ジーンのお悩み相談室
ぼくなんかより、大人の女性に意見を聞く方がいいだろ。
ぼくは助けを求めて、辺りを見わたすと、マナさんはハルトおじさんと話し込んでいるし、
お婆は子どもたちと遊んでいる。メイ伯母さんは台所にいるし……。
「お味はいかがでしたか?」
ぼくの隣に母さんが来ていた。
やっぱり、頼りになるな。
「とても美味しかったです。素晴らしい食事でした。自分の食への常識が変わってしまうほどです」
「ええ、わかります。私もそうでした」
「カイル君は叡智の神のご加護をいただいているのですね」
この言葉は通常、賢い子どもへの誉め言葉の慣用句だ。
「それで、こうしてお嬢様がいらっしゃらないうちに、相談したいことがございますの」
慣用句で言ったわけではなく、本気だった。
相談と言われても、ぼくにはこの世界の常識が足りなすぎる。
「まあ、カイルは、確かに発想力は素晴らしいと、親バカですが、常々思っております。ですが、まだ小さいので、突拍子もないことを言い出しかねません。私も一緒にお伺いしてもよろしいでしょうか」
助かった。
母さんが一緒だと心強い。
「ジーンさんに聞いていただけると、私も嬉しいです。…ジェニエさんが素敵な方だから、理解していただくのは難しいかもしれませんが、姑が絡む子育てについてです」
それは…ぼくが聞いてもどうしようもない話じゃないのか。
彼女、エミリアさんの話を詳しく聞いてみると、家の事情が絡む嫁姑問題で、孫の教育方針への口出しだった。
同僚の伯爵家三男と結婚したが、夫の兄たちは結婚しているが男の子が生まれなかった。
姑は夫の兄嫁たちに自分は男児を三人も生んだのに、お前たちは女児しか生まない女腹どもめ、ときつく当たり、エミリアさんには孫を跡取り候補として確保したいから、田舎で教育するのでは障りがある、冬の社交シーズンに連れてきて、お前はいらんが子どもはおいていけという、理不尽な要求をしているらしい。
母さんは、うんうんと、頷きながら、家庭の事情を根掘り葉掘り聞いていく。
なかなかの聞き上手だ。
キャロお嬢様のお母様は、今年は領に留まるので、自分も王都へは行かないが、来年は七才で王都の学校に進学させるのだけど、寮に入れるつもりである。
母さんは、姑のいる本家に預けたくないよね、などと、相槌を打って、話を結論へと促していく。
田舎育ちを姑に侮られないように、子どもを鍛えてほしいとのことだった。
王都の学校で王都育ちの子どもたちより優れていたなら、夏休みの帰省を姑に妨害されずにすむだろうとの算段だった。
エミリアさんは子どもに仕事をする母の姿を見せたくなかったので、遊び部屋にはまだ行かせたことがなかった。
キャロお嬢様の来ない日に来たらいいだろうに、残念ながら今日のように、突然当日に決まることもあるので、踏ん切りがつかなかったようだ。
本来なら子どもが生まれたら、お仕事を辞めるはずだったのに、後任が育たないので産後に職場復帰してしまった。
通常、子どもが学校に進学する前に、母親が働きに出ることはなく、自分も短時間のお勤めだから、子どもに詳しく説明していなかったというのだ。
相談相手が違うよ。
まずは、自分の子どもにきちんと説明しよう。
理解できなくても、知ることは大切だ。
ぼくの常識では、お母さんだって働くものだ。
うちの母さんも働いている。
「お子さんも遊び部屋に見学に来たらいいんです。お母さんが働く姿を見せた方がいいですよ。カッコイイ貴族のお手本そのもの働きぶりなんだから。その日はお母さんとは呼べないけど、もう六才なんだから大丈夫でしょう」
エミリアさんは驚いているが、母さんは頷いている。
「ボリスのお父さんは働いているときは、ボリスに淡々と接していますが、焼肉パーティーではお肉を焼いてあげたりしていましたよ。ご家族での話し合いで、息子さんの気持ちを聞いてあげてください」
「そうですね。貴族女性は結婚したら働かないという常識に縛られていました。今後、遊び部屋に教師が派遣されることが検討されています。音楽の教師が結果を出しているので、キャロお嬢様のご両親が調整に入っている段階まで来ています。息子を参加させられないのが、私の頭の固さのせいでは残念でなりません」
淑女の鼻息が少し荒くなっている。
ぼくはそれどころではなかった。
なんてこった。
うちが幼稚園になってしまうではないか!
