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第三皇子の手紙の破壊力

「まあ、うちの村を通過しないと塩湖には辿りつけませんから、泥棒が来るなんて考えにくいですよ」

 作業員の一人が呑気にそう言うと、第三皇子は首を横に振った。

「軍人ならどうあっても入手したいと考える者がいてもおかしくない。そういった奴が本気を出したら、村を超えるのは簡単だ。そうでなくともガンガイル王国留学生たちの魔術具を欲している高位貴族は大勢いる。用心するに越したことはない」

 第三皇子は自分が欲しいと思っていることを隠さず言うと、自己紹介か?と第五皇子は笑った。

 開錠の呪いがなくても、扉を開けるための仕掛けがパズルのようになっており、知らなければまず開けられない。

 責任者と作業員たちは泥棒に鍵を奪われたとしても簡単には開かない仕組みに感心した。

「四年後に弟が来るはずですから、その時までに皆さんの魔力量が増えていたら、船の動力も魔力にしたいところですね。頑張ってください」

 キャロルの言葉に作業員たちは頷き、四年後か、と第三皇子は嘆いた。

「軍人さんたちが頑張って帝国の平和を維持してくれなければ、弟たちは留学に来れないのですから皆さんも頑張ってくださいね」

 身分を隠した二人の皇子は、了解!と軽く答えた。

 作業員たちとここで別れて麓の村に戻ると、領主の使いが村長宅に来ていた。

「軍の高官の方がお忍びで視察にいらしたと伺ったのでご挨拶に馳せ参じました」

 使者の後ろで村長が小さく首を横に振っているということは、情報漏れはククール領主からだろう。

「休暇中なので堅苦しい挨拶は抜きでいいかな」

 第三皇子が和やかな笑みを見せながら、綺麗な塩湖を見に来ただけだ、と観光であることを強調した。

「いえ、われわれもククール領主様から休暇中であることを伺っておりましたが、領都から山の方角を見たら炎とは思えない色とりどりの光が煌めき、視力強化の長けた者が観測すると、光の輪の中を飛竜の幼体や猫や丸い物体がくぐり抜けていると報告されても、理解が及ばなかったので現地に赴いた次第です」

 報告通りのことしか説明できなかった村長が使者の後ろで何度も小さく頷いた。

 精霊たちの話を聞いても想像できかった使者は、飛竜の幼体も驚異的な身体能力の猫たちもスライムたちも塩湖に行ってしまっていたため、どんなに詳しい説明も嘘みたいな話になっていたようだ。

 村長が歌を歌うと猫たちが踊り、スライムたちが猫たちの周りで踊ると、精霊たちが現れて光の輪を作りキュアがくぐり抜けると、これか!とようやく理解した使者は拍手をした

「帝都では珍しくなくなったが、それでも精霊たちはそんなに簡単には出現しない。軍では大規模な魔力奉納があり、かつ注目すべき出来事が重なった時に出現する、と分析されている。だが、これはあくまでも個人的推測だが、ガンガイル王国の留学生たちがいないところで精霊たちが目撃されることはないはずだ。もしあるのなら教えてほしい」

 ニヤリと笑った第三皇子は、条件が整っても精霊たちが出現しないのなら何が足りないのかな?と首を傾げた。

「ああ、うちの兄君は大袈裟すぎる。東方連合国のデイジー姫も帝国東部で精霊たちを出現させているとの情報があります。まずは何より祠巡りによる土地や国民の魔力量増加の検証をすべきでしょう」

 精霊出現は副次的なことであり、平民の魔力増加を検証すべきだ、と第五皇子はこの地の領主に伝えるように使者に言った。

「お手紙で詳しく書きますが、塩湖の作業場に山の神と海の神の祠を建てて結界を強化することをお勧めします。作業員たちで護りの結界を維持できるはずです」

 第五皇子の発言に使者は訝し気に眉を顰めた。

 新しい護りの結界を平民が維持できるということが信じられないのだろう。

「領主様ならご存じだ。護りの結界は単独で成立するのではなく、繋がっているのだ。塩湖の護りの結界はこの村に繋がり、この村の結界は近隣の町に繋がっている。だから、作業員たちの魔力奉納だけで護りの結界を維持できる」

