秘密組織の存在を暴いた革命児たち
「噴水広場の屋台の横をガンガイル王国留学生一行の皆さんのために開けてあります。教会関係者のだれもがガンガイル王国の皆さんが発見した礼拝方法のお陰で日々のお勤めが楽になったことを実感していますから、再訪を歓迎しています」
教皇を窓から飛び降りさせた時の騒動の後始末をジュードさんに押し付けたのにもかかわらず、ぼくたちとの再会を喜んでくれた。
「大聖堂島でも孤児院を悪用した内部組織の存在に大騒ぎになったでしょう?」
歓迎する人たちばかりではないだろうと、ハントが指摘すると、ジュードさんは頷いた。
「ですが、悪事が暴露されたことで大規模な人事変更があり、疑わしい人物は拘束されています。多くの司祭や上級魔導士たちが欠員している状態なので、礼拝方法の変更で魔力の流れがよくなったことは本当に助かっているのです」
何度も頷くジュードさんは司祭試験に合格したようで司祭服の色が違っていた。
「各教会の礼拝方法が変更になって地方の市街地への魔獣の侵入が減っているので、上級魔導士は司祭学校設立のための教員試験を受けるように勧められています。イザークさんが教会都市に招待されたのは魔法学校と並行して神学校の入学を教皇猊下に勧められたからです」
ジュードさんの説明にぼくたち全員がイザークを見た。
「次期公爵なのに神学校!?」
素っ頓狂な声を上げたハントにジュードさんとイザークが笑った。
「ぼくも手紙をもらった時は驚きましたが、取り敢えず早急に司祭を養成しなければいけないのに人員不足で、ぼくには祝詞を上げる素質があるようなので神学を勉強しないか、と誘われました。うちの領の教会に神学校を併設するための教員になると思えば時間を作って大聖堂にくるべきだと考えたのです」
祝詞を上げる素質?と初めて聞く言葉にぼくたちは興味津々になった。
「うん。ぼくも教皇猊下に指摘されるまで全く知らなかったのだけど、ぼくは声に魔力が載ることを強制的に封じられていたようなのです。平民出身の母は魔法学校には通っていませんでしたが、声に魔力が載り、強く念じたことが強制力を持つことがあったようです。ぼくの喉は母の魔力で魔力が声に載らないように封じられていたようです」
あっけらかんとイザークは出自を語ったが、妾の子に魔力が多ければ本妻に苛められるから、イザークの母が、自身に魔法の知識がなくても本能でこの魔力を封じたのだろうとぼくたちは察した。
「ぼくもなんとなく理解できます。ぼくの母はカテリーナ叔母様に苦労をしたから、ぼくが体から滲み出る魔力を火の玉にしないことを願い、魔力を出さないことを褒められ続けていました。自己暗示かもしれませんが洗礼式を終えて魔法学校に行っても、下級貴族程度の魔力しか使用できませんでした」
マルコの話にイザークは頷いた。
「そうですね。子どもの頃は暗示にかかりやすいからなおさらです。ぼくの場合は、母の魔力がぼくの声帯に張り付いていて本当に魔力を封印しているようです。魔法陣で完璧に封じられているわけではないので、神学で祝詞を勉強したら封印を解けるのでは、と教皇猊下はお考えのようです。ぼくとしては公爵領に神学校が欲しいので、いい話なのですよ」
神学を勉強したら詠唱魔法や呪文が使える。
司祭になることに興味がなくても魔導士の魔法に興味津々なぼくたちは、それはいいね、と頷いた。
アリスの馬車が噴水広場に着くと顔なじみの露店主たちから、よくやってくれた、と握手を求められ、この方々が噂の……と一般礼拝者たちから遠巻きに囁かれ、テントスペースを開けてくれていた治安警察隊員たちから、おかえりなさい、と声を掛けられた。
