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光影の剣の影響力

 朝食を終えたぼくたちは一般巡礼者たちが活動を始めて込み合う前に祠巡りを終わらせると、再び古代魔術具研究所に足を運んだ。

 教皇と枢機卿たちは複数の本を持ち込んでぼくたちと合流した。

「聖典は頭から読むととても難しいので、通常の神学生たちは副読本を用いて理解を深めていく。全員、七大神の章を読み終えているようなので神学生たちから借りてきた」

 教皇たちが持ち込んだ本には光影の剣の絵本もあり、病人が光り輝く刃をあてられて回復する姿も描かれていた。

「この絵本だと切りつけられているように見えますね」

「切られる覚悟のある者が癒されると確信していたから私は切ってくれと頼んだんだ」

 あの時、何も知らなかったぼくたちは教皇が馬鹿げたことを言い始めたとしか思わなかったが、こうして神学の副読本を見てしまうと、光影の剣を目の当たりにした教皇が誘拐の話を聞いたばかりで教会への不信感が拭えないマテルとブールの前で潔白を証明しようとした態度を笑えない。

「光影の剣を出しましょうか?」

「カイルの体力、魔力に問題がないようなら、もう少し後で出してもらっていいだろうか?先にイザーク君の封印を確認したい」

 光影の剣を出現させると邪神の欠片を抹消するか神々に魔力奉納をするまで掌の熱が冷めないので、後にした方がいいだろう。

 そうですね、と教皇の提案に賛成した。

「発酵の神の祝詞ならみんなで検証できるのでいくつか食品を持ち込んでみました」

 ぼくたちは大きさと形を揃えた塩漬け肉や酢でミルクを分離させただけのカッテージチーズもどきを持ち込んで発酵の祝詞の検証をする気満々だった。

「朝食の準備の時に発酵の神の祝詞を唱えながら作業をして、基本になる発酵の時間を計測しました。大聖堂島の噴水広場での時間を基準とします」

 まずは各自が持ち込んだ食品で祝詞を唱え始めてから発酵が終了するまでの時間を計測した。

 噴水広場での検証とほぼ変わらない数字が出たが、厳重に管理されている研究所内より噴水広場の方が、若干、早く発酵したことにみんなが驚いた。

 太陽柱の映像から結果を知っている兄貴やデイジーはともかくとして、ぼくとケインも噴水から精霊素が湧き出ていることを知っていたので、空間における精霊素の密度が噴水広場の方が濃いだろう、と予測していたから、それほど驚かなかった。

「カイルたちが驚かないのはどうしてなんだい?」

 怪訝な表情のウィルが質問すると、すかさずデイジーが答えた。

「聖水が湧き出ている噴水の横と、結界で厳重に囲われている場所では、どっちが神々の力を行使しやすいか考えたら、この結果は予想できますわ」

 デイジーの説明にぼくたちが頷くと、自分たちが先に気付くべきことだった、と教皇と枢機卿たちは項垂れた。

「この検証は帰路に教会都市や聖地巡礼の逗留地で試してみるのも面白そうですね」

 ウィルの発言にデイジーが首を横に振った。

「回数を熟していくと施術者の技術が上がってしまうはずなので、神学校の新入生たちに外側からと大聖堂側から分けて、それなりの人数で検証した方がいいでしょうね」

 デイジーの意見に、ケインも頷いた。

「毎年行うと、祠巡りが流行し始めた年齢による違いも明確になるかもしれませんね」

 ケインが世代別で魔力量の違いに注目すると、辺境伯領出身者たちが色めきだった。

 怪訝な表情をする教皇と枢機卿たちに、この世代からは五歳児登録の前に祠巡りが子どもたちの間で流行し、満を持して五歳児登録を迎え嬉々として祠巡りをし始めた世代だ、と伝えると、なるほど、と教皇たちは頭を抱えた。

「五年間ほぼ毎日、祠巡りを欠かさなかった実績があるのですね」

「教会所属の神学校は初級魔法学校の課程を終えてから定時礼拝に参加するので、魔力奉納の期間と回数が圧倒的に違います」

 枢機卿たちは口々に、留学生たちが中級魔法レベルの祝詞をその場で開発したのは素地になる基礎が違ったのか!と頷いた。

 神々に宣誓しなければ聖典を読むことができなかったのは、言葉にしてしまえば祝詞となり即、魔法が発動してしまうことに対応できる魔法基礎があることを確認するかのようだった。

