勝手に破綻した暗殺計画
男装で面会するならドレスを作らなくてもいいのか、とぼくのスライムは精霊言語で残念がった。
みぃちゃんとみゃぁちゃんも小さく首を横に振った。
どうやら中肉で長身のクレメント氏を女装させることを魔獣たちは楽しみにしていたようだ。
“……一着くらい念のために用意しておいた方がいいかもしれませんね”
シロが助言をすると魔獣たちは喜んだ。
シロが見た未来の中にクレメント氏が女装しなければならない場面があるのだろうか。
呑気にしゃぶしゃぶを堪能したハントは、好きなものを好きなだけ食べるのではなく一緒に食事をしている人たちと一緒に楽しむのだからバランスを考えて食べなさい、とミロから説教を食らっていた。
ハントとして共に過ごすのならわきまえましょう、と言われたハントは素直に頷いた。
「そういえば、護衛の二人はどちらにいるのですか?」
キャロルの問いに、置いてきたよ、とハントは当たり前のような表情で言った。
「ガンガイル王国の留学生一行と一緒にいれば護衛はいらないよ。それより、護衛を連れていることで私が本物の皇子みたいに見えてしまうだろう?」
今日のハントは軍服ではなく裕福な商人のような私服だからぼくたちの御用商人にしか見えない。
「第四皇子が私の暗殺の依頼をしていたことが明らかになり、第四皇子も更迭されてしまった。皇子が減れば職務が増えるから帝都で私の代わりに仕事をしているよ」
護衛軍人に文官の仕事もさせているのか!とベンさんが驚くと、上司が無能でも仕事が回る理由は部下が優秀なんだ、とハントは笑った。
「部下が優秀なことを自慢してもいいですが、自分を無能だと声高に言う必要はありませんよ。そんな風にふざけた発言をするから、真っ先に暗殺計画を立てられるのですよ」
小さなお母さんのようにミロが小言を言うと嬉しそうにハントが笑った。
“……男装の美少女に叱られて喜ぶおじさんはヘンタイだと思うよ”
ぼくのスライムの突っ込みに、ぼくと兄貴とケインは吹き出した。
どうしたの?と注目を浴びたぼくたちは、小さいお母さんに怒られる少年のようだね、と誤魔化した。
「いや、本当にその通りだった。おもらし野郎に自白剤を使ったらべらべらと喋ったんだよ。第四皇子が暗殺を依頼した理由が、私が皇太子になったら世も末だ、ということだったらしい」
暗殺計画は帝都に戻ってからではなく、廃墟の町で態度の悪かった軍高官の手によって行われようとしていたらしく、念のためにとぼくが出した繭の魔術具に包まれたことでハントは難を逃れたようだ。
図らずともぼくはハントの命の恩人になっていた。
「自白剤もね、子どもたちに験していたものを試しに使用してみたら凄く効いたんだ。あまりにも危ない薬なので教皇猊下に告げ口しに行くんだよ」
月白さんを従えたなら教皇ならとっくに知っているだろうし、手紙で済む用件でわざわざハントが出向くのは、ぼくたちと大聖堂島に行く名目にしたのだろう。
「第四皇子はまだ皇太子に選ばれていないハントさんを暗殺しても利がないじゃないですか?」
キャロルの疑問に、そうでもない、とハントが言った。
「単純に上から皇位継承順があるとしたら、くしくも、私は二番目の位置になった。急に覚醒した兄上が最有力だが、最近は軍の仕事は書類仕事しかしなくなり、その道に通じた側近が常にそばにいるうえ、自宅の使用人たちも入れ替え、自宅でも勤勉に仕事をしているから、今、暗殺するには時期尚早だ。まあ、私が一番お手軽だっただけだ」
そういえば、第四皇子は第五皇子にも絡んでいたから第六皇子をけしかけた、とハントは現地で言っていたから、本当は第五皇子を守るつもりで手配したのに、自分の暗殺未遂の後始末を第六皇子に押し付けたのだろうか。
ボリスは右手を広げて親指と薬指を折り曲げて第一皇子と第四皇子の失脚をイメージしながら、第二皇子の元に第三皇子と第五皇子がついた状態を確認して、六番目はどうするのだろう、と呟いた。
「第六皇子は今回の後始末に躍起になっているから任せておけばいい。だから、私は湖の底をさらう作業に参加していいのだ!」
ハントの中だけで整合性が取れた理論を展開して三日間の休暇をもぎ取ったハントを受け入れることを不快に思わないほど、ぼくたちはハントに毒されていた。
こうやって人の懐に潜り込めるハントは意外と玉座につく資格が……。
“……ご主人様。こいつが皇帝になると世界は滅びの道をたどります!”
