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即断即決!

「教会関係者たちの日用品を運搬する軍関係者しかその町に向かう馬車はないでしょうから、この馬車の地上最高速度の実験をしても衝突の危険はないですよね?」

 誰もいないなら多少のヤンチャを許されるだろうか?と提案すると、そっちか!という突っ込みが兄貴から出た。

 あれ?そっち、ということは別の選択肢もあったのだろうか?

「早く移動して、教会の礼拝状態を確認して、さっさと大聖堂島に行ってしまった方がいいような気がしたんです。一般市民のいない見捨てられた街でぼくたちが魔力奉納をする危険を冒す必要がないでしょう?」

 行く先々で魔力奉納をして回っているとはいっても、命の危機があるような魔力奉納なんてしなくていいだろう。

「そうですね。下手に手を出すとぼくも両親から相当叱られてしまいます」

 キャロルが分別をわきまえた発言をすると留学生一行は頷いた。

 滞在先で魔力奉納をすることは滞在のお礼と自身の研鑽のためにしているけれど、命をかけることではない。

「我々としても留学生一行の皆さんに何かあっては困るので、そうしてもらえると助かります」

 第五皇子は安堵したように言った。

「この馬車が最速走行するのを見たいのだが、ジョシュアの、そっちか?という言葉が気になる。もしかして魔法陣の欠点を補う方法を知っていたりするのかい?」

 第三皇子の突っ込みに、うーん、と兄貴は返答を避けると、心当たりがなくはない、とキャロルは正直に答えた。

「古代魔術具を解体する現場に居合わせたことがあります。ガンガイル王国には古代魔法陣の専門家がいますよ」

 専門家が誰か、とキャロルは明言しなかったのに二人の皇子はぼくとケインを見た。

「魔法学校の実習でたまたまぼくたちも居合わせたので、見たことはありますが、専門家ではありません。古代魔法陣の研究をしている先輩を知っているけれど、現在、上級魔法学校生でありながら公爵領主の補佐をされている方なので、帝国留学に参加していません」

 たった一人の跡継ぎ、というか、もう領政に深くかかわっている王都の魔法学校の生徒会長のイザークは自領の護りの魔法陣の弱点を真剣に研究しているはずなので、今ではきっとぼくより詳しくなっているだろう。

「ガンガイル王国の魔法学校の生徒会長も古代魔法陣に詳しいのですか。辺境伯領では古代魔術具を使用可能にするために古代魔法陣の解析専門のチームがありますよ」

 命知らずな部署だ、と二人の皇子と護衛たちは仰天した。

「危険手当がつくので人気の部署ですよ。古代魔術具は必要があって制作されたのだから、知識を継承しなければいけないのに、絵に描くことも文書化もできませんから、複数人で研究し、次世代に繋いでいかなくてはなりません」

 キャロルの説明に第三皇子は頷いた。

「そうなんだよ。軍でも研究しているが研究者が死亡してしまうと研究内容が消失してしまうんだ」

 暴発事故なのか老衰なのかわからないが、研究を受け継ぐ人がいなければ研究結果は失われ振り出しに戻ってしまうのだろう。

 歴代のなくなった町長たちも軍から派遣された専門家だったのだろうか?

 外国人のぼくたちが聞いていい情報ではないだろうから、ぼくたちはそれ以上突っ込まなかった。

 御者ワイルドは地上最高速度を試す案に反対せず、アリスたちポニーを専用座席に乗せると、馬車の速度を上げた。

 窓に張り付いた第三皇子は自動走行にはしゃいだが、未来予測が変わったのか兄貴と犬型のシロは神妙な顔つきになった。

 緑の少ない埃っぽい街道を走り抜ける馬車は牽引の車両があったため、地上最高速度を計測することはなかった。


 昼食も車中で済ませ急いだこともあり、日が傾く前に問題の町の近くまで来た。

 軍が管理している町なのでカッコつけた方がいいとベンさんが勧めたので、馬車を降りた二人の皇子はまるでアリスの馬車をずっと先導していたかのように護衛たちを引きつれて城壁の門に向かった。

 城壁まで辿り着くと軍服姿の門番たちは二人の皇子を見て驚愕したが、即座に最敬礼をした。

「転移魔法で教皇猊下がおいでになっております!」

 門番の一人が馬上の二人の皇子に報告した。

 どうやら、張り切りすぎた月白さんの計らいか教皇の視察と鉢合わせになったようだ。

「なに、教会の礼拝方法の視察に来たのだ。教皇猊下がいらっしゃるのならぜひ挨拶にうかがおう」

 第三皇子の発言に何か言いたそうに口を動かそうとした門番は、いってらっしゃいませ、と頭を下げて町に続く門を開けただけだった。


 町の護りの結界が機能していなくても、教会からの魔力がいきわたっている町は白砂になることなく残っていた。

 ただ、人間が手入れをしなくなった町は、通常なら植物が建物を侵食するように成長しているはずだが、ただ古びた土壁や屋根瓦が崩れ落ちた建物があるだけで道草一つ生えていなかった。

