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神々に偽らず、人間を謀る方法

 入れ代わり立ち代わりやってくる教会関係者たちの中に競技会で東方連合国チームとして共に戦った帝都の孤児院出身の神学生たちがいたので再会を喜び合った。

 前回訪問時にジュードさんに託した差し入れを感謝し、巨大オムライスの味に、懐かしい、と喜んでくれた。

 水竜のお爺ちゃんのリクエストに応えた、大きなオムライスをみんなで分けあえて本当に良かった。

 それでも残ったオムライスをキュアとデイジーが平らげて後片付けを済ませると、巡礼者たちや教会関係者たちは宿舎に帰っていった。

 人数が増えたぼくたちは馬車の部屋ではなく男子女子大人の三つに分かれた班でスライムテントを使用して就寝することにした。

「アーロンは何でデイジーたちに同行することになったの?」

 寝袋で雑魚寝をすることにしたぼくたちは予想外のメンバーのアーロンに質問した。

「デイジー姫の旅の護衛のアルバイトを引き受けたんだ。小さいオスカー殿下が第三皇子からお遣いを頼まれているから、きっとよくないことが起こるだろうから成敗してやろう、と誘われたんだ」

 デイジーは自分の妖精から未来を聞いていたので元々ひと暴れするつもりで旅に出たのだろう。

「信じられないような強行軍だったよ。見栄を張るために馬車を先回りさせて、ぼくたちは身体強化で走りまくるんだよ!ガンガイル王国の留学生一行より多く教会の礼拝所を光らせるんだ、とデイジー姫は言うけれど、高性能の魔術具の馬車で移動しているからかないっこないと思ってたよ」

 東方連合国の面々はぼくたちとほぼ同数の教会を光らせていたことにアーロンと小さいオスカー殿下は驚いていた。

「キリシア公国でのんびりしたり、急遽、緊急帰国したり、といろいろあったからね」

 ウィルがざっくり旅の説明をすると、アーロンと小さいオスカー殿下は廃墟の町の件で青ざめた。

「こっちはぼく一人が嫌がらせで毒を盛られただけで、強盗にも遭わなかったよ」

「いや、馬車より速く走る魔法学校生一行を襲う強盗はいないと思うよ」

 小さいオスカー殿下が大騒ぎだったけれど平穏だった、と言うと、ウィルが冷静に突っ込むので、全員が笑った。

「そういったことがあったからイザークさんがここにいるのですね」

 古代魔法陣を封じた次期公爵のイザークが、国を離れられない状態ながら教会の転移魔法の部屋を利用して大聖堂島にいる理由を知った小さいオスカー殿下は、帝国の皇族としてイザークの行いに感謝します、と姿勢を起こして礼を言った。

「己の努力と運命の神の微笑が交差したからの行いです。こうして殿下とお知り合いになれたのも運命の神の御導きです。堅苦しいことは抜きに雑魚寝して寛ぎましょう」

 同じ釜の飯を食べた仲間だ、とぼくたちも小さいオスカー殿下に声を掛けると、殿下は嬉しそうに笑ってまた横になった。

 お互いの旅の苦労を語り合っていると、基本的に走って旅をしていたアーロンと小さいオスカー殿下は瞼が重くなり寝息が出るのがぼくたちより早かった。

 ぼくたちもほどなくして眠りにつくころ、水竜のお爺ちゃんがどこかへ出かけるのを魔獣たちが見送っていた。


 目が覚めると少し濡れた水竜のお爺ちゃんがみぃちゃんのスライムに清掃魔法をかけられていた。

 どうやら水浴びに出かけていただけらしい。

 まあ、千年近く寝ていたのだから夜になったくらいでは眠くならないのかもしれない。

 夜明け前に全員起床して祠巡りに出かけると、東方連合国の面々は鍛えられた脚力を披露してベンさんを驚かせた。

 みんなが休みの間にレベルアップしていることを実感して噴水前広場前に戻ると、昨晩、教会の転移の部屋を利用して各国に送られた教皇からの手紙の返信が全員分届いていた。

「全員、ご両親から許可が出たのですね。それはよかった」

 ベンさんは両親からの手紙を読んだ留学生全員の表情が晴れやかだったことで、内容を聞く前に察した。

 教皇からの手紙が届けばどこの家庭でも大慌てで家族会議になっただろう。

 教会に籍を置かなくても魔導師の資格が取れるかもしれない機会を逃す家庭はなく、小さいオスカー殿下も皇帝陛下から直々の返信をもらい驚いていた。

「いいお返事をいただけて良かったです。教皇猊下が今朝の早朝礼拝から大聖堂での礼拝に参加してみないか、と仰っておられます」

 手紙を届けに来たジュードさんは小さい声で、誓約が必要です、と囁いた。

 昨晩は返事を急がない、と教皇は言っていたはずなのに、こんなに急ぐのは月白さんがそばにいるせいだろうか?