 第三皇子の発言に、そうでしたか、と使者は頷いた。

 ここの領の護りの結界は世界の理に繋がっており、税率を誤魔化すために荒れた土地を用意するような小賢しいこともしていない。

 まあ、領土が狭すぎてそんな手段が使えないだけかもしれない。

「小さいけれど上手な領地経営をしている。私はこの村が気に入った。この村の村人たちの支援をしたいと考えている。私も手紙を書くからよろしく頼む」

 使者の後ろで縮こまっていた村長は、奨学金の話は本気だったのか、と驚いた表情になったが、使者からは見えなかった。

「私たちは間もなく出発いたしますが、せっかくですから裏庭の山の神の祠に魔力奉納をしてもよろしいでしょうか?」

 二人の皇子が使者に託す手紙を書く間待たされることを想定してキャロルが村長に申し出た。

 よろしくお願いいたします、と頭を下げた村長とぼくたちを見比べた使者は、いやはや、と感嘆の声を上げた。

「ガンガイル王国留学生一行様が滞在されると、小さな村であっても魔力奉納をされて、その後、その村が発展する、という噂は本当だったのですね」

 我が領に来てくださりありがとうございます、と丁寧に頭を下げた使者に、滞在させてもらったお礼に魔力奉納をするのは当然です、とぼくたちは笑顔で言うと席を外した。


 裏庭の山の神の祠にはこの村の生命線である塩がお供えされており、村人たちが神々に日々感謝していることがわかった。

「いいですね。こういった素朴な信仰心を目にすると、この地は大丈夫だ、と安心感が湧きます」

 マルコの言葉にぼくたちは頷いた。

 “……ここの領はカテリーナの婚姻の際のキリシア公国国境付近の軍事演習に派兵も資金援助もしていません”

 シロが精霊言語でマルコの直感は正しいと言った。

 塩の生産地だが、山脈沿いに純度の高い岩塩が採掘できる場所があり塩湖で採取するより効率がいいこともあって、この地は大きな争いに巻き込まれることなく細々と長期間、同じ領主一族が統治していることで塩湖は守られていたようだ。

 ぼくたちが裏庭で魔力奉納をしていると聞きつけた村人たちが別れの前に挨拶に立ち寄ってくれた。

 商会関係者たちはキャラバンのルートに入ったからまた訪れる、と約束すると完全な別れではないことに村人たちは喜んだ。


「それではみなさんお元気で!」

 馬車に乗り込んだぼくたちを見送る村人たちと使者に声を掛けて村を後にした。

「領主の使者が馬たちを載せた車両をポニーが引く状況に口をあんぐりと開けてみているのが面白いね」

 第三皇子は指をさしてゲラゲラと笑うと、うるさい!と第五皇子に一喝された。

「魔法学校の話は使者の反応を見る限り上手くいきそうだな」

 ガンガイル王国と取引する村に初級魔術師がいる必要性を理解したはずだ、と第三皇子はご満悦だ。

 第三皇子の本質は切れ者かもしれない、という気配を時折だすが、冷蔵の魔術具があるだけで食生活が豊かになる、と続けるので口を開けば魔術具の話ばかりする痴れ者に見える。

「第三皇子殿下の後ろ盾の領地にも神学校を誘致するのですか?」

 自分の後ろ盾を放置しているのか?とウィルが尋ねると、第三皇子はフフっと笑った。

「小さいオスカーが母親の出身領地を訪れると言っていたから、道すがら立ち寄るように、と手紙を託した」

 第三皇子の発言に第五皇子が眉を顰めると、嫌そうな表情になった。

「だって、うちの爺さんときたら私の顔を見るたびに、やれ皇太子候補としての威厳がない、とうるさかったのに第一皇子が失脚した今、第二皇子の肝いりの案件に乗れ、なんて言いにくいじゃないか」

