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愛のかたち

「白亜の教会都市で振る舞われたオムライスは美味しかったと伺っています。夕方礼拝前に大聖堂島から出なくてはならないのが残念です」

 漁業ギルド長が嘆くと、白亜の都市の大浴場の食堂のメニューにあるから今度行ってみたらいい、と治安警察の隊長が勧めた。

「いつもありがとう。各地のオムライス祭りは精霊たちにも大好評だと聞いている。ガンガイル王国の留学生たちには助けられてばかりいる」

 教皇が感謝の意を表すと、ベンさんは夕方礼拝用の供物としてオムレツを先に差し入れすると約束した。

 場所を空けるために早めに屋台を片付けた露店主たちに味見として振る舞うことにしたのだ。

 スライムたちばかりではなく猫も飛竜も巨大オムライスの下ごしらえをする姿をケインのスライムに包まれた水竜のお爺ちゃんが、たいしたもんだ、と感心してみていた。

「生後間もないスライムでさえ働いているのですから、お爺ちゃんも何か働くかい?」

 ケインが玉ねぎの皮を懸命に剥くイザークのスライムを指さすと、あれが生後間もない子なのか、と見学に行った。

「うちの子は昨日から飼育し始めたばかりの赤ちゃんですよ。可愛いでしょう」

 イザークはまだ簡単な作業しかできないスライムを、よく頑張っている、と褒めた。

 “……突然変異のスライムが増殖したのではなく、手塩にかけて大切に育てたから、何にでも変身したりお喋りしたりできるようになるのか”

 “……仲間内で教え合っているから上達も早いよ”

 感心する水竜のお爺ちゃんに、指導役のスライムがいるからだ、とケインのスライムはぼくのスライムがイザークのスライムに付き添っていることを指摘した。

 “……竜族は滅多に子を生さないし、子は独立すると世界中に散ってしまうから教え合ったりはしないな”

 こういう関係もいいな、と呟く水竜のお爺ちゃんに、ケインのスライムが飛竜の里の映像を見せた。

 “……幼体の飛竜ばかり集まって人間の世話になっているのか!飛竜族はなぜこうなった!うわぁ!温泉とやらは楽しそうだな”

 眠っている間に世界がこんなに変わっているとは、と驚く水竜のお爺ちゃんにケインのスライムが教育とばかりに世界中の映像を見せた。

 魔獣が魔法陣を学習したのか!と水竜のお爺ちゃんは魔獣たちが喋るカラクリを知るとシロに亜空間で勉強させてくれ、と頼み込んだ。

 “……水竜の爺さんに目を保護する魔術具を作ってあげたら、ケインのスライムも子守から解放されるよね”

 兄貴の提案にぼくとケインは頷いた。

 いざ、亜空間へ行こう!とシロを見ると、人参のみじん切りをしていたはずのウィルがぼくの服の裾を掴んでいるのはいつものことだったが、シロの亜空間ではなくワイルド上級精霊の亜空間に転移していた。


 水竜のお爺ちゃんを気遣ったワイルド上級精霊の亜空間はいつもより薄暗かった。

 “……これは、これは、上級精霊様がお二人もいらっしゃるなんて!”

 ケインのスライムから出た水竜のお爺ちゃんはタツノオトシゴのサイズのまま両手を握りしめて、本物の上級精霊だ、と感激した。

 月白さんは転移の瞬間ケインのスライムごと水竜のお爺ちゃんを捕まえて便乗しただけで招待されていない気がしないでもなかったが、どうだ、凄いだろう、とここにいるのが正当のような顔をして言った。

「お前の番を大聖堂島の下敷きにしてしまったことを気の毒に思った神々が、お前に優しくせよ、と仰っているので招いてやった」

 “……ありがたき幸せにございます”

 ワイルド上級精霊の言葉に感極まって震えている水竜のお爺ちゃんに、早く学習するよ、とぼくのスライムが声を掛けた。

「上級精霊様の亜空間は精霊素がたくさんありますから、魔法の修得が早まります。ありがたく学びなさい」

「上級精霊様とはどういったお方なのでしょう?」

 訳もわからずついでに招かれたイザークにシロが精霊の階級を説明した。

「カイルたちの家族同然になったのだから、イザークもイザークのスライムもそれなりにレベルを上げないとならないだろう?」

 自分がこの場に招かれた理由を聞いたイザークは何度も小さく頷き、イザークの掌の上にいたイザークのスライムは感激にプルプルと身を震わせた。

 亜空間の真ん中の大きなテーブルの上に乗った水竜のお爺ちゃんをぼくたちの魔獣たちが取り囲み魔法陣の基礎として魔獣カードで遊び始めた。

「イザークはもうすでに頑張っているから神学の勉強はほどほどでよい。あれは人間が神々の怒りに触れない言葉で神々を褒め称えているものだ。本質さえ理解していれば問題ない」

 ワイルド上級精霊の衝撃の発言にぼくたちは驚いたが、当然だろう、と月白さんは言った。

「神々が人間に一々こう祈りなさいなんて教えるわけないし、神々の名前に至っては教会が勝手につけただけだ。聖典に書かれていること以外は、全部、人間の都合でできたものだよ」

