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荒んだ町

「兄君は自分で動かずに人を使ってどうこうしようとして騒ぎを大きくする傾向がある」

 ひとしきり笑ったあと、小さいオスカーを遣いに出したら苛められそうなことくらい考えろ、と、第五皇子は第三皇子を叱責した。

「小さいオスカーはもうやられてばかりいる少年ではないことを祖父に知らせるには、対面させた方が手っ取り早いかと考えたんだよ」

 そんなことで毒を盛るような人物に遣いに出された小さいオスカーが気の毒だ。

「確かに、今の小さいオスカーなら反撃できるだろうけれど、自分の祖父くらい自分で何とかしなさい」

 第五皇子に叱られた第三皇子は子どものように項垂れた。

「嫌なことから逃げてばかりいると人生の晩年までにはつけが回ってくる、とよく祖父に言われました」

 キャロルがとどめの一撃になる発言をすると、ガンガイル王国ガンガイル領主はさすがだ!と第三皇子は頭を抱えて上を向いた。

 辺境伯領主もけっこう短絡的なところがあるが、芯の通った人物だ。

「うん。わかった。祖父は手遅れだけど、伯父の躾は自分でやるよ」

 渋々言った第三皇子に、当たり前だ、と第五皇子が即座に突っ込んだ。

「次の町はどこだい?」

 第三皇子は地図を取り出して自分のことから話題をそらした。

 ここです、とウィルが指さすと第三皇子は素っ頓狂な声を上げた。

「言いたくはないが、かなり(すさ)んだ町だぞ!」

 第五皇子も護衛たちも頷いた。

「領主交代が多い町で()れているんだ。ガンガイル王国の土壌改良の魔術具を使用している領だけど、領都を移してから荒れ放題だと聞いているから、まだ厳しいだろうね」

 荒れすぎているから領主交代を繰り返し、復興を諦めた現領主が遷都してからさらに荒んでおり、辛うじて死霊系魔獣に乗っ取られていないから軍に焼き払われていない町だということは調べてある。

「大聖堂島から真西の位置にあるからどれだけ荒廃しても死霊系魔獣が湧かなそうですね」

 ウィルの指摘に二人の皇子の護衛たちが、知っているのに行くのか!と真顔になった。

「見捨ててはいけない土地、ということですね」

 キャロルが指摘すると二人の皇子も頷いた。

「地理的に見捨てられない土地だ。まあ、教会の礼拝所の魔法陣を見て気付くだろう?大聖堂島から全世界に繋がる魔法陣があるのならば、それに沿った場所になる土地には次の魔法陣に繋ぐための拠点となる教会があるはずで、実際にこうして地図を広げてみると確かに町が点在している。この町はその一つだ」

「我々はどうしても帝都を拠点に魔法陣を見るので遷都しても問題ないように見えるが、この町が廃れていると、ここで教会からの魔力の拡散が滞ってしまうのか」

 第三皇子と第五皇子の説明に留学生一行は、荒廃とは教会は関係ないのでは?と言いたげに首を傾げた。

「おそらく、ですけれど、教会の魔法陣と国の護りの魔法陣は別物ですから、遷都自体は問題ないと思われます」

 キャロルの指摘に、二人の皇子の護衛たちは表情こそ変えなかったが、初級魔法学校を卒業したてのチビが、といった軽蔑の色を瞳に宿していた。

「この領土の形から重心を取るように考えると、現在の領都は相応しい場所になります。この町の教会を維持できるように周辺の農村が整っているのなら原理上は問題ないでしょうね」

 ケインの指摘にウィルも頷いた。

「現在のラウンドール公爵領の領都も教会の魔法陣の延長上からずれているけれど、延長上の町は領内第二の町として発展しているから、教会の規模は領都の教会より大きいです。領の結界と教会の結界で二重の魔法陣として機能しているはずですよ」