 手紙で済ませた言い訳をグチグチ呟く第三皇子に第五皇子は溜息をついた。

「気の毒な小さいオスカーを見かねたデイジー姫が付き添って領城入りして、毒入りスープを出されたことに激怒したデイジー姫が刺股を振り回すと、毒を入れた犯人の周りに精霊たちが出現して大騒動になったらしいぞ」

 淡々とこぼした第五皇子に、何でそんなこと知っているの?と第三皇子が突っ込んだ。

「兄君がガンガイル王国留学生一行を追いかけて右往左往している間、私はまだ帝都にいて軍の通信を聞けましたからね。どうも、小さいオスカーとデイジー姫は大聖堂島を中心に左右点対称な動きをしているらしい。カイル君たちは打ち合わせをしていたのかい?」

 ぼくが首を横に振ると、そうだよな、と行き当りばったりで行動しているようにしか見えないぼくたちがデイジーと事前に打ち合わせているわけがない、と第五皇子は納得した。

「ほら、神々の思し召しだよ。デイジー姫が付き添わなければ小さいオスカーは祖父の毒入りスープを飲んで回復薬で耐えただけだろうに、デイジー姫がいたから騒ぎになり、祖父は腹心の部下を処罰せざるを得なくなった。皇子に毒を盛ったことを東方連合国の姫君に叱責されたことで、祖父は隠居に追い込まれるだろう」

 自分の後ろ盾の失脚を大喜びする第三皇子にぼくたちは胡散臭いものを見る表情になった。

「いや、帝国が徐々に衰退していった責任のある世代がいつまでも権力の座にしがみついていてはいけないんだ。次期領主の伯父上はまだ祖父の思考に洗脳されているけれど、失脚した領主の息子の立場では私に強く出ることはできない。私から利を引き出すためには、第二皇子の案件を飲むしかなくなる。まるで、司祭を増やして祈りを増やせ、と神々が図らってくれたようではないか!」

 デイジーは太陽柱を見る自分の精霊から情報を得て行動しているはずだから、神々の意向ではないのに……いや、たぶん第三皇子の手紙が第三皇子の祖父を激怒させる内容で、腹いせに立場が弱い小さいオスカーを苛めたのだろうから、第三皇子自身が巻き起こした騒動のような気がする。

 “……ご主人様。ご明察です”

 シロ曰く、第一夫人派の失脚に調子に乗ると領どころか国が衰退する、自分が皇太子候補になって最後の皇帝になるのは嫌だから、第二皇子の神学校設立の波に乗れ、と歯に衣着せぬ厳しい内容を書き連ねた手紙を読んだ領主が激高して、手紙を運んだだけの小さいオスカーに当たり散らしたらしい。

 小さいオスカーが可哀想すぎる。

 “……太陽柱で未来を予見したデイジーは大暴れする気満々で登城したので、派手にやらかしました”

 シロから映像付きの精霊言語を送られたぼくとケインは瞬時に身体強化をかけて笑いを堪えた。

 太陽柱でとっくに映像を見ていたはずの兄貴まで体を強張らせた。

「どうしたの?」

 ウィルに尋ねられると、ぼくは堪えきれずに笑い出し、釣られたケインと兄貴と魔獣たちも笑い出した。

「だって、立派なお城の晩餐会の席で顔色が悪くなった小さいオスカー殿下にすかさず回復薬を手渡したデイジー姫が椅子の上に立ち上がり刺股を振り回すと、そのおかしな光景に精霊たちが悪ノリして実行犯の頭の上で光り輝くと、デイジー姫なら威圧で犯人をぶっ飛ばすだろうな、と想像してしまったんだよ」

 ぼくが想像したかのように説明すると、在校生たちと二人の皇子は、あり得る、と笑い出した。

 第三皇子の手紙の破壊力が強すぎるよ。

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