奇妙な自己紹介
精霊たちの光の柱の元へ魔法の絨毯を飛行させると、まるで宇宙人に攫われる地球人のように天空に伸びる筒状の光に包まれている状態の少年を見て、ぼくは吹き出すのを堪えた。
ぼくのイメージを理解したぼくのスライムは触手を二本伸ばすと光の柱の中に立っている少年と隣にいる褐色の肌色の男性を一本釣りした。
いや、思いついただけで実行しろと命じたわけではない。
この場に居ないハントと奇しくも同じ目にあってしまった少年は、怖い思いをしただろうに楽しそうに笑った。
「宿屋で聞いた通り本当に空飛ぶ絨毯があったのですね!」
少年は絶叫系の乗り物に強いのか、自分が奇想天外な目にあったことを喜んでいた。
一緒に一本釣りされた青年は笑う少年とぼくたちを見比べて茫然としていた。
いや、ぼくたちはこの乗り方で搭乗したわけではない。
「水竜様が待てと仰っていた方々はあなた方のことだったのですか?」
少年はそう言ってぼくたちを見回すと、小さいオスカー殿下を見ると表情が固まった。
「せっかくお迎えに来ていただきましたが、降ろしてください」
「彼は今のところあなたの敵では……」
ぼくがそう言い終わらないうちに少年は魔法の絨毯から飛び降りようと走り出し、転落防止の見えない壁に激突した。
「強引な招待で申し訳ありませんでしたが、話は最後まで聞きましょう」
ケインが少年に謝罪しながら忠告するとキュアが癒しの魔法を施した。
「ありがとうございます、水竜様」
“……水竜は儂だ。こっちは飛竜の幼体だよ”
水竜のお爺ちゃんが魔法の絨毯の上の人に限定した精霊言語で少年に語り掛けると、ラグビーボールサイズのキュアとタツノオトシゴのサイズの水竜のお爺ちゃんを見比べて、小さい、と口が動いた。
「実寸大にならなくていいからね。水竜という言葉が出たということは二人も昨日見ているはずだよ」
ウィルが水竜のお爺ちゃんに念を押すと、水竜のお爺ちゃんはとぼけた表情になった。
どうやらやる気だったようだ。
「ぼくたちは帝都の魔法学校に留学中の留学生で、この魔法の絨毯の上に帝国民は一人しかいません。ぼくたちに共通しているのは教皇猊下に直々に大聖堂島に招待された未成年で、今後、神学の在り方を変える存在になると期待されているだけです」
ぼくの説明に南方諸国の二人は神妙な顔つきになった。
「ガンガイル王国と東方連合国の留学生たちが帝都の魔法学校の競技会で優勝と準優勝した話は聞きました。……帝国一強の時代の終焉の予告か、と南方諸国では噂になっています」
ちらりと小さいオスカー殿下を見て少し躊躇したが少年は帝国一強の終焉という言葉をはっきりと口にした。
苦笑いをした小さいオスカー殿下は、あり得ないとは言い切れない、と頷いた。
小さいオスカー殿下の反応に南方諸国の二人は驚いたように片方の眉を上げた。
「帝都の魔法学校の制服を着た留学生たちが数人いるのにたった一人の帝国民が私だとよくわかりましたね」
小さいオスカー殿下の言葉にぼくたちも頷いた。
新入生たちはガンガイル王国王都の魔法学校の制服で、小さいオスカー殿下はぼくたち在校生と同じ帝都の魔法学校の制服だった。
生地の質に至ってはガンガイル王国産の高級生地を使用しているぼくたちの方が七番目の皇子の小さいオスカー殿下より正直いって上質だった。
「……ぼくは、自国が帝国軍に敗れ命からがら敗走した際、国民を、両親を、兄弟を殺した仇を見逃さない、と武勇の神に誓ったのです。以来、皇族の存在が気配でわかるのです。あなたは帝国民といいましたが、現皇帝の直系の男児です。そして、大聖堂島にもう一人いますね」
少年の言葉にぼくたちは頷いた。
「君を刺激してはいけないかと思い、自己紹介を後回しにしてしまって申し訳ありません。私は現皇帝の十七番目の子にして第七皇子のオスカーです。帝都のガンガイル王国寮にガンガイル王国王族のオスカー殿下が寮長をしていらっしゃるので、私は小さいオスカー殿下と呼ばれています。競技会では東方連合国の合同チームに参加させていただきました」
