輝きの意味
地上の治安警察隊員たちに、大丈夫だよ、と手を振るとぼくたちは自己紹介の続きをした。
ガンガイル王国の留学生一行の多さに、ガンガイル王国は豊かな国なのですね、とマテルとブールは感心した。
「ガンガイル王国の近年の発展は凄まじいですね。憧れてしまいます」
マルコがしみじみと言うとにデイジーとアーロンが頷いた。
可動橋が動くタイミングで上空を飛行すると全員の視線が橋の動きに釘付けになった。
「もしかして、可動橋を渡るのを楽しみにしていましたか?」
自分が大聖堂島に来る楽しみの一つだったと思い出して声を掛けると、マテルとブールは首を横に振った。
「通行料が高すぎて連絡船を使用するつもりでした」
「わかります。ぼくも出資者がいなかったら一番安上がりの手段を利用します」
マテルの返答にアーロンが同意すると、傍系王族なのに?という表情をマテルとブールがした。
「ぼくが帝国留学をすることになったのは傍系王族のじゃんけん大会に負けたからで、最低限の学費と渡航費しか支給されませんでしたよ。カイル君と親しくなってムスタッチャ諸島諸国とガンガイル王国の貿易が盛んになったことで支給額が増えました。最近はそこまで苦労をしていませんが、節約癖は抜けません」
アーロンの話に笑いながらイザークが頷いた。
「ガンガイル領の方々は親切を倍返しにしてくださるので、ここでカイル君たちと交流をすると南方諸国の皆さんも恩恵があるはずです」
唯一留学生ではないのにこの場に居ることになった理由を自己紹介でぼくたち一家のお陰だ、と話したイザークが言うと、本当か?と言いたげにマテルとブールはぼくたち兄弟を見た。
「ぼくたちに同行している商会の人たちは南方諸島と取引がしたくてたまらないので、いい話があるのは本当です。楽しみにしていてください」
間違いない、とぼくの話に全員が頷くと、そんなうまい話をなぜ自分にするのか、と言いたげにマテルは上目遣いでぼくを見た。
「精霊たちがあんなにたくさんマテルさんを照らした、ということはそれだけで信頼に値しますよ。マテルさんは教皇猊下からの招待とはいえ保護された国から厄介払いのようにお遣いに出されたと感じたかもしれませんが、南方諸国から八日で教会都市まで移動できたのは相当な実力があったからです」
ぼくの主張に全員が頷いた。
可動橋の通行料すら負担に感じるマテルたちが高価な転移魔法屋を利用したとは考えにくいし、馬車ではとても八日でここまで来ることはできないから、身体強化で走った、とぼくたちは考えたのだ。
「我々の努力を察してくださるのですか……」
ブールは涙目で呟くと、優秀な人物が日の目を見ずに不遇な待遇を受け続けていたのを支えていらしたのですよね、とイザークの護衛は涙目で小さく何度も頷いた。
「東西南北の砦を護る一族の縁者が大聖堂島に集結したのです。ここにいる時点でマテルさんは常人ならざる才能があるのですよ」
イザークの言葉にマテル本人は首を傾げた。
「あらやだ!もう戻ってきている!小さいオスカー殿下は一歩下がることをご存じの皇族ですが、もう一人は大人とは思えない言動をなさる方です。宿敵でなくてもイラっとする方なので、遣り過ごしてくださいね」
噴水広場上空まで飛行し高度を下げると、地上でハントが魔法の絨毯を見上げているのを見つけたキャロルがマテルに忠告した。
宿敵の気配を察知していたマテルは無言で頷いた。
「みなさんがお迎えに行ってくださって助かりました」
治安警察隊員たちから情報を仕入れていたジュードさんはマテルたちを案内する役だったらしく噴水広場で出迎えてくれた。
