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猫を崇め称える?

「あの光の粒の下に神の記号が隠されているのですか?」

 第五皇子の質問に教会関係者たちは頷いた。

「そうですね。私も長男にしか礼拝室の製作の仕方は伝授していません。町を移転させでもしない限り新たに礼拝室を作ることはありませんから、覚えているかどうかも怪しいです」

 領主がそう呟くと、そういうことか、と二人の皇子と軍高官は跡継ぎではない自分たちが知らないことだと納得した。

「教会では一般人が立ち入れる礼拝所の裏に礼拝室があります。先ほど皆さんが転移してくる前に正午の礼拝を終えました。神々の名を唱えることで魔力奉納をしながら礼拝室に入るので入室資格のある教会関係者なら当然知っていることです」

 教皇の説明に全員納得した。

 廊下に飛散したイザークの魔石の光が消えると瓦解した扉の奥から声がした。

「終わりました」

 繭型の魔術具を餅のように引っ張って収納ポーチに端を入れると、中の人が動くことなくシーツを引き抜くようにすっぽりと収納ポーチにおさまった。

「どうなっているんだ?」

 驚く第三皇子に、裏が表で表が裏なのです、と煙に巻いた説明をした。

「咄嗟に使うことを想定しているので広がる時は包み込むように片付ける時は引き抜くように設計しています」

 ケインが詳しく説明すると、聞けば聞くほどよくわからなくなる、と第三皇子は唸った。

 暗くなった廊下をスライムたちが神罰を気にせず遠慮なく光るから扉が崩れた瓦礫をこえてイザークが礼拝室から出てくるところが見えた。

「終わったとは、どういうことですか?」

 真っ暗な礼拝室から出てきたイザークに、本当にあの中に入っていたのか、と驚いた表情の領主が尋ねた。

「古代魔法陣と使ってはいけない神の記号を封印しただけです。もう魔力を流しても大丈夫ですよ」

 イザークの返答を聞いた教皇が廊下の壁に手をついて魔力を流すとイザークの仕込んだ魔石が光り輝いた。

 先ほどの床や天井にまで飛散した魔石とは場所を変えて光る魔石を見ると、猫だ、猫か、猫かよ、と方々から声が上がった。

 両壁に浮かび上がった光は魔石の点描画で描かれたみぃちゃんとみゃぁちゃんの姿だった。

「猫を崇め称えるのか!」

 第三皇子が爆笑すると釣られるようにクスクス笑いが広がった。

「礼拝室は飛竜の幼体にしました。魔力を流してこの輝きが薄くなるっているようでしたら封印が消える合図になります」

 どや顔でイザークが説明しているが短銃の魔術具を仕上げたのは母さんだったよな。

 みぃちゃんとみゃぁちゃんが誇らしげにポーズを決めるとぼくとみゃぁちゃんのスライムたちがスポットライトを当てた。

「可愛らしい警告で、とてもいいですね」

 教皇は魔力奉納のたびにみぃちゃんとみゃぁちゃんの絵が光る廊下を気に入ったようだ。

「足りない神の魔法陣を早急に描いて整えてください。このままではぼくが一部の神々を蔑ろにしているように見えてしまいます。ぼくが描いてしまうと魔力上ぼくがこの町の代表者になってしまいますよ」