魔術具オタクの皇帝のために古代魔術具を使用する事故が多発して人口が半減する映像をシロはモザイクをかけて見せた。
……これは、いくら何でも酷すぎる。
この人を皇帝にしては駄目だ、と考えた兄貴とケインも小さく頷いた。
〆はラーメンにするぞ!と言うベンさんの言葉に、わーい!と喜ぶハントを見た留学生一行も、次期皇太子の器ではない、と視線で会話を交わした。
ちなみにぼくのしゃぶしゃぶの〆のラーメンはゴマダレ一択だ。
ぼくのスライムは、ゴマとポン酢の合わせた方が美味しい!と反論した。
キュアは全部美味しい、と残り物を全部平らげた。
教会都市でも日の出前に祠巡りに出かけると、治安警察隊員に、ご苦労様です、と声を掛けられた。
大聖堂島の一般礼拝堂発光事件の時に火のない火事の際、消火にあたった隊員だったようで、ぼくたちを知っていた。
そこで、教皇猊下の許可を得ているが湖の底から少量の石を採取するのに漁業関係者に迷惑を掛けたくない、と相談すると中央広場にある漁業ギルドを紹介された。
「また、面白いことをするのなら各教会都市に連絡を入れておきましょうか?」
ぼくたちは湖の底から採取する以外、魔力奉納と観光に勤しむ、と告げると、神のご加護が得られますように!と爽やかな笑顔で返答された。
帝国以外のすべての国が神々のご加護が篤いのでは、と呟いたハントに、声には魔力がこもっているのだから滅多なことを言わないでください、と第五皇子がいない現状でハントを諫める小さいお母さんと化したミロが注意した。
祠巡りを終わらせて教会の特設祭壇で早朝礼拝を済ませると、先ほど会った治安警察隊員が漁業ギルドのギルド長を紹介してくれた。
「警邏中に偶々会ったので、ガンガイル王国の留学生一行のことをお話したのです」
ギルド長に取り次ぎしてくれた隊員にぼくたちはお礼を言い、ギルド長を裏庭の朝食会に招待した。
「湖の底をさらって少量の小石を採取するだけなら何も問題はありません。漁師たちに声掛けしておきましょう」
大聖堂島が定時礼拝で光り輝くようになってから湖で獲れる魚が大きくなったようで、きっかけとなったガンガイル王国留学生一行に漁業関係者たちは感謝していたらしく、ギルド長は食事の席で湖の変化を饒舌に語った。
湖面に藻が繁殖し始めた時には警戒したが、藻を食べた小魚たちが丸々と太り、その魚を食べる魚も大きく成長し藻の繁殖も抑えられたらしい。
「大量発生した藻は食べられないのですか?」
お握りにかぶりついたキャロルは、これは海の海藻です、と言うと、マルコも味噌汁のわかめを箸で摘まんでギルド長に見せた。
「漁師たちが食べる種類の藻はありますが、市場に流通させるものではありません」
「採取量に限度があるのは理解していますが、是非食べてみたいですね」
一般販売していないと言うギルド長に、世界中の食材を集め隊隊長のベンさんが食いついた。
そこからは、商会の人たちも交えて、天むすの海老の養殖の話になり、水が豊富な教会都市でも何かできるかもしれない、と話が発展した。
「まずは、教会都市の食材を食べてみなければ、どれが養殖に向いているかわかりませんね」
気をよくしたギルド長から、可動橋の待ち時間まで魚市場を見学させてもらう約束をベンさんは取り付けた。
魚市場では治安警察隊員から話を聞いていた漁師たちが、ぼくたちに見せようとたくさんの種類の魚を用意していてくれた。
巨大ナマズや、ヒレが大きく可食部位が少なそうな魚など、珍しい魚を取り揃えてくれていた。
「白亜の教会都市のお風呂に行きましたよ!あれは寛げるね」
大浴場はもうオープンしたのか!とボリスが驚くと、一部施設はまだ建設中だと説明された。
「漁獲量が上がったので収入も増えたから、娯楽にお金が使えるようになりました」
「ギルド長の話だと、ここには娯楽施設じゃなくて養殖所とやらを建設するのですか?」
可能な土地があるのなら、と商会の人たちは話すと、この都市の周辺の湿地帯を紹介された。
ここでもトントン拍子に話が進みそうだったが、可動橋の時間が迫ってきたので、商会の別動隊を後日派遣する約束をした。
この都市の可動橋は絶壁のように跳ねあがっている橋桁を大聖堂島が最接近した時に下ろすタイプなので、遠目にも橋桁がゆっくり下がっているのが見えた。
「白亜の都市の橋とはずいぶん違うんだな」
ハントも白亜の都市からしか大聖堂島に行ったことがなかったようで、可動方法が大きく異なる橋を楽しそうに見ていた。
アリスの馬車は橋を渡るために並んだ馬車の先頭ではなかったが、係員に声を掛けられぼくたちの馬車が先に橋を渡ることになった。
ハントが第三皇子であることがバレていたのだろうか?
