再会
ワイルド上級精霊の亜空間でイザークのスライムを交えて学ぶ意欲に目覚めた水竜のお爺ちゃんの魔術具のサングラスをイザークたちと制作した。
イザークとは王都の魔法学校でも同じ選択授業を取ったことがなかったし、前回のシロの亜空間でも別々の作業をしていたので魔術具談義はつきなく、帝都の魔法学校でケインやキャロルたちも希望している広域魔法魔術具講座の変わった先輩たちの話をしながら楽しく作った。
水竜のお爺ちゃんとイザークのスライムは基礎魔法陣を習得して得意気にぼくたちに魔獣カードの技を披露してくれた。
“……小さく弱いものだと思っていたスライムに負けておれんと思うと習得も捗るよ”
「カイルのスライムたちの素晴らしいところは、自分の好奇心と家族を助けたいと思う気持ちから魔法陣を覚えたり、家事手伝いから専門的な仕事を手伝ったりし始めて有能になったことだ。お前も妻の目覚めを信じて、妻のために魔法陣を行使すればさらなる神のご加護を得るだろう」
ワイルド上級精霊の言葉に、ありがたき幸せにございます、と水竜のお爺ちゃんは答えたが、そもそも神の裁きの巻き添えを食らったから……この考え方は不謹慎だな。
神の行いの巻き添えになるのは天災に遭遇するようなもので、その都度自分にできる最善をするしかない。
「サイズ調節のできる日差し除けの眼鏡の魔術具を作ってみたから装着してみてください」
手渡した水竜のお爺ちゃんの小さな手では装着しづらそうだったのでぼくが手を貸すと、緩めの水中眼鏡のような形をした魔術具は水竜のお爺ちゃんの顔にぴったりのサイズに縮まった。
「似合っているよ。厳めしい感じが損なわれていない」
月白さんが大絶賛すると、水竜のお爺ちゃんは顎を引いてドヤ顔をした。
細身の体に水色に輝く鱗の水竜のお爺ちゃんには細長いレンズが似合うだろうと意匠を凝らしたかいあって、より強そうな雰囲気を醸し出していた。
「大きくなることを想定して作りましたが、実寸大まで大きくなっても大丈夫かは試していないのでわかりませんよ」
ケインが大きくなる時は外すように、と勧めると、水竜のお爺ちゃんは頷いた。
“……カイルたちと旅をするなら大きいと邪魔になるだろう?儂の目が慣れるまでこの大きさでいるよ”
「それでは戻る……」
ワイルド上級精霊の言葉が終わる前に噴水広場のオムライスの下ごしらえの現場に戻っていた。
ケインのスライムが茸のみじん切りの班に合流すると、さも日の光に慣れたかのように姿を現した水竜のお爺ちゃんは包丁に変身したイザークのスライムを使って下ごしらえに参加した。
ベンさんの作った味見用のオムレツに舌鼓を打った治安警察隊員たちや露天商たちが教会都市に帰ってしまうと、ぼくたちは夕方礼拝のために一般礼拝所に向かった。
日没の鐘が鳴るなか巡礼者たちが一斉に跪いて魔力奉納をすると、礼拝所が光り輝き色とりどりの精霊たちが長い間眠りについていた水竜のお爺ちゃんをからかうように見に来たのでぼくたちの周りに精霊たちの光の渦ができた。
流石ガンガイル王国の留学生一行の定時礼拝だ、と巡礼者たちの囁き声が聞こえた。
ぼくたちのいく先々で精霊たちが大量に出現するのは今さらなので気にすることなく噴水広場に戻って巨大オムライスの仕上げに取りかかった。
薄暗い噴水広場を精霊たちが照らす中、キュアが巨大フライパンを巧みに操ってオムレツを飛ばすと見物していた巡礼者たちから拍手が沸き上がった。
集まったみんなも食べたいだろうに、足りるだろうか?と心配していると、大食い種の飛竜とは違う、と精霊言語で水竜のお爺ちゃんが言った。
“……大きなオムライスを作る所が見たかったんだ。みんなで食べると美味しさが倍増するんだろう?”