 おそらく、定時礼拝の年齢が規制されているのにも理由があるはずだ。

「一般礼拝所の魔法陣は隠匿の魔法陣越しにも大聖堂島の護りの魔法陣だと読み解けましたし、大聖堂の礼拝所の魔法陣はおそらく世界中に貼り巡らされている魔法陣の縮図でしょう。そういったものを目の当たりにするなら基礎魔法陣の知識があった方がいい、という配慮のようですから、定時礼拝の参加条件はこのままでいいのではないでしょうか?」

 ぼくの見解に教皇と枢機卿たちは目を見開いた。

「そうか!古の礼拝方法が遂行されていた時代は当たり前のように魔法陣が浮かび上がっていたから、基礎魔法陣の知識がないうちは立ち入れなかったのか!」

 魔法陣があらわにならなければ慣習として規制があるだけのように見えるが、魔法に憧れを持つ幼い子が迂闊に魔法陣を真似しようとしないための措置だったのではないか、という見解に教皇も納得したようだ。

「古代魔法陣の上書もありましたし、けっこう危ない魔法陣ですよね」

 イザークの率直な感想に枢機卿たちは顎を引いた。

「次はイザーク先輩に一声かけてもらい、発酵時間が短縮されるか検証しましょう」

 少し話が逸れたので声を掛けると、そうだった、と本題に戻った。

 みんなが順に発酵の神の祝詞を唱え始めると、イザークが名前を呼び、その祝詞は真実だ、と声を掛けても発酵時間は変わらず、イザークの喉の封印は解けていないようだった。

「誰がやっても駄目でしたね」

 魔法効力が倍増するのはぼくが祝詞を唱えた時だけではないかと期待の籠もった眼差しでぼくの検証を見守っていた一同はちょっとがっかりした表情になった。

 ぼくはなんとなくこうなるような気もしていた。

「光影の剣がイザークの喉の封印を一時的に解除していたのではないでしょうか?」

 同じ場所で検証しているのだから、イザークの封印が解けていた時の条件を揃えるとしたら、残りは光影の剣を出現させるしかない。

「今朝の祠巡りでのポイントの数値がいつもと変わらなかったので、もう一つぐらい邪神の欠片を浄化しても、魔力使用量的に問題ないと思います。やってみましょう」

 魔力枯渇を起こさないと思われる具体的な根拠を持ち出したことで、教皇は安堵の表情を浮かべて頷いた。

「光と闇は表裏一体だけど、世界の始まりは闇の神が先に誕生し、この世界は闇と共にある!」

 祝詞を唱える最中に、カイル君の言葉は真実だ、とイザークが言葉を重ねた瞬間、ぼくの掌の熱量が増し、出現した光影の剣は室内をハッキリと二分するほど光と闇が濃かった。

「封印が解けていますね」

 ボソッと呟くと全員が頷いた。

「邪神の欠片を消滅させる神聖な剣だと理解しているのですが、どうしても今試してみたいのです!この条件下でさっきの検証をしてもいいですか!」

 申し訳なさそうにウィルが口にすると、不謹慎かも知れないがそれは確かに気になる、とぼくたちは頷いた。

「早朝の私の愚行も神々はお許しになってくださったのだから、一回くらい試してみるのは許されるのではないかな?」

 病気や怪我のない状態なのに光影の剣に切られようとした教皇の行いは、結果として枢機卿たちに押しつぶされてできた全身の打ち身を治癒することになったように、一回だけなら好奇心の赴くままにやってみてもいいのでは、と教皇は提案した。

「猊下はそれで全身を強かに打ち付ける怪我をされたではありませんか!ちょっとした不幸が施術者に降りかかるかもしれませ……」

「はい!やってみます!」

 枢機卿の一人が止めに入ったのに、ウィルは気にせず挙手をした。

「失敗しても塩漬けの肉が腐るくらいだと思うので、試したいです!」

「肉が腐るのはもったいないから、絶対に腐敗するイメージを持ったら駄目ですわ!やる限りは美味しくなること以外考えないでください!」

 デイジーの言い方だと成功する可能性が低いのかと思えたが、検証すること自体を止めないので大事にはならないようだ。

「今後、逃亡中の秘密組織の残党が邪神の欠片の魔術具をどこかで使用するかもしれない危険性を考えると、光影の剣が出現している際、他の魔法がどう作用するのかを検証することは必要だと思いますよ」

