美味しさの追求!
「まあ、夢のような話は置いておいて、ウズラの卵の串のおかわりはいただけそうかしら?」
デイジーはタルタルソースをたっぷりつけたウズラの卵のフライを気に入ったようでベンさんに尋ねると、一人一つです、とミロに断られていた。
「これは海の食べ物ですか?……貝ですか!初めて食べますが、とても美味しいです。このソースは鶏卵ですか?ゆで卵がこんなにまろやかになるのですか?!美味しすぎて、次に何を口に入れようか迷います!」
衝撃的な話が一旦落ち着いたマテルがカキフライにかぶりつくと、磯の香りに海産物だと気付いて饒舌になった。
初めての味に興奮したマテルとブールが烏賊リングやカニクリームコロッケ、ヒレカツを口にしたところで、問い合わせのため中座していた枢機卿が戻ってきた。
「上級魔導士ディーは旧ラザル国旧ナザル国とその周辺を飛び地で土地を購入しているようですが、ドルジという帝国軍人と共同名義です」
ドルジさんが帝国軍人だとわかるとマテルとブールの眉間に皺が寄った。
「ドルジは帝国軍人だけど南方戦線にはかかわっていませんよ。帝国東南部出身で東方連合国とつながりが深いので、戦地で戦闘員が不足しても補充人員になることはあり得ません」
デイジーの説明はドルジさんが東方連合国のスパイで、スパイであることが帝国軍に身バレしているから南方戦線に派遣されない、と言ったも同然だった。
「……それはつまり、東方連合国が土地購入の資金援助をしているのでしょうか?」
いきなり核心をついたブールの質問にデイジーは首を横に振った。
「いいえ、東方連合国ではなく、私の知人が資金提供をしているのです。知人は境遇の悪い孤児院から脱走した子どもたちを成り行きで保護し魔法学校に通わせて冒険者にしたのですけれど、彼らは稼いだお金を片っ端から消費しているようなので、冒険者として稼ぐ体力が無くなったら農場で雑用でもしてもらおうかと考えて出資したようですわ」
かつてアネモネとして保護した子どもたちを魔法学校に放り込んで放置していたら冒険者として自立しただけなのに、そんな冒険者たちの老後まで気にするようになったなんて、デイジーの情緒も成長したようだ。
うんうん、とぼくとウィルは頷いていたが、誘拐の被害にあった子どもたちの一部が冒険者になっていたことを知った教会関係者たちは渋い表情になった。
「……大きな声では言えませんが……東の魔女が関与しているのですね」
教皇の問いにデイジーはにっこり笑っただけで、否定も肯定もしなかった。
たくさん食べると胃もたれするでしょうから、と言った月白さんが教皇の皿からウズラの卵の串をデイジーの皿に移すと、わかっているじゃない、と言いたげにデイジーの口角がグッと上がった。
「……市民カードに上書きできるくらいの魔法ができる方がかかわっているのでしょうね。あの冒険者たちがもう少ししっかりしていたら帝国民として土地の購入をする権利があるのですから農場を広げられますのにね」
冒険者たちと連絡がつくことをデイジーが教皇に匂わせると、教皇は頷いた。
「マテルとブールの帰国に合わせて、旧ラザル国の教会の環境整備として教会から人を派遣しよう」
神学生候補の研修のような体裁なら南方諸国の二人も故郷に立ち入れるだろう、と教皇は二人に言った。
こうして、マテルとブールは帰路に国破れた故郷に立ち寄ることが決まった。
昼食後はジュードさんの案内で神学生候補ということで立ち入れる箇所が増えた大聖堂島内を見学することになった。
「あちらの建物が神学校で、横にある付属の建物が神学生たちの寮です。これからは差し入れも私を経由しないで、寮に直接持っていって大丈夫ですよ」
「この辺りに知識の神の祠があるはずですよね。魔力奉納をしてもいいですか?」
一般礼拝所の魔法陣は大聖堂島の結界の見取り図のようなものだったので祠の神を推測したぼくの一言に、ご明察!とジュードさんが言った。
