やらかしたのは……。
教会の中庭への滞在許可が下りたぼくたちは炊事場を設営すると昼食の準備を始めた。
パスタと野菜スープだけの簡単なメニューだったのに、やれミートボールが食べたいとか言いだす御仁がいたのでベンさんは二人の皇子に追加の玉葱の皮をむかせた。
涙を流しながら二人の皇子が玉葱の皮をむく姿に教会関係者たちや護衛たちは唖然としたが、当の第三皇子はフードプロセッサーに感激して予定より多く玉葱をみじん切りにしてしまいハンバーグスパゲッティに変更になった。
これ一つでミンチから捏ねる作業までできるのか!とはしゃぐ第三皇子をベンさんに任せて第五皇子は黙々と下ごしらえの作業を手伝ってくれた。
「殿下までお手伝いしてくださるのは、第三皇子殿下がククール領と敵対しているわけではないと広く示すためですか?」
野菜スープの灰汁取りをする第五皇子に尋ねると、屈託のない笑みを見せた。
「名目としてはそうなのだけど、楽しんでいる自分に驚いているよ。考えてみれば親や親族の意向を無視して判断する機会が今までなかったから、こういったちょっとした楽しむ時間さえ持てなかったのかもしれない」
第五皇子は皮肉屋のように自分の祖父を悪く言っても祖父の立場を慮って決断した行為が、思いがけず誰の顔色も窺わずに寛げたことに驚いたように言った。
「求められる自分を保ちながら、なさりたいことをなさればよろしいではありませんか。人の道に反せず、それがまわりまわって領民の幸せに繋がるなら大抵のことは許されますよ」
野菜スープを味見したキャロルが、塩気が足りませんね、と言うとミロが塩の袋を差し出したがケインはレードルでパスタのゆで汁を掬って野菜スープに入れた。
パスタの旨味も加わっていい味になった、とキャロルが喜ぶと、第五皇子が呟いた。
「あなたは環境に恵まれている」
「ええ、そうですね。ぼくは家族にも友人にも恵まれ、高位の貴族として生まれた誇りと責任をわきまえたうえで自由にさせていただいております。ですが、とある領の我儘姫と揶揄されていた時代があったのも事実です。そんな我儘姫は自分のやりたいことでこの先どう領民たちに還元することができるかを考えられるようになると、許されることが増えました。そうでしょう?使用魔力量が多くても転移の魔術具で帝都入りした方が旅費や護衛の経費より圧倒的に負担が少ないのに、ぼくが旅をして学ぶことで将来、領や国に確実に貢献することを認められたからできるのです」
フフ、と笑うキャロルに、あなたは視野が広い、と第五皇子は呟いた。
出過ぎた功績をあげれば命を狙われ、実績がなければ親族からなじられる、そんな生活をしてきただろう第五皇子は、自身の価値の示し方は出すぎないギリギリのラインを綱渡りのように慎重に行動することだったのだろう。
己の趣味に全力を傾けることで今まで皇太子候補から微妙に外れ好き勝手をしていた第三皇子を見て、あんなふうには生きられない、と第五皇子は引きつったような笑みを見せた。
「あの御仁を手本にしてはいけない気がいたしますが、殿下はもう少し自分に正直になる時間があってもいい気がいたします」
キャロルの言葉に穏やかな表情で第五皇子が頷くと、第三皇子にウザがらみされていたベンさんが、香油を作るから大蒜を刻んでくれ!と声を上げた。
ぼくのスライムが収納袋から大蒜を取り出して放り投げると第三皇子の額に直撃しそうになり、第三皇子の護衛がすかさずキャッチした。
喧嘩売っているのか!と言わんばかリの鋭い視線を護衛たちがぼくのスライムに向けると、お前たちがあの皇子を止めろよ!とばかりに、ない目で護衛たちを睨みつけた。