 教会の世界に広がる魔法陣を阻害しているとしたら教会内部の秘密組織だろう。

 ガンガイル王国留学生たちの知識に二人の皇子の護衛たちは白目をむいた。

 あー、と奇声を発したボリスは自分の思い付きに頭を抱えた。

 どうした?とクリスに促されたボリスは、あくまで自分の推測だけど、と前置きして話し出した。

「大聖堂島で教皇猊下と面談の時に『修練の間』という部屋に通されて、資格がなければ次の部屋に入れない、という仕組みだったのですが……」

 言い淀んだボリスに第三皇子が声を掛けた。

「ああ、そうか、言えない事情があるんだね。この馬車にいる全員は今からボリスがする話は胸に留めて馬車の外で話さないように」

 事実上の口外法度を宣言するとボリスは安堵の表情を浮かべて続きを話した。

「最初の部屋は上級魔法学校卒業相当だったのでぼくでも扉が開きました」

「大聖堂島には成人後すぐに参拝したがそんな部屋には案内されなかった」

 どんな仕掛けだ、とワクワクしながら話を聞く第三皇子に、私も知らない、と第五皇子は言った。

「大きいオスカー寮長やカイルとウィルは扉に手をかけるだけで勝手に開きましたが、ぼくたちはドアノブを回さないと開きませんでした。入室条件はそれぞれの部屋で違いましたが、資格ギリギリだと扉が重くなり六つ目の部屋で自分の限界を感じました。七つ目の部屋への入室資格を推測すると、国を護る資格があるかないか、と当時、推測しました。……どうしたことか、枢機卿たちも七つ目の扉を自力で開けることができなかったのです」

 ボリスが言い淀んだ理由が上位の聖職者ですら開けられない扉をガンガイル王国出身者たちは三人も開けた、ということだと理解した二人の皇子と護衛たちは目を丸くした。

 問題の本質はそこではなく、能力が足りないのに高位の聖職につく者がいるということだ。

「……ああ。言わんとしていることがわかった。出世するのは実力以外に後ろ盾や処世術がものを言う。世襲しない聖職者が我々と同じとは言えないが、枢機卿たちは決定的に何かが足りないのだろう。我々、皇族や領主一族には護りの結界を維持するために受け継がれる認証がある。だが、目で見えるわけでもないから、為政者たる資格がないものたちが描き変えた魔法陣のせいで町が荒れたかもしれないと考えたのだね」

 ボリスの指摘に国の荒廃の理由の根本に気付いたかのように第三皇子は眉を寄せた。

「……ぶっちゃけ、私たちが皇太子候補ではないのは皇帝陛下からまだ認証を譲り受けていないからなのだが、……ガンガイル王国では高位貴族なら誰でも認証を受けるものなのか?」

 第五皇子は七つ目の扉を開けたぼくとウィルに尋ねた。

「お国柄ではありませんか?」

 修練の間の七つ目の扉を開ける自信があるかのように言ったキャロルを、二人の皇子だけでなくマルコも首を傾げて見た。

「ガンガイル王国はもう百年以上帝国軍に派兵する以外、騎士団は要人警護と魔獣討伐が主な仕事です。戦争をしないから、戦争に負けないのです。戦争に負けないから領主一族が皆殺しになることは余程の不祥事でもない限りあり得ません」

