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切れ者なのか痴れ者なのか

「兄君。留学生の皆さんが困惑しているではありませんか。元々たいして取り繕わない兄君が外面(そとづら)をかなぐり捨てると私の手には負えませんね」

 第五皇子はこめかみに親指をあててうんざりしたように第三皇子を見た。

「可愛い弟に私の年の離れた友人を紹介しているのだから外面を取り繕う必要はないだろう?」

「いいえ、兄君。ガンガイル王国留学生たちにとって友人と言える皇族は第七皇子だけでしょう」

 第三皇子に即座にツッコミを入れる第五皇子は派閥が違うはずなのに気さくに話せる良好な兄弟関係なのだろうか?

「小さいオスカーはいいよね。七番目なら皇太子候補に名前が上がらないことだけでも羨ましいのに、カイル君たちと魔法学校に通っているんだよ!」

「ちゃっかり保護者面してジェイさんと知り合いになれたのだからいいじゃないですか」

「兄として小さいオスカーの保護者面をするのは当然だよ」

「ここで私に兄貴風を吹かせると本当に一服盛りますよ」

「あの、大変兄弟仲がよろしいかのような会話なのに『一服盛る』という言葉が飛び交うのが帝国の文化なのでしょうか?」

 コントのような会話が終わらないことを危惧したキャロルが口を挟んだ。

「ああ、あなたがガンガイル王国の真の国王陛下の掌中の珠!キャロライン姫でしたか!!」

 ろくな自己紹介ができなかったのは第三皇子が暴走したからに他ならないのに、ガンガイル王国国民でさえ言わない辺境伯領主の別称を第三皇子が口にした。

 皇子同士の軽い話題に口を挟める立場だということからキャロルをキャロお嬢様だと即座に判断する第三皇子は切れ者なのか痴れ者なのかまだ判断したくない。

「ガンガイル王国の真の国王陛下という表現は聞かなかったことにいたします。ぼくはガンガイル王国ガンガイル領領主の孫で便宜上男装しているキャロルと申します」

 真顔で第三皇子の問題発言を受け流したキャロルが自己紹介を始めると第五皇子が盛大に笑った。

「うん。凄い十歳だね。帝国内は残念ながら治安がいいとは言えないようなので、男装されているのは理解できます。どなたかが帝都で、ガンガイル王国留学生一行を追いかける、と熱弁をふるったため、本当は私の母が帰郷するはずだったところを、騒ぐお方と鉢合わせするのを避けたため、急遽、私がククール領に来たのです」

 私が第六夫人の里帰りを邪魔したのか?と第三皇子が眉を顰めると、そうだ、と第五皇子は頷いた。

「第一皇子が失脚した今、皇太子候補筆頭の兄君が街道を行けば、第六夫人の母は皇帝妃という立場上、上位ですが、兄君は道を譲ったりしないでしょう?」

 第五皇子の言葉に第三皇子は素直に頷いた。

「母は立場上道を譲れないけれど、兄君と対立したいわけではないので、急遽、保養所に立ち寄ることにして遣り過ごしたのですよ」

 全く大迷惑だった、と第五皇子は溢した。

 つまり、第三皇子がこの地を去らない限り第六夫人は里帰りできない、ということなのだろう。

「もしかしてククール領主が国境の町まで使者をよこしたのは、第三皇子殿下がぼくたちに迷惑をかけるかもしれないと危惧されたのですね」

 ウィルは遠慮なく疑問を口にした。

「その時点ではまだククール領まで兄君の駄々っ子のような主張が伝わっていなかったはずなので、ガンガイル王国留学生一行の皆さんが旧第一夫人派の土地に立ち寄られるのを邪魔したかっただけでしょう」

 第五皇子は自身の祖父にも厳しめの発言をした。

「第一夫人派とククール領は長い間敵対していますが、都合に応じて手を組む関係でした。第一夫人派が解体しても派閥の長以外の権力者の首のすげ替えが行なわれなかったことが祖父には不満なのでしょう。みなさんが政治的に利用される必要はないので、祖父への牽制も兼ねてこうして検問所までお迎えに来たのです」

