偶にはハントも役に立つ
おまけの続き再開しました。
日の出前に祠巡りを済ませたぼくたちはクリスたちの魔力ポイントに差が出たことで、町に魔力が満ちたことを知った。
早朝礼拝の後サンドイッチで軽く朝食を済ませると、ぼくたちは土の神の祠の広場の土地を耕し農地にして大豆を植えた。
消費の増えた味噌や醤油の原材料を賄いたいとの思惑だが、帝国内で認知度が低いからまだ課税率が低い大豆で稼げるとなれば、領主が農民を派遣しやすいだろうと踏んだのだ。
領主が関係者を引き連れて町に来た時には見本として魔力で促進栽培をした枝豆を収穫していると、仕事が早いと驚かれた。
「畑があることで毎日農民がこの町まで通う理由になり、祠の再生を目の当たりにすればこの町の再生を確信して、無理強いしなくても移住希望者が出るかもしれないのですね!」
教会の裏庭で茹でた枝豆を食べながら領主は感心した。
ベンさんと商会の人たちは、昨夜、ぼくたちと話し合った町の復興に上下水道の必要性を力説すると、辺境伯領主からすでに技官を派遣する内容の手紙が来た、と領主が話した。
辺境伯領主は、仕事が早い、というより、せっかちな性分だから、これから話はどんどん進むだろう。
「井戸を掘るぐらいのお手伝いをしたかったのですが、町の魔力が安定してからの方が良さそうなので、ガンガイル王国から来る技官に任せましょう。当面の間は教会の井戸から水をもらってください」
土地の魔力が回復すると教会の井戸の水量も増えたので、しばらくはそれで凌げるだろう。
「ぼくたちは次の町に向かいますが、ガンガイル王国との連絡が速やかに行われているようなので安心しました。今後の発展に期待しています」
「必ず発展させて皆さんにお披露目することを約束します」
キャロルの挨拶に領主は力強く答えた。
しっかりした子どもたちだ、と領主が連れてきた文官たちが感心していると、商会の人たちが大豆の栽培方法と収穫後の保管方法を文官たちに詳しく説明し始めた。
枝豆を食べる手を止めない領主を見て、味噌と醤油の原材料になる前に枝豆として全部消費されかねないことを危惧した商会の人たちは図解説明まで書いて、完熟するまで収穫するな、と念を押した。
アリスの馬車に乗り込んだぼくたちは領主や教会関係者たちに見送られ、かつて廃墟だった町を出た。
皇帝に立ち寄るように言い渡されていた町を経由して、おなじみの高価な聖水を飲みながら教会都市を目指した。
「この手間が、大聖堂島に向かうのだという気分を高めてくれますね」
ただの水ではないか?と疑いつつも通過儀礼をすることで気分が高まりお布施になる、とプラス思考のキャロルが言った。
「廃墟の町に立ち寄ることになった時はどうなることかと心配でしたが、この歳で大聖堂島に参拝できるなんて夢のようです」
エンリコさんが目を輝かせて言うと、肩にかかるまで髪が伸びたクレメント氏が頷いた。
どうやらクレメント氏は前世でも聖地巡礼をしたことがなかったようで、エンリコさんと嬉しそうに聖水で乾杯をした。
教会都市の教会ではすでに定時礼拝の方法が変更されており夕方礼拝で輝く教会に市民や巡礼者たちも特設祭壇で熱心に魔力奉納をしていた。
「これは地方の魔法学校の設立も急がなくてはならないなぁ」
聞き慣れた呑気な声を耳にしたぼくたちは、振り返らなくても誰が後ろにいるのか気付いた。
「殿下、とお呼びするよりハントさんと呼んだ方がいいのでしょうか?」
振り返るなりキャロルが言うと、ハハハハハ、わかっているじゃないか、とハントが笑った。
「イザーク君を見習って三日間だけ休みを取った。聖水は王都の教会から必要分の日数は購入した。万事抜かりはないのだよ!」
