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寂寥感

 ぼくたちに続いて魔力奉納をした第三皇子は、外側から魔力が流れてきているのがわかる、と結界を流れる魔力を感じられた、と大喜びで祠から出てきた。

「魔力奉納は複数人の魔力が魔法陣に流れているんだから、当たり前なのに意識したことがなかったから今まで全く気が付かなかった!」

 興奮する第三皇子に、ウィルが苦笑した。

「護りの結界を新設する場に立ち会えたからわかりやすかっただけで、通常の魔力奉納ではここまでの魔力の流れを感じることはないですよ」

 ウィルの発言に、第三皇子の前に魔力奉納をした第五皇子は頷いた。

「そうだね、乾いた砂に水をかけても沁み込んでしまい横に広がらないように、魔力奉納をした庁舎と、この祠以外の魔力の流れは外側からきても中心まで届かない。祠巡りは半分に分かれて逆方向からも魔力奉納をしてバランスを整えた方がいいかもしれない」

 第五皇子の意見に賛同したぼくたちは、留学生一行をウィルとキャロルの二つの班に分けることにした。

 ケインとミロがキャロルの班を選んだので、バランスを見てぼくとマルコはウィルの班になった。

 第三皇子はぼくとケインを見比べてどちらに行くか迷っていたが兄貴と領主がキャロルの班を選んだのでそっちに行くことにした。

 相対的なバランスから第五皇子とイザークはウィルの班になり、ぼくたちを追跡していた第六皇子派の軍人たちも二手に分かれた。

 全員が魔力奉納を終えると触れば崩れ落ちそうだった空の神の祠は大理石のような白亜の艶を取り戻していた。

 祠を修復するために必要な魔力を全員からバランスよく搾り取ったようだ。

 感激する領主に、他の神々を蔑ろにしていないことを証明するために急ぎましょう、と従者ワイルドが促した。

 ここからは散歩気分ではなく本気で祠巡りをする気になったことに気付いた第三皇子は、護りの結界を張ったばかりの領主の体調を気遣った。

 味は酷いものですが、と言ってケインが回復薬を差し出すと、ありがたく頂戴します、と錠剤を口にして悶絶した。

 二人の皇子の護衛たちには見慣れた光景だったけれど、第六皇子派の軍人たちはそこまでして祠巡りをするのか!と言うかのように顎を引いてぼくたちを見た。


 身体強化をかけて廃墟の町を一周し、水の神と土の神の祠の中間地点でケインたちとすれ違うと、キャロルの班が魔力奉納をした祠は崩れ落ちる寸前から古びた祠くらいまで状態が回復していることに気付き、ぼくたちのやる気に火がついた。

 怒涛の勢いで残りの祠の魔力奉納を終えて中央広場に集合すると、二つ並んだ光と闇の神の祠に二つの班が同時に魔力奉納をした。

「全ての祠で魔力奉納のポイントが同一だった!」

 クリスの言葉に礼拝室の前まで行かなかった留学生一同が頷いた。

「いつもは神々が競い合うように各祠で少しずつ魔力奉納での加算ポイントが違っていたのに、全部同じということは、それだけ奉納者の限界まで魔力奉納をしなければならなかったのかな?」

 留学生一行の中にはご利益が欲しい推しの神の祠を最後に回ることで一番多く魔力奉納をする裏技を使っていることもあり、全ての祠が同一ポイントになった異様に、廃墟の町を蘇らせることはただ事ではないことを実感した。