南方諸国の二人は東方連合国合同チームの編成まで知らなかったようで、帝国皇子が外国チームに参加していたことに困惑した表情になった。
「私は皇子とはいえ十七番目の末っ子なのですよ。帝国内の大きな派閥にも属していない、将来性のない皇子でした。ハハ、自虐ではありません、事実でした。それでも皇子ですから、生きのこれば兄弟たちにとっては目障りな存在で色々とやられましたね」
小さいオスカー殿下は兄弟たちの刺客に毒を盛られたり、呪いを掛けられたりして、ぼくたちと出会うまで本当に将来性のない皇子だったことを南方諸国の二人に打ち明けた。
「ぼくが不幸だったからと言って、戦争の責任がないとは言いません。帝国民は戦って領土を広げることこそ帝国のあるべき姿だ、と信じています。故に他国に恨まれるのは当然です。ですが、そう遠くない未来、帝国は変わるでしょう。ここで変わらなくては、帝国は亡びるだけです」
小さいオスカー殿下の発言に、そうですね、とマリアが頷いた。
「現皇帝陛下の命が永遠でなければ、帝国は変わるでしょう。次期皇太子はまだ決まっていませんが、キリシア公国にとって厳しいと思われる方の多くが失脚しました。まだ、怪しい皇子殿下がいらっしゃいますが、幾人かの皇子殿下は諸外国に理解のある方々ですので、今後の成り行きを注視している段階です。申し遅れました。ぼくはキリシア公国国王長子ですが、旅の期間はマルコと名のっております」
マルコのあけすけな帝国皇子たちへの評価に、南方諸国の二人は顎を引いて聞き入っていたが、キリシア公国の国王長子という自己紹介を聞いて、マルコがマリア王女だと気付いたようで姿勢を正した。
「お気遣いなさらないでください。私は一魔法学校留学生にすぎません。小さいオスカー殿下もまた、ただの魔法学校生として身分に関係なくお付き合いさせていただいています。競技会では東方連合国の合同チームでご一緒させていただき、軽口を言い合える仲です」
「キ、キリシア公国と帝国は数年前まで一触即発の状態ではありませんでしたか!」
少年の従者の青年が驚きの声を上げた。
「帝国憎しであることは変わりませんが、小さいオスカー殿下の人格とは切り離して考えています。キリシア公国はしょせん帝国に囲まれた国なので何とか帝国と付き合っていかなければなりませんから、帝国の内情を知る為と婚活を兼ねて帝国留学をしています。反意ばかり抱いてはいられません」
婚活!とキャロルとミロが色めきだった。
「弟を推す派閥に対抗する派閥がぼくを持ち上げようとするので、いざとなったら国外脱出も検討しているだけですよ」
マルコが笑いながら言うと、そこまで内情を晒していいのか、と南方諸国の二人は目が点になっていた。
「そんな内情は簡単に推測できることだから秘密にするほどのことではありませんでしょうに。私は今年度の競技会準優勝のチームを率いた東方連合国ファン国王女デイジーです。素敵な結婚を夢見る姫ではなく生涯独身を貫き、あらゆる魔法に精通した才媛として世界に名を馳せたいと夢見る八歳の少女です」
大きく年齢の鯖を読むデイジーが東の魔女らしい自己紹介を済ませるとアーロンに視線を流した。
この順番で自分の番が来ると思っていなかったアーロンが咽た。
「ぼくは西方のムスタッチャ諸島諸国の中の小国の出身で、魔法学校ではガンガイル王国の皆さんにお世話になりながら、競技会では東方連合国の合同チームに参加したアーロンです。国を出ると国益を損ねるような極端なことをしない限りけっこう自由が利くので、この旅では強すぎて護衛のいらないデイジー姫の見せかけの護衛としてアルバイトしています」
アーロンのハチャメチャな自己紹介にぼくたちは爆笑した。
「帝国の周辺国で帝国に侵略戦争を仕掛けられなかった国は皆無です。現在進行形の南方諸国の方々の苦しみは理解できます。ですが、教会都市は特別な独立地帯だから、一旦、肩の荷を下ろしてもよろしいでしょう。宿敵と対峙しようとも、中立地で攻撃しないことを武勇の神は認めてくださいますよ」
兄貴の言葉に少年は安堵の息をついた。
「聖地で戦闘を避けるために大聖堂島に渡る日にちをずらそうとしたのですね」
