作戦決行!
「それじゃあ、乗っ取りの魔法陣を囲み込む作戦を実行しますか?」
身代わり人形だったら邪神の欠片に直接触れても魔力電池を装備して対応したら大丈夫なんじゃないか、との思いが脳裏をよぎるとワイルド上級精霊に睨まれた。
はい、危ないことは致しません。
「くれぐれも余計なことをするなよ」
「はい!」
元気よく答えると、よからぬ考えをしたことがマナさんにもバレたようで睨まれてしまった。
万が一のため魔術具を経由して身代わり人形の魔力操作する案だけ採用され、勇敢になった精霊の案内で現地に身代わり人形だけが転移した。
白砂の湖のような現場は、ここにかつて町があったとは信じられないほど建物一つ残っておらず、白砂と土の境界を囲むように乗っ取りの魔法陣が仕込まれた魔術具が海上に浮かぶ定置網のブイのように転がっていた。
“……広域魔法魔術具の開発が下手くそですね”
黒いもやの姿の兄貴が率直な感想を精霊言語で言うと、亜空間からスクリーンで見ていたマナさんは、首を横に振った。
「カイルの魔術具が凄いだけで、これほど広範囲に無人で使用できる魔術具は珍品だ。そこのところの価値観がおかしくなっているよ」
ぼくたちの価値観より、大聖堂の魔術具研究所が邪神の欠片の研究ばかりに傾倒していたから、他の魔術具の発展が疎かになっているからだろう。
「魔法学校の広域魔法魔術具講座が目覚ましい発展をしているからだね」
ワイルド上級精霊の言葉にぼくのスライムは頷いた。
白砂の上に立っているぼくの身代わり人形が広域魔法魔術具を適当に投げつけると投網のように魔法陣が広がり、広範囲に設置された乗っ取りの魔術具を覆いつくした。
広がった乗っ取りの魔法陣が教会の秘密組織が設置した魔術具を白砂の中心へと押し出していくと、ぼくの身代わり人形から大量の魔力が引き出されそうになり慌てて抵抗した。
「どうした?カイル」
真顔になったぼくにマナさんが声を掛けると、兄貴が咄嗟に身代わり人形の操作を引き受けてくれた。
「乗っ取りの魔術具を移動させると、魔力枯渇した状態の白砂の大地が露わにになり、不足した魔力をマナさんの乗っ取りの魔法陣から引き出そうとしたので、一気に魔力を充填していた魔術具から魔力を抜かれてしまうところでした」
兄貴は周囲の魔力で魔法を操作するから、無いところから奪えないので人形操作に必要な分だけ横にいるぼくの魔力を使用して身代わり人形を操った。
「境界上の魔力の落差により、少ないところに一気に魔力が流れたようだな」
“……早朝礼拝のケインの魔力の一部が流れてきた”
邪神の欠片が呼び寄せる死霊系魔獣を警戒して夜明けを待ったのが正解だったようで、夜が明けた場所から順に世界の理を経由して早朝礼拝の魔力が届くところに、ケインが微細にした魔力を横に広がる魔法陣に流し、早くも兄貴が確認できた。
「この地を緑化するためにカイルの魔力を使うのなら、この地の領主がカイルでなくてはおかしなことになる」
いや、それは面倒臭い事態でしかない。
土地だけあって、この地こそ我が領地だと主張しても、帝国国内で独立国家として成り立つ難しさは、山脈による地理的要塞があってなお軍事国家にならざるを得ないキリシア公国を見ればわかる。
そもそも、乗っ取りの魔術具の使用が禁止されているのだから、この状態で自分の土地だと主張したらそれこそ国際法違反だ。
「ハハハハハ。ここで乗り気にならないところが、カイルらしいのかな」
眉を顰めたぼくにワイルド上級精霊は笑った。
「この地に護りの結界を敷いて、ぼくの魔獣たちと一緒に土地を再生させたなら、それなりに楽しく暮らせるだろうけれど、豊かになれば帝国の各派閥の妬みを一身に受けることになるでしょうね」
ぼくの見立てにマナさんが頷いた。
「こんな白砂の状態では誰も見向きもしないのに、ひとたび緑化が進めば、そもそも土地を見捨てた一族が所有権を主張してくるのは世の常だよ」
土地の魔力を整えながら世界中を移民として放浪する緑の一族の族長が人間の業を語ると説得力があった。
「カイルにこの地を占有しようという気がないのなら、必要以上に魔力を提供しなくていい。いずれ、この地は周辺の土地と魔力が均一化されるので、焦る必要はない」
人間とは時の流れの体感が全く異なる上級精霊の、いずれ、という言葉はとてつもなく長い時間なのだろう。
ぼくが助けた精霊は、アリガトウアリガトウ、とこの地が死地から救われたことを単純に喜んでいる。
「……ご主人様。精霊たちは基本的にせっかちですが、人間には遠い未来の平穏を約束されるだけで満足する存在なのです。現状この地が死地から解放されただけで大喜びですよ」
シロはそう言うとマナさんの精霊も頷いた。
領主の護りの結界が疎かな状態でも、長い時間をかけて教会の魔法陣から魔力の循環があれば緑地化し、魔獣たちが移動してくるだろう。
魔猿のような聖獣が住み着けば、ここも魔獣と精霊たちの楽園になるのかもしれない。
ぼくのイメージにワイルド上級精霊とマナさんがフフと笑った。
「人間に過度な期待をしないのもカイルらしい思考だな」
「人間がいなくなっても自然は他の生き物を育みながら命の循環を繰り返すでしょう。人間が生物として頭一つ抜け出たのは、道具を利用するように魔法陣や祝詞を使用して魔法を自在に扱えるようになったからでしょうね。この世界に人間がいなかったなら、飛竜や怪鳥チーンのような聖獣たちが生物の頂点に君臨するだけでしょう」