「大聖堂島ではガンガイル王国の留学生たちは、神事の見直しで魔力の流れを良くし、教皇猊下を中央塔の最上階の窓から飛び降ろしてまでも教会内の秘密組織の存在を暴いた革命児たちだ、とまことしやかに囁かれています」
ジュードさんはそう言うと、御者ワイルドが馬車の扉を開けた。
「元気だったかい!」
ぼくたちが下車すると露店主たちは商売そっちのけでぼくたちに握手を求めた。
ぼくたちはちょっとしたヒーローのような扱いを受けた。
「今回は人数が多いね」
「御用商人を連れていますが、大聖堂島では商売をしません」
商会の人たちはぼくたちに便乗して聖地巡礼をするだけだと説明すると、商売敵じゃないと知った露店主たちは、神のご加護が得られますように、と笑顔で大聖堂島への訪問を祝福してくれた。
「私たちも祠巡りをするようになってから金が溜まるようになり、スーパー銭湯と呼ばれる大きなお風呂に通うようになったんですよ!」
「教会の魔術具に魔力を提供できるようになり、ちょっとした魔術具なら一人で使えるようになりましたよ」
毎日大聖堂島にやってくる露店主たちは商売の神に関わる祠だけでなく、大聖堂島を一周する祠巡りをするようになったことで魔力を増やし、魔導士不足になった教会の魔術具に魔力を提供して、副業のようにポイントをためているらしい。
「精霊たちを呼ぶために芸事を披露しようとする露店主も現れて大聖堂は賑やかになりました。それもこれもガンガイル王国留学生の皆さんと魔獣たちのお陰です」
キュアとスライムたちが精霊たちと戯れたことで客寄せになると気付いた露店主がジャグリングの練習に励むと、時折、冷やかすように精霊たちが出現するようになったらしい。
「教会関係者たちは大騒ぎでしたが、私たちは楽しく暮らしやすくなりましたよ」
露店主たちからぼくたちが去った後の大聖堂島の話を聞いて、それはよかったですね、と相槌を打った。
「ぼくたちは新入生もいるので祠巡りがてら観光してきます」
話がつきなそうな露店主たちに、巡礼者たちが店先に来ていますよ、と商売に戻るように声掛けをして祠巡りに出かけた。
「確かに、大道芸人が多いですね」
足早に祠巡りをしながら大聖堂島を散策していると、あまり上手ではないが懸命にボールやステックを投げては落とすことを繰り返す人たちがあちこちにいた。
あまりの下手さに巡礼者が代わってやると上手にできてしまい、精霊たちが拍手をするように点滅していた。
「あんなに下手ですと、代わりにやってみようという気持ちになるのもわかりますし、上手くできると道具を購入して披露したくなる気持ちもわかります」
キャロルの感想に、三つ子たちのお土産を帰る前に購入したい気分になったぼくも頷いた。
祠巡りを終えて噴水広場でお弁当を食べていると正午の礼拝を終えただろう教皇と月白さんがやってきた。
ベンチに腰掛けた教皇に巡礼者たちと露店主は遠巻きに拝みだしたが、教皇はベンさんが差し出したサンドイッチの箱を、お昼は済ませたのに、と言いながらも受け取った。
「大聖堂島の掃除は済んだが取り残した連中が地方に散ってしまったよ。新規の神学校設立の視察と称して地方を回って残党狩りをしている最中だ」
辛子の効いたハムサンドに舌鼓を打ちながら、秘密組織の解体で残党を逃がしてしまったことを教皇は悔しそうに言ったが、遠巻きにぼくたちを見ている巡礼者たちや露店主たちには、この辛子がハムの味を際立たせている、とだけ聞こえているようで、ベンさんに辛子の種類を聞いている。
声に魔力を載せるとこんなことができるのか!