軍に所属しているハントはマテルたちにとって自分が侵略者であることをわきまえていたようで、ジュードさんや商会関係者たちが和やかにマテルたちを歓迎する後方にしれっとした顔で立っていた。
東西南北の砦を護る一族の関係者や世界の背骨といわれる山脈の麓で独立を保つキリシア公国の姫が集結するなんてそうあることではない。
ハントに分別のある振る舞いができるのならマテルたちと交流を持つ時間を増やしたいところだ。
「教皇猊下が用意した宿泊施設もありますが、もし良かったらぼくたちのキャンプに合流しませんか?」
ぼくの誘いにマテルはハントをチラッと見て目を伏せた。
「せっかく大聖堂島に来たのに私はもう帰らなくてはならない時間になってしまった」
穏やかに微笑んだハントは大きめの独り言を言った。
そう言えば、ハントの休暇は二泊三日だった。
神々の計らいかのようにハントが退場する時間になったことで、マテルの気がかりは小さいオスカー殿下だけになった。
小さいオスカー殿下と目をあわせたまましばし考えこんだマテルは小さく頷くとぼくを見た。
「はい、お世話になります。皆さんと一緒に勉強させてください!」
マテルの返答に、食事はこのキャンプの方が美味しいので私もお勧めします、と案内役としてマテルとブールと行動を共にするジュードさんは喜んだ。
「祠巡りがてら大聖堂島をご案内いたします。その後、宣誓室にご案内いたします。留学生御一行の皆さんは早朝に祠巡りを済ましていましたね」
ジュードさんがぼくたちの午前中の予定を聞くので、本来の予定通り昨日引き上げた石の解析をしたい、と話した。
「そうでしたね。教皇猊下が、今朝の宣誓の際の詳しい話をしたいとおっしゃっていましたからマテルさんたちの祠巡りが終わるころ宣誓室に来ていただいてよろしいですか?」
ぼくたちも気になっていたことなので快諾するとジュードさんはマテルたちと祠巡りに出かけた。
「出会い頭にハリネズミが毛を逆立てているように敵意を向けられるとさすがの私も遠慮するよ」
帝国内の派閥で敵対している相手でも第三皇子だからそれなりに敬われる立場だが、マテルとブールの敵意を隠さない警戒ぶりにハントは辟易したように言った。
「マテルさんは祖国の仇討ちを勝利の神に誓っているので、我々は出会い頭に切りつけらなかっただけでマシですよ」
小さいオスカー殿下の言葉にフフっとハントは笑った。
「南方戦線はこれ以上進行しない方向で父上に奏上している。だが、ラザル国周辺地域を解放することはない」
「わかっています。できない約束をするつもりはありません」
ハントの言葉に、マテルと個人的に親しくしても皇子として何も確約しない、と小さいオスカー殿下は淡々と返答した。
「……明言はできないが、時局は動く。小さいオスカーはただ待てばいい」
小さいオスカー殿下に穏やかに微笑みかけたハントは年相応の分別が備わっているかのように見えた。
「それでね。大至急帰らなくてはいけないから、白亜の町の検問所まで送ってもらえないかな?」
ハントの厚かましさは健在だったようでぼくの魔法の絨毯を当てにしていた。
「飛行許可はマテルさんたちを迎えに行くことだけでした」
けんもほろろに断ると、水竜のお爺ちゃんがぼくとハントの間に入った。
“……全身に身体強化を掛けるのなら儂が運んでやろう”
それはありがたい、とどんな運ばれ方をするのかわからないのにハントは即座に頷いた。
“……手足を丸めて全身を鋼のように硬くしろ!”
命じられたとおりにハントは中腰になり手足を曲げると、水竜のお爺ちゃんは小さな手でハントの首根っこを捕まえていきなり飛翔した。
ああああああああぁぁぁぁぁ……!
