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廃墟の庁舎

「帝国が滅亡する時にガンガイル王国が巻き添えになるのは御免なので、土地の魔力を整えるお手伝いをしているのですよ。攻め込まれなければ誰が政権をとってもガンガイル王国としては知ったこっちゃないですよ」

 ウィルが本音を暴露するとぼくたちは頷いた。

「ああ、私が望むのも平和な御代だよ」

「実行しなければ説得力がありませんよ」

 ハントの言葉にイーサンは即座に突っ込んだ。

「それでは、そろそろ問題の対処のため戻りましょうか」

 ザブンと露天風呂から上がったぼくたちはポアロさんの自宅に戻り、飛竜の里でお泊り会をする学習館の子どもたちや母さんとエミリアさんに保護された子どもたちを託した。

 気を付けてね、とぼくと兄貴とケインとイザークとウィルに母さんが目で訴えかけると、ぼくたちは無言で頷いた。

 別れを惜しむ間もなく出発したぼくたちに子どもたちと里の人たちがちぎれんばかりに手を振ってくれた。

 こうしてぼくたちは辺境伯領都へと慌ただしく引き返した。


 領都に戻ったぼくたちは父さんたちに見送られて教会の転移の部屋から廃墟の町の教会に転移し、教皇や教会関係者とたくさんの襟章をつけた軍幹部たちに出迎えられた。

「一人増えましたね」

 最高位の軍人っぽい男が事前に把握していた人数ではなかったことに眉を顰めた。

「彼が廃庁舎の魔法陣を動かすことができる人物なので、私が特別に入国を許可しましたよ。何か問題でも?」

 第三皇子が一歩前に出てイザークを紹介すると、この領の領主らしき人物が軍高官と第三皇子の間に割って入った。

「ガンガイル王国国王陛下の親書で、古代魔法陣の研究の専門家を派遣してくださるとのことでした。この町からお出にならないのでしたら私が許可しているので違法入国ではありません」

 領の客人だ、と領主が主張すると、こんな子どもが専門家なものか、と言いたげに軍高官は鼻で笑った。

「彼は成人後、公爵位を継ぐことが内定している魔法学校生です。彼が来なければ、ここに来ることになったのはガンガイル王国王太子殿下か次期ガンガイル領領主内定の王位継承権の保持者だった」

 皇族が二人もいながら外国の王太子か傍系王族に頼らなければならない現状を理解しろ、と第三皇子は不敵な笑みを浮かべながら言った。

「狭い部屋で話し込むより現場に行きましょう。ぼくより先に歩く方は神罰が下るかもしれないので皆さんさがってください」

 イザークは淡々と話すと、そうそうたる面々に囲まれても物怖じせずに一歩踏み出した。

 イザークが進むと海が割れるように教会関係者たちは左右に身を引いたので、ぼくたちはイザークに続いて転移の部屋から出た。

 辺境伯領へと帰る魔法の絨毯の上での打ち合わせ通りにイザークは迷わず教会を出ると、全てを見通しているかのような確かな足取りで廃墟となっている庁舎の方へ向かった。

 カラクリは羽虫のサイズに分裂したぼくのスライムがイザークを廃墟の庁舎まで案内しているのだが、サイズに合わせて極小の魔力しか保有していない羽虫になったぼくのスライムは、かつて皇帝の結界をすり抜けて第三夫人の離宮に忍び込んだ実績もある。

 軍の高官であっても感知することは難しいだろう。

 本当は亜空間で細かな打ち合わせを済ませていたのに魔法の絨毯の上でのざっくりとした打ち合わせしか知らない二人の皇子は、ぼくのスライムの存在に気付くことなく増毛したイザークの後頭部を見ていた。

