わくわくトロッコ
翌日の遊び部屋にはキャロお嬢様はいなかったが、ボリスの妹が来ていた。
もじもじしていて、なかなか他の子の遊びに参加できなかったから、ケインが横揺れの大縄跳びに誘っていた。
「あいつ、家の中ではえらそうにしているのに、よそに行くとおとなしくなるから、誰にでも可愛がられてかんちがいするんだ」
ボリスは妹に辛辣だ。
ボリス自身も兄たちの当たりがきつくて、ぼくにこぼしていたじゃないか。
泣き癖が治ったなら認めてあげようよ。
「ミーアちゃんは末っ子気質なんだよ。初対面ではお兄ちゃんが面倒を見てくれるから、自分から積極的に活動しなくても何とかなってきたからだよ。あとは女の子のお友達が自分で作れたらいいね」
下の子は内弁慶になりがちなんだ。
「エミリアさんの子どもも来てるんでしょ?」
「いるはずなんだけど、どこだろう」
検算君と同じ学年になるから顔なじみになっておくといいのに。
「ミィヤァ」
うちのできる猫が見つけたようだ。
みぃちゃんがついて来いよとでも言うように、ぼくたちを案内してくれた。
トロッコの荷台でみゃぁちゃんを突っつく幼児がいた。
全員が胸に名札をつけているのだが、丸まってみゃぁちゃんを突っついていては見えない。
「その子はケインの猫なんだ。可愛いでしょ」
ぼくたちに気がつくと男の子はうろたえたようにのけぞった。
見えました。マーク君です。
「ぼくはボリス、こっちはカイル、その猫はカイルの弟のケインの猫でみゃぁちゃん。そしてこの猫がカイルの猫でみぃちゃん。ぼくの猫はうちで留守番しているよ」
一度にずらずらと名前を言っても覚えられないと思うぞ。
「ぼくはマークです。今日初めてここに来ました。どうぞよろしくお願いいたします」
さすがエミリアさんの息子だ。礼儀正しい。
後方でボリスの付添人とマークの付添人も挨拶している。
「初めてだったらトロッコを動かそうよ、遊び部屋を一周できるよ」
ボリスが提案した。一周している間にみんなが何をしているか説明できる。
いい案だ。
「これ、動くんだ。すごいね!」
付添人たちが線路上に居る子どもたちに注意を促してよけさせる。
ぼくはトロッコの安全確認を、声をだしながら始めた。
「ブレーキ」
「よっし!」
「警報」
みぃちゃんがブザーを短く鳴らす。
「よし!」
「線路上に人はいないか?」
「よっし!!」
「エンジン始動」
ボリスが紐を勢いよく引いた。
ブルルン!
いい音だ。
「「エンジン良好!」」
ぼくらが元気いっぱいに大声で確認作業をしているのを、マークがびっくりした顔で見ている。
ここは恥ずかしがっていてはいけない。
大きな声を出すことで、周りの子どもたちに線路上で遊べないことを知らせるのだ。
線路上に誰も居なくなると、信号が青に変わる。
「「信号、よーし」」
ケインとミーアが走ってきた。
「兄ちゃん「にいさん、乗せて!!」」
マークがミーアに手を差し出してエレガントにエスコートする。
これぞ、小さな紳士。ケインにはできない技だ。
「みんな座ったね。信号よし」
「「「出発進行!!!」」」
ぼくたちは新入りのふたりに遊び部屋の案内をした。
「あそこは、魔獣カードで遊ぶ場所だよ。遊びたいときは席について待っていれば、対戦したいと思う子がいたら、向かいの席に座ることになっているよ」
「誰も来ない時は、ひとり遊びをしていてもいいんだ」
「みんな強いのかな」
「後ろの黒板に、前回の大会の結果が書いてあるよ。負けても、相手の戦い方から学べるから、勝敗を気にせずに遊んだらいいよ」
トロッコから見る魔獣カードのブースは、テーブルの上でなにやらピカピカ光っている。
雷系の技が、今一番人気だ。
「スライム部門では、ぼくのスライムはまだまだ勝てないのに向かっていくよ」