孤独だった水竜のお爺ちゃんの歓迎会みたいなことにしてみんなに振る舞おう。
お勤めを終えた教皇たちも合流して、教会関係者や巡礼者たちにも振舞った。
「これまでの教会への貢献度から、特例を枢機卿たちにも認めさせた。ああ、あの枢機卿たちは入れ替わっている。ガンガイル王国の留学生一行の皆さんの希望者に神学校入学時の誓約を済ませてもらえば聖典を見せてもかまわない、ということが決定したよ」
ぼくとケインとウィルとイザークは、ワイルド上級精霊がぼくたちに間もなく聖典を読むことになってもイザークに焦らなくていいと伝えるために亜空間に呼ばれたのだと気付き顔を見合わせた。
「司祭になってほしいのはやまやまだが、君たちが聖典を読むことで教会関係者では気が付かない視点で聖典を読み解くことができるかもしれない。今後、神学の新たな研究分野にするつもりだから、保護者と連絡を取ってからでかまわないので、検討してほしい」
ぼくたちが湖底から湖の主を連れてきたことで、貴族も神学を学ぶ議論が教会関係者たちの間で急速に進んだようだった。
「その話はガンガイル王国留学生一行限定なのでしょうか?」
一般巡礼者がオムライスを受取る列から大盛りのオムライスを受取った小さな赤毛の少女が地獄耳を駆使して話を聞いていたようで嘴を挟んできた。
「お久しぶりです、デイジー姫」
「お元気ですか?デイジー姫。休暇中に帰国せず聖地巡礼をされていたのですか!」
作り過ぎたかと思った山盛りのオムライスはまるでデイジーとキュアの胃袋に納まることを想定していたかのように思えて、ぼくたちは苦笑した。
デイジーの背後にいた小さいオスカー殿下の口が、兄上!何をしているのですか、と声を出さずに動いたが商人の格好をするハントにお忍びであることを察してじっと睨んだだけだった。
悪かったね、とハントの口が動いて、自分の祖父の不始末を詫びた。
「お初にお目にかかります教皇猊下。私、東方連合国ファン国王女のデイジーと申します。このたび、魔法学校休暇中の旅行で滞在先の各地の教会を光らせた功績を認められ大聖堂島に招待されました。教皇猊下に謁見できるとまでは考えておりませんでしたが、こうしてお目にかかれましたことを大変光栄に思います」
オムライスの皿をアーロンに押し付けて不躾に話に割り込んできたのに、つらつらと自己紹介を始めたデイジーに初対面のキャロルが驚きの表情を一瞬だけした。
「教会の伝達ミスで、普及が遅れた定時礼拝の方法を滞在先の教会で正していただいた話はお聞きしています。大聖堂島を中心にガンガイル王国の留学生一行と点対称になるように教会を訪問していただけたので、バランスよく礼拝方法の変更が成されました。大変感謝しております。東方連合国の皆様にもガンガイル王国の皆さんと同じ提案をさせていただくことになっております……もちろん同様に活動していただいたキリシア公国やムスタッチャ諸島諸国の留学生も含みます」
教皇の話の途中でマルコとアーロンを見て教皇に視線だけで訴え、満額回答を引き出したデイジーは優雅に微笑んだ。
「ありがとうございます。東西南北の端が同じように発展することが大切なので、我々も試験段階から参加できることを光栄に思います」
強引に話に割り込んできた東方連合国の留学生たちと小さいオスカー殿下とアーロンのためにぼくたちは席を詰めてみんなが座れるようにした。
「中央を代表して小さいオスカー殿下やマリア姫が参加されるとして、南を代表する留学生がいないのが残念ですね」
ウィルの言葉に教皇は頷いた。