 兄貴の指摘に反対していた枢機卿は、そうですね、と納得した。

「では、はじめます!多くの神々からの魔力を賜り大地に根付いた植物から命が巡り作られた食品を更に美味しいものとするために、発酵の神の御力を賜りたく存じます」

 ウィルは発酵の神の祝詞を唱えたが、ウィルが持つ塩漬け肉は全く変化せず、イザークは首を横に振って声を出すことさえしなかった。

「祝詞で魔法が発動しません!」

 ウィルが残念そうにそう言うと、塩漬け肉の鮮度が下がる、とデイジーは肉を保存の魔術具に戻した。

「さきほどのみんなでした発酵の神の祝詞の検証の時もそうでしたが、名前を呼んで真実だと叫ぶ必要性を感じなかったのです。今のウィル君の時もそうです。この状態では、光影の剣の出現で封印が解けたのか、必要性があったから封印が解けたのかわかりません」

 イザークの率直な感想に、ぼくたちは首を傾げた。

 イザークの声の封印が解けたことについて何もわからないことには変わりなく、光影の剣が出現していると祝詞が発動しないのではないか、という新たな謎が加わっただけになってしまった。

「祝詞だけが発動しないのか魔法陣も使用できないのか確認してみてもいいですか?」

 ケインの指摘に祝詞ばかり検証することで抜けていた視点に気付いた。

 ぼくは早朝から邪神の欠片の魔術具を五つも消滅させたのに、祠巡りの魔力奉納のポイントがいつもと変わらないなんて、まるで自分の魔力を使わなかったかのようじゃないか!

 握っている光影の剣をじっと見つめながら、ぼくの魔力は減らないのに、光影の剣の輝きと闇の深さはどんな魔力を使用して、こうもハッキリと出現しているのだろう?と悩んだ。

 この掌の熱はどこから湧いてきているのだろう?

 イザークの言葉の魔法で光影の剣が力を増しているのは間違いないが、イザークの魔力の気配はない。

 他人の魔力なんて、魔術具に貯蔵された魔力を使用する時か、定時礼拝でみんなの魔力の流れに乗って自分の魔力を微細にして魔法陣を探索する時くらいしか感じない。

 今、ぼくの掌から溢れ出る高出力の魔力に色がない。

「駄目だ。魔法陣も発動しない」

 ぼくの後方でみんながてんでばらばらに清掃魔法や癒しを掛けようとして失敗していた。

「もしかして魔術具も使用できないかもしれない!」

 ケインの指摘にデイジーは食品を収納している魔術具に手を入れて、中身は冷えている、と首を横に振った。

「無駄打ちかもしれないけれど、網鉄砲を一発撃ってくれないかな?」

 兄貴の言葉にウィルが網鉄砲を取り出し打つ構えをしたが、引き金が引けない、と首を横に振った。

「内側に作用する魔術具の使用はできても、外側に作用する魔術具は使用できないのかな?」

 ケインの疑問が今のところ正解のような気がしてぼくたちは頷いた。

 “……祝詞と魔法陣が使用できないだけかもしれないから、魔獣の本能の魔法を使用してみようかい?”

 キュアは精霊言語でそう言うと、早朝、枢機卿たちの中で一番下になっていた枢機卿の元に飛んでいった。

「腰を痛めていらっしゃるでしょう?ぼくの飛竜が癒しの魔法を試してみたいようなのでいいでしょうか?」

 助かります、と腰に手を当てて答えた枢機卿にキュアが口を開けて癒しの魔法をかけると痛みが消えたようで、枢機卿は笑顔になった。

「光影の剣が出現していると、祝詞も魔法陣も使用できず、魔獣のように本能で魔法を使用することだけ可能なのかもしれませんね」

 ぼくの指摘に全員の視線がイザークに注がれた。

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