 聴力強化で人の声を探ったぼくたちは心当たりのある事態が起こっていることに顔を見合わせた。

 廃墟の町を中央広場に向かって進むと教会の方角から怒号がした。

 護衛たちは馬脚を止めた二人の皇子の前に馬を出し警戒した。

 現在行われている教皇の特別視察といえば悪質な孤児院の摘発だから、今頃、虐待されていた孤児たちのために大量の回復薬が必要なはずだ。

「人気のない町の教会で行われそうな悪事といえば?」

 ぼくの問いに、誘拐された子どもたちを集めている!とウィルとボリスとケインとキャロルとミロが声を揃えて答えた。

 ぼくたちは回復薬を散布するバズーカーや水鉄砲を手にして馬車を降りると、後方の警戒を怠っていた護衛たちが慌てて振り返った。

「教会関係者と軍人しかいない町で騒動といえば、魔術具暴発が疑われます!いち早く怪我人に回復薬を散布するため、ぼくたちが向かいます!」

「殿下たちはここでお待ちください!」

 ぼくとウィルがそう言うと、キュアを先頭にぼくとウィルと兄貴とケインが身体強化で教会に向かった。

 キャロルとミロが大人しくしているはずもなくクリスとボリスを伴って後方から追いかけてくるとマルコもちゃっかり便乗した。

 教会の正門に突入すると、けが人はどこですか!と叫びながら中庭まで駆け抜け、開け放たれている孤児院のドアにキュアが侵入し、キュアに追尾するように設定したバズーカーを一発撃ち込んだ。

 いち早く重傷者の部屋を見つけたキュアが合図するとバズーカー砲は炸裂し部屋全体に霧状の回復薬を飛散させた。

 ぼくたちも孤児院内に侵入するとみぃちゃんとみゃぁちゃんとスライムたちが弱っている孤児のいる部屋を探し出し次々と扉を開け、兄貴とケインとウィルが各部屋で水鉄砲で回復薬を噴射した。

「ああ、カイル君たちだったか!あまりの素早さに何が起こったかわからなかったが、口の中に残るこの回復薬の味で事態が把握できたよ!」

「教皇猊下がいらしていると門番から聞いたので、説明抜きで行動して大丈夫だと判断しました」

 キュアが突入した部屋で今まさに癒しの魔法を施そうとしていた教皇にも回復薬がふりかかったようで、お陰で私も元気になった、と教皇は笑った。

 猊下のお知り合いですか、とぼくたちの親しげな様子に教会関係者たちから声が上がった。

「先日、大聖堂に招待したガンガイル王国の留学生一行だよ。ああ、他の部屋の子どもたちにまで回復薬を散布してくれたようだね。いつもながらの迅速な判断のお陰で子どもたちの苦しみを早く終わらせることができた。ありがとう」

 教皇が頭を下げると教会関係者たちはざわついた。

「教会関係者と軍人しかいない町と聞いた時から、悪事に利用されやすいと推測していました。町に入るなり教皇猊下の指揮の元、孤児院に立ち入る声が聴力強化で聞こえていましたので、迅速に行動できました」

 スライムたちが子どもたちに口直しの飴を配りながら意識レベルを確かめると触手でぼくにサムズアップをして大丈夫だと伝えた。

「教皇猊下もお口直しにどうですか?オレンジ味の飴です。教会に縁のあるオレンジ果汁から作ったので美味しいですよ」

 収納ポーチから飴の小瓶を取り出して教皇に手渡すと、ありがとう、と言ってすぐさま一粒取りだすと笑顔になった。

「カイル君の猫にそっくりじゃないか!口に入れるのがもったいないほど可愛いが、回復薬で口の中が大変な味になっているから、ありがたくいただこう」

 教皇がみぃちゃんの形の飴を口に入れると、困惑していた子どもたちもためらわずに口に入れて、おいしい、と笑顔になった。

 皆さんもどうぞ、と勧めると教皇の背後に控えていた月白さんが、お心遣い感謝いたします、と言って瓶ごと受取り教会関係者たちに勧めた。

 大好きな人に久しぶりに会ったわんこがちぎれんばかりにしっぽを振っているかのような笑みを浮かべた月白さんは、いつの間にかぼくの横にいる従者ワイルドを見つめている。

 満面の笑みを浮かべた月白さんの思い付きで教皇がここにいることを確信したが、この展開が読めていたのに煩わしい月白さんと遭遇することになっても、苦しむ子どもたちの苦痛を最短で癒す方を優先したワイルド上級精霊への信頼感がぐっと増した。

