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発酵の神様

 目覚めは、みぃちゃんが頭の上に居て、ぼくを覗き込んでいる視線を感じて起きた。

 真夜中にカリカリのおやつを食べているみぃちゃんが、お腹が空いて起こすことなどないはずだ。

 ベッドから降りると、みゃぁちゃんも不機嫌だ。

 朝食の用意を早くしてくれという圧を感じる。

 真夜中に大人たちが騒がしくて、洗濯機のルーレットで遊べなかったのかな?

 支度を済ませてケインと台所に行くと、手前の食卓にハルトおじさんがいた。

 なんでだろう?

 挨拶を済ませてから魔獣ペット全員にご飯をあげた。

 食卓につくと、寝不足の顔をした大人たちがそろっていた。

 朝食は中華粥とワンタンスープだ。

 顆粒出汁に冷凍ワンタンと簡単に済ませている。

 ハルトおじさんは、さも当たり前のようにみんなと同じ朝食を食べて、ワンタンの食感にうっとりとしている。

「こんなに朝早くから、ハルトおじさんがうちに居るなんて珍しいですね」

 ぼくは直球で聞いてみた。

「昨晩、教会の聖典に変化があったので、マナさんに急ぎで聞いてみたかったんだ」

 そうだ、新しい神様が誕生したんだっけ。

 昨晩……。

 ぼくは食事の途中なのにもかかわらず、慌てて席を立つと、台所の祭壇に向かった。

 祭壇に祀ってあった魔方陣を取り出すと、そこには麹菌らしき白い粉がお米に付着していたのだ。

「やったぁ!麹菌を手に入れた!!」

 ぼくはお米をもう一度、祭壇に祀ってから、飛び上がって喜んだ。

 お礼を忘れてはいけない。

 再び昨夜のように跪いて感謝のお祈りをした。

 麹菌を授けてくださり、ありがとうございます。

 発酵食品は時間と管理の手間がかかりますので、完成品ができるまで、暫しお待ちください。

「カイル、昨日もそうしてお祈りしていたのかい」

 ぼくの不審な動きにみんなが台所まで見に来ていた。

「毎朝晩、お祈りしていました。カカシさんから失われた製法だと聞いていたので、もう神様に頼むしかないと思って、祈っていました」

 ハルトおじさんが食いついてきたけど、絶対にうすらとぼけて誤魔化してやる。

 はたらけ!ぼくの表情筋。

「その失われた製法で何を作るんだい」

 ハルトおじさんは精霊たちのことは知っている。

 神様から直接ぼくに、ご神託があったわけではない。

 ここは全部精霊たちのせいにしてしまおう。

「夢で精霊さんが、お酒の神様がお米のお酒がほしいと言っていた、って言われたの。お料理の神様も、甘いものがほしいって言っていたそうだよ」

 ここで、みたらし団子の説明は面倒だから省かせてもらう。

 嘘ではないから挙動不審には、なっていないはずだ。

「お米のお酒って、なんだい?」

 そっちに食いつくのか。

「お酒のことはよくわからないよ。作り方はざっくりと教えてもらったけど、とても手間と時間がかかるんだ。父さんに手伝ってもらわないと無理だね」

 子どもだからよくわかりません、といった態で乗り切ろう。

「カイル。詳しい話はご飯の後に聞くわ」

 おお、母さんのお蔭でなんとかなった、って、問題を後回しにしただけ、なんだよな。



「つまり、発酵の神様がいないから、酒と料理の神様に祈っていた、という事なんだね」

 ハルトおじさんが念を押して聞いてくる。

 今日は、みんな仕事をそっちのけにして、現状把握を優先にしている。

 ハルトおじさんの認識は、昨晩、突然国中の教会から、その地の守りの結界へと魔力が流れて、全ての地の結界が完全に満たされてしまった。

 その圧倒的な魔力の流れを体感したので、王都に問い合わせの鳩を送っても、国の上層部も結界が満たされている事しかわかっておらず、起点となった教会に問い合わせたところ、聖典の改定を知った、とのことだった。