 キャロルの言わんとしていることを理解した、二人の皇子は溜息をついた。

「ああ、帝国では領主交代の際の前領主一族の認証持ちと思しき地位の者は処分される。認証を多発しないのは一家断罪を避ける側面もあるな」

 第三皇子の説明は、第一夫人派の不祥事で直接処罰された領主一族の人数が少なかったように、責任追及の範囲を狭める利点があるとクリスやボリスにも理解できた。

「なるほど、戦争が起こらないから認証者が多くいるということか」

「ガンガイル王国は王位継承者が多く、王位継承順位も頻繁に入れ替わります。こう見えて、ぼくも王位継承権がありますが、成人後の選択次第で放棄することもあり得ます」

 キャロルの言葉に二人の皇子の護衛たちは、陰の国王の孫は王位継承権を持つ本物の王族だったのか!と顎を引いた。

「ガンガイル領の領主一族は王位継承権を持ちますが、独立した公爵にでもならない限り他領に入ると返上するのが慣例ですね」

 ラウンドール公爵家も王族との婚姻関係はあるが王族は王位継承権を放棄してから結婚するらしい。

「王位継承権を放棄した際に認証はどうするのですか?」

「当然返上します。認証を保持していますとかなりの魔力量を国に捧げることになりますから、婚家に魔力で貢献するためには当然返上せざるを得ません」

 ガンガイル王国王家が他領を一段低く見ているのではなく、辺境伯領が国の魔力を負担しているからといって、独立色が強い他領にそれを求めていないだけだ。

「確かに、国によって大きく違うというのがわかります」

 マルコは辺境伯領と王家の関係を聞いて目を丸くした。

 小国のキリシア公国では王家の責任を共有する地方貴族がいるということは考えられないだろう。

「ガンガイル王国内は各領の独立性が高いから受け継がれるものにも違いがありそうですからね」

 飛竜の村やイザークの領の護りの結界を思い浮かべてぽろっとこぼすと、違うのか!と車内の全員がぼくを注視した。

「だって、多くの領はガンガイル王国に併合される前からの護りの結界を維持しているから、古代魔法陣の上書方法がそれぞれ違うじゃないですか」

 ぼくの指摘にウィルとキャロルが、ああ、と頷いた。

「それは、あるね。イザークのところの運命の神の祠に魔力奉納をした時に感じたよ。なんかこう、どっかを経由しているように魔法陣が遠い感覚がした」

「王都の上級魔法学校の生徒会長のタウンハウスの祠ですね!魔力奉納で魔法陣の全貌を確認しようとするとボヤんとしている箇所のパターンがなんとなく違いますね」

 王家の認証の魔法陣の欠片を保持しているキャロルの方がウィルより魔法陣の正体に近い説明をした。

 “……ご主人様。イザークの領の護りの結界は現在使用できない魔法陣の上に、運命の神の魔法陣を重ね掛けして強引に引き継いだもので、一族の中に適正者が二人しか生まれない非常に珍しい結界です”

 シロの説明に兄貴が頷くと、ぼくとケインは頭を抱えた。

 次の町に向かう馬車の中で、こんな話題になってしまったのは、領主交代で重ね掛けされた護りの結界の中に地雷のように触れたら即座に神罰が下る危険な魔法陣が存在しているから注意せよ、とワイルド上級精霊からの警告のような気がしてきた。

 “……祠巡りの魔力奉納で迂闊に結界の全貌を探ろうとしたら、一歩間違えたら消し炭になる可能性がないわけではないよ”

 兄貴は眉を顰めて、どうしたものかな、と首を傾げた。

「どうしたの?」

 ぼくたち兄弟が急に考え込んだのでウィルが尋ねた。

「認証のない領主が無理やり張った魔法陣の中に、古代魔法陣の上に蓋をしただけで何とかしようとしているものがあれば、下手に魔法陣の全貌を探ろうとすると神罰が下るかもしれない、と気付いたんだ」

 ぼくの発言に車内の皆は凍り付いたように黙り込んだ。

「……祠巡りで自分の魔力の流れを探ったら死にかねないということでしょうか?」

 マルコが小声でつぶやくと、留学生一行は青ざめた。

「町長が町の護りの結界を維持しているだろうし、いきなり死ぬことはないんじゃないかな?」

 ウィルの発言に二人の皇子は首を横に振った。

「町長が突然死することで有名な町だ。現在は治安維持も兼ねて庁舎は帝国軍の管理下にあるはずだ」

 第五皇子の説明に護衛たちは頷いた。

「現町長がいないから軍で代理人を立てているのではなく、庁舎を管理しているだけなのですか?」

 ウィルの質問に二人の皇子は、どう返答をしたものか考えあぐねるように目を泳がせた。

「……まあ、行けばわかるのだから取り繕う必要もないだろう。教会関係者に必需品を届けるために軍が派遣されている町だ」

 第三皇子の発言にぼくたちはあんぐりと口を開けた。

「教会関係者以外、ほとんどだれもいない町なのですね!」

 二人の皇子と護衛たちは頷いた。

 帝国軍は次の訪問予定地を、見捨てられたけれど見捨ててはいけない町、ととらえているようだ。

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