精霊の活躍
うっかりぼくがやらかして魔力枯渇に陥るとワイルド上級精霊は光る苔の洞窟にぼくを転移させ洞窟奥の泉に放り込んで蘇らせたらしい。
「心臓が再び動き出した音を聞いてどれだけ嬉しかったか!」
ぼくのスライムは出ない涙を触手で拭った。
マナさんはぼくの説教役として呼ばれたようで、ワイルド上級精霊の亜空間に来た時にはぼくはずぶ濡れで横たわっていたらしい。
心臓が止まっていたなんて死にかけていたのではなく、もしかして死んでいたのか!死んですぐなら光る苔の水で生き返るということなのだろうか!
「死にかけていたけれど、まだ死んでいなかったよ。とっさに時間を戻そうかとも考えたが、時間を戻してもカイルなら同じことを繰り返しそうだから手っ取り早く泉に放り込んだ」
自分でも時間を戻された自覚がなければ同じことをしでかす自信がある。
「いや、そんな自信はいらないよ。違和感に気付いたら魔力枯渇を避けることはできるはずだ」
死んでからでは遅すぎるからね、と兄貴に言われてしまうと、慎重にします、と言うしかなかった。
「それにしても魔力奉納で横から魔力を奪っていくようなことがあったなら、教会関係者たちが次々に魔力枯渇を起こしているはずですよね?」
ぼくの疑問に兄貴とマナさんだけでなくワイルド上級精霊まで残念な子でも見るかのような目でぼくを見た。
「通常、隣の教区の結界を繋いで魔力奉納しないからだろうな」
ワイルド上級精霊の発言にマナさんと兄貴が頷いた。
教会関係者に被害者がいない、ということは領主に見捨てられた廃村の教会の魔法陣に魔力を奪われたのだろうか?
「怪我の功名と言ったら怒られそうだけど、邪神の欠片が浮かんできている場所を絞り込めそうです」
死ぬ目にあってまで探すことじゃない、とマナさんに睨まれたが、助かったのですから利用しましょう、とシロが地図を広げた。
「各教会の礼拝所の魔法陣は隣の教区と重なっている部分があるので、そこを重ねて大きな魔法陣を思い描いて魔力奉納をしました。魔法陣に欠けている場所があっても、微細にした魔力がぶわーッと広がっていくイメージで魔力奉納をすると知らない魔法陣の方まで流れていったのです」
妖精型のシロはぼくが把握している教会の範囲に色を塗った。
「つまり、魔力を吸い取った魔法陣は色の塗られていない地域の、閉鎖された教会がある場所に絞られるんだね」
マナさんは廃村のある箇所に印を記入すると、死霊系魔獣の発生により帝国軍が出動し村ごと焼いてしまったこともあり、ぼくの予想以上に多かった。
「魔力の流れをせき止めているような場所の向こうから精霊たちが助けを求める声がたくさん聞こえたところで意識がなくなってしまいました」
「教会からの魔力の流れがせき止められているのか!」
驚くマナさんに、魔力の流れを邪魔する魔法陣は存在する、と上級精霊が眉を顰めた。
マナさんは左斜め上に視線を向けて考え込むと、掌をパチンと叩いた。
「乗っ取りの魔法陣か!」
乗っ取り?とぼくと兄貴と魔獣たちが首を傾げると、国際法で禁止されている、とマナさんは説明してくれた。
「かつて、戦争のきっかけに使われた魔法陣だよ。乗っ取りたい土地の周囲に仕掛けておくと、魔力の流れを遮断して領主に気付かれないうちに護りの結界を描き変えてしまうために使用されたのさ。宣戦布告を受けた時にはもう護りの結界の主が変更されているから、これをやられてしまうとほぼ負け戦になる。最後に使用されたのはラウンドール王国が消滅した戦争だったはずだ」
ということは、ぼくたちが詳しく調査しそびれた皇帝の前前前世の領地辺りが怪しいのかな?