「何を言わんとしているかがわかった気がするよ。他人に与える影響力を無視して好き勝手していいわけではないが、我を通すなら民のためになるようにしてしまえばいいということだな」
第三皇子を反面教師にすれば正解だ、と言うかのような第五皇子の発言にぼくたちは笑った。
教会関係者たちを交えた昼食はハンバーグスパゲッティが美味しいのはもちろんで、大蒜の香油を効かせた野菜スープは大好評だった。
祠巡りでは大名行列のように市民たちはぼくたちから遠ざかり道の端で俯いているのは、ククール領主が案内役を買って出たからだった。
「第三皇子殿下が我が領の安寧のために魔力奉納をなさってくださるのですから、私がご案内いたします」
しびれを切らして教会に押し掛けてきたククール領主クレールは、第三皇子を敬うかのような発言をしながら、この役立たずめ!と言いたげな一瞥を第五皇子に向けた。
「お忍びで行動していることもあって、ここまで立ち寄った町で領主自ら七大神の祠に案内してくれた領はない。多大なる心遣いに感謝する」
全く忍んでいないから方々で迷惑をかけてきただろうに、第三皇子はククール領主が自分をさも格別にもてなしているかのように大袈裟に喜んだ。
第一夫人派の瓦解に乗じて勢力拡大を狙う第三皇子のように見える演出になってしまうことを全く考慮せずに素で発言してしまう第三皇子に、ぼくたちは表情筋に身体強化をかけて無表情を貫いた。
第三皇子がぼくたちを追いかけてきたら、意図せずしてガンガイル王国が第三皇子を支持しているかのように見えかねないから、なるべく無関係を装うように、領主と皇子たちの大名行列から距離を置いて祠巡りをすると、予想以上に時間がかかってしまった。
全くもって第三皇子がかかわると予定通りにいかなくなる。
七大神の祠巡りでわかったことは、この狸親父のようなククール領主はなかなか上手に結界を維持しているのかもしれない、ということだった。
領都の護りの結界は世界の理に繋がっており、帝国の荒廃に引きずられないように領都から領全体に広がる結界に魔力の流れが少なくなる魔法陣を配置して、魔力が他領に搾り取られるのを防いでいるかのようだった。
上空から見たククール領内の緑がまばらだったのは、一部の土地を犠牲にして耕作地を守っていたのだろう。
枯れた土地の周辺の農村に土壌改良の魔術具を使用している形跡がある。
“……ご主人様。適度に荒廃した土地があることで不作時の軽減税率を適用させていました”
結界を維持するまともな領主まで軽減税率目当てで収穫量を調整していると、帝国の食糧難が改善されるわけがないじゃないか!
どいつもこいつも自分だけ損をしないために小賢しいことばかりしやがる!
「城にお茶の用意をさせていますから、どうぞお立ち寄りください」
狸親父のククール領主に誘われたが、昼食時に教会の司祭様と浴場を作る約束をしたから、とキャロルがにべもなく断ると、第三皇子も当然のような表情で断りを入れた。
どうにかしてくれ、と言いたげな視線を領主が第五皇子に向けると、はにかんだ笑みを見せた第五皇子は小さく首を横に振った。
「夕方礼拝から礼拝方法を変えるのに新しい浴場は必須です。司祭たちに快適な沐浴を提供しなければいけませんから、お茶をいただいている時間がありません」
第五皇子の発言に、そういうことなので失礼いたします、と声を揃えて言ったぼくたちは踵を返すと教会まで全力疾走をした。
そういうことなので、と言った第三皇子が付いてくる気配を感じたが、ぼくたちは誰も振り返らなかった。
第三皇子は掘削の魔術具に興味津々だったが、自動で掘削する魔術具を放置してぼくたちは第三皇子にかまわず大浴場の建設を急いだ。
第五皇子は洗い場の小さい椅子に感心し、小物の制作を手伝ってくれた。
