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開錠の呪い

 こんなに美味しい料理を食べたのは初めてだ、と大喜びの村人たちにお祭りらしく、この地方の歌を歌ってもらうと、みぃちゃんとみゃぁちゃんだけでなくミロの猫も踊り出した。

 精霊たちがリズムに合わせて点滅しながら猫たちを照らすと、スライムたちとキュアも加わり、興に乗った精霊たちが光の輪を作ると魔獣たちがくぐり抜けるショーになり、村人たちから拍手喝采を浴びた。

 ベンさんは村長夫人に海鮮を使わないパエリアのレシピを伝授して村の祝い事の料理にするように勧めた。

 便乗した商会の代表者は定期的な塩の取引と米の販売の約束を取り付けた。

 第五皇子はククール領で米の栽培を始めたら輸送コストが低くならないか、と考え商会の代表者に種籾の販売が可能か、と持ち掛けるのをニコニコと第三皇子が見ていた。

 第五皇子に冷やかしの声を掛けなかった第三皇子は皇子の身分を隠していることを忘れなかったようで、よく堪えた、と言うかのようにキャロルのスライムが頷いた。

「満天の星が輝く時間に屋外にいるのに安心できるのは、こうして精霊たちがそばにいるからでしょうか?」

 村長の疑問に、そうですね、とベンさんが頷いた。

「昨年の旅の途中で死霊系魔獣の出没の噂のあった地域では精霊たちは出現しませんでしたね」

 死霊系魔獣に遭遇したとは明言しなかったが、極秘に軍を派遣していたことを知っている二人の皇子と護衛たちは真顔になった。

「うちの村は塩採掘の拠点となる村で、採掘量に気を使わなくては魔獣暴走を引き起こしかねないから、こうして聖なる存在を目にすると、今日は何事も起こらないという安堵感が湧いてきます」

 村長がしみじみと言うと塩採取の責任者も深く頷いた。

「欲をかいてはいけないとはわかっているのですが、もう少し採取できたらと思ってしまいます。食糧の自給自足が十分ではないこの村はぎりぎりの生活です。近年の食糧品の高騰は堪えます。そんな気持ちで採取に臨めば死霊系魔獣を呼び寄せる、といわれていて、採取の際によく歌を歌うのです」

 精霊たちや魔獣たちが村人たちの作業歌に合わせて芸を披露している様子に喜ぶ作業員たちを見て、今日を思い出して明るい気持ちで仕事をすると今後も事故が起きないだろう、と責任者は言った。

 塩湖の塩は高値で取引されるがその分税率も高く、不作の続いた帝国では物価の高騰により、採取量が制限されている塩だけで村民の生活を賄うのはきつくなっているようだ。

「加工品にして付加価値を付けてみるのはどうでしょう?」

 ぼくの提案に精霊たちが激しく点滅した。

 兄貴と犬型のシロも頷いている、ということはぼくのアイデアは悪くないのだろう。

 どうすればいいのですか!と村長と責任者はぼくの話に食いついた。

「結晶化した塩の採取量に制限があるのでしたら、塩湖の湖底の泥を美容品にすればいいじゃないですか?」

 まあ、これも採取量の制限があることには違いないが、塩の価格は生活必需品ということで価格が固定されておりこれ以上の増収は望めないが、高級美容品となれば価格は自由に設定できる。

 美容品?といまいちピンときていない村長と責任者とは違い商品価値を理解している商会関係者たちの耳がピクピクと動いた。

「塩湖で泳いで確信したのですが、お肌がつるつるになるのです」

 塩湖で泳いだ!と村人たちは驚愕したが、当の泳いだ留学生一行と二人の皇子の関係者たちが水着で覆われていなかった手や首を触り、すべすべ、艶々、と喜んだ。

 泥パック!入浴剤!と商会の人たちが思いつく商品を口にした。

「食用にするためには塩分濃度の濃い塩の結晶になりますが、美容品では塩以外のミネラルが豊富な方が好都合なので、純度の高くない塩や泥を採取して使用できるのに、価格はこちらの言い値で売れるのです!」

