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湖の主

 ぼくのスライムとキャロルのスライムは、ぼくの掛け声より先に湖底からの振動を察知して船体を被膜で覆ったので水飛沫一つ船内に入ることはなかったが、観光に来ていた巡礼者たちの乗る遊覧船が波に煽られて転覆しそうなほど傾いていた。

 留学生たちのスライムがキャロルのスライムの遊覧船から水鳥に変身して一斉に飛び出すと、転覆しそうな船に体当たりして船体の態勢を整え、船から振り落とされた人たちの元に飛んでいき浮き輪に変身して湖に落ちた巡礼者たちを救出した。

 タプンタプンと揺れる湖面を治安警察の魔術具の船が、荒波を乗り越えながら救助に駆けつけた。

「ガンガイル王国の皆さんが湖の探索をされると伺っていましたから、非常事態に備えていました!湖に落ちた人たちは我々が救助します!」

 スライムの浮き輪に掴まった人たちを回収しながら、治安警察隊員は拡声器でぼくたちに伝えた。

 ぼくたちが何かやらかすことを想定していた治安警察部隊に感謝するしかない。

 こうなる未来が予見できていたのなら一般巡礼者の遊覧船を管轄する商業ギルドに相談しておいたのに、とぼくとケインが嘆くと、シロから精霊言語で突っ込みが入った。

 “……ご主人様。スライムたちが自己紹介するだけで湖の主が湖面に大波を起こすほど大爆笑して大きな波が立つ未来より、湖の主が大聖堂島に二人もいらっしゃる上級精霊の気配を感じて精霊たちが再び活躍する時代が来たかと感極まる未来の方が起こりうることだと判断してしまいました”

 兄貴も上級精霊ワイルドもそっちの方がより現実的だと判断したから、特段、細かい指示を出さなかったのだろう。

 四体のスライムの自己紹介と、簡単なダイジェスト映像だけで大笑いする湖の主の笑いの沸点が予想外に低すぎた。

 “……ちょっと待った!水中最強の魔獣はクラーケンではなくこの儂じゃ!”

 湖底で再び大きな動力が動き出す気配を感じると、キュアが強烈な威圧と精霊言語を湖の主に向かって放った。

 “……なんじゃぁ、(おのれ)!お主の体積でちょこっと笑えば大波が起こるのは当たり前じゃないか。湖で戯れている人間をひっくり返して苛めるなんて巨体のうすのろのやることだ!”

 良きものも悪しきものも一緒くたにするのではなく、きちんと保護したうえで暴れろ!とキュアは孤児たちを保護した後に劣悪な環境の孤児院を体の体積だけで破壊した映像を湖の主に送り付けた。

 大きくなることで孤児院を破壊したが、建物を外側に吹き飛ばしても実行犯たちにも死者がなく証拠書類も押収された実績を持つキュアが喝を入れると、すまなかった、と湖の主が湖全体に薄く魔力を広げ、荒ぶる波を抑え込んだ。

 “……儂は災いをもたらす魔獣じゃない。人間を湖の底に引きずり込んだりしていないのに、湖に潜る連中が勝手に木の根に挟まって溺死しているだけだ”

 湖に潜って戻ってこなかった人たちは、水の中で方向を見失ってパニックになると冷静な判断ができないから溺死してしまったのだろう。

 たぶんそんなことだろうと想定していたから、スライムたちは潜る手段と浮上する手段を別々に考えて潜水したのだ。

 “……こんにちは!ぼくたちは大聖堂島が浮かぶ湖を探索しに来ただけの、ただのスライムだよ”

 木の根が絡み合った場所まで退避して水の揺れを凌いだケインのスライムが、あらためて自己紹介をした。

 “……スライムはいつから水の中で生きられるようになったのだ?そんなに長く儂は寝ていたのか?”

「“……暗い水の底で長い間眠っていたから、お目目が見えなくなったの?魔力で感じてごらんよ。スライムたちは体の周りに魔力で空気の層を作っているから厳密には水の中じゃないよ”」

 ぼくのスライムの高速艇の船底に小さな手をついて精霊言語と同時に声を出して湖の底に語り掛けたキュアに、漁師さんは腰を抜かすほど驚いた。

「魔獣も魔法を使えるようになるとお喋りくらいできるんだよ」

「騒がれても困るから内緒にしていてね」

 みぃちゃんとみゃぁちゃんが漁師さんを挟んで話すと、左右に何度も首を振った漁師さんは可愛らしい仕草でお願いする二匹に、内緒にするよ、と頷いた。

「キュアは湖の底の生き物と知り合いなの?」

 ケインの質問に、キュアは小首を傾げた。

「たぶん、元気な時の母さんが言っていた『水の中最強の魔獣』のことだと思うんだよね。“……お爺ちゃんは水竜なんでしょう?”」

 えっ!水竜!?

 “……そうじゃよ、飛竜の幼体よ。ちっこいくせに大きくなったんだな!儂はお主より大きくなれるぞ!”

 キュアの実物大より大きな水竜が湖の底にいるのなら実態を現したら大聖堂島が持ち上がるのだろうか?

 “……そこの精霊を従えた少年よ!たぶんできるぞ!”