 イザークの警告に領主はハッとした表情になり、恐る恐る壁に手を触れた。

「ああ。確かに神々が少なすぎます。ですが、私の魔力では数日かけないと描き上げられません」

 領主が嘆くと教皇が申し出た。

「廊下の神々の記号は私が描こう。このままではイザーク君に迷惑がかかるうえ、私も神々が勢ぞろいしていなくては落ち着かない」

 教皇の言葉に教会関係者たちは頷いた。

 毎日唱える神様が欠員しているようで気分が悪い気持ちは理解できる。

 教会関係者たちは円陣を組むように集まると、誰がどの神を担当するか話し合った。

「領主様も町長が決まるまでの仮の護りの魔法陣を礼拝室に仕込んでください」

 イザークが領主に促すと困惑したように目を泳がせた。

「ぶ、文官と相談しなくては……」

「今日、封じの魔法を施すことがわかっていながら用意してなかったのですか?」

「護りの空白地帯を放置していいわけないじゃありませんか!」

 キャロルとマルコが畳みかけると領主は小さく震えだした。

「イザーク先輩を信じていないのですか?教皇猊下が魔力を流しても神罰が下らなかったではありませんか!」

 もう大丈夫だと、ウィルが太鼓判を押すと、違うんだ、というかのように第五皇子は首を横に振った。

「通常、たとえ仮の結界だとしても一晩で護りの魔法陣を制作したりしない」

 第五皇子の発言に第三皇子と軍高官は頷いた。

「いえ、仮置きの魔法陣でしたら雛形が存在するでしょう?町の測量の数値に当てはめて多少改良すればいいでしょう」

 神々の記号を描く手を止めて口を挟んだ教皇の意見にガンガイル王国の留学生たちは頷いた。

「たとえば君たちならどうするんだい?」

 第三皇子がぼくたちの話を参考に簡易の魔法陣をサッサと張れ、と領主をせかした。

「旧祠跡地をそのまま利用して教会の魔法陣と相性の良い神々を配置しますね」

「「合理的です」」

 ぼくの意見にウィルとキャロルが賛成した。

「当面のところは乗っ取りを心配するより町に魔力が行き渡ることを最優先にしましょう」

「大聖堂島から真西に位置する地の利を利用して、土の神と水の神の眷属神の力を借りるのもいいでしょうね」

 ケインは町の地図を簡単にメモパッドに描き、ぼくたちは咄嗟に作る町の護りの魔法陣をどうするか喧々諤々話し出した。

「大地の神を土地の守り神にして土地全体に魔力が行き渡る手助けをしてもらいましょう」

「町に魔力が広がると死霊系魔獣を呼び込むことになりかねないから、城壁の補強は外せないよ」

 ケインが最速で土地に魔力を流すことを考えると、教会関係者が滞在している町の安全を確保すべきだとウィルが忠告した。

「そっか。今までは死霊系魔獣も寄り付かないほど土地の魔力がなかったのか」

「それは優先しないといけませんね」

 マルコとケインの話に、壁に神々の記号を描いていた教会関係者たちは廃墟の町に取り残された教会に夜になるたび死霊系魔獣が窓を叩くことになるかもしれない恐怖から逃れられる、と安堵の表情になった。

「ガンガイル王国の留学生たちが競技会で優勝したのは、初見の奇抜な魔法や魔術具を駆使して偶々勝利したのではなく、ガンガイル王国内で十分に研鑽してから帝国に留学し、その魔法技術を駆使して大会に臨んだからと理解しましたか?」

 今までぼくたちに嘲った視線を向けてばかりいた軍高官に、第三皇子が満面の笑みで語り掛けると、軍高官はこめかみをビクビクと震わせた。

 軍高官を煽るような発言をする第三皇子を見て、額に手を当てて左斜め上を見た第五皇子は、思い当たることがあったのか口を開いた。

「貴官がなぜこの町の緊急対応に召喚されたのか、なんとなく見えてきました。貴官はすでに運命の神に導かれた愚かな鼠だ」

 第五皇子は親指をこめかみにあてるように額を覆っていた手を軍高官に向けると、気持ちを落ち着かせるように深呼吸をしてから発言した。

「第三皇子の御子をどこに引き渡したのですか?」

 魔法陣の構築に夢中になっていたぼくたちも、壁に神々の記号を描いていた教会関係者たちも、第五皇子の発言に驚いて手を止めた。

「何を根拠に、私が第三皇子殿下の御子をかどわかしたかのように言うのだ!」

 ぼくたちは軍高官が致命的な失言をしたことに気付いたが、成り行きを見守るためにグッと声を飲んだ。

「私の子どもは死んだ。公文書にはそう記載されている。なぜかどわかすという言葉が出てくるんだ?」

 感情を抑えた低い声で第三皇子が軍高官に問いかけると、開き直ったように顎を上げた軍高官は第三皇子を睨みつけた。

「かどわかされた子どもたちが孤児院に集められていたから出た言葉で、深い意味はない!」

「ガンガイル王国でも誘拐事件が多発した時期があり、その際の調査で死体の入れ替わりが疑われる事例がありました。貴族の子どもを仮死状態にして遺体安置所で孤児の死体と入れ替えているのでは?という疑惑です。ここで薬づけにされて命を落とした子どもの遺体と仮死状態の貴族の子どもを入れ替えてしまえば、魔力の多い子どもを確保することができる」