「いや、カイル。その領地は子孫が分割統治することになったが、それ以後、仲たがいしているのに領界が移動していないからあの魔法陣は受け継がれていないだろう。それより、皇帝の前前世で大聖堂の神学校に進学した後の詳細が掴めないことを考えると、乗っ取りの魔法陣は教会内の秘密組織に受け継がれた可能性がある」
マナさんの推測にワイルド上級精霊も頷いた。
実行犯が教会関係者ならば廃村の教会の詳細を知っているから、適切な場所に乗っ取りの魔法陣を仕掛けられるだろう。
「教会関係者の動きを確認した。おそらく場所はここだ。カイルに助けを求めた精霊たちは残念ながら邪神の欠片に吸収されてしまっただろう。大きな魔法が使用された形跡もないのに精霊たちが急激に減少している地域はここしかない。土地の魔力を減少させて邪神の欠片が浮かび上がる速度を早めようとしているのだろう」
悲鳴のように助けを求めた精霊たちは邪神の欠片に吸収されてしまったなんて、ミジンコの栄養素にされるよりも可哀想だ。
「カイルは相変わらず優しいな。邪神の欠片が浄化されたら精霊たちも魂の練成の流れに戻ることができる」
邪神の欠片を浄化するまで相当な時間がかかりそうな気がするが、精霊たちは時間の流れが人間と感覚が違うから救われるのならそれでいいのか。
「邪神の欠片を地中に封じてしまえば後は神々によって浄化されますよね」
ワイルド上級精霊は頷いた。
「教会関係者たちに気付かれないように片付けた方が、連中も混乱するでしょうね」
「ああ、連中は古代魔術具研究所内の邪神の欠片を利用した魔術具を教皇自らが封印の魔術具にしまい込んだことで焦っている。教皇暗殺の画策をしているだけではなく、邪神の欠片の収集を急いでも、消滅してしまうのだからな」
ワイルド上級精霊の言葉に、分身を大聖堂島にいる月白さんに派遣しているぼくのスライムも頷いた。
大聖堂島では教皇暗殺計画がぼくのスライムと月白さんの介入でことごとく失敗しているらしい。
大活躍をしているんだね、とぼくのスライムを褒めると、月白さんも重い腰を上げたらさすが上級精霊という活躍ぶりだよ、と映像付きの精霊言語でぼくのスライムが見せてくれた。
帝都で地鎮祭を成功させた教皇が大聖堂島に転移魔法で帰還すると、月白さんはしれっと教皇の従者として紛れ込み、教皇が古代魔術具研究所に立ち入る現場にいた。
月白さんが教皇の背後でにらみを利かせ、帝都で魔術具を暴発させた邪神の欠片を素材とした魔術具の研究は即日中止になった。
研究所所員から、危険な素材であったとしてもここで研究を閉ざしてしまえば後世の人間に封印された魔術具の扱い方が継承されず大事故に繋がる、と反発があった。
月白さんが背後に立つ教皇は問答無用で危険な魔術具を封じると、開けてはいけない魔術具を後の世に開けることはない、と明言し、古代魔術具研究所は使えない神の記号が入った古代魔術具の魔法陣を描き変える本来の研究所に戻された。
教皇さえいなければ、との焦りからか教皇のペンや櫛といった日用品に毒が塗られたり、窓辺の植木鉢が教皇めがけて落ちてきたりしたが、月白さんが別人に触らせるよう誘導したり、ぼくのスライムの分身が教皇の足を引っ張ったりして、それらすべてをかわした。
教皇の身の回りで小さな事件が多発すると、教皇の警護を増やそう、という動きになったが、入念に掃除をすればいいだけだ、と教皇は取り合わなかった。
扉を開けると部屋が爆発する規模の暗殺計画が実行されても、被害者が出ないように月白さんが誘導しているので教皇は鷹揚に構えたまま、着々と実行犯を拘束していった。
教皇は自身の暗殺を過度に恐れることなく、教会の改革に邁進していた。