「今日は無理せず、ここで一泊しよう。みんないつもより魔力を消費しすぎている」

 ベンさんの提案にぼくたちは頷いた。

「本当に色々ありがとうございます。私は領都に帰りますが、明日は早朝から文官も総動員してこの町に戻ります」

 領民たちも魔力奉納をさせて町を整える、と領主は張り切った。

「この町の魔力が整いしだい早急に領の結界を描き変えた方がいいでしょうね」

 町に魔力が満ちたら集中的に結界が張られているこの町が領内で最強の町になってしまう。

 ぼくの意見にケインが首を傾げた。

「教会の護りの結界の恩恵が高いので、それを領内で活かすなら、この町の結界の延長上にある領都の結界をこの町と同等レベルまで緻密にしてもバランスが保てそうですよ」

 廃墟の町に引きずられないように遷都した領都の位置は領全体で判断するととてもいい場所にあるので、活かして両方発展させる案をケインが口にした。

「そうですね、領全体の結界を見直すより、領都を整えるだけで済むのなら、重ね掛けの雛形はあるのですぐに行えます!」

 領都に帰ればすぐにでも取り掛かりそうな勢いで領主がいうと、いい薬がありますよ、と商会の代表者はほどほどの効き目の回復薬を見せた。

「お薬は元気の前借ですから、気を付けてくださいね」

 キャロルは用法容量を守るように領主に声を掛けると、ぼくたちは頷いた。

「名残惜しいですが、ぼくはここで帰国します。祠の再生に関わるなんて滅多にない経験ができました。町が復興したら再び訪問します」

 イザークが別れの言葉を口にする、必ずご連絡したします!と領主はイザークと固い握手を交わした。

「私からも、イザーク君に感謝しよう。帝国の廃墟の町の復活に尽力してくれたこと、また、君の優しさへの恩返しという考え方とその行動力を見せてくれたこと、そして、どんなことからも学ぶ姿勢が私に足りないことだと気付かせてくれた。ありがとう。私も君に優しさの恩返しができるような人間になるよ」

 第三皇子はイザークに握手を求めると、褒められすぎて頬を少し赤くしながらイザークは握手に応じた。

「私はここで帝都に戻らなければならなくなったから、イザーク君だけでなく、留学生一行の皆さんに感謝の意を表明しよう。ありがとう。兄君のせいで予定を変更せざる得なくなり、急遽こうして一緒に旅をして、とても楽しかった。塩湖で泳ぐなんて、君たちに同行しなければ決してすることはなかっただろう。ああ、料理の手伝いもそうだ。軍の野営でも用意されたものしか口にしていなかった。食べるという行為がこんなに楽しいことだとしらなかったよ……」

 第五皇子は第四皇子派の軍高官の連行と国境検問所の新設のために帝都に戻らなければならない。

 話ながらぼくたちとの旅の珍道中を思い出したのかフフっと微笑むと、第五皇子は決意したように頷いた。

「私が孤児たちの保護者になることを決めた時には考えてもいなかったことだが、こうして今ここで別れを告げても、子どもたちの保護者になったことで君たちとの絆がずっと繋がっているような気がして、心が温かい。国民を助けようとして図らずともガンガイル王国の皆さんと連絡が取れる立場になれたことを嬉しく思う」