 ぼくが口を挟むと、私は知らない、と領主は青ざめ、軍高官は眉を顰めた。

「あり得ないとは言い切れないが、監査部の私が関与するはずがない」

 第三皇子は、はて?と首を傾げた。

「貴官がわざわざ現場に出向くなんて珍しいではありませんか」

「教皇猊下がいらしているので上官の私が出向くのが相当な事案だ」

 もっともそうなことを主張するが、犯人は現場に戻ってくる、という鉄則を強調しているような気がしてきたぼくたちは胡散臭そうに軍高官を見遣った。

「ご無事ですか!」

 二人の皇子の護衛たちが爆音の後、静まり返った庁舎内に向かって拡声魔法で問いかけてきた。

「全員無事だ!古代魔法陣は封印したので、ここで魔力を使用することが可能になった!」

 第三皇子が護衛の問いに答えると庁舎の外から歓喜の声が上がった。

「仮の護りの魔法陣を施してから戻る!」

 第五皇子の発言に領主はギョッとなったが、時間稼ぎができたことに第三皇子は左口角をゆっくりと上げた。

「仮の魔法陣なんだからガンガイル王国の留学生たちの案を採用すればいい」

「いえ、照明の魔術具もないので……」

 何とか断ろうとする領主の前にぼくのスライムが光りながら弾んで礼拝室に入った。

「照明の問題は解決したようだよ」

 第五皇子が領主に促すと、ぼくたちに助けを求める視線を向けた。

「ご覧になりますか?」

 ケインが領主にメモパッドを向けると、お願いします、と領主は頭を下げた。

「さて、私だって馬鹿ではないのだから、私の二人目の子が死んだあとギャンブル好きの貴官の借金がすべて返済されていることを知っていたのに何もしなかったと思うかい?」

「父が見かねて返済しただけのただの偶然だ!言いがかりはおやめください」

 第三皇子から目をそらした軍高官に、第三皇子は淡々と言った。

「監査部を監査する人間に、貴官の金の流れを追わせていたんだ。うちの二番目の子の死の後から、定期的に給料とは別に巨額のポイントが動いているようだが、貴族の子どもの死亡記録と照らし合わせることはしていなかったな。派閥がらみで私の子どもを殺して報酬を受け取っただけでなく、何か他の悪事をしているのかと勘繰っていたが、まあ、子どもを仮死状態にしてすり替えるなんて考えが及ばなかった」

「ポイントは賭け事で勝って振り込まれたものだ。疚しいものではない!」

「言い訳はもういいでしょう?教会関係者の実行犯は拘束されています。帝国内の各地の孤児院で人体実験なんて、軍の幹部がかかわっていなければ到底できないことでしょう?」

 第三皇子と軍高官の緊迫したやり取りにしびれを切らした月白さんは呆れたように言った。

 頷いた第三皇子は右手をきゅっと握りしめ引っ張る動作をすると軍高官は胸元を押さえた。

「おのれ!何をした!」

「疑惑が晴れるまで認識札を預かるだけですよ。私怨ゆえ、と思われるのもなんだから、お前が持っていてくれ」

 第三皇子は高官の認識札を第五皇子に放り投げた。

「正式な辞令はまだなんだけれど、第二皇子を支持したことで私たちは図らずとも出世してしまうんだ。貴官の異議申し立ては潰せる立場になる」

 第五皇子の言葉に軍高官は体を震わせた。

「のこのこと礼拝室までついてきたから、今頃、軍の宿舎を一斉捜索されているよ。自分に追及の手が及ばないと何で考えてしまうのだろうね」

 月白さんは宿舎の外に残ったメンバーが何もしていないわけがないだろう、と軍高官に告げた。

 従者ワイルドが廃墟の庁舎についてこなかったのは外でやることがあったからなのか!

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