キャロルの言葉に南方諸国の二人は頷いた。
「大変申し上げにくいのですが、大聖堂島の方々は昨晩のあなたの動揺を目撃して、あなたが怯えてしっぽを巻いて逃げ出すかのように思っているかもしれません」
ミロが率直に告げると、少年は肩を落としながら、それでもいいのです、と力なく言った。
「自己紹介が遅れて申し訳ありません。できることなら皆さんとかかわらず、静かに去りたかったのです。ぼくは南方諸国の旧ラザル国国王三男マテルと申します。彼は国を捨てる際にぼくについてきてくれた従者ブールです。南方諸国でぼくは『敗戦の王子』と呼ばれており、ぼくを保護するとほどなくして負けると不名誉な噂が立っております」
自己肯定感が低すぎるマテルの自己紹介にぼくたちはドン引きした。
「なにおっしゃるのですか。まったく、もう!未成年を保護しておいて、保護した方が負ける戦いをするからいけないのですよ」
キャロルが頬を紅潮させてそう言うと、帝国の戦線が迫ってくるのにどうすればいいのですか?とマルコが首を傾げた。
「私の師匠が言っていました。無敗の将なのは負ける戦いをしないから、だそうです。申し遅れました。私ガンガイル王国次期ガンガイル領主の長子で現在キャロルと名のっております。戦わないということは損切をすることです。損切をすることは不名誉なことですが、緩衝地帯を設けることができます。全てを失うわけではないうえ、損切をした地域を緩衝地帯にしてしまえば、それは負けではないのです!」
詭弁ともいえるキャロルの主張にクレメント氏が刮目した。
「ああ、ラウンドール王国ですね。数百年ほど前に消滅した国ですが、ラウンドール公爵領としてガンガイル王国でほぼ独立自治に近い状態で領地経営できております。紹介が遅れました、ぼくはガンガイル王国ラウンドール公爵三男ウィリアムと申します。ウィルと呼んでいただけると嬉しいです」
ウィルはラウンドール王国最後の国王が降伏を選択せず、ガンガイル王国と併合することでラウンドール領として存続した経緯を語った。
「先に占領された地域はおそらく乗っ取りの魔法陣を使用され、完全にラウンドール王家の支配地から抜けてしまっていました。そこはもう切り捨てしてしまった方がよかったのです。その後、ラウンドール王国の真ん中に位置した山際まで帝国軍に侵略されたところで、国王はガンガイル王国と併合することを決断しました。ですが、家臣たちは賛成しませんでした。その活火山はラウンドール王家の神聖なる山で、その山を囲むように領地は存続すべきだし、聖なる山を越えて帝国軍は進軍できないという見方があったからです」
ウィルの説明にクレメント氏は無言で頷いた。
「……それでも損切をしたのですね」
「ええ、そうです。結果としてラウンドール家は王家ではなくなりましたが存続しています。損切りされた地域の国民たちには申し訳ないけれど、今考えたら、混乱期に市民カードをラウンドール家が回収していた旧国民たちはラウンドール公爵領で転生できたのですよね」
一時的に不幸になった国民はいたが、戦争が続いたほうが国民の負担が大きかっただろう、とウィルが言うと、南方諸国の二人は頷いた。
「敗戦の王子、だなんて、考え方次第なのですわ。未成年を負けそうな最前線で保護しておいて、敗戦の言い訳としてマテル殿下の名を持ち出して生贄にしているだけです!」
身も蓋もないデイジーの言い方に、ぼくたちは頷いた。
「南方諸国からせっかく離れたのですから、一旦、故郷の惨状を置いておいて世界の現状を見てください。南方戦線は現在、膠着状態でちょっとした接触による戦闘しか行われていないと聞いています。一旦、戦争から頭を切り離しても祖国への裏切りにならないはずです」
兄貴の言葉にマテルは深く頷いた。
「それじゃあ、大聖堂島に向かってもいいですね?」
ぼくが確認を取ると、マテルとブールは頷いた。
上空で停滞していた魔法の絨毯が大聖堂島の方に飛行し始めると、良い連中だから安心して任せたらいいぞ!と地上から治安警察隊員たちによるマテルとブールを宥める声が上がった。