教会都市でぼくたちと合流しようと企んだハントを、イザークの真似をするなら休みの日数ではない、とぼくたちが胡散臭そうな目で見ると、土産話があるぞ!とハントは声高に言った。
「土産話ですか?」
「ああ、第三夫人とはガンガイル王国の関係者とも面会できないと聞いていたから、姪のキャロライン嬢が面会を希望していると父上に話を持ち掛けたら、離宮での面会が可能かもしれない、との言葉を引き出した!」
確約ではなかったが、ガンガイル王国側からいくら申し出ても希望の持てる言葉を引き出せなかったのにあっさり糸口を掴んできたハントを、ぼくたちは大歓迎で受け入れるほかなかった。
教会の裏庭を間借りしているぼくたちのキャンプに合流したハントはちゃっかり夕食も一緒にした。
「誰が赴任しても駄目だった町の呪いをガンガイル王国の留学生一行の知人が解除した功績から、聖地巡礼を目的とした帝国への入国に対し、あの町に限定するなら転移魔法で入国する許可を取り付けた!」
完璧な交渉を成し遂げたハントは、古代魔法陣を封じたのではなく呪いを解除したことになったのは、使用できない古代魔術具を保管している貴族たちにイザークが利用されないように話を伏せた、と説明した。
「厳重な神罰だったなら、礼拝室の前で失禁した軍高官は消し炭になっていたはずだから、呪いとしておくのが丁度よかった」
真相を知っているのは教会関係者とイーサンとぼくたちだけだから、イザークに迷惑が掛からないように処理されたのならそれでいい。
「それはよかったです。イザーク先輩は忙しい方ですからね。それにしても、第三夫人との面会の話をよく取り付けられましたね」
キャロルの疑問に、豚しゃぶをゴマダレで食べてご満悦の笑顔を見せたハントは、そうそう、と経緯を話しだした。
「陛下から、廃墟の町の状態を直接聞きたい、と謁見の場を設けていただけたのだ。親子とはいえなかなかお会いできる方ではないので驚いたよ。イーサンが私を引きずってでも連れて帰ろうとしたときに察するべきだったが、生憎、私は鈍かった」
正直な姿勢は素晴らしいがもう少し取り繕っていてほしい、と胡乱な視線をキャロルが向けると、私も難しい立場なのだ、とハントは言い訳した。
「帝都に戻ると私を担ぎ出したい勢力に絡まれるからなるべく避けていた。ただ、あの方の第三夫人への仕打ちや、親愛度を見誤っていただけだ。大きいオスカー殿下はキャロライン嬢を幼いころの第三夫人にそっくりと触れ回っていたようで、廃墟の町の状況と共にキャロライン嬢の話を私とイーサンから聞くために呼ばれたんだ」
牛肉はポン酢が美味しい、と話の腰を折りながらハントが肉ばかり食べると、ミロはハントの皿に無言で青ネギを入れた。
お肉と野菜はバランスよく食べましょう、と目力でミロが訴えると、皇子相手によくやるな、とクリスとボリスは顎を引いた。
「牛肉と青ネギをポン酢で食べると美味しいですよ。それで、キャロライン嬢についてどういった内容の話をされたのですか?」
これは美味い!と青ネギとの組み合わせを気に入ったハントは、それがね、と話を続けた。
「キャロライン嬢は男装し、キャロルとして冒険者登録をしており、驚くほど身体強化にたけ、足が速い方だ、と話すと、たいそうお喜びだった」
離宮に引き籠って本ばかり読んでいる第三夫人と超高速で祠巡りをするキャロお嬢様は容姿はともかくとして全く似ていないような気がする。
ふふふ、と笑ったキャロルは左斜め上を見て、はて、と首を傾げた。
「お話に伺った大叔母様はお行儀の授業が大嫌いでお腹が痛いふりをしてお休みしてはコッソリ図書室に忍び込んでいたそうです。行動パターンがバレると身体強化を駆使して庭師に見つからないほど速く走り木の上に隠れて本を読んでいたそうですが、そんなお小さいころの逸話をご存じだったのですね。淑女として問題のある行動だから、大叔母様がお話になっていたとは思えません」