 身体強化で早歩きするイザークを先頭にぼくたちは三角形に広がるようについていくと、廃庁舎の手前でイザークが足を止めた。

「あまりに建物の老朽化が進んでいるので倒壊の恐れがあります。崩れ落ちる瓦礫から身を守れない方はここでご遠慮ください」

 振り返ったイザークが、さも危険な場所に足を踏み入れるかのように言うと、心得ています!ぼくたちは大声で言った。

 本当に危険なのは神罰の恐れのある庁舎内の礼拝室付近なのだが、いろいろともったいつけよう、ということになっていた。

「ここからは上級魔術師と上級魔導士以外は先に進まないでくれ」

 教皇の発言に、ここでイザーク以外の魔法学校生たちが脱落するだろう、と踏んだ軍高官がせせら笑うようにぼくたちを見た。

「何か勘違いしているようだけれど、ガンガイル王国留学生の一行にここで脱落する者はいないよ。全員、上級魔法学校卒業相当まで履修済みで、年齢制限で試験を受けていないだけだ」

 第三皇子の発言に教皇も頷いた。

「修練の間の一つ目の扉を開けられないような子どもたちはいないようだ」

 教会関係者と軍関係者の数名に脱落者が出たが、ぼくたちは廃墟の庁舎の正面玄関まで進んだ。

「市長の自宅の方はもう崩壊寸前なので立ち入らないでください。礼拝室に向かいますが、教会関係者と領主一族と一族に認められた方のみご案内いたします」

 一歩前に進み出たのは領主と教皇や教会関係者と二人の皇子と軍高官とキャロルとウィルとマルコとぼくと兄貴とケインとボリスとミロだけだった。

 キャロルとウィルとマルコは領主一族や王族なので誰もが納得したが、ぼくとケインとボリスとミロに怪訝な視線を向けられた。

「飛竜の里の教会設立の際、魔法陣の構築に携わってくれた魔法学校生たちは教会関係者と同等だよ」

 完成前の教会を見学して礼拝室の仕組みを知っている人物を足止めする必要がない、ときっぱりと言った。

「何者ですか?この少年たちは!」

 誰何する領主に教皇は、真面目な魔法学校生だよ、と軽く流した。

「研究熱心で研究成果を惜しげもなく現場で実践したから、こうしてここにいる資格がある」

 教皇の言葉に、偶々(たまたま)現場に居合わせただけだとミロが震えると、これが運命だ、と達観したボリスが囁いた。

 飛竜の里の教会設立時に帝国留学をしていた兄のクリスはここから先に進めない。

「王宮の礼拝室に入ったことがあるんですね。お二人ともれっきとした皇太子候補じゃないですか」

 軍高官を前にしても物おじせずにウィルが二人の皇子に尋ねると、無作法な子どもを見るように軍高官はウィルを見た。

「成人した皇族は礼拝室で魔力奉納をする義務がある。ガンガイル王国では跡継ぎしか礼拝室に入らないのかい?」

 第五皇子が質問を返すとキャロルが答えた。

「礼拝室の扉の手前までですね。結界を上書きしない誓いを立てたら中に入れます」

 うちはちょっと違う、とウィルとマルコは否定した。

「護りの結界は一族秘伝だから、それぞれの方法があるということか。帝国は広い分結界を維持するため相当の魔力が必要だから、礼拝室で直接魔力奉納をする方が効率的に魔力を国土に行き渡らせられる。たくさん皇族がいれば話も違ってくるはずなのに、皇帝陛下の孫の代はなぜかなかなか誕生しないんだ」

 三人の子を亡くした第三皇子は軍高官から目を離さずに淡々と言った。

 “……ご主人様。こいつは第四皇子の派閥の領主の次男で第三皇子の二番目の子どもの死に関わっています”