「危ない魔術具はそもそも幾つあったのかが記録に残っておらんから、持ち出されている可能性がないわけではない。そもそも、奴らの活動がどうにも古代から続いていたようで全貌が把握しきれないのだ」
厚焼き玉子が挟まれたサンドイッチを頬張って、これは美味い!なんとフワフワな卵なのか!と教皇が唸ると、数人の露店主がベンさんに作り方を聞いていた。
ぼくたちには二重音声を同時に両方聞いているような状態だったので、そうですね、と頷いた。
熱心に話を聞く露店主たちによって、教皇猊下お気に入りのサンドイッチとしてそのうち大聖堂島の名物になるかもしれない。
“……教皇の推測は間違っちゃあいない。精霊使い狩りを強行した教会関係者が、邪神の欠片を持ち出したら、未来予想のできない精霊たちは闇討ちに遭ってしまう”
魔本が精霊言語で割り込んできた。
“……大賢者様と言われた初代ご主人様も、紙に記録を残さなければ何も把握できないからあっけない最期を迎えた。カイルに情報を提供したくても、どれが奴らに該当する記録かがわからなければ膨大な文書を保存していても何にも協力できない……”
魔本がいじけた口調で言ったが、どこかにとっかかりさえあれば調べられるのだから、記録を保管していることに意義がある。
「組織に関わった人たちの名簿とか何かないのですか?」
容疑者の氏名から魔本で出入国記録を辿れないか、と考えて教皇に尋ねた。
「当然あるが、あいつらは教会での活動に本名を使っていなかった」
オニオンスープを飲んで、うんうん、この味!と頷いた教皇は、案内したい場所がある、と切り出した。
「そもそも、お昼をご馳走になるつもりはなかったのだが、ベンさんのサンドイッチの魅力に負けてしまった。だが、美味しいものを食べたら心が落ち着いたよ。ありがとう」
食べ終わった教皇がベンさんに握手をして感謝を伝えると、お礼に一般の方が入れない場所を案内しましょう、とぼくたちを古代魔術具研究所の建物に案内した。
おまけ ~次期公爵領主のお忍び旅行 其の7~
なぜか酒盛りをしている大人たちは食後、清掃魔法で酔いを醒まし魔力奉納に参加した。
領主の魔法陣は秀才でなくても精いっぱい努力すれば不可能なことも可能にできるのではないか、と思わせるもので勉強になった。
祠巡りで判明したことはあの場に居合わせた全員がこの町の護りの魔法陣の管理者になってしまっていたことだった。
黙っていれば問題なさそうなことなのに、この事態を利用しようと第三皇子が発言すると第五皇子も乗り気になった。
第三皇子は馬鹿だと思っていたのに本当の策士は第三皇子なのかもしれない。
ぼくも空の神の祠に魔力奉納をするとカイル君が感動した領主の繊細な結界の作りをぼくにも実感できた。
ジーンさんに教わり小さい魔石に魔法陣を刻む練習をしたことで、魔力の流れから細かい魔法陣の影響を確認できるようになっていた。
凡庸に見えた領主の努力が、この世界の崩壊の危機を留めていたのだ。
凡人だからと決めてかかって自分の可能性を自分で狭めないように、ぼくもやれることを精一杯やろう。
祠巡りは二手に分かれることになり、ぼくはカイル君のいる班になった。
ケイン君たちが魔力奉納を済ませた祠の再生具合を見ると、カイル君たちの足が早まった。
「こうやって競い合うから、半端なく向上していくんだな」
第五皇子が楽しそうに言うとぼくは頷いた。
そして、祠巡りが進むほどカイル君たちとの冒険の終わりが早まってしまうことに寂寥感を抱いた。
「帰国してしまう前にイザーク君に話しておきたいことがある」
カイル君たちが火の神の祠に魔力奉納をしている後方で第五皇子がぼくを呼び止めた。
「この後、カイル君たちと別れて私は帝都に戻ることになる。私は帝国軍に属するが、私はこの先一生、君と敵対しないことを約束する。イザーク君の生きざまは私の価値観を変えた。君と君の友人たちが私たち兄弟の在り方を変えたんだ」
たとえこの先、帝国とガンガイル王国とに関係が悪化したとしても、第五皇子は国を捨ててでも敵対しない、と真顔で言った。
「帝国に残るカイル君たちを、私は私のやり方で見守っていく。私を信じてくれるかい?」
