した箱はまだ新しいもののように見えた。

「ではこの箱の中にさらに封印の箱があるのですね」

「ああ、いったい何個の箱の中に入っているのかわからない」

 申し訳なさそうに言った教皇に、箱を床に置くように頼んだ。

「切り捨てるより、中心に向かって刺した方が良さそうですね」

 魔術具が使用できないので今回はケインとウィルと教皇と枢機卿たちも下がってもらい、キュアがぼくの頭上を飛び水竜のお爺ちゃんが後方から全員を守る配置についた。

 箱の上に垂直に剣を持ち上げたぼくは口の中でもう一度祝詞を小さく唱えてから、箱に剣を突き刺した。

 掌の熱が一気に光影の剣に流れ出し、剣の光る側面を闇が包み込むように箱ごと真っ暗な霧状の闇に包まれた。

 ぼくの掌から熱がすっかり消え去ると光影の剣ごと闇が消え去り、床には箱もなく、白砂の小山が残されていた。

「邪神の欠片は完全に消滅したようですね」

 ぼくは屈んで白砂を触りながら言うと、後方で、おおおお、とようやく声が上がった。

「床は消滅しないで残りましたよ」

 床に傷一つついていないことを確認して振り返ると、みんな目を覆っていた手を外していた。

「眩しくて何も見えなかったけれど、すべて消滅したのか!」

「眩しくて?光影の剣を箱に突き刺すと箱も剣を闇に包まれて何も見えなくなりましたよ」

 ぼくの言葉にキュアが頷くと、イザークと月白さんと兄貴以外全員キョトンとした表情になった。

「施術者とその従者以外、光に目が眩んで状況把握ができないようになっているのかもしれませんね」

「絵本の描写がわかりにくかったのは目撃者が極端に少なく、伝聞で絵を描いたからかもしれませんね」

 兄貴とウィルの推測に教皇と枢機卿たちは頷いた。

「ああ、確かに、これは光と闇の神の魔法なのだ、としか言いようがない。ただ、まだあと八つもこの大きさの箱が残っているので、教会関係者にも光影の剣を出現できるようになってほしいものだ」

 ぼくにばかり負担を掛けたくない、と教皇は嘆いた。

「早朝の小箱の魔術具を消滅させた時より今回の方が、かなり大きな魔力を使用したような疲労感はありますが、魔力枯渇を起こす前兆のようなものはありません」

 ぼくの言葉に教皇は安堵の表情を見せた。

「ただ、気がかりなのは早朝、消滅させた魔術具の方の手ごたえが軽すぎたので、連中はもしかしたら、一つの邪神の欠片から複数の魔術具を制作したのかもしれません」

 世界中に逃亡した秘密組織の残党が邪神の欠片の魔術具をもって逃亡しているかもしれない、と警告すると、教皇と枢機卿たちの眉間の皺が濃くなった。

「今朝、タイミングのいいことに、ガンガイル王国から瘴気を封じる魔術具を追加で提供すると申し出ていただいていたんだ。できるだけ捜索隊員に携帯させられるように配慮するよ」

 本日の光影の剣の検証はここまでとなり、この後、教皇と枢機卿たちは事務仕事に追われることになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