皇子殿下が製作にかかわった風呂に入るなど畏れ多い、と教会関係者たちは完成した浴場の一番風呂を断ろうとしたが、夕方礼拝を成功させるためだ、と強く主張した第五皇子は、ぼくたちを入浴の手本にして全員で入浴しよう、と提案した。
二人の皇子はぼくたちと同時に全裸になると、教会関係者たちも観念した。
スライムたちは入浴手順を身振り手振りで教会関係者たちに指示すると、可愛い、と言いながら司祭たちは見よう見まねで体を洗い入浴を楽しんだ。
調子に乗ったウィルがぼくの背中を流すと、両殿下もご兄弟でどうですか?と声を掛けた。
男の体を洗うのは楽しくない、と気の合う兄弟のように二人の皇子が声を揃えたので、護衛たちは噴き出した。
どうにかこうにか、準備を終わらせて夕方礼拝に臨むと礼拝所が光り精霊たちが出現した。
礼拝所内に黄金の魔法陣が輝くと二人の皇子たちは両手を床についたまま舐め回すように魔法陣を検分した。
教会関係者たちは礼拝所内を浮遊する精霊たちに気を取られて魔法陣の検分どころではなかった。
各地の礼拝所内の魔法陣をすでに検分していたぼくは、それぞれの魔法陣を脳内でつなげるイメージで床の魔法陣に魔力を流すと、帝国の半分近くの教会の魔法陣に微細な魔力が流れていき、その先に魔力が滞る場所を見つけて愕然とした。
教会から魔力が流れない土地があるなんて、土地の為政者たちの護りの結界だけでは魔力が足りないから、そこだけそっくり死の土地になってしまうのではないか?
タスケテタスケテタスケタタスケテ……、と叫ぶ精霊たちの精霊言語が脳内に一斉に流れ込んだ。
真っ白な亜空間にそこはかとなく感じる安心感で、ここがワイルド上級精霊の亜空間だということに気が付いた。
「気が付いたかい」
真っ白な亜空間に横たわるぼくの頭を優しく撫でていたのはマナさんで、スライムたちとみぃちゃんとキュアが震えながら泣いてぼくを覗き込んでいた。
「久しぶりにやらかしたね」
ぼくの足元にいた兄貴も目尻に涙を浮かべていた。
全身がずぶ濡れなのは回復薬をかけられたからなのか……いや、口の中はマズくない。
何がどうなっているのか全く見当もつかない……いや、心当たりはある。
これはバケツで稲作を試作した際に起きた魔力枯渇に似ている。
「何をやらかしたのか、自覚がないけれど心当たりがある不思議な気持ちです」
ぼくの右手を握っていたマナさんが涙をポロポロ溢しながら、もっと詳しく説明しておけばよかった、と言いながら鼻を啜りあげた。
「わしらは土地の魔力を整えると言っても邪神の欠片が浮かび上がってきた土地には手を出せない。教会に通報して特殊な訓練をした上級魔導士たちが処理をするのだが、東方連合国の王子失踪事件以来、わしは教会を信用していなかったので依頼をせず警戒しておったら、地中深く埋め戻す方法をカイルが開発したので、まあ、なんとかなると油断しておった」
「ぼくは邪神の欠片が浮き上がっている場所の魔法陣に触れて魔力が引きずり出され、魔力枯渇を起こしたのですね」
マナさんとワイルド上級精霊は頷いた。
「魔力を極端に小さくして広範囲の魔法陣を探るなんてことをする人間は今までいなかったし、何より魔力奉納で神々が人間の限界を超えて魔力を引き出すことなどないから、教会での魔力奉納で魔力枯渇を起こすなんて考えてもいなかった。カイル、お前は本当に死ぬ寸前だったぞ」
ワイルド上級精霊は淡々と言ったが、上級精霊にも予測がつかなかったということから、邪神の欠片が関係していることは間違いないのだろう。
「迂闊に広範囲の魔法陣に魔力を流しません」
ぼくは土下座で謝罪をすると、ここまで回復して良かった、と魔獣たちに泣かれた。
どうやら本当にぼくは死にかけていたようだ。