猛禽類に掴まった野鼠のように運ばれていくハントの絶叫がすぐさま小さく聞こえるほど速く水竜のお爺ちゃんは大聖堂島の上空から消えてしまった。
「もしかしたらあのまま帝都まで運ばれてしまうのかな?」
「それが本人の望みだろうからいいんじゃないかな」
これに懲りたら自分で何とかできることを人に頼む癖が抜ける、と散々な目にあわされた小さいオスカー殿下が言うとぼくたちは頷いた。
湖底から引き揚げた小石は不思議な石だった。
「驚くほど軽いのに水に沈むなんてどうなっているんだろうね」
発泡スチロールできた石のように軽いのに水に沈み、小石に魔力を流すと白砂となってさらさらと崩れ落ちた。
「量が少ないから迂闊に魔力を流せないね」
ケインのぼやきにぼくたちは頷いた。
「もう少し採取させてもらわないと実験もできないね」
「砂になった方で色々試してみよう!」
ウィルとイザークはこれ以上小石を破壊しないように検証は砂の方でしようと提案した。
ぼくたちが魔法陣の上に砂を乗せて様々な検証をしているうちにマテルたちが祠巡りを終える時間になったので宣誓室に向かうことにした。
“……帝都の手前で降ろしてきたよ”
ぼくたちが大聖堂に入る手前で水竜のお爺ちゃんが戻ってきた。
“……あいつ、帝国軍の綱紀粛正に便乗して南方戦線の将校たちを失脚させるつもりらしいから、大至急帝都に帰したよ”
水竜のお爺ちゃんはハントを掴んだまま帝都に送り届けたようで、飛竜なら乗せてくれるのに、とハントにぼやかれたらしい。
“……便宜上運んでやっただけなのに図々しい奴だよ”
マテルたちの前からサッサと消えてほしいがために白亜の都市まで運ぶつもりだったが、思念が駄々洩れだったハントの企みを知った水竜のお爺ちゃんは帝都まで運んだらしい。
「ああ、ちょうどいい頃合いでしたね。道すがらマテルさんたちに祠巡りの重要性を説明できました」
マテルたちを連れたジュードさんも合流すると、何を吹き込まれたのかマテルとブールはぼくたちを尊敬の眼差しで見つめた。
「私たちは滞在した町で祠巡りをすることなく素通りしていました。もう、みなさんと心構えが違い過ぎて、自分たちの身の不幸を嘆いてなんていられません!」
何はともあれ、二人が前向きになったのはいいことだ。
宣誓室に入ると教皇が待っていた。
「宣誓の条件に付いては説明を受けたかい?」
はい、とマテルが返事をすると、では始めよう、と教皇が促した。
マテルが水晶に触れながら宣誓文を読み上げると、水晶がほんのりと輝き、控えめな大きさで鐘が鳴った。
「この光は神々が宣誓を聞き届けた証といわれており、輝きが大きいほど多くの神に承認されたということらしい。鐘の音は司祭候補生であることを知らしめるものとされている。まあ、洗礼式で鐘を鳴らせば魔法学校に通うことを勧められるようなものだ」
鐘が鳴るのは神学に向き不向きの判定にすぎない、と教皇は説明した。
「大聖堂島の神学校に推薦される者はたいがい鐘が鳴る。だが、今朝の君たちは枢機卿候補ともいえるほど大きな鐘の音だったので、教会関係者たちは色めき立ったのだよ」
すぐさま早朝礼拝の時間になったので問いただされることもなく、礼拝を行なえば礼拝所は今までで最大級の輝きになってしまった。
説明を求められても、その時優先すべきことはハントの魔法陣だったので、教皇は詰め寄る教会関係者たちを退けてハントと話し合ったらしい。
「ハントは左手に魔法陣を仕込んでいたが、本人が本名を知らなければできない手法だった。だが、本名を登録した魔術具を使用したら可能ではないか、と疑念が湧き、研究所で名簿の調査をしている職員の記憶を探ったら、当時、左手にお守りを握っていたらしいことがわかった」
教皇は宣誓を終えたマテルの左手にライターくらいの大きさの棒を握らせた。
「これには名前を誤魔化すような仕掛けはなく、マテルは魔力のバランスが偏っているからそれを補う魔術具だ。もう一度水晶に触れてみてくれないか」
教皇の言葉に頷いたマテルが右手で水晶を触ると、今度はハッキリと水晶が輝き、大きな音で鐘が鳴った。
マテルは左手に握った魔術具を教皇に返すと水晶の輝きが初回の光量に戻った。
「マテル君の元々の輝きで十分素晴らしい魔力なんだ。恥じ入る必要はないよ。今の判定は司祭が少ない地方に派遣する司祭たちの魔力の偏りを埋めるために使う方法なんだ。一般の司祭もよくやることだよ」
全属性の魔力を使いこなせる人物なんてそうそういない、と教皇が言うとジュードさんが頷いた。
ジュードさんが短期間で司祭補から司祭になれたのは……もしかして魔力に下駄を履かせてもらったからなのだろうか?