 商会の代表者の発言に、言い値で売れるのか!と村人たちは目を丸くして叫んだ。

「もちろん、最初の製品で抜群に効果を出し、お貴族様が好みそうな製品にまで高める必要があります。ですが、我々には美容の専門家がいるので研究をまるまる委託することができます!」

 商会代表者の発言に、ジュンナさんか、と呟いたのは第五皇子だった。

 ガンガイル王国の製薬会社はお婆のジェニエ名義なので、ジュンナとして帝国で会社を起こせば、帝国に利益をもたらす企業として認知されるだろう。

 第五皇子の呟きを聞き洩らさなかった商会の代表者は、ご出資願えますか?と小声で第五皇子に囁いた。

 塩湖の領地はククール領主の派閥に属しているから、商会の代表者はここで常識人の第五皇子を取り込もうという動きに出た。

 第五皇子は表情を崩さず、乗らせてください、と即答すると、第三皇子が左眉をグッと上げたが、口を開く前にキャロルのスライムに、黙ってろ、と精霊言語で釘を刺されたのを感じ取り苦笑した。

「開発にあたって紹介できる人物はいますが、製品の全ての過程を委託すると利益が減少するので、原材料を精製する過程はこの村でした方がいいでしょう。魔術具を村人たちだけで稼働できるように今後は祠巡りを毎日欠かさずして魔力量を高めてください」

 原材料の卸だけでは利益が少ないと忠告すると、生れてこの方魔術具を使用したことのない村人たちはポカンとした表情になった。

 しょせん他人事のような表情をしていた第三皇子はガンガイル王国留学生一行と自国民との魔術具に対する温度差に気付いて真顔になった。

 ガンガイル王国の留学生たちは一般市民でも使用できる魔力量で魔術具を開発しているが、自国民たちはそもそも魔術具に触れたこともないので、自分たちに魔術具が使用できるなんて、はなから信じていないのだ。

「この話、私も乗ろう!」

 トラブルメーカーの第三皇子が乗り気になると、話が頓挫しそうな気がして、ぼくはワイルド上級精霊を見遣ると、なすがままで、と言うかのようにくすっと笑った。

 “……こいつがここにいる時点で物事はもう動き出している。我々が今回、赴かない東側にまで影響が波及するから、このままでよい”

 東側はデイジーと小さいオスカーができる範囲で各地を訪問しているはずだ。

 精霊言語でデイジーと小さいオスカーの情報を受取ったケインは、なかなか個性的な人たちだ、と精霊言語で感想を返した。

「兄君がしゃしゃり出てくると、事態がとんでもない方向に行きそうなので、ちょっと待ってください」

 第五皇子が眉を顰めて第三皇子を止めると、まあまあ話を聞け、と第三皇子は身を乗り出した。

「第二皇子殿下が、司祭養成学校を帝国全土で開校するために奔走されている計画に、便乗させてもらうだけだ。村人たちで毎日祠巡りを一月ほど続けて魔力奉納でのポイントが多い村人に私が奨学金を出そう。帝都まで出向かなくても第二皇子殿下が設立する地方の司祭養成学校に付属する魔法学校に通って初級魔術師の資格を取得するだけで、魔術具に対する抵抗感がだいぶ変わるはずだ。それまでの期間は原材料を卸すだけでも暮らしぶりはマシになるだろう?」

 第三皇子自身は僅かな資金提供だけで、第二皇子の功績にまるまる乗っかるだけの案だったが、まともな案だったので第五皇子は頷いた。

「なるほど、なるべくこの村から近い町に、第二皇子殿下の神学校を誘致できればいいですね」

「まずはククール領都に魔法学校を誘致して、この村の教区の教会に魔法学校の分校を開校できれば、この地の領主に貢献しつつククール領に利をもたらすことになりますね。また、奨学金を出すのがククール領派の方ではないことで、この地の領主様も塩湖の利権に必要以上にククール領主を干渉させない牽制になりそうです」