 ぼくたちから一歩遅れて突入したキャロルたちが各部屋の子どもたちの健康状況を確認していると、待て、と言っていたはずの二人の皇子たちが待ちきれずに孤児院に入ってきた。

「どうして、住民がいない町に孤児院があるんだ!」

 ごもっともな感想を述べた第三皇子に第五皇子が残念な子を見るような目で見遣った。

 この町の物流を一気に引き受けていた帝国軍が孤児院の存在を知らないはずはないし、報告が上にあがっていないとしたら、この町の教会関係者たちが町に派遣されている軍人たちを買収していたからだろう。

 そんなことは子供でもわかるのに、と言いたげなキャロルとミロの冷たい視線を浴びた第三皇子は左斜め上に視線を向けた後、心当たりがあったのか溜息をついた。

「非合法的に集められた子どもたちに非人道的な薬品投与があった現場に踏み込んだばかりなので、私としても公的な見解を示せないが、現行犯から元締めまで辿り着けるよう最善の捜査を尽くす」

 教皇の真摯な応対に第三皇子も憤りの表情を押さえた。

「我々も帝都の孤児院で人身売買が行なわれていることを確認して組織を追っている最中です。地方で子どもたちの誘拐件数も調査中ですが、各領で資料を改竄している形跡があり難航しています」

 慎重な第五皇子の発言に教皇は頷いた。

「どの組織でも悪事に加担していなかったものまで、自身への責任追及を恐れて不祥事を隠す傾向があるのです。私は子どもたちの救助を火急に行い、犯人への処罰はゆっくり行う予定です」

 月白さんが飴玉を回さなかった拘束されている孤児院の職員たちは教皇の言葉に青ざめた。

 教皇が連れてきた教会関係者以外は全員拘束されるのだろうか?

「この教会の関係者は全員この孤児院で何が行なわれていたか知っているのですから、実行犯と同罪ですよね?」

 ぼくの質問に教皇は頷いた。

「この教会の職員たちは臨時研修という名目で大聖堂島に転移魔法で送り込んでから孤児院に踏み込んだ。彼らの到着先は牢獄だよ。君たちも同じ場所に転移させるから安心しなさい。ここの孤児たちよりずっとまともな扱いだよ。回復薬まで散布されたのだから、転移魔法には君たちの魔力をできる限り使用しよう」

 教皇の指示で拘束されていた孤児院の職員たちは教会の建物に連行されていった。

「孤児たちのお世話や、教会の日々のお勤めはどうされるのですか?」

「今日連れてきた職員の半分を置いていく。当座のところはそれで凌ぎ、後日、新たな職員を派遣する予定だ。孤児院の子どもたちは受け入れてくれる孤児院を探して分散することになるだろう」

 ばらばらの孤児院に引き取られることに動揺したのか飴玉を舐める子どもたちの顔が引きつった。

「ここにいる子どもたちは全員で何人ですか?」

「ベッドは全部で30台あるけれど十八人しか確認できません」

 この部屋に集まったケインが報告すると兄貴も頷いた。

 子どもたちの情緒が落ち着くまで何とか一緒に保護できないか、とキャロルは思案を巡らせているように眉を顰めた。

「集団で転移できる魔術具があるのでしたら、ガンガイル王国で保護してもよろしいでしょうか?」

 キャロルの申し出に、二人の皇子は眉を顰めた。

「この子どもたちはどう見ても洗礼式前の年齢だ。正式な市民権が発行される前に国外に行くと帝国の市民権が発行できない恐れがある」

 三歳、五歳児登録がどうなっているのかさえわからない子どもたちを国外に出せない、と第三皇子が言うと、教皇は首を横に振った。

「今私がここで仮登録すればよい。大聖堂島の職員たちは子どもの扱いに慣れておらず、教会都市から子育て経験者を募って連れてきたので、ここには数日しか子どもたちを置いておけない。孤児たちがばらばらになってでも早めに受け入れ先を決めなければならないのだよ。一時的にでも受け入れてもらえればありがたいのが本音だ」

 教皇は子どもたちを見て、見知った顔ぶれがいないところに弱った体で連れていかれるのは嫌に決まっているじゃないか、と二人の皇子に訴えた。

「この町の管理は軍に一任されているのですから、軍高官の私が強権を発動しても、この地の領主から文句は出ないだろう。私がこの子たちの仮の親となれば国外で静養させたとしても問題なかろう?」

 子どもたちの状況を見かねて即断即決をした第五皇子に、男前だ!と魔獣たちが尊敬の眼差しを向けた。

 過去に45人の孤児たちを保護した実績のある飛竜の里に託せるなら、この子たちの心も癒せるだろう。

 ぼくたちは第五皇子の決断に安堵した。

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