「実はイザーク君のように帝国に留学していないが司祭になることを希望しないで神学を学びたい者がいないか、南方諸国の王族に書簡を送っているのだ。希望する国があったので、明日、大聖堂島を訪問する予定になっている」
教皇は予定外の行動をしたらしいデイジーをチラッと見て言った。
「私たちも正式には明日、訪問する予定だったのですが、大聖堂島の上空に湖の主の水竜が出現したのを教会都市から見て、間違いなくガンガイル王国留学生一行が既に大聖堂島に到着しているのを確信して、宿泊先をガンガイル王国留学生一行の馬車にすると告げると治安警察隊が入島を認めてくださいました」
何の連絡もなくぼくたちの馬車に泊まる気だったのは厚かましいことだが、そんな水臭いことを言い出す留学生たちはいなかった。
男装の女子三人組はデイジーに、スライムのテントに一緒に泊まりましょう、と誘い、ぼくとウィルは、小さいオスカー殿下にきちんと謝罪しなければキャンプから追い出す、とハントに宣告した。
「第三皇子の祖父の行動を断罪し、二度とオスカー殿下に害を及ぼさないよう謹慎させました。第三皇子代理ハントとして、オスカー殿下に謝罪し、オスカー殿下を尊重することを誓います。大変申し訳ありませんでした」
即座に小さいオスカー殿下の前まで歩き跪いて謝罪したハントに、ハント?と偽名を知らなかった小さいオスカー殿下は目を大きく見開きながらも、以後気を付けるように、と代理人からの謝罪を受け入れる形を取った。
そんなに簡単に許していいのか!とデイジーは食い下がり、第三皇子が第七皇子に跪いた、とアーロンは驚いた。
「うちの三番目の兄上はぼくが謝罪を受け入れるまでしつこく会うたびに跪いて許しを請うことが目に見えていますから、以後害をなさない、と誓約してくれたなら、さっさと許した方が気楽です」
小さいオスカー殿下がため息交じりにそう言うと、ぼくたちは本人が目の前にいるのに爆笑した。
この和解を喜んだかのように精霊たちが二人の頭上で輪になって踊るように点滅すると、オムライスを受取るために並んでいた巡礼者たちから拍手が沸き起こった。
まるでなるべくしてこうなったかのような展開に、ぼくとケインが兄貴とシロを見ると首を横に振った。
ベンさんが味見としてみんなにオムライスを振る舞わなければ治安警察隊員はデイジーを王族の我儘娘としか判断せず、貴族の威光は教会都市では関係ない、と突っぱねられるところだったらしい。
南方諸国の王族の少年が一人、教会都市に滞在しているが、先入観を持たない方がいいので、何も知らない方がいい、と兄貴とシロが精霊言語で伝えたきた。
未来は確定しておらず、どうなるのかはその瞬間を生きるみんなの行動次第で変わるので、何も知らない方がいいのだろう。
思いのほか小食ですでに食べ終えた水竜のお爺ちゃんに打ち上げ花火を見せてあげよう、とスライムたちが張り切った。
「うちのスライムたちが湖の主に大聖堂島を中心とした平和の実現を願い、余興として花火を上げたいと訴えていますが、宜しいでしょうか?」
教皇に願い出ると、それは面白そうだ、と快諾された。
その言葉を聞いて張り切ったスライムたちは次々と噴水に飛び込み、ぐるりと噴水を一周するように配置につくと、一斉に花火を打ち上げた。
ピューピューと音を立てて真上に上がった火の玉が大聖堂島の上空で大輪の花を咲かせると、教会関係者たちや巡礼者たちは驚きつつも笑顔になった。
これは素晴らしい、と水竜のお爺ちゃんとイザークの赤ちゃんスライムは手と触手を繋いで感激していた。
きっとこのスライムたちの思い付きの行動も明日大聖堂島にやってくる南方諸国の王族の少年に何か影響を与えるのだろう。