「ハントさんは教会都市に入るときに専用の道に案内されましたか?」
同じことに気付いたウィルがハントに尋ねると首を横に振った。
「教会都市の手前の町まで軍の転移魔法魔術具を使用したが、教会都市には乗合馬車で入ったよ。だから夕方になってしまったんだ」
休暇中の軍人として個人行動をしたハントは高魔力の保持者なのに一般人として教会都市に潜入できたらしい。
「廃墟の町の礼拝室の前で必死に魔力を抑えたことで、この技術を使えば皇子であることがバレずに街中に出られるのでは、と考えて腕を磨いたんだ。おお、でっかい鳥だ」
可動橋を渡る馬車の車窓から大型の水鳥を見て喜ぶハントは、体から漏れ出る魔力を一般市民レベルまで常時抑える訓練をしたらしい。
努力する目的が、街に出たいだけだなんて、さすがハントだ。常識がなさすぎる。
アリスの馬車が可動橋を渡り終えると係員にまたしても他の馬車とは違う駐車場に案内された。
「お久しぶりです」
「八日ぶりですね!」
出迎えてくれたのはジュードさんとイザークだった。
「教皇猊下の計らいで教会の転移魔法の部屋を使用して大聖堂島に先回りさせていただいたんですよ!」
満面の笑みのイザークを留学生一行がハイタッチして馬車に迎え入れると、私の時より大歓迎されている、とハントが呟いた。
おまけ ~次期公爵領主のお忍び旅行 其の6~
軍の高官らしき男は領主一族の次男のようで礼拝室の手前まで同行することになった。
男は道すがら、ガンガイル王国留学生一行を生意気なガキども、と内心で罵りながら第三皇子を礼拝室に突き飛ばして神罰で亡き者にしようと企んでいた。
先導するぼくを巻き沿いにするつもりでいることでぼくに男の悪意が聞こえたようだ。
エントーレ家特製の見せかけの魔術具を使用すれば男の悪事は実行できないだろうと踏んで短銃を放つと、扉が崩れる轟音と共に男の害意が消えた。
男に神罰が下ったか!と驚いて振り返ると、背後にいた全員が巨大な繭に包まれていた。
そういえば、亜空間でカイル君たちが何か作っていたな、と考えているとカイル君のスライムの分身が、早くしろ、とぼくをせかすように点滅した。
崩れ落ちた扉の瓦礫で転ばないように気を付けながら慎重に礼拝室に入った。
礼拝室内には見せかけの魔術具の魔石が届いておらず、真っ暗だったが壁に手を当てることは問題なくできた。
魔力を遮断するように意識しているのにそれでも僕から魔力を引き出さうとする力を感じたので抵抗しつも、少量引き出された魔力を封印の魔法陣の形をイメージして町を護る結界の魔法陣の上に被せた。
できた!と確信すると、魔力をしっかり流して封印を強化した。
予備の銃弾を短銃に装填すると封印の有効性の目印に光る魔石の図案を考えていなかったことを思い出した。
不規則に散らばった魔石が光るだけでじゅうぶんだが、ジーンさんはカイル君とケイン君の猫にするようなことを言っていたから、ぼくはカイル君の飛竜の幼体にしよう!