 カイルといいます。大聖堂島にはたくさん人間が住んでいるのでやらないでください。

 ぼくの精霊言語を聞いた水竜が控えめに笑うと湖面が小さく揺れた。

 魚たちが驚くので、感情は抑えてください。

 “……すまなかった。人間と話すのは久しぶりで、つい楽しくなってしまった。そうかそうか、やっと上級精霊たちがやる気を出したのか”

 水竜は大聖堂島の上級精霊の気配にやっと気づいたようで、ぼくたちに自分が眠りについた理由の映像を送り付けた。


 かつて、水竜は今より大きかった湖で悠々と生活しており、見上げた空には大聖堂島が浮かんでいた。

 邪神が創造神によって封印された時、突如として大聖堂島が水竜の住む湖に落ちてきた。

 凹んだ湖の表面積は狭くなるし、迂闊に魔法を使えば自分も消し炭にされてしまうことを本能で感じた水竜は大聖堂島があたって痛かったから、そのまま眠りについたらしい。

 寝て怪我を直そうとするのはキュアの母と同じ行動だ。

 時折、目覚めて水竜が状況を確認すると、人間はしぶとく生き延びて、再び言葉と魔法陣を使用していたが、人間を助けていた精霊たちがことごとく教会関係者たちに封じられていたのを見て、人間が滅びるまで眠りにつこうと決めていたらしい。

 “……誰も儂の寝床までやって来ることはなかったのに、ちっこいけれど強力な魔力の魔獣がなんだか絡み合った状態で降りてくるから、ちょっとからかってやろうとしただけだ。儂が恫喝したらビビるだろうと思ったのに、カッコよく名乗りを上げるなんて愉快だったのだ”

 おいで、と水竜の思念に誘導された潜水艇のスライムたちが動き出すと、おおおお、と精霊言語が聞こえないウィルとボリスと漁師さんがスクリーンの画面に釘付けになった。

「水竜のお爺ちゃんがスライムたちを案内してくれているよ」

 キュアの説明に、水竜の棲み処が見れるのか!とぼくたちは興奮した。

 “……棲み処というか、お前さんたちは飛行石の残骸が欲しいのだろう?こんなに笑わせてくれたのだから少し分けてやろう”

「水竜のお爺ちゃんが飛行石の残骸を分けてくれるんだって。よかったね」

 キュアの翻訳に、飛行石はあったのか!とぼくたちの興奮は頂点に達した。

 “……こいつを研究してまた大聖堂島を空に浮かべてくれたら、儂も暮らしやすくなる”

 水竜の精霊言語に驚いたぼくとケインと魔獣たちは犬型のシロを凝視した。

 大聖堂が再び浮かぶなんて、そんな未来があり得るのか!

 “……ご主人様。神々の依頼は世界の理と土地の結界を結び直し、世界中に魔力を均等に流すことですよね”

 ぼくとケインと魔獣たちが頷くと、シロは話を続けた。

 “……ご主人様。世界の理へと繋がる魔法陣が地上で完璧に広がれば、大聖堂島が再び宙に浮くこともできますが、現状ではとても厳しいでしょう”

 ぼくが世界の理と結んでいる結界は数年で切れてしまうから、世界中の結界を整えている間にどこかが切れてしまうだろう。

「どうしたの?」

 黙り込んだぼくとケインにウィルが尋ねた。

「水竜のお爺ちゃんは大聖堂島が再び浮かぶことを期待しているのかな?と考えたら気が重くなったんだ」

「湖の底から飛行石の残骸を数個もらう対価として大聖堂島を飛ばすことを期待されてもねぇ」

 ぼくとケインと魔獣たちが顔を見合わせて嘆くと、湖底から水竜が慌てて否定した。

 “……いや、今すぐどうこうしてくれというわけじゃない。人間は何世代もかけて研究して成果を出すのは知っている。儂ら竜族とは寿命が違うからのう”

「水竜のお爺ちゃんはカイルにそこまで期待していないみたいだよ」

 キュアの通訳にウィルとボリスが安堵し、話の規模が大きすぎて頭がついていかない、と漁師さんがぼやいた。

 スライムたちが湖底に辿りつき、光るボリスのスライムが網に変身すると、白い小石がぽんぽんと網の中に飛び込んできた。

「水竜のお爺ちゃんが作業を手伝ってくれているのかな?」

「そうみたいだね」

 ボリスの疑問にキュアが答えていると、タツノオトシゴのような大きさの細長い竜がボリスのスライムの網の中に入った。

 あれが、水竜なのか!

 こんなに小さいのか!とぼくたち全員が声を揃えると、湖の水全体が小刻みに揺れた。

 “……その飛竜の幼体より大きいと言っておるだろう!儂は偉大だから大きさを自在に変えられるのだ!”

 そっか!

 大聖堂島が落ちてきても死なない不死身の体ではなく、体を小さくすることで衝撃を受け流したのか!

 “……なんだか、カイルたちが楽しそうだから、儂もついていきたくなったんだ。しばらく一緒に旅をしてやるよ。どうせ儂には瞬きするような時間でしかない”

 悠久の時を生きる魔獣として水竜は言ったが、ぼくとケインは、一緒に旅をする?どうやって?陸上で生きられるの?と疑問ばかりが頭に浮かんだ。

「水竜のお爺ちゃんが一緒に旅をしたいって言っているよ」

 どうしたの?とウィルに訊かれる前にキュアが答えると、ボリスと漁師さんは口をあんぐりと開けてパクパクさせた。

「湖の底から小石しか採取しないと漁業ギルドに約束したんだ!水竜なんて連れて帰れないよ!」

 ウィルが断言すると、漁師さんは小刻みに震えた。

「漁業ギルドの禁猟項目に水竜なんてありません!」

 “……いや、儂は釣られるのではなく、ついていきたいだけなんだ!”

 てんで話がかみ合っていないが、ボリスのスライムが水竜を放流しても水竜が付いてくるだろうことは想像に難くなかった。

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