帝都の中央教会で教会が組織的に人身売買に関与しているような疑惑を聞きつけた教皇は、転移魔法を乱発して地方の孤児院に抜き打ちで視察に行き、劣悪な環境の孤児院に直接指導を行った。
秘密組織の構成員を育成していた孤児院ばかりを狙い撃ちするかのように教皇が視察したのは、月白さんの干渉のせいだろう。
定時礼拝の変更方法の指示が曖昧になったのは、そんな教皇の強硬手段に反発した教会関係者があえて誤解しやすい文章に変更していたためだった。
細かいところまで目が届かないあたりが月白さんらしいと思えてしまう。
月白さんは凄く頑張ったんだね、とキュアが声に出すと、ワイルド上級精霊は首を横に振った。
「奴がきちんと大聖堂島を見張っていたらここまで酷いことにならなかったのだから、もう少し奮起しないと駄目だな」
上級精霊が直接介入しなくても上級精霊に観測されているだけで高い魔力の保持者だったら襟を正そうとするのだろうか。
「まあ、大聖堂島にもう一度足を運ぶ理由ができたから、ぼくとしては嬉しいですよ」
「カイルが優しいと奴はつけあがるから、本人には毅然とした態度をとるようにしなさい」
ワイルド上級精霊は月白さんの行動を予測して、甘やかすな、とぼくに釘を刺した。
「教会関係者たちが大混乱を起こしているうちに邪神の欠片を封じてしまいましょう。乗っ取りの魔法陣を乗っ取ってしまいましょう!」
ぼくの発想にマナさんは驚き、ワイルド上級精霊は笑い出した。
「乗っ取りの魔法陣の外側に乗っ取りの魔法陣を配置して、範囲を狭めていけば邪神の欠片に触れることなく乗っ取りの魔法陣の中に邪神の欠片を閉じ込められないでしょうか?」
そこまでできたら封じの魔術具に入れて地中深くにぼくのスライムの分身が運べばいいだけだ。
「やってみる価値はありそうだね。使用してはいけない魔法陣を先に使用したのは連中だからかまわないか」
マナさんの精霊が魔法陣用の紙を用意するとマナさんはつらつらと書き始めた。
無法者に無法を働くだけだ、とワイルド上級精霊は笑った。
「問題はどうやって設置するかだよね」
兄貴の疑問にぼくたちは黙り込んだ。
精霊魔法の転移は行ったことがないところには行けないのだ。
「いや、行けるよ。濡れた服を乾かしもせず話し込んでいたから気付かなかっただろうが、カイルは光る苔の洞窟に間一髪で避難できた精霊を一体連れてきている」
ぼくが清掃魔法で服を乾かすと胸元から一体の精霊がふわふわと飛び出してきた。
“……コワイヨコワイヨコワイヨコワイヨコワイヨコワイヨ……”
相当怯えているようで、出てきた精霊はぼくの髪の毛の中に潜り込み、精霊言語で恐怖を訴え続けている。
かつて、ぼくを魔力枯渇に追い込んだ精霊たちはバラバラに分解されてミジンコの栄養素にされずに、今ぼくの隣にいるよ。
精霊は怯えた思念を発するのを止めてぼくの頭から出てきた。
「お前たちが助けを求めたから、カイルは咄嗟にお前たちに向けて魔力を送り込もうとして邪神の欠片に魔力を奪われてしまった。まあ、お前たちもカイルが本当に助けようとするとは考えていなかっただろう。今回はあくまでただの事故だ」
上級精霊に許されると精霊は、ヨカッタヨカッタヨカッタ……と喜びの思念を発した。
「まあ、お前は案内役として、またあそこに戻らなくてはならないのだが、耐えられるのか?」
喜びを爆発させるように激しく点滅していた精霊はピタリと動きを止めた。
「今すぐはいかないぞ。決行は夜が明けてからだ」
夕方礼拝で倒れたのだから、夜明けを待たなければいけない。
“……ガンバルガンバルガンバル……”
やる気を見せた精霊に魔獣たちが拍手をした。
上級精霊が見守ってくれるのだから必ず成功するよ。