四面の壁と天井にお風呂でぼくを慰めてくれた飛竜の幼体の姿を思い浮かべて引き金を引いた。
礼拝室内にパンと音が反響すると飛散した魔石が飛竜の幼体の姿をかたどって張り付いた……。
小さなカイル君のスライムの分身は蚊が泣くような小さな声で、ワハハ、と爆笑すると、ぼくは苦笑した。
うん。知っていたのに、やってしまった。
ぼくは魔法陣なら正確に描けるが、絵は下手だ。
だけど、ぼくに優しくしてくれたカイル君の飛竜を記念としてここに描き残したかったのだ。
魔石の魔力を消耗させないように明かりを消すと、終わりました、と繭の中にも聞こえるように大声を出した。
真っ暗な礼拝室から瓦礫に足を取られてよろよろと外に出ると、進捗状況を領主に尋ねられた。
古代魔法陣の封印が成功したことを告げると、教皇猊下が壁に手をついて魔力を流し、カイル君とケイン君の猫たちの絵姿が現れると、ジーンさんとの画力の違いに恥ずかしくて顔を伏せた。
猫たちが描かれた壁を気に入った教会関係者たちが、足りない神々の記号を描き足していくとこの空間を占めていたぼくの魔力が相対的に小さくなっていくことに安堵した。
だからこそ、礼拝室内にぼくの魔力しかない状態の異様さに気付き、領主に護りの結界を張るように促した。
領主は自分一人では即座に魔法陣を構築できない、と言い訳したが、仮の魔法陣なら何でもいいと強く言うと、カイル君たちはこの場で本格的な魔法陣を検討し始めた。
飛び交う意見に学ぶことも多かったのでぼくたちはすっかり魔法陣の構築に夢中になっていたが、後方で第三皇子と第五皇子が男に詰め寄り、第三皇子の子どもを仮死状態にして死んだ孤児と入れ替えたのではないか、と衝撃的な内容の話をしていた。
男が第三皇子の暗殺に失敗してから男の害意が聞こえなくなってしまったぼくには、真偽のほどはわからなかったが、第四皇子派の男が、以前、第三皇子の子の殺害を請け負って報酬を得たことは間違いなさそうだった。
今回は、第一皇子が失脚した今、次期皇帝の座を狙った第四皇子の標的となった第三皇子の暗殺を男は請け負ったのだろう。
現皇帝も長男ではなかったのに即位した前例を参考して玉座を狙うのだったら、お馬鹿な第三皇子より第二皇子を標的にするのではないか?
……第二皇子は神学校設立に向けて教皇猊下が任命した教会関係者がついているから暗殺できないのだろうか。
上から順に兄弟を暗殺して自分の番をとばしたら不審がられるので、あえて死んでも特段の問題がなさそうな第三皇子から狙ったのなら、第四皇子はそこそこな策士なのかもしれない。
ぼくたちの背後で教会の秘密組織の話や、皇子たちの醜い争いの話が展開されているのに、カイル君たちは着々と仮の魔法陣を仕上げていた。
教皇猊下は町の護りの魔法陣を早く施せ、と領主に促した。
ぼくがこの町の支配者になっている現状を早急に改善したいので、ドロドロした話の続きは気になるが教皇の発言は、ありがたい。
領主は自分の魔力では仮の魔法陣でさえ一日で施すことはできないと狼狽えた。
とんでもなく魔力が多い人たちばかりいるこの場に居ると失念していたが、高位の貴族でも一日で町を護る結界を張るのは無理な話だった。
話の流れでキャロルが第四皇子の作戦を馬鹿にすると、第三皇子と第五皇子にやり込められていた男の害意がぼくたちに向けられ、ぼくの胸がグッと重くなった。
……殺す殺す殺す殺す殺す絶対にぶっ殺す……。
そんなに殺気だっても、第四皇子派が第三皇子を上回る大馬鹿者たちなのは事実だ。
ぼくも冷めた目で男を見ると、男の殺意がさらに大きくなってしまった。
……生意気なガキどもめ!建物ごと吹き飛ばして全員の瓦礫の下敷きにしてしま……。
プツリと男の殺意が消えると、男は震えながら失禁していた。
「神々が勢ぞろいした礼拝室の廊下で不謹慎な思考をした者の末路だ」
教皇の発言に驚いて男を見ると、失禁した男から教皇の魔力の残滓を感じて、これが神罰ではないことに気付いた。
清掃魔法で教皇が証拠を消してしまうと、呆けた男を放置して護りの結界を施す前の礼拝室内を見学することになってしまった。
礼拝室に足を踏み入れた一同がぼくの絵を見て大爆笑したが、たくさん描いてくれてありがとう、とカイル君の飛竜の幼体が耳元で囁いてくれたので、ぼくは自然と笑みがこぼれた。
笑顔の魔法のかかったような礼拝室だ、と領主にも感謝されたし、子どもが古代魔法陣を封印した礼拝室なのだから、これでいいのだ。