 感慨深げにウィルが言うと、そこまで考えていなかったのか第三皇子は一瞬、アッという表情を見せたが、我ながらいい案だ、とでも言いたげに腕を組んで得意気に頷いた。

「下山してしまったけれど、湖底の泥や食用に適さない塩の標本が欲しかったですね」

 ケインが残念がると、商売が絡むとやる気が違う商会の人たちは明日の予定を変更し、もう一度塩湖に行く計画を立て始めた。

 こうして明日の午前中は塩湖に再び訪れることが決まるころ、大鍋のパエリアはすっかりみんなのお腹に消えてしまい、パエリア祭りは終了となった。


「おはようございます」

 日の出前に起床してスライムのテントを片付けたぼくたちに声を掛けてくれた村人はヤギの乳を分けてくれた。

 お気遣いありがとうございます、とぼくたちは声を揃えて礼を言った。

 ヤギの乳のポリッジはこの地方の朝食としては御馳走らしい。

 村人たちからの最大限の感謝を受取り、特設祭壇に供物として奉納すると祠巡りに出かけた。

 早起きの村人たちに感謝の言葉をかけられながら祠巡りを終えると、特設祭壇の前には村人たちが持ち寄った食材が奉納されていた。

 ぼくたちの真似をして魔力奉納を済ませた村人たちが中央広場に集まったので、持ち寄った食材で朝食会を開くことになった。

 甘いミルクポリッジとしょっぱい中華粥はどちらも美味しくて村人たちに好評だった。

 馬たちを村に残して魔法の絨毯にアリスの馬車と作業員たちの荷車を載せ、塩湖までひとっ飛びすると、塩湖の作業場にも特設祭壇を設けて精製した塩を奉納した。

 塩湖の底の泥を掬い出す作業はスライムたちがした。

 今後、作業員たちが安全に掬い出すために、魔術具の設計をしていると、自分たちにできるのか?と不安げな表情で作業員たちはぼくたちの作業を見守った。

「動力のほとんどを人力に頼ることになりますが、しばらくは試作品用の採取なので量も少ないから大丈夫でしょう」

 船で採取ポイントまで移動し、ひも付きのバケツを水底に沈めて引き上げるだけの簡単な仕組みで、バケツをポイントまで誘導する箇所と引き上げるリールだけ魔術具を使用し、魔力が足りなければ人力でリールを回せばいいようにした。

 スライムたちが採取した泥に番号を付け、5番の泥とバケツに指定すると船の移動先が地図上に表示され、作業員がそこまで人力で船を移動させ、バケツを下ろせば、後はバケツが勝手に泥を掬いあげる。

「なるほど。魔力が足りなければリールの巻き上げが止まってしまうので、作業員が巻き上げればいいのですね」

 試運転でぼくたちの魔力を抜いた状態で魔術具を使用したところ、個人差はあるが大抵の作業員たちの魔力で使用できることが確認できた。

「魔力が足りなかった人でも毎日祠巡りを欠かさなかったら、魔力は増えます。頑張ってくださいね」

 ケインが声を掛けると作業員たちはやる気に満ちた笑顔で頷いた。

「魔法を使うポイントを絞れば平民でも簡単に魔術具の操作ができるのですね」

 しきりと感心する責任者に、第三皇子が首を横に振った。

「簡単な仕掛けに見えるけれど、これは高度な技術の魔術具だよ。自動追尾の能力の魔術具はとても価値の高いものだ。厳重に保管した方がいい」

 第三皇子の発言に青ざめた責任者のために、ぼくたちは特設祭壇の下に専用の収納棚を作った。

「正規の方法で開錠しなければ、神の魔法陣を傷つけることになるので盗人に神罰が下りますよ」

 ラウンドール公爵家伝来の呪いをかけられた鍵を受取った責任者の顔が引きつった。

 うっかり手順を間違えても魔力登録されている人なら呪われない、とウィルは慌てて追加の説明をした。

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