母さんは聞いていたことなのか、慌ててはいない。
「それぞれの分野の専門家が見てくれるのは、子どもたちにとってもいい事ですが、学ぶ内容が好みじゃなければここに来るのも苦痛になります。王都の学校に進学する前に知っておかなくてはいけないこと以外は、好きな子だけやればいいという、現状が継続されるといいです。専門の教師は芸術や、体術の基礎訓練でほしいですね」
幼稚園化反対の意見が言いにくい。
遊び部屋が幼児教育の場にすでになってしまっているのは事実だ。
子どもが好き勝手に遊んでいるだけなので、高速縄跳びのような、アホっぽいトレーニングだと筋肉バランスが悪くなりそうだ。
芸術関係は、ぼくにはどうしたらいいかさえわからない。
専門家が来てくれた方がいいのには違いない。
だが、この助言では、うちの幼稚園化が止まらない。
ぼくたちが毎日楽しく遊ぶ場が、もうすでになってきているけど、公の場になるのは嫌だ。
うちに秘密が多いのに、母屋と離れで分断されていたのが、なし崩しに浸食されていきそうだ。
「教師の派遣には領の資金を使うものですか?」
「いえ、キャロお嬢様のご両親が、お嬢様の生活環境向上として予算を組まれております」
うちが場所と道具を貸している状態だから、上位のキャロお嬢様のご両親が支援するのは尤もだ。
「ぼくとしては、個人のお家の延長上にあるのに、公の施設のようになってしまっていくのではと、危惧します。うちは家族が増える予定もあるので、母さんの負担が心配です」
お婆の姿もありのままで過ごせなくなるのはかわいそうだ。
肝心の母さんは黙っている。
「後々には、公の施設として領から予算がおりると思われます。ただしばらく、ここで幼児教育に特化できれば、個人的にはうちの子のため、ですが、領都に住む全ての人に還元できるようになるはずです」
うん。幼児教育は大事だ。幼稚園だけでなく、保育園ができれば、領の経済は活性化するだろう。
「今の付添人が居なければだめというのではなく、子どもの人数や遊ぶ内容に合わせて、必要な大人の人数と専門家がいれば、働けるお母さんが増えるでしょうね。仕事を覚えて、一番働ける年齢に引退することが無くなればいいですね」
母さんは究極の結論を持ち出す。
エミリアさんはわかってくれた、と安堵の表情になる。
といっても、眉が下がって、口角が少し上がるだけだ。
「そうなんですよ。お嬢様の生活全般を管理するには、ある程度高位の貴族の方が好ましいのですが、そういった方は結婚したら家庭に入られる。年配の方だと、王都の学校に進学されるお嬢様に、領に偏った教育になってしまう心配があるのです」
ここにきて、王都病ですね。
領の歴史と王都の歴史がどちらも事実なのに、何か違う、例のあれですね。
「お城での教育と、ここでの遊びながらのお勉強がとてもいい感じに、お嬢様に影響しています。この冬、吹雪の日以外は、ここで子どもたちに、のびのびと過ごしてほしいのです」
それは冬支度の援助があった時点で気がついていたよ。
この後どんなごり押しがあるんだ。
「個人でできるお行儀以外に集団から学ぶことも多くあるのですが、お嬢様はどうしてもこの領では上に立てる子どもがおりません、王都でも高い地位におられますが、昨今の風潮ですと成績上位者は帝国に留学する流れになっております。上には上がいることを、できれば幼少期から知っておいて頂きたいのです」
王都病の次は風土病ですね。
客観的な歴史は双六に解説でもつけて、遊びながら学べるけど、上下関係は遊びでは難しい。
どんな仕組みにしても、トイレの事案のように下位のものが、割を食うことになりそうだ。
お嬢様は真っすぐな性格でケインの忠告も聞けるが、ケインの存在を面白く思わない子がいるのも事実だ。
黒い兄貴が警戒する子が数人いる。
…ぼくはこういうのを考えるのに向いていない。
どうしよう、ふざけた案しか出てこない。
まあ取り敢えず無難なところは、コスプレだろう。
「予算に余裕があるのでしたら、服の上からささっと着られる衣装を用意して、本格的に“ごっこ遊び”をしてみたらどうでしょう。女の子の遊びはよくわかりませんが、男の子なら騎士ごっこをするように、王子様、お姫様ごっこをしてみたらどうでしょう?配役は、くじ引きなどで決めても、誰もが一度はお姫様か王子様役をすることにしたら、必然的にお姫様役ではない時は、お嬢様も下位の立場になります」