「そうたびたび大聖堂島に来れる立場ではないのでありがたい申し出です」

 イザークが即答すると、小さいオスカー殿下も頷いた。

 長期休みだからと言ってそうそう出かけられる立場じゃない人もいるから急いだだけだったのだろうか。

 両親の許可があっても、人間ではない兄貴はどうするのだろう?

 ワイルド上級精霊をちらりと見遣ると、大丈夫だと頷いた。

 結局、その場で全員が快諾して大聖堂に向かうと、ハントもついてきた。

「私は成人しているから親の承諾はいらない」

「それはそうでしょうけれど、教会関係者に既婚者はいないではありませんか!」

 デイジーが即座に突っ込むと、断られたら一般礼拝所に行くだけだ、と笑った。

「問題ありませんよ。早急に教会関係者を養成しなければならないのに、既婚者を排除してしまうと圧倒的に人員が足りません。教会に妻子と滞在することは認められないでしょうが、おそらく通いでならかまわない、という方向になるでしょう」

 ジュードさんの言葉に小さいオスカー殿下の眉毛がピクリと動いた。

 将来を決めていない小さいオスカー殿下は思い人がいるから神学の道を選びたくないだけで、孤児院の神学生たちとも仲が良かったので神学に興味があるはずだ。

 帝国はあまりに穴だらけの護りの結界を国土の各地に放置している状況なのだから、皇族から高位聖職者を送り込んで完璧な結界を学べばいい。

 ジュードさんに案内されて大聖堂島の改装された旧沐浴所の大浴場に向かうと、女湯がないのでデイジーと男装の女子三人は清掃魔法だけで待つことになった。

 魔力奉納に参加する魔獣たちも沐浴を許されたが、猫たちは清掃魔法で済ませる女子の方に行った。

 大浴場を初めて体験する水竜のお爺ちゃんは水風呂を気に入り、温かい湯には少ししか浸からなかった。

 のんびりしている時間もないので手短に入浴を済ませ、女子たちと合流すると、洗礼式で鐘を鳴らす判定をするような部屋に案内された。

 ぼくたちを待っていた教皇は洗礼式の時に触れた丸い水晶の魔術具よりやや大きな水晶に触れて宣誓書を読み上げ、洗礼式名を名乗るように、と告げた。

 最初に名乗りを上げたのは小さいオスカー殿下だった。

「創造神より賜りし聖典から神の御心を学び、また御名を語り魔法を行使する者として神の御心に従って行動することを、オスカーの名に懸けて誓います」

 承認するように水晶が光り輝くと夜明けを知らせる鐘とは違うリズムで鐘が鳴った。

 称号を付けない魔力と名前だけの宣誓で神々との約束が成立したことを知らせるような儀式だった。

 ……洗礼式前の子どもを誘拐してしまえば完全に別人として育てることができてしまうのか。

 さすが皇族、とジュードさんの口が動いたので、通常より水晶の輝きや鐘の音が大きかったのだろうか、とぼくたちは思ったが、続いたキャロルもウィルもクリスたちもあまり変わらない光量と鐘の音がした。

 ぼくとケインはみんなより光量と鐘の音が大きく、おおお、と声が上がった。

 “……ジョシュアの番になったら、ジュエルのスライムが精霊言語で宣誓文と真名を唱えよ”