 新しい神様が誕生すると、聖典に記載される仕組みなのか。

 父さんと母さんは、街中の石畳の明かりの魔術具が強烈に発光したことで、問い合わせが相次ぎ、一番物知りなカカシ、こと、マナさんに事の顛末を聞いていた。

 きっとその時に、ぼくが関与していることは極力、話さないと決めてあったのだろう。

 昨夜マナさんにもらった、魔方陣の話は誰も持ち出さない。

 ハルトおじさんに見つかる前に、さっさと祭壇に戻しておいてよかった。

「ううん。発酵の神様が降臨されたことで、お米を発酵させる麴菌が手に入ったということか。それは早速、お米のお酒をつくって奉納しなければいけないな」

 ハルトおじさんの興味の対象が完全にお酒に移ってくれた。

「まずは、米麹を作らなくてはいけないから、発酵温度を一定に保てるように保温の魔術具を作ってほしいの」

 父さんがハルトおじさんの顔を見る。

 米麹は味噌づくりにも使うつもりだ。

 まあ、麹菌はたくさん育てないと足りないから、醗酵器はほしい。

「今日はどこの部署も大騒ぎで仕事どころではない。教会の正式な見解がでるまで騒いだって仕方ない事なのに、使えない奴ほどよく騒ぐ。現状を考えれば酒造りが最優先だ」

 えっ?

 お酒が最優先なの!?

 それは、ハルトおじさんの個人的見解ではないのか。

「米麹は、お酒と、お料理用とは作り方が違います。今日のところは、お酒用は精米だけにして、料理用の米麹を作りましょう」

「両方の作り方を記録に取らせてね」

 メイ伯母さんはすっかり料理の虜になっていて、新作と聞いたら黙っていない。

「メイさんは他領の人間だ。製法を持ち出されるわけにはいかんだろ」

 ハルトおじさんがまともな大人の発言をしている。

「再現できないだけで、作り方だけなら、わしが知っておる。発酵は条件が違えば味にも影響がある。そもそもここの水が贅沢過ぎじゃ。よそでもつくる事ができるのか、誰にでもつくれるのか、検証するのも良かろう」

