光影の剣の実力
兄貴も犬型のシロも面白そうに教皇と枢機卿たちを見ているということは、光影の剣で教皇を切りつけてもいきなり教皇が消滅しないのだろう。
「ちょこっとだけ光影の剣で切られると体の悪いところが治るのですか?ザクッとちょこっとの違いは何ですか?」
ケインが大事なところを質問すると、教皇も枢機卿たちもジュードさんも、わからない、と首を横に振った。
「光影の剣については絵本でしか後世に残っていないので、やってみるしかわからない、と言いようがないのだ」
「そんな、人体実験なんて、勘弁してください!」
「軽く触れるくらいなら大丈夫じゃないでしょうか?」
一歩も引かない教皇にぼくが音を上げると月白さんが助け舟を出した。
結果を知っているなら早く教えてくれたらいいのに、とぼくが横目で月白さんを見ると、悪びれない月白さんは教皇を気遣うように肩に手を添えているが、瞳は面白そうに輝いていた。
この上級精霊は絶対にこの状況を楽しんでいる!
“……ご主人様。光影の剣は古すぎて私には太陽柱で映像を探せませんので、性能はわかりません。ですが、今のところ、ここで教皇が消え去ってしまう未来は太陽柱の映像にないので、サクッとだろうがグサッとだろうが刺しても切っても構いません”
見かねたシロが精霊言語で伝えてきた映像には光影の剣の検証をするまで教皇はだらだらと話し込み邪神の欠片を封じた魔術具をこの場に出さないことがわかった。
「そうですね。光影の剣の剣で触れるにしても、光っている方をあててみるだけなら治癒魔法が使えそうな気がするので、やってみますか?」
ぼくの提案に教皇は笑みを見せたが、万が一を考えた枢機卿たちは眉を顰めた。
まどろっこしいやり取りを終わらせたのは、すくっと立ち上がった兄貴だった。
すたすたとぼくの前まで歩いてくると兄貴は光影の剣の光る側面を手で触れた。
「大丈夫そうですよ」
何も変化がなかった兄貴の検証は、実際には生きている人間ではないのでほとんど詐欺のようなものだけど、枢機卿たちが安堵するように胸をなでおろしたので、詐欺ではなく枢機卿たちの精神安定上必要な行動だったと解釈しておこう。
「どこか痛むところがありますか?」
治癒魔法の基本である被験者の状況把握を行うと、全身が痛い、と教皇は枢機卿たちを見て言った。
体格のいい五人の成人男性に押しつぶされたのだから全身が痛むのは当然だ。
「では、ぼくは教皇猊下の全身の打ち身が回復するイメージで柄を握りますから、猊下は光っている方の刃に触れてください」
ぼくが剣先を教皇に向けると、教皇は慎重に光影の剣の光る側面に両手をそっと押し当てた。
教皇が触れた光影の剣が教皇を包み込むように発光すると、兄貴との反応の違いに、おおおお、と声が上がった。
「ありがとう。痛みがすっかり消え去った」
光が終息すると晴れやかな笑顔で教皇は礼を言ったが、ぼくの掌の熱は消えていなかった。
「ぼくの両掌の熱が冷めていません。発酵の神の祝詞の時は発酵が終わるまで掌が熱かったので、すべきことをまだ終えていないから熱が冷めないのかもしれませんね」
剣を握る手を見て感想を述べると、教皇は首を傾げた。
「ぼくたちが簡単に祝詞を使いこなせた理由は成すべきことがあるからではないでしょうか?」
畳みかけるように言葉を続けると、まだ納得したような表情ではなかったが教皇は頷いた。
「光影の剣は魔法が使えなくなった世界で、人々を癒やし、同時に人々を裁きの手段として用いられ、そして死霊系魔獣の殲滅のために出現した、と考えられている。まだ子どものカイルに裁きを求めるのは酷なことだ。癒しの発動を確認できただけで十分だろう」
事の善悪なんて立場が変われば簡単に入れ替わるのに、裁きの検証なんてしたくない。
その実、古代における光影の剣の裁きだって、病や怪我を消しさる神通力として光影の剣を悪人に利用されたくない光影の剣の使い手がハッタリを掛けただけのような気がするが、検証したくないぼくは大人しく口を噤んで頷いた。
「カイル兄さん。魔力を使用した負担感は少ないの?」
「全くないよ。むしろこれじゃない、と言うかのように掌の熱量が増した感じがするよ」
ぼくを気遣うケインに率直な感想を言うと、キャロルが真剣な表情で尋ねた。
「通常の回復魔法より魔力を使用していない感じですか?」
即答に戸惑ったのは日頃から回復魔法を使うより回復薬を飲む方が多かったからだ。
「いあぁ、回復魔法を使う前に、たいがいのことは回復薬かキュアに頼ってしまうから、救急救命の授業以来、回復魔法を使用したことがないので、比べられないよ」
湯水のごとく高級な回復薬を使用できるのは製薬会社の長男だからだよ、とボリスがマテルに小声で説明した。
経口服用の回復薬は味に考慮したお婆の既製品を使用するけれど、噴霧するタイプは光る苔の水槽を掃除すると毎日入手できる水が主原料なので、キリシア公国の非常食みたいに在庫超過分を消費しているだけだから、価格について気にしたことがなかった。
「ぼくは練習も兼ねて擦り傷程度でも寮生たちに治癒魔法を使用していたので気になっただけです。大きな病気の治療ならともかく、軽症なら魔法陣の方が気楽に使用できますね」
光影の剣は仰々しすぎて日常に使用できない、というキャロルの見立てにぼくは頷いた。