神学生の寮の裏庭の知識の神の祠でぼくたちが魔力奉納をしていると、神学校の校舎から帝都出身の神学生たちが手を振っている気配を感じて振り返り、ぼくたちは頭を抱えた。
休み時間だったのか神学校の校舎の全ての窓から神学生たちがぼくたちを見ていた。
「新任の枢機卿たちと同じくらい大きな音で鐘を鳴らした帝都の魔法学校生たちに神学生たちが興味津々になるのは当然ですよ」
ジュードさんが説明している横で、キャロルとミロはデイジーを挟んで手を繋ぐと、縄跳びの縄をまわすようにデイジーを持ち上げてグルグル回し、時折デイジーの手を放して宙に飛ばすアクロバティックな動きをした。
最後はデイジーがお得意の伸身二回宙返りを披露すると、着地地点に精霊たちが光の輪を作って待ち構え、デイジーがピタリと両足で着地をきめると、神学校の校舎から拍手が起こった。
三人は丁寧に全方向にお辞儀をした。
調子に乗ったぼくたちは祠に魔力奉納を終えた順でちょっとした器械体操の技を決めては神学生たちから拍手をもらっていると、神学校と寮の間の中庭に精霊たちが靄のように溢れていた。
ぼくたちが魔力奉納を終えたところで予鈴のベルが鳴り、魔法学校の生徒たちは足早に移動してしまった。
「そろそろ大聖堂の礼拝所で聖典が見たいです」
余興も済んだところで本命への案内をジュードさんにおねだりすると、精霊たちがぞろぞろと大聖堂の方へ流れ出した。
ぼくたちの先触れのように精霊たちが大聖堂内に流れ込んだので、ぼくたちは通り過ぎる司祭補たちに会釈しながら礼拝所まで歩いた。
「祭壇正面は定時礼拝の儀式を取り仕切る司祭の席になるので、そこを避けてくだされば祭壇の前まで来ても構いません。聖典は常時、祭壇脇の演壇上にあるので、資格がある方はどなたでも触れることができます」
ジュードさんの説明が終わるより先に精霊たちが祭壇脇の演壇の上に球体になって集まっているので、その中心に聖典があるのは一目瞭然だった。
ぼくたちの先頭にいたキャロルが当然最初に聖典に触れるとぼくたちは考えていたが、壇上に集まっていた精霊たちから一本の縄のように光りが伸びてくると、キャロルの後ろにいたぼくのところまで伸びて止まった。
「どうやら、ご指名があったようですね」
フフフと笑うウィルは精霊に導かれて歩くぼくの真後ろについた。
聖典の演壇に向かうと球体になっていた精霊たちが崩れ、ポケットや鞄やポーチから顔を出していたスライムたちやキュアやみぃちゃんに、出ておいで、と誘うように精霊たちが包み込んだ。
魔獣たちが壇上に乗って聖典を取り囲むと、精霊たちはケインや兄貴の方に流れて行き、ぼくを挟んで兄貴とケインが聖典の正面に立つと、次はお前たちだ、と言うかのように精霊たちはウィルやイザークのところに流れて行った。
その後も、精霊たちに立ち位置を決められるように誘導されたぼくたちが全員が演壇を取り囲むと、最初に読むのはお前だ、とでも言うようにみんながぼくを見た。
「一ページ目から読むのが正しいかもしれないけれど、一番新しい神の誕生から見てみるのはどうだろう?」
神々にはぼくたちがわからない序列があるから、いたずらに逆鱗に触れないためには誕生の新しい順、序列の低そうな順から見ていくのはどうだろうか、と提案した。
みんなが頷く前に、聖典が輝き、読むべきページが勝手に開いた。
「……封じられしものの余波を受け、長きにわたり失われていた神の座がこの日埋まった。小さきものどもの真摯な願いに応えし多くの神々の推挙により、発酵の神が誕生した。小さきものは日々、試行錯誤で料理を研究し……」
発酵の神の誕生を光と闇の神の眷属神である命の神と土の神がかねてより熱望しており、空位を埋める神の誕生を長らく待たれていたところ、小さきものたちがせっせと美味しいスープを作っては新たな調味料の誕生を願い、神々に供物をささげ、祈り、味の改善を毎日続けた、とある。
もしかしてこれは、幼いぼくがラーメンスープ作りに四苦八苦し、いただきます、と必ず言っていた言葉が神々に届いていた、ということだろうか?