キャロルの話を遠い目をしながら聞いていたクレメント氏が頷くと、皇帝は前前前世の第三夫人のことでも思い出したのだろう。
「夫婦でそんな話が出るほど仲がいいのだろうね。陛下はどんなに忙しくても時間を作って第三夫人の離宮を訪問なさるからね」
茸はゴマダレだ、と言うハントは自分の母親が皇帝に蔑ろにされているのも気にした様子はなかった。
「そうだ、興味深かったのは、第三夫人以外の女性のことなど全く気にしない方なのに、キャロル君の連れまで男装していた話には興味を示されたことだよ」
ハントにせっせと野菜を渡してバランスの良い食事をさせていたミロがギョッとして手を引いた。
「物怖じしない相棒のミロ君と、遠くからそっと見守るクレメント氏の話にたいそう驚かれていた」
ハントの認識にクレメント氏が男装枠に入っていたことにぼくたちが驚くと、クレメント氏は嬉しそうに頷いた。
そうだった!
クレメント氏は従者として慎ましく従えていたので大浴場に行かなかった。
「少女が男装するのはそれほど難しくないが、成人女性が男装するのは容易でないだろう、と詳しく質問されたよ」
ぼくたちはクレメント氏を注目したが、女装して皇帝と面会するつもりでいることを全員知っているのでハントには黙っていた。
「年配になると女性も男性っぽく見えることもありますよね」
お爺さんに見えるお婆さんがいることをウィルが指摘すると、ハントは首を横に振った。
「いや、クレメント氏は完璧だよ。高位の貴族に仕える既婚夫人なのに、声はもちろんのこと、喉仏から股間のふくらみまで完璧な男装で、軍でもここまでの変装の魔法を使える人物はそういない」
ハントがクレメント氏を完全に高位貴族の女性だと思い込んでいることに、ぼくたちは顔面と腹筋に身体強化をかけて笑いを堪えたが、ありがとうございます、とクレメント氏は笑顔で言った。
「三人の男装の話に興味を持たれたようだったので、キャロライン嬢が大叔母に会いたがっている、と話を持ち掛けると、男装の三人を見たら第三夫人も喜ぶだろう、との言葉を引き出したのだ!どうだ!凄いだろう!」
得意気に話すハントに、凄いです!とぼくたちも拍手で褒め称えた。
第三皇子が動くと一騒動起こる、と言うけれどこういう話の流れになるのは大歓迎だ。
おまけ ~次期公爵領主のお忍び旅行 其の5~
ぼくが長期間旅に出ることを可能にする魔術具をジュエルさんから受け取ると、再び目に熱い涙が込み上げてきたが、ぐっと堪えた。
ジュエルさんはぼくとの出会いを運命の神の御導きだ、と言った。
かつて、ぼくは妾の子でありながら運命の子だと知った時に、どうしようもなく憤ったことを思い出して恥ずかしくなった。
流れるような作業で魔術具を制作できたのは辺境伯領主の予知夢の事前に準備をしていたからだ、と運命の歯車がかち合ったような話を聞いた。
神の御心など人間に推し量ることはできず運命に翻弄されるだけの存在だと実感した。
亜空間と呼ばれる部屋を出ると、キリシア公国の非常食を食べながら何日も引き籠っていたはずなのに、ジュンナさんの正体を知った時から時間が経過していなかった。
美しい辺境伯領の夜空を見上げながらカイル君の秘密を知れた嬉しさを噛みしめ、ありがとうございます、とお礼を言った。
「気にするな、息子よ!」
ジュエルさんの一言に、体中が嬉しさに震えた。
「行きましょうか。父さん」
父さん、と口にするとみんなが微笑んでくれた。
家族は増えるものだから、幸せを自分で掴みに行かなくては駄目なんだ。