ぼくたちがそんな感想を言い合っている間に、教皇は部屋の奥に一人で進んでいくと、真っ白い壁に両手と額をつけて何やら呪文を唱えていた。
「礼拝室の壁に似ているね」
イザークの指摘にウィルとキャロルとマルコが頷いた。
「ぼくは偶々生きのこった王族なので城の礼拝室に立ち入ったことがないんです」
恥ずかしそうにマテルが告白すると、跡継ぎ候補でもない未成年なら当然です、とアーロンが呟き、留学前に一族で存在感をだすために一度だけ入った、とキャロルも同意し、うちは五歳を過ぎたら非常時の魔力供給要員として訓練で入室しただけだ、とマルコも礼拝室に入る未成年が珍しいと強調した。
「ぼくは長男と次男への当てつけのために城の礼拝室に入りました。平和な時代が続くとどうしても弛んでしまうので、父は跡取り候補の兄たちに喝を入れたかったようです」
ウィルの説明にクレメント氏が嬉しそうに小さく頷いていた。
ぼくたちがちょっと変わった世間話をしていると、教皇は触れたところだけ液状化したような壁の中に両手を肘まで突っ込んで、ハーモニカケースのような大きさの小箱を取り出した。
「できることなら箱を開けず、これに光影の剣を突き刺してほしい」
教皇は封印された小箱から邪神の欠片の魔術具を取り出す危険性を考慮して箱ごと処理しようと提案した。
「念のために、帝都で暴発したときに使用した瘴気を捕縛する網鉄砲を構えておきましょうか?」
ウィルが収納ポーチから死霊系魔獣対策用に所持していた網鉄砲を取り出すと、ケインはすかさず癒しのバズーカー砲を取り出した。
念のためにお願いする、と教皇が言うと枢機卿たちは教皇を守るかのように取り囲んだ。
キャロルとデイジーが新入生たちを後方に下らせると、こっちの守りは任せておけ、と言うかのようにキュアが最後尾の頭上で待機した。
「この小箱の中に短剣の魔術具がさやに納まった状態で入っているのですね。教皇猊下がぼくに向かって小箱を投げてくだされば落下する前に切り落します」
教皇が両手で持つ小箱に剣を刺すより手放していてほしい、と提案すると、ぼくの左右で網鉄砲とバズーカー砲を構えるウィルとケインを見遣った教皇は頷いた。
ぼくは中段の構えで光影の剣を握ると、今一度祝詞を唱えた。
「光と闇は表裏一体だけど、世界の始まりは闇の神が先に誕生したように、この世界は闇と共にある!」
確認するように唱えた祝詞に反応するように掌がさらに熱くなり、光影の剣の側面が発光し、反対面の闇が光を吸収して室内の半分の影を濃くした。
「カイル君の言葉は真実だ!」
ぼくの後方からイザークが叫ぶと光と闇がさらに強まった。
「いくぞ!」
教皇が小箱を放り投げると、ぼくは一足飛びで踏み込んで光影の剣で小箱を切り捨てた。
二つに分かれた小箱が床に転がる音が響いたが、箱の中にあったはずの邪神の欠片の短剣はなく、空っぽになったいた。
「「やった!成功だ!!」」
ウィルとケインは空になった小箱の片方ずつを網鉄砲とバズーカー砲の先端で突いて本当に空であることを確認して安堵の息を吐いた。
霧散したのか?と後方から見ていた留学生一行は叫んだが、間近で見ていた教皇と枢機卿たちは、吸収された!と叫んだ。
小箱を切った時に一瞬まとわりついた邪気が光りに浄化されながら闇に吸収されるのが、確かにぼくにも見えていた。
それなのに、一仕事終えた光影の剣を握るぼくの両手はまだ熱く、刀身の光と闇は強まったままだった。
「二回も祝詞を唱えたせいかまだ掌の熱が冷めません。なんだか、イザーク先輩の言葉に反応してさらに力が増したような気がします」
「……イザークの喉の封印が解けて声に魔力が載り、祝詞を強固にしたようだ」
ぼくと教皇の発言にみんなの視線がイザークに集まると、本人も自覚がなかったようで喉を触って首を傾げた。
「光影の剣が輝きと闇を増すと、カイル君の祝詞が真実だと声を出して言わずにはいられなかったのです」
イザークの発言に教皇と枢機卿たちも首を傾げた。
「検証は後にしましょう。光影の剣はまだ確実に使えそうなので、残りの四つの魔術具もさっさと始末してしまいませんか?」
常時明るい研究所内にいると時間の感覚がなくなってしまうが、早朝礼拝に間に合わせなくてはならないのだ。
ぼくの表情からもまだ余裕があると判断した教皇は再び壁の奥に手を突っ込んで小箱を取り出すと枢機卿たちに手渡し、残りの四つ全てを取り出した。
「四つとも順番に放り投げてください。全て一刀両断することができる気がします」
「カイル君の言葉は真実だ!」
ぼくの言葉に光と闇を強めた光影の剣はイザークの言葉でさらに光と陰影を深めた。
枢機卿たちは頷くと順々に小箱を放り投げた。
投げ出された小箱に向かって連続して光影の剣を振ると気持ちいいほどスパッと全ての小箱を真っ二つに切ることができた。
役目を終えた光影の剣は熱の抜けたぼくの両手から消え去っていた。
「できましたね」
ぼくが振り返ると魔獣たちが拍手で成功を喜んでくれたが、見学していた留学生一行は口を半開きにして茫然としていた。
「光影の剣はやはり邪神の欠片を消滅させるために出現したようだな」
光影の剣が消えてしまったぼくの両手を見ながら教皇が呟くと、枢機卿たちも頷いた。
「そろそろ、早朝礼拝の支度をしなくてはならないお時間です」
時間切れを告げる月白さんの言葉に、何が起こったのか詳しく検証したい気持ちを抑えてぼくたちは足早に研究所を後にした。