 マナさんが、メイ伯母さんが緑の一族であることを、遠回しに強調した。

「ここの土地は精霊神の祠もあって、精霊たちの影響もあると思うから、別の土地でも作れるのか検証した方がいいよ。それに知識の独占よくないよ」

 うちに精霊たちが異様に多いことを、領都全体のせいにしてしまおう。

「うぬぬぅ。確かに私は、ここでメイさんの行動を止めるべきではないな。だか、帰省してからの製造と販売は領主様の許可を得てからでもよいか?」

「もとより心得ております。麹菌の存在も他言無用と肝に銘じております」

 そうか、これは新種の菌なんだ。

 情報の管理も徹底しなくてはいけないんだ。

 どうにも、ぼくは子どもだから、自分の欲しいという気持ちを優先してしまう。

「麹づくりは専用の作業所を作ってからの方がいいでしょうか?」

「「いや、作業場は作るが、出来ることから、すぐやってしまおう!!」」

 父さんとハルトおじさんは早くお酒が造りたいようだ。

「お酒はすぐにはできませんよ。今日は精米してお団子を作ります」

「「はぁ!!」」

「お酒用のお米は通常の精米よりもたくさん磨きをかけなくてはいけないので、失敗したお米で団子を作ります。料理の神様にも奉納しなくてはいけないでしょう?」

 男性二人は、奉納の必要性を納得しながらも、まだウンウン言っている。

 ぼくは発酵器の説明をして、さっさと二人を追い出した。

 米の磨きをメイ伯母さんと、精米の魔術具を使って始めてみたが、案の定難しい。

 割れてしまったお米はふるいにかけて米粉にしておいた。

 精米の度合いが味に左右するので、三種類ほど試してみることにした。

 大吟醸って、言葉の響きもカッコいいでしょ。

 どうせなら、やってみよう。

 通常は精米だけで数日かかるのに、魔術具を使用したことで、かなりの時短になった。

 ありがたや。


 できあがった米粉を小麦粉と混ぜ合わせ、生地を作る。

 本来なら白玉粉なんだけど、もち米はまだ手に入っていないから、仕方がない。

 焼き芋にする予定だったサツマイモを厚切りにして、冷凍保存してあった餡子をのせる。

 それを仕込んでいた生地に包んで蒸しあげれば、なんちゃって、いきなり団子だ。


 早速、祭壇の麹をしまって、料理の神の魔方陣の上においてお供えした。


 料理の神様、みたらし団子は醤油ができるまでお待ちください。


 酒の神の魔方陣には麹菌を少量乗せて、日本酒造りの成功を祈願した。

 奉納した麴菌を酒造りに使えばきっとお酒も美味しくなるだろう。

 ぼくは飲めないけど、美味しいは正義だ。


 いきなり団子は、この頃体重を気にしていた母さんに大好評だった。

 甘くて食べごたえがあるのに、熱量が低いから太りにくく、体にいい栄養がたっぷり入っていると説明したせいだ。

 和菓子っていいよね。


 日本酒の麹づくりは、父さんとメイ伯母さんとイシマールさんが担当することになった。

 作業工程を話したら、子どもがやる量の仕事ではないと、手伝いを断られた。

 ぼくは麹菌を採取しただけで、お酒にはもうかかわらないこととなった。



 醗酵器を作ってもらったので、米麹づくりを始めたのだが、発酵時間が異様に速い。

 蒸したお米に麹菌をまぶした後、丸一日近くかかる麹菌の発芽の甘い香りが、体感、一時間程度で漂ってくるのだ。

 発酵の神様が張り切り過ぎている。

 日本酒チームも同様らしく、仮眠さえ取れないと、マナさんが笑いながら話してくれた。

 米麹チームは、手入れと呼ばれる作業をして、乾燥させていくのだが、せっかちな神様によってどんどん作業が前倒しになってしまった。

 二日ががりになる作業工程が、一日で終わってしまった。


 せっかく、早くできたのだからと、味噌を仕込み始めた。

 こちらは、大豆の仕込みは通常通り丸一日かかり、料理の神様はそれほどせっかちではなかったようだ。

 煮た大豆を潰して、塩と麹を混ぜ合わせるのは、お婆が担当し、団子状にした味噌の種を樽に投げ入れて空気を抜く作業を、ぼくとケインが担当した。

 発酵食品だから衛生環境は、使用器具や、ぼくたちも含めて清掃の魔法でしっかり消毒したよ。

 お婆は若返ったことで、魔法の使用が楽になったと言っていたけど、今後も保存食を作るためには、器具や人も含めて、通過するだけで消毒できる魔術具があれば安心だな。


 食品収納庫で数か月寝かせれば出来上がりだ。

 もちろん、発酵の神様の魔方陣の上で寝かせたものだから、翌日には美味しい味噌が出来上がっていた。


 これなら、醤油だってできるはずだ。

おまけ ~真夜中は猫の時間~

 町中が大騒ぎになったあの夜から、だれも遊んでくれなくなった。

 精霊たちが、神様爆誕!と言って、狂喜乱舞しているから、洗濯機のルーレットも二人でやってもなんだかつまらない。

 お仕事は続けているの。

 だって、スライムたちに負けたくないもの。

 掃除機の上で踊っていても、誰も注目してくれない。

 お酒って、そんなに珍しいの?

 スライムが、あたいは杜氏よって張り切っている。

 お酒って、そんなに美味しいの?

 お庭の奥の雑木林に山ブドウが実っているんだけど、勝手に醗酵しているよ。

 野鳥や栗鼠が酔っ払ってその辺りで寝ているじゃない。

 あれ、わたしたちも食べていいのかなぁ。

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