夜明け前に辺境伯領都の祠巡りに行くと、不死鳥の貴公子と三つ子たちが追いかけてきたことに驚いた。
いつもは日の出前に洗礼式前の子どもたちが街に出ることがないから楽しくなっているだけだ、と聞いてその子どもらしさに安心すると同時に、一日で祠巡りを二周して魔力を増やそう企む小さな努力家たちの行動力に驚嘆した。
楽しみにしていた観覧車でぼくの目の前で青春の扉を閉められるかのように締め出しを食らったが、キャロライン嬢のデート気分を盛り上げるためだ、と言い訳する騎士の言葉にぼくは苦笑した。
ぼくの護衛の一人とジョシュアとクリスとボリスとマルクさんが観覧車に乗ると扉を閉じられたので、前日から決まっていた組み合わせなのだろうと察した。
深刻な話が出るのかと思いきや、上から見る辺境伯領都のガイドをマルクさんが買って出た。
「三日間の周遊券を購入したのに、ろくに乗車できない事態に巻き込んでしまって申し訳ない」
各祠の広場での露天の名物を説明した後、にマルクさんはぼくに詫びた。
「領内が整えば、再び旅行はできますが、教会の転移魔法を利用して帝国に行く機会はもうないでしょうから、いい経験になります」
マルクさんは心配そうな父親の表情をしながらクリスやボリスを見た後言った。
「君のような未成年が重責を負うようなことを強いてはいけない、と辺境伯領主様に進言すべきところなんだが、君が行った方が万事うまく収まる気がしてしまうんだ。クリスとボリスも微力ながら助力するから遠慮なく頼ってくれ」
美味しいお弁当を食べながらぼくを気遣ってくれるマルクさんに心が温かくなった。
「それでしたら……」
夜明けを告げる鐘の音が鳴り教会が光り、朝日が朝霧を照らす荘厳な風景に息を飲み、じゅうぶんに景色を堪能してから、亜空間で立てた『廃墟の町でぼくが偉そうに振舞う作戦』を相談をした。
「いや、いいですよ。二人の皇子殿下に強気で発言していたことを皇子たちの護衛たちも見ていますから、説得力がある」
マルクさんは笑いながらセリフ回しに付き合ってくれた。
魔法の絨毯で飛竜の里に向かっていると、二人の皇子の子どもたちの話を聞いた。
ハントはへらへらした馬鹿っぽい人だと思っていたのに、子どもを立て続けに亡くした悲しみを悟られないように耐えている人だった。
飛竜の里では子どもたちより子どもっぽい振る舞いをするハントに、一瞬でも同情した自分が馬鹿だったのでは、と考えを変えた。
七人も皇子が次世代の覇権を狙って切磋琢磨しているのではなく、互いに足を引っ張り合っているなんて愚かなことだが、ぼくがいなければ亡ぶ公爵家の内実だってあまり変わりはない。
ジーンさんやジュエルさんから我が子同様に心配する視線に見送られ、辺境伯領の教会から廃墟の町の教会へと転移して扉が開くと、自分も心配されたことのへの幸福感が一気に抜け落ちるほどの強力な殺意を聞き取り、胸がグッと重くなった。
……死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね……。
「一人増えましたね」
教会関係者の前に立ちはだかった軍服の男性が第三皇子を見て言った。
強い殺意はぼくに向けられたものではなく、第三皇子に向けられたものだった。
……お前が死ねば金になる……。
普段は自分に向けられる害意しか気づかないのに、一瞬でも第三皇子に同情したせいか第三皇子への害意が聞こえてきたようだ。
金のために暗殺することを決意している高圧的な軍人を前に、小芝居を始める緊張感が消えた。
「……ぼくより先に歩く方は神罰が下るかもしれなせん……」
小芝居を始めるとカイル君のスライムの分身がせせら笑うかのように小さく揺れた後、ぼくを誘導し始めた。