「神罰が下らないから大丈夫だった、と手探りで作ったのが神学なのですね」

 ケインの推測に二人の上級精霊は頷いた。

「分厚い聖典は神々の紹介文のようなもので、正確に音読することで魔法陣のように魔法を行使できるが、長すぎて魔法陣の方がよっぽど使い勝手がいい」

 月白さんの説明に頷いたワイルド上級精霊はイザークを見て言った。

「声に魔力を載せる封印が解ければイザークは神学の基礎さえ間違えなければ、自在に独自の呪文を使えるようになるから焦る必要はない」

 上級精霊の言葉に実感がまだないのか、そうですか、と神妙な表情で言った。

「まあ、イザークの封印が解けたらカイルとケインとウィルは即、真似をするから今はまだその時ではないのだろう」

 テーブルの上でワイワイとイザークの赤ちゃんスライムや水竜のお爺ちゃんに魔獣カードで学習をさせている魔獣たちを見てワイルド上級精霊がそう言うと、イザークは安心したように胸をなでおろした。

「母は不幸な身の上を嘆いて、もうすぐ死ぬ、とばかり言っていて、本当に若くして死にました。言葉に魔力を載せることへの抵抗感があったのですが、みんなで学べるなら怖くありません」

 イザークの言葉にぼくたちが胸を痛めると、ワイルド上級精霊は首を横に振った。

「イザークの母は周囲からの凄惨な苛めに対抗するのではなく、悲劇の歌姫という立ち位置を自分で選択した。せっかく緑の一族に関わったのに自ら不幸になる選択をしたんだ、不幸の連鎖を断ち切ろうとするイザークとは違うよ」

 イザークの面影のある美しい少女が野良仕事の傍ら作業歌を歌っているところを黒髪に緑の瞳の女性が座長をしている劇団がスカウトし、少女の両親を説得する映像をワイルド上級精霊が見せてくれた。

 その後、イザークの母は王都での公演で有名歌劇団の座長にスカウトされて王都に残ることになったが、辛くなったらメイ伯母さんの旦那さんの親族の商会を頼るように、と黒髪の女性に助言されながらも公爵の愛人という立場を捨てなかったのだった。

「緑の一族に保護してもらったのに……母は幸せになる努力を怠ったのですね……」

 言い淀んだイザークに、それも愛の形の一つだから、とぼくは声を掛けた。

「緑の一族は女系一族だから親族を嫁に出す立場の族長のカカシは嘆いていたよ。明らかに理不尽な扱いを孫娘たちが受けていても夫がいつか変わってくれるだろうと願いながら我慢してしまう娘たちが多いって。だけど、イザーク先輩のお母さんはそれとは違って、自分の生きた証を公爵家に残したかったんじゃないかな。イザーク先輩の望みはお母さんが幸せになることだったとしても、親の子を思う気持ちはそこを超えて自己犠牲に陥りがちだよ。本妻の憎悪を集める存在として公爵家の別邸に残り、イザーク先輩を公爵の子息として成人させたかったのかもしれない」

 息子に引き継がれた稀有な才能を封印して成人するまで息子を守り抜くことを心の支えにしていたから、自分はもう死ぬしかないと口にしていたのではないか、とイザークに言うと嗚咽を押し殺したイザークの喉がヒュッと鳴った。

 イザークの母の映像からは息子の未来が心配でならなかったから、緑の一族の援助を拒み、自分に憎悪が集まるように逃げることを選ばず、公爵家の別邸で耐えた一人の女性がいたようにしか見えなかった。

「退路があったのにあえて選択しなかったのは、イザークの母上は前公爵に好意があったからだろうね。恋愛結婚できる貴族は少ないし、かといって想い人を囲ってしまっては、本妻だって愛のある結婚生活を望んで結婚しただろうから、それは酷いことだと思うよ。うちの両親は親が決めた婚約者同士だけど両想いだったから、ぼくは幸せな家庭に生まれたはずなのに、幼少期のぼくは不満ばかりだった。魔法学校の実習で小さな魔獣暴走が起こったのに怪我無く帰宅した日まで、ぼくは両親に愛されていた実感がなかったんだ」

 ウィルの告白にイザークは大粒の涙を流しながら笑った。

「うん。親の愛情はわかりにくいよね。最近、ぼくも父の愛情を実感したばかりだから、なんとなくわかるよ」

 イザークは辺境伯寮への旅行のプレゼントとしてイシマールさんの飛竜の搭乗券をいきなり父からもらったんだ、と暴露した。

 イザークが号泣を堪えたのに、すすり泣く気配が背後からして振り返ると魔獣カードで魔法陣を学習していたはずのスライムたちが、イザークの母の話に感動してすすり泣くように震えていた。

 母の愛で命を繋いだみぃちゃんもみゃぁちゃんもキュアも嗚咽を堪えて涙を流していた。

 “……愛だけで大切な人を守れないのは、身に染みて実感している……。無敵の竜族だと驕っていた儂は、まだ若くて体を小さくできなかった妻を守れず、おめおめと自分だけ軽症で早々に目覚めてしまった”

 体を震わせて水竜のお爺ちゃんは泣き崩れた。

 大聖堂島が落ちてくるなんて、太陽が落ちてくるくらいあり得ない事態に最善を尽くせなかった水竜のお爺ちゃんの後悔に、それは無理だ、としかぼくたちには言いようがなかった。

 “……長寿の種族だからいずれ妻も会得できるとのんびり考えていたから、その傲った考えで妻を失ってしまった”

 咽び泣く水竜のお爺ちゃんに、目覚めるまで待っていよう、とキュアが声を掛けた。

「魔獣は魔法陣も祝詞も使わないで魔法を行使するから、本能ですることを説明したり教えたりするのは大変だけど、魔法陣なら説明できるよ。奥さんが目覚めるまでいろんな魔法を覚えて、起きたら教えてあげようよ!」

 母の目覚めを待つキュアの言葉に水竜のお爺ちゃんは頷いた。

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