「ボリスのスライムは打たれ強いよね」
ボリスのスライムがポケットから飛び出して、ボリスの肩の上で得意気に震える。
遠回しに弱いと言われているのにね。
「わたしはまだスライムを飼っていないの」
「父さんとの約束を守ったら、飼ってもいいって言っていたよ」
「ほんとう?わたし、がんばる!」
「みんな、スライムを飼っているんですか?」
「まだ、そんなにいないよ」
大人の方が夢中になっているから、子どもには、なかなかあたらないんだよね。
「エミリアさんは事情に詳しいから、お願いしたら、きっと飼えるようになるよ」
トロッコの先頭で三匹並んだスライムは可愛い。
子どもたちにも飼育が広がるのは間違いないだろう。
「あっちは双六で歴史を研究するところだよ」
「勝負の途中で気になる箇所があると、すぐ検証を始めるから、一日で終わらないことがあるよ」
「勝負のとちゅうでも仲間に入れてくれるよ」
「はなしが長い人たちだよ」
トロッコが坂道を上り始めるとエンジン音がうるさくなる。
ステージの上の音楽の教師ににらまれた。
「あっちが楽器をえんそうする人たち。はじめはまちがえても、笑ってゆるしてくれるよ」
「何回も間違えると冷たくされるよ」
ステージの奥をゆっくりと進むと絵本の読み聞かせエリアを通り過ぎた。
「全員が文字を読めるわけではないんですね」
「ほとんどの子がまだおぼつかないよ」
「みんな負けず嫌いだから、お話のないようを、ぜんぶ覚えているんだ」
ボリスは認めないけど、その子はお話の内容を暗記しているのじゃなくて、読んでいるんだよ。
縄跳びやフラフープ、鉄棒で遊ぶエリアは広めにとってある。
「わたしも、なわとびはとべたよ」
「ぼくは自信がないです」
「みんな最初は下手だったよ」
「ぼくはカイルにおそわったんだ」
トロッコが一周して戻ってきた時には、すっかりマークと打ち解けてた。
しっかりしている子だから、お買い物ごっこで活躍してもらおう。
お昼過ぎに母屋に戻るとなにやら騒がしかった。
お客さんがやって来たのだ。
いつまでたっても帰ってこない、メイ伯母さんにしびれを切らした、旦那さんが迎えに来たようだ。
いや、多分メイ伯母さんが呼びつけたんだろう。
ありがたいことに、米と海産物をたくさん運んできてくれた。
馬車の馬を途中で代えながら、安全になった街道を夜通し走って来たらしい。
お疲れ様です。
お米の一部は商業ギルドを通して、一般販売できるようにハルトおじさんが調整してくれた。
おそらく、日本酒の追加の仕込みは、米がないからできません、と断ったから手配したのだろう。
そして、旦那さんは、ぼくを狂喜乱舞させるお土産を持ってきてくれた。
もち米と、帆立の干し貝柱、鮭や牡蛎の燻製などの追加の海産物である。
ぼくは疲れているであろうメイ伯母さんの旦那さんに、日本酒の熱燗と頂いた海産物をあてにしてもらった。
メイ伯母さんの手料理も次々と出てくる。きんぴらごぼう、茶わん蒸し、味を調えた筋子。
旦那さんにとびきりに美味しいおつまみを用意して、仲のいい夫婦なんだなと思っていたら、旦那さんが泣き出したので、驚いた。
泣き上戸なのかと思ったが、違った。
感激に咽び泣いていたのだ。
辺境伯領に行っている妻からの手紙は本物そっくりの魔術具の鳩が運んでくるし、書かれている内容は、自分たち家族にはとても信じられないものだった。
メシマズの嫁が、料理に目覚めて新しい料理の魔術具が沢山ほしい、なんて書いてよこすはずはないからだ。
辺境伯領から金物の持ち出しは制限があるから、人数を増やして一人頭制限の上限いっぱいの調理用魔術具を持ち帰りたい、と書いてあったのだが、本人の筆跡なのに夢でも見ているのかと思ったらしい。
というか、伯母さんはメシマズ嫁だったんですね。