「ふふっ。やはり遊びながらなのですね」
「だって、まだまだ子どもですよ。お話が上がっているか知らないのですが、メイ伯母さんが帰る前にお別れ会をする予定です。せっかくだから、遊び部屋に来ている子どもたちにも楽しんでもらおうかと考えています。お菓子をいろいろな種類を用意するので、お店屋さんごっこをしてみるのもいいかなと思っています」
「それは、子どもたちが店員になるということですか?」
「子どもはお金の価値をわかりません。会場で疑似通貨を使って大人に買い物してもらい、後半にそのお金で自分たちの買い物をしてみるのです」
お買い物ごっこでは、社会性と三ケタの足し算を学べるようにしたいのだ。
疑似通貨の単位を硬貨一枚100の位に設定したら、三ケタの足し算をするしかなくなる。
いつまでも三ケタを検算君の一人勝ちにはさせないのだ。
エミリアさんは声に出して笑った。
「いいですね。可愛い店員さんの衣装を作りましょう。この企画なら予算はおりますよ」
「エプロンにフリルをいっぱいつけましょう」
母さんも乗り気だ。
小さなメイドカフェになりそうだ。
「なにか面白いことを考えているんですか?」
メイ伯母さんも話に参加してきた。
こっちは本物の商人だ。
どんなお店屋さんが出来上がるんだろう。
おまけ ~息子の思考がわからない~
みたらし団子一本はホットケーキ一枚より熱量が低い。
しかも、たっぷりタレがかかっているのに、トッピングをしていないホットケーキより低いのだ。
だが、醤油ラーメンは美味しい。
美味しいものは……。
メイさんが、お子さまラーメンなら、完食しても大丈夫です、と少なめのラーメンを用意してくれた。
気が利く人だ。
経産婦には無言で伝わるのだ。
みたらし団子はおやつの時間の楽しみにしましょう。
我慢してばかりでは、体に良くないわ。
お嬢様とケインが庭で跳びはねて遊んでいる。
若返ったお義母さんも一緒になって遊んでいるわ。
苦しかった病気から解放されて本当に良かった。
新たな人生を楽しんでもらいたい……。
気持ち悪い視線を感じてあたりを見たら、お嬢様の従者が、ふたつの小ぶりのメロンのようなお義母さんの胸を凝視していた。
ああ、まただわ。
病気になる前のお義母さんは、それはそれは美しいと評判の薬師だったの。
お義父さんがしっかりしていたから、一人で外出させることはなかったし、ファンがいるのは知っていたわ。
エミリア様が目で合図して、お嬢様の護衛騎士が視界を塞いでくれた。
この方は本当に頼りになる方だ。
なにやらカイルと内緒話を始めたようなのでお邪魔しましょう。
私には自分の活動範囲を広げるためのお貴族様の人脈が必要なの。
エミリア様と親しくなれたら出来ることが増えるわ。
……。
エミリア様。嫁姑問題をカイルに相談しても無駄……。
女性が悩み事を相談する時は、本音では結論が決まっているのに、話を聞いてもらって、自分の決める結果を肯定してもらいたいだけのことがある。
夫は自分の意見をしっかりと言うから、結論と違うと喧嘩になるのよね。
カイルはていのいい聞き役という事かしら。
あらあら、カイルは一人前に自分の意見を主張しつつも、話をエミリア様の結論の方に導いているわ。
こういう男の子は、相談役には適しているけど、”いいひと”どまりになってしまって、友達から恋人に移行できないのよね。
うふふ。
可愛い顔をしているから、そんな心配はいらないわね。
あら、うちに来客が増えるのを心配しているのね。
隠すほうが難しいのよ。
来て見てもらえばいいのよ。お義母さんが若返ったなんて、荒唐無稽すぎて、オーレンハイム卿以外信じないわ。
来年にはこどもたちの学び舎は新築する予定なんですもの。
問題ないわ。
王子さまやお姫様の衣装をうちで用意するのは大変だけど、店員さんの衣装は作ってみたいわ。
女の子を可愛く着飾らせるのが夢だったんですもの。
衣装の話になったら、メイさんもやって来てノリノリになった。
女性に衣装の話をさせたら、話が尽きないものね。
……カイル。
いま、なんて言ったの?
胸を押さえる下着ですって。
走っても揺れないようにする……。
確かに今すぐ必要ね。
えっ!!?
胸の小さい人はその下着に詰め物を入れると……。
女性全員の胸が大きくなったら一人の人に執着しなくなるはずって……。
どうしてそんな発想になったの?