人間は利己的で己の保身に走るあまり、全体に利益を考えずに行動してしまう。
「そこまで人間を卑下することはない。神々は人間の営みや喜怒哀楽をお楽しみになっている。昨晩、自身の大好物の海老餃子を真っ先に祭壇の供物に選んだミロの行為を、海の神どころか大地の神もお喜びになっている。海に恵みをもたらすのは大地の神の協力があってのことで、内陸の帝都で海老の養殖が成功したのは海の神と大地の神のお陰だ、と心から感謝して行動したミロを褒めていらした。カイルの周囲の人間は神々の予想外の行動をするから、みな神々のご加護を得られる。駄目な人間ばかりじゃない」
わざと荒れ地にするような腹黒狸親父のククール領主を見たせいか、ちょっと厭世的な人間観になってしまったが、ぼくの周囲の人たちはいい人たちばかりだ。
ミロの海老好きを神々が楽しんでいるなんて、ちょっと笑える。
「世界中を放浪しているといい人より悪い人の方が多いのではないか、と思うことがしょっちゅうある。だが、厳しい環境が人をそうさせることがほとんどだ。……それを哀れに思い、騙される一族の娘たちが多くてな。この人もいつか変わってくれる、と言うんだが……そんなことはたいていない。悪い男はいつまで経っても悪い男だ」
嫁いで不幸になった子孫たちをマナさんが嘆くとマナさんの精霊も頷いた。
「できるだけ小狡い人間にはかかわりたくないのですが、どうも皇帝に立ち寄るように指定された地域は護りの結界に問題がないのに収穫量が少ない地域のような気がするのです」
ぼくのぼやきにワイルド上級精霊が頷いた。
「問題がないのに軽減税率を適用している場所にガンガイル王国留学生一行を派遣すれば、他に立ち寄った地域で収穫量が上がっているから、前年度比と変わらない収穫高に誤魔化せなくなることを狙ったのだろう」
徴税官に調べさせるよりよっぽど早く確実に税収を増やせる、と皇帝に利用されたようだ。
「税を誤魔化すなんて重罪なんだから、そのくらい自分でやればいいのに。護りの結界が弱いところをぼくたちが回った方が国土を豊かにできるのに。……皇帝は自国を豊かにしたいのか破滅に導きたいのかよくわかりませんね」
「愚者の思考を探る必要はない。あいつの行いは次の転生へと興味の対象が移っているだけだろう」
ワイルド上級精霊の指摘で、皇子たちの養育に無頓着だったり、前前世の子孫たちを気にしていなかったりする皇帝の態度にあった違和感がなんとなく腑に落ちた。
前世の知識を駆使して兄を排して皇帝に成り上がったが、次の転生で世界が安定したところから始まれば活躍する機会がない可能性がある。
戦争がなければ魔法知識はただ便利なだけで終わってしまう。
そんな思考回路について考える必要がない、ということだろうか?
“……そろそろ邪神の欠片を包み込むよ”
一か所に集められた乗っ取りの魔術具の中央に小さな邪神の欠片が転がっていた。
「カイル。これを行使してみたいと思うかい?カイルの紋章が刻まれているぞ」
ワイルド上級精霊は真顔でぼくに尋ねた。
「いえ、遠慮しておきます。大いなる力を発揮しそうですが、精神が蝕まれるものですよね」
ぼくの両親の暗殺者になったディミトリーの王家の指輪に仕込まれていたものと同じものだと感じたぼくは即座に否定した。
ぼくが所有権を放棄すると安心したようにマナさんが頷いた。
“……乗っ取りの魔術具ごとクチャッと潰しちゃうね”
身代わり人形を操作する兄貴に、やってしまえ!とキュアとぼくのスライムが声を上げた。
ぼくたちは3、2、1、とカウントダウンをすると身代わり人形は乗っ取りの魔法陣を一気に小さくして、邪神の欠片を中心にした乗っ取りの魔術具をテニスボールサイズに圧縮した。
「あたいの出番だね!」
ぼくのスライムが土竜の魔術具に乗り込むと身代わり人形と入れ替わりで現場に転移した。
土竜の魔術具に邪神の欠片の残骸を詰め込むと白砂を掻き分けて地中奥深くへと潜っていった。
「大成功ですね!」
「ああ、ククール領では早朝礼拝が終わり朝食の支度をしている。トイレに転移させるからそこで留守番している人形と入れ変わればいいだろう」
ぼくの鞄にキュアが潜り込むと、ぼくたちはアリスの馬車のトイレに転移していた。
みぃちゃんのスライムが操っているぼくの身代わり人形がトイレに来ると、そのまま入れ替わりにも成功した。
豚汁とお握りの朝食の席に座ると、早朝礼拝で派手に光った精霊たちが、よくやってくれた!と言うかのようにぼくの周りに集まりそうになったが、案内役だった精霊が、マテマテマテ!と制止した。
ぼくが不自然に目立たないように配慮してくれたようだが、ぼくの髪の毛の中を気に入った案内役の精霊はぼくの頭で激しく光ったようだ。
「あっ!髪の毛に精霊がついている!ずいぶんと気に入られたようだね」
第五皇子がぼくを指さすと教会関係者たちの視線を一身に集めてしまった。
「精霊たちに好かれるにはどうしたらいいんだろう?」
第三皇子がぼくに尋ねたので、美味しいものをお供えすればいい、と答えた。
“……ヒトガラヒトガラヒトガラ……”
精霊がうるさいのはどこの地域も一緒だな、と思ったぼくは精霊言語が聞こえなくなるまで思念の壁を厚くした。