メイ伯母さんの場合はお料理に興味がなく、向上心の欠如が原因だっただけで、今は普通に美味しいものを作ってくれる。
その事実だけでも涙が出てくるようだ。
辺境伯領騎士団第三師団長の直筆サインの手紙があったし、メイ伯母さんにあげた魔石を鳩が咥えていたから、間違いないのだと、信じることができた。
料理の修行のため滞在期間を延長することは、子どもたちも喜んだので、許可の手紙を書いて、言われたとおりに鳩を飛ばすと、王都の方角へ真っすぐ飛び立った姿を見て、革新的な技術に従業員一同、商機を感じた。
だが、騎士団の主導で開発された魔術具では、商人の使用は無理だろうと、なかば諦めていたら、何度も書簡のやり取りが行われ、食料品の大量注文につながった。
辺境伯領はとても遠いため、運搬方法は幾つかの商会を通さなければ難しいだろうと検討していたら、新しい神様が誕生して街道が安全になった。
強行軍で馬車を出したら、王都を過ぎてから、王都に資格を取りに行く非番の辺境伯領騎士に出会うことが多く、お米を運んでいると言ったら、交代の馬の手配をどんどんしてくれた。
不眠不休で強行したら、御者の手配までしてくれて、途中からある程度快適に旅ができた。
こんなことはあり得ない、辺境伯領の人たちはとても親切だと、おいおい泣いている。
「いやいや、こちらこそ無理を承知でお願いしたんだ。よくぞこれだけかき集めてくれた」
「非番の騎士たちも、米がよほど食べたかったんだろう」
ハルトおじさんと、マルクさんがうちの食堂でお酒を飲んでいる。
今日は全員非番なんですか?
お米やお酒についてのお仕事のお話ですか。
そうですね。必要ですね。
ところで旦那さん。
種もみはお持ちですか。
ほほう!
あるのですね。
「マナさん。研究したいので付き合ってください」
お婆とマナさんを連れて製薬所の研究室に行こうとしたらケインもついて来た。
そんなに楽しい研究じゃないよ。
おまけ ~恋とは切ないものですね~
ピンクブロンドの君が子どもたちとみたらし団子を食べています。
あれは、俺の恋の味……。
ピンクブロンドの君が俺の恋の味を口に入れ……。
ああぁぁぁ、俺も、…かじられたい……。
二つ目のお団子も縦に口に入れるのですね。
お口の端にみたらしがついています。
…拭って、差し上げたい。
ふぁぁぁぁぁ………。
し、し、舌でぇぇぇぇ……なめ、なめ、なな舐めとった!
はぁぁぁぁぁ。
なんと、なまめかしい!!
ぷっふぁぁぁっぁ。
三つめは、横から食べるのですか!
俺も横から食べられたい……。
…串に残った団子は前歯でかじり取るんですね!!
ドゴッ。
何故、ラインハルト様の鞄が飛んできて、俺の頭に直撃するんでしょう。
痛いじゃないか!
鞄が飛んできた方を見ると奥のテーブルの上に黄緑色のスライムがいました。
目がないのに、にらみつけているような迫力があるのです。
……お前、舐めとんのか。
なぜだろう、そんな言葉が頭に浮かんだのです。
黄緑色のスライムが、俺の動揺を悟ったかのように、更に圧をかけてきました。
……お前、ヘンタイだぞ!
俺は、ヘンタイではない。
ただ、切ない恋をしているだけだ!
……お前、気持ち悪いぞ。
俺は純粋にピンクブロンドの君をお慕いしているだけだ!
……今度、邪な目で彼女を見たら……。
黄緑色のスライムが細長く触手を伸ばすと、まるで首を切るかのように、自身の首と思しき場所を、真横にシュっと動かしたのです。
……お前、死にたいのか。一度死んでみるか?
俺は小さく横に首を振りました。
あの黄緑色のスライムはそれができるかのような圧を俺に放ってきました。
「顔色が悪いようですね。あなたは先に馬車に乗っていなさい」
俺は引きずられるように、つまみ出されてしまったのです。