 月白さんの助言を聞いたぼくの指輪に張り付いていた父さんのスライムの分身が兄貴の右手に薄い手袋のように張り付いた。

 兄貴の宣誓の言葉に合わせて父さんのスライムは宣誓文を読み上げ、真名のところで精霊言語を神々にだけ聞こえるように遮断した。

 やり方次第では神々に嘘をつくことなく名前を偽装できることに気が付いた。

 兄貴の(父さんのスライムの)宣誓ではぼくとケインと変わらない光量と鐘の音がしたので、さすがエントーレ家、と声が上がった。

 東の魔女であるデイジーは宣誓文を読み上げながらデイジーと名のる前に精霊言語で遮断し、精霊言語を使用したあとにデイジーと名のった。

 きっと精霊言語で本名の後に今はこの名で呼ばれる、と言った言い訳をしたのだろう。

 デイジーは東の魔女らしくエントーレ家に劣らぬ光量と鐘の音を出した。

 最後にハントが宣誓文を読み上げ名のりの際に声は、ハント、と出ているのに口は全く違う形に動いていた。

 それでも水晶が輝き、鐘が鳴ると、教皇は声を上げて笑った。

「神々に偽らず、我々を謀る方法があったのか!」

 教皇の言葉に、昨日、教皇がサンドイッチを食べながら教会の内情を語った時のように二重音声の魔法を使って周囲には偽名が聞こえるようにハントが画策したことにぼくたちは気付いた。

「洗礼式名で誓約しています。昨日寝ないで考えた魔法陣が成功したようだね」

 笑ったハントに、失敗したら消し炭になっています!と教皇が瞬間沸騰で激怒した。

「とても他の人に頼めることではないので、自分でしただけです。教皇猊下に相談したら反対したでしょう?」

 祖父への手紙を小さいオスカー殿下に託したり、廃墟の町で古代魔法陣の封印をイザークに託さざるを得なかったことに反省したからなのか、ハントは自分から行動に出るなんて珍しいことをした。

 簡単に死んでいい立場ではないでしょう、とハントの言動に憤りつつ教皇は溜息をついて呼吸を整えると、早朝礼拝の時間だ、とハントへのお説教を後回しにして礼拝所へと急いだ。


 全員司祭服の礼拝所内の後方で魔法学校の制服のぼくたちが跪くと一般礼拝所でははっきり聞き取れない祝詞が大きな声でしっかりと唱えられていた。

 夜明けは闇の神が去るのではなく光の神に闇の神が寄り添ってこの世界を護っている、という内容で神々の名も聞き取れた。

 ぼくたちが魔力奉納をすると浮かび上がった魔法陣に広がるぼくの魔力を辿ったら、また魔力枯渇を起こすような馬鹿なことになりかねないから、地下深く世界の理の方へ流れる魔力だけを辿った。

 教皇が神々の名前の箇所になるとなんとなくもやもやと魔力の流れが迷走するような気配を感じて、それは神々の真名ではないことがわかった。

 世界の中心のど真ん中から魔力奉納をすると胸の奥がじんわりと温かくなり多幸感が溢れてくる。

 自分の魔力が地下の深くの固い岩盤を突き抜けて神々の元に直接届いているような安堵感と、それが世界中に散らばってその魔力で命を育んでいくのだという希望から、今まで感じたことのない充足感に包まれた。

 こんな幸せを毎日体感していて、どうして邪神の欠片を悪用して打倒帝国を企む反帝国主義に傾倒してしまったのだろう?

 礼拝所内に現れた魔法陣はどの礼拝所より緻密でその細かい線の全てが輝いているので、出現した精霊たちが目が眩むほどの光を吸収しているかのように見えた。

 魔力奉納を終えて立ち上がったぼくたちはやり遂げた充足感で晴れやかな笑顔になっており、聖地巡礼とはこのためにするのではないかと考えた。

 水竜のお爺ちゃんが、こんな時代に戻ったのか、と精霊言語で呟くと、密着したサングラスから涙を溢れさせた。

 礼拝のたびに精霊たちがまるでミストサウナのように礼拝所に溢れていたのが古代の風景だったのだろうか?

 司祭補が礼拝所の扉を開けると精霊たちが霧のように流れ出し、その中を教皇がゆっくりと歩く姿は人々に神々の教えを説く偉大な指導者そのものの威厳があった。

 高位の聖職者から順に退席するのを後方から見送りながら、ぼくたちは薄れていく礼拝所の魔法陣を眺めていた。

 今朝の早朝礼拝が最も大聖堂島が輝いた、と教会都市の治安警察隊で話題になったらしいことは露天商たちが大聖堂島に来てから、ぼくたちは知った。


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