 第五皇子はぼくの前に一歩出ると、ぼくの手を取り硬い握手を交わした。

「孤児たちを幸せにすることで私も優しさの循環の中に入れることを誇りに思うよ。本当に色々とありがとう」

「あの子たちをよろしくお願いします。お風呂で約束したんです」

「ああ、聞いていた。あの子たちが安心して暮らせるようにすると約束するよ。さあ、兄君!他人事みたいに聞いていないで、帝都に帰りますよ!」

 第五皇子の別れの挨拶を、うんうん、と頷いて聞いていた第三皇子は、えっ!と驚いた。

「まさか、自身の護衛を伝令にして、自分だけ旅を続けるつもりだったのですか!」

「いや、ほら、私が出向くとことが大きくなるじゃないか!」

「もうすでに大事になっていますよ。とにかく皇帝陛下に直訴するくらいの覚悟を持って臨んでください。そうでないとこの話は簡単には進みませんよ」

 第五皇子が第三皇子の肩を叩くと、第三皇子は叱られた犬のような表情になった。

「その年で、駄々っ子のような表情をしても可愛くありません!」

「うん、知っている。だけどね、名残惜しいから、帝都に戻るまではハントと呼んでくれるかな?」

 それで戻ってくれるのなら、と第五皇子が渋々、ハント、と呼びかけると、なんだい?イーサン、と笑顔で第三皇子は返事をした。

 悲しいときや寂しいときにふざけてしまう少年のような第三皇子の耳元で、ハントハントハント、と第五皇子は連呼した。

「こんなハントですが、キッチリ働かせるので、そちらもよろしくお願いします」

 第五皇子が領主に挨拶すると、ハントと呼ばせる意味が分からない領主も、よろしくお願いします、と第三皇子を無視して挨拶した。


 教会に戻ると転移の部屋で帰国するイザークを見送り、領主は馬で、二人の皇子は軍の宿舎から転移魔法の魔術具でそれぞれ帰ってしまった。

「静かになったね」

 夕方礼拝の後、教会関係者たちとカレーライスとサラダの夕食を食べながら、ウィルが呟いた。

「面倒な方でしたが、なにかこう、憎めないところもあって、ぼくも楽しかったのですが、なぜか別れが寂しくないのですよ」

 キャロルが不思議そうに言うと、ぼくたちは頷いた。

「ふざけた御仁に見えますが、しっかりしていて、奥様へのお土産として塩湖の入浴剤と、伯父様の交渉材料用にと増毛剤をお買い上げになりました」

 商会の代表者はガンガイル王国が第三皇子を推しているように見えないように、第五皇子にもお土産を購入するように勧めた、と裏話を暴露した。

「イザーク先輩はここで一泊しても良かったのにね」

 寂しいのはイザークがこの場に居ないことだ、とボリスが嘆くと、イザーク様は地下鉄に乗りたかったから帰国したようです、と商会の人たちはイザークの護衛から聞いた内情を暴露した。

「せっかく辺境伯領に旅行に来たのに、地下街でお買い物して地下鉄に乗る楽しみを満喫しないで帰るのはあり得ないですね」

 ミロの言葉にぼくたちは頷いた。

 地下鉄や地下街の話にマルコや教会関係者たちは興味津々になり、そこからぼくたちは辺境伯領の思い出話に花を咲かせた。

 地下に街があることも魔力で動く乗り物があることも教会関係者たちにはピンときていなかったが、この町に赴任したばかりの司祭は、復興にガンガイル王国が助力するのですよね、と顎を引いてベンさんに詰め寄った。

「どこまで助力するのかわかりませんが、魔力で動く乗り物はこの町では資材不足なので導入されないでしょう。ですが、上下水道普及には必ず助力があるはずです」

 ベンさんの説明にぼくたちは頷いた。

「ガンガイル王国の衛生基準が高いので、多くの国民が訪れることになるこの町にはガンガイル王国の水準を求めることになりますから、上下水道の整備は必須ですね」

 キャロルは自分の進学に合わせて滞在先のトイレが改装されていることを話すと、教会関係者だけでなく、マルコも驚いた。

「祖父が張り切るお陰で『我儘公子』という二つ名をもらいましたが、公衆衛生の基準を上げることは国民の健康のため必要なことなので、私がどう呼ばれようと、街がきれいになればいいのですよ」

 鷹揚としたキャロルの口ぶりに、器が大きいですね、とマルコが感心した。

「人より恵まれた立場に生まれたのですから、陰口をたたかれるのは致し方ありません。そんなことに心を痛めるより、成すべきことが成されたことを喜んだ方が楽に生きられますよ」

 負の感情を茶化す第三皇子より、悪しき面からでも成果を見ようとするキャロルの方が大人なような気がしたぼくたちは頷いた。

 ああ、こうやって第三皇子を思い出すと、ちょっと寂しい気分はあるかな、と少し考えた。

 ……いや、兄貴とシロが俯いて首を横に振っている。

 従者ワイルドが鼻で笑うような表情になった。

 ぼくとケインは顔を見合わせて、第三皇子との再会が近いことを悟った。

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