覚悟を決めている第五皇子に、はい、と短く返事をした。
一日一緒に過ごしただけだが、第五皇子が誠実な人柄なのは子どもたちの保護を即決したくだりを聞いて理解している。
「カイル君たちをよろしくお願いします」
ぼくがカイル君を嫁に出す父のような言い方をすると、大方のことをカイル君は自分たちで豪快に解決してしまうんだけどね、と第五皇子は笑った。
順番に魔力奉納をしていると先に終わらせた面々が、早々に植物が生えるなら畑でも作ろうか、などと話していた。
ぼくと第五皇子が魔力奉納を終えると、カイル君たちは光と闇の神の祠めがけて、全力疾走していた。
祠巡りを終えて別れの挨拶をすると、第五皇子はカイル君たちを助ける、と約束した通り、第三皇子を帝都に連れ帰る、と宣言した。
子どものように駄々をこねる第三皇子に、ハントハントハント、と言わされた第五皇子は面倒な御仁を責任もって引き取ってくれるようだ。
ぼくとカイル君の立場は全く変わっていないけれど、家族同然になった心の絆を胸に抱いていると、別れはそれほど辛くなかった。
辺境伯領の教会に転移し、転移の部屋の扉を開けると、教会関係者たちの先頭に辺境伯領主がいた。
孫のキャロライン嬢を心配して、ぼくから話を聞くためにわざわざ出迎えてくれたのかと思いきや、ぼくの両肩をがっしりと掴んで、よくぞ無事に帰還した、と言うとがっしりと、抱きかかえられた。
「最短で世界を救う手段としてイザーク君を頼ったが、できることなら儂が行きたかった!」
ギュッとぼくを抱きしめる辺境伯領主の後方に控えていたマルクさんやジュエルさんが、代われるものなら代わりたかった、と安堵を視線で伝えた。
産まれてこのかたこれほどの愛情を示す人たちに囲まれたことはなく、込み上げてくる嬉しさをグッと抑えて、ただいま戻りました、と言った。
「ああ、詳しい話は城で聞こう。せっかくのお忍びでの旅で羽を伸ばしたいところだろうが、今日はイザーク君とひざを突き合わせて話をしたいのだ」
辺境伯領主の招待に、謹んでお受けいたします、と答えると、辺境伯領主に背中をバシンと叩かれた。
「孫のキャロルの友人から、孫の話を聞くだけだ。そんなに改まらないでくれ」
「では、友人の実家に遊びに行くということでよろしいのですね」
ぼくの返答が大正解だったようで、辺境伯領主は満面の笑顔で言った。
「さあ、我が家へ行こう!」
教会を出ると辺境伯領主自らが運転するバスに乗って領城に向かった。
「えええ!あの暗殺者の男が廃墟の町の庁舎を爆発させる未来があったかもしれなかったのですか!」
気心の知れたメンバーだけで行われた夕食の席で、辺境伯領主は夢で見たことだ、と言いながらも衝撃的な話をした。
「能力に合わせて現場に居合わせた人たちを足止めしたのは、ぼくが偉そうにする演出だけじゃなくて、万が一庁舎が爆発した時に身を守るすべがない人たちを選別していたのですか!」
ぼくとぼくの護衛たちが青ざめると、辺境伯領主もキャロライン嬢の両親も神妙なお面持ちで頷いた。
「密偵の調査で第四皇子の子飼いの暗殺者の存在は確認していましたから、子どもたちを廃墟の町に帰すのは反対でした」
キャロライン嬢の父がそう言うと、イザーク君の真心を素直に受取れないのか!と辺境伯領主が声を荒らげた。
「お前が関与したら大事になって、家族の時間が取れなくなることを危惧したイザーク君の真心を真摯に受け取り、お前は子どもたちとの時間を作ることで優しさを循環させなければならないのだ!」
辺境伯領主の叱責に、だったら仕事を減らしてくれ、とキャロライン嬢の父は笑った。
辺境伯領主は、側近を育てなさい、と丸投げすることを提案すると、育毛剤をくれた騎士とマルクさんたちが笑った。
「帝国の時期皇太子争いに巻き込まれることは御免だが、廃墟の町の破綻した魔法陣を利用して髪の毛一本残さず人間を消してしまう暗殺が帝国で行われているなんて見過ごすことができないだろう」
どうあっても介入しなければならなかったのだ、と辺境伯領主は言った。
ああ、神罰を人間が利用するなんて、そんなことはあってはならない。