大地の神の下級魔獣まで至高の味を模索し火の番をする姿に火の神や料理の神が感動し、味の決め手は酒だと小さきもの共が祈ると、酒の神は歓喜し、水の味にまで拘る姿に喜んでいた水の神の後押しもあって、一夜にして新しい神が誕生した、と記載されていた。
大地の神の下級魔獣ってスライムたちのことかな?
直接的な名指しはなかったが、ラーメンスープの火加減を見張り続けたスライムたちの努力が神々にも認められていたようだ。
ぼくとケインのスライムたちが演壇上で感極まって震えている。
「ぼくはこの、小さきものたち、に物凄く心当たりがあるのですが、精霊たちが一番に呼びこんだ、ということは……そうなのでしょうね」
キャロルがぼくとケインを見てそう言うと、ラーメン、とクリスの口が動いた。
「革命的に美味しい麺料理が辺境伯領で流行してから、発酵の神が誕生して、味噌と醤油ができましたね」
クリスが当時を思い出して言ったが、辺境伯領出身の留学生一行は当時、三、四歳だったので記憶になく物心ついたころにはラーメンが郷土料理のように普及していたので首を傾げていた。
「聖典の続きを読んでください」
クリスの言葉に、うんうん、と頷いたジュードさんが先を促した。
「……新しい神は世界の北の端から誕生し世界の中心の聖典に登録された。人々は新たなる神の誕生に歓喜し、一晩中、新たな祝詞を唱えた……」
「ガンガイル王国から新たな神が誕生した、と教会関係者たちは考えております」
ジュードさんは教会関係者の視点で発酵の神誕生の日を解説してくれた。
当時、一地方の神学生だったジュードさんは就寝中、先輩に叩き起こされて礼拝所に向かうと、聖典が光り輝き発酵の神のページに開かれていたらしい。
新たな神の誕生に歓喜した司祭が増えたページの文章を読み上げるのを教会関係者たち全員が復唱して発酵の神の誕生を祝ったらしい。
「その日は一睡もしなかったのに、翌日のお勤めに全く支障がありませんでした。あの時の高揚感は本当に特別なものでした」
しみじみと語ったジュードさんに、大人たちが大騒ぎしていたな、と当時を思い出して笑みがこぼれた。
「聖典に綴られている全文が祝詞ということは、この文章を途切れることなく唱え続けたら、魔法が発動されるということですか?」
ケインの質問に、そうです、とジュードさんが答えた。
……発酵の神の誕生の翌朝、自宅の裏山の山葡萄がワインになったのは教会関係者たちの祝詞のせいだったのかもしれない。
収納ポーチに入れてあった小枝のようなキリシア公国の非常食を祭壇の上に置いて、ここで発酵の神の聖典の記述を全部読み上がたら、この味気ない非常食が美味しくならないかな?なんてことを考えてしまった。
考えただけで、実行するつもりはなかったのにぼくは右手に非常食を掴んでいた。
「祝詞を使って発酵食品を作ってみたいですけれど一語一句間違えずに唱えるのは相当練習しなければ難しいでしょうね」
ウィルがすぐに試してみたそうに言うと、みんなも頷いた。
「発酵の神様は気の早いところがあるので、ぼくたちはもたもたしていられませんね。頑張って全文を覚えますよ。祝詞を使用してより美味しい発酵食品を作りましょう!神々は美味しいものがお好きなようなので、今後さらなる味覚の探求をしますぅ……」
ぼくの言葉の語尾がおかしなことになったのは、キリシア公国の保存食を握っていた右手が急に熱くなったからだった。
熱を帯びた右手の拳が光り輝き、驚いたぼくは聖典の真上に拳を出したのは、何も考えずにした行動だった。
ぼくの右手の拳の輝きがきえると、握っていた掌を解いた。
ぼくの掌の上にあったキリシア公国の保存食は空気中の微生物が付着して発酵したのか、白い粉のようなものがびっしりと付着していた。
おおおおおおお、とぼくたちがどよめくと、ジュードさんが腰を抜かして言った。
「……信じられない。中級魔法の祝詞を目の前で開発した!」
新たな発酵食品の誕生に喜んでいたぼくたち全員がジュードさんを見た。
中級魔法の祝詞って何だろう?
ぼくは特別な言葉なんか言っていないよ!