 広い国土を支えるためにたくさんの皇族が必要なのに暗殺が横行するので皇族の人数が増えないのか。

「お育ちが悪いのは、東の家系に何らかの問題があるのでしょう」

 ぼそっと、軍高官が第三皇子の母方の遺伝に問題があるように呟くと、第三皇子は噴き出した。

「うちの爺さんが小さいオスカーにやらかしたのは事実だが、話を東と大きく語ると刺股を振りかざすお姫様の国まで蔑むことになる。口を慎んだ方がいい」

「お喋りは止めてください。声にも魔力が載ります。消し炭になりたくなければ全ての魔力を遮断してください。この建物は魔力を欲しています」

 イザークが叱責する内容に留学生一行以外の全員が驚きの表情になった。

「準備はいいですか?」

 ぼくたちが頷くとイザークは歩き出した。

 庁舎内は魔力を失った建物なので照明がなく太陽が真上にある正午の室内は薄暗かった。

 礼拝室に続く廊下は明り取りの窓さえなかったので、ぼくたちの肩の上に乗っているスライムの明かりが頼りだったが、魔力を拡散させないために光の拡散を狭い範囲に押さえていたからイザークの向かう先は真っ暗だった。

 足を止めたイザークがぼくたちに、下がっているように、と手で合図をすると、そのまま腰のベルトに手をかけた。

 小さな短銃を暗闇に向かってパンと打つと同時に扉が崩れる轟音が響いた。

 ぼくとケインは扉が崩れる音だと知っていたからさして驚きもしなかったが、短銃から放たれた光の粒が轟音と共に前方の暗闇に向かってだけでなく廊下全体にまで拡散したので全員腰が引けた。軍高官まで肩を竦めた。

 念のため収納ポーチから魔力を遮断する魔術具を取り出して、見物人全員を繭状の卵型の魔術具の中に閉じ込めた。

「あれ?これって、緑の一族の族長が密会する時に使っていたやつだよね?」

 学習館ができる前に実家が幼稚園のようになり、お買い物ごっこで辺境伯領主がカカシからお説教を食らった時の魔法に似ていたので、ボリスが懐かしそうに言った。

「外見は似ているけれど別物だよ。あれは中に入ると外は見えなかったけれどこれは中から外が見えるでしょう。これは魔力を遮断する魔術具で、危ないものを保管する技術を応用して作ったんだ。この中にいれば廊下に魔力がうっかり漏れる心配がないよ」

 教皇は危ないものの心当たりがあったので、アッという表情になり、魔力が漏れる心配がない、という言葉にボリスは、あれか!と叫んだ。

「懐かしすぎるよ!あの時の白い布を素材として使ったんだね!」

 ぼくたちが誘拐された時に被っていた白い布を思い出したボリスが手を叩いて喜んだ。

「厳密にはあの布の原材料を外側に使用したんだ。ガンガイル王国の秘伝の素材だから、大っぴらにできないよ」

 話を終わらせると、完全に魔力を抑える長手袋があればうっかり火竜を出すこともないのに、とマルコが残念そうに言った。

 透過性の高い繭の魔術具の中から廊下中に飛散した光の粒のきらめきが見えた。

「……危ないところだったな。足りない神が多すぎるし、いてはいけない神もおる」

 廊下に張り付いた光の粒を見回して教皇は肩をなでおろした。

「それにしても彼は一体何者なんだ!」

 明らかにイザークの魔力がこもった魔石が拡散したことに教会関係者たちは驚いた。

「あれは一体何なんだい?」

 そもそも廊下に光る粒が拡散されたことの意味を理解していない第三皇子に、教会関係者たちは唖然とした。

「礼拝室に続く廊下には神々の絵や記号が描かれているものです。礼拝室に入る前から魔力奉納は始まっているのですよ」

 魔力を遮断していなければこの廊下に足を踏み入れた時から神罰が下る恐れが本当にあったことに二人の皇子と軍高官は青ざめた。

 ぼくたちは教会設立の時に礼拝室のカラクリを知っていたので平然としていた。

 まあ、イザークのセリフを仰々しくしたのは演出だったのに、兄貴がノリノリでセリフを考えたのは、二人の皇子が消し炭になる未来があったからなのだろうか?

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