 腹黒い祖父だとハッキリ明言されると、なんだか今の話の登場人物の中で第五皇子が唯一まともな人のように見えてしまう。

「そんな気遣いができるのだから、やっぱり其方が皇太子になればいいのに……」

「口を噤んでください、兄君!祖父の使いを城壁の外に待たせていますが放置して、そのまま教会へとご案内しようと考えていますが、宜しいでしょうか?」

 第三皇子が口を開けば話が終わらないと踏んだ第五皇子は第三皇子を一喝すると、ぼくたちにとって魅力的な提案をした。

「昨日、私が到着した際に定時礼拝の方法を変更するように司祭に手紙を書いたのでその結果も知りたいのです」

「そうですか、それでしたらご一緒させてください」

 キャロルが頭を下げると、本来最初にするべきだった留学生一行の紹介を二人の皇子にし始めた。


「私が教会まで先導しよう!」

 ただ一人教会に出向く理由のない第三皇子が名乗りを上げると、話を広げたくない第五皇子とキャロルは、どうぞよろしくお願いしたします、と頭を下げた。

 第三皇子が馬に乗るのを確認してから、殿下の馬車はどちらでしょうか?とベンさんが尋ねた。

「私も馬で来たのだが、兄君を立てるために先導を任せてしまったので、馬車に同乗させていただけないだろうか?」

 正規の理由がある皇子殿下の申し出を断るわけにもいかないので第五皇子をぼくたちの馬車に案内すると、やられた!と馬上で第三皇子が悔しがった。

 後ほど馬車内に必ずご案内いたします、とベンさんが囁くと第三皇子は大人しく検問所を後にした。

「乗合馬車のように手狭で申し訳ありません」

 補助椅子を出してキャロルが座ると、こちらこそ無理を言って申し訳ない、と第五皇子は詫びた。

 魔獣たちは遠慮なく、そうだそうだ、と言うかのように頷いた。

「一応皇太子候補という立場にありながら皇位から遠い私は伯父上には目障りな存在なので、市民の前で目立つ行動は控えなくてはならないから助かりました」

「皇太子候補を外れると次期領主の座を脅かすということですね」

 確認するようなキャロルの質問に第五皇子は頷いた。

「兄君は母体となる派閥が全く違うので、兄君がククール領で大暴れしても残党派閥間の溝が深まるだけで、ククール領主が兄君を暗殺するような動きはしないでしょう。そういった匙加減を計算しているのかいないのか、あの性格ですから私も長い付き合いですが測りかねます」

 ため息交じりに言う第五皇子の言葉にぼくたち在校生は無言で頷いた。

「まあ、それはさておいて、定時礼拝の方法を変えるように司祭あてに手紙を書いたのに、教会が光らなかったのですよ!」

 眉間の皺を深くした第五皇子に、曖昧な教皇の指示と古い宗教画の知識があればあるほど正解に辿りつかないジレンマをウィルが説明した。

 鳩が豆鉄砲を食らったようなキョトンとした顔になった第五皇子は、私の手紙は余計に混乱させてしまったかもしれない、と嘆いた。

「帝都の中央教会に視察に行ったら、孤児院の子どもたちから下働きの老人まで定時礼拝で魔力奉納をしているから礼拝所が光る、と書いてしまった!」

 老若男女が参加することは間違いではないが、床に手をつき、という記載がなければ後ろで蹲っているだけで魔力奉納にならないだろう。

「魔力奉納と言えばご神体や祭壇に直接触れて魔力を奉納する印象が強いですから、床の隠れ魔法陣に手を触れて魔力を奉納するとは考えにくいですよ」

 キャロルが補足説明をするとぼくたちは頷いた。

「現地で確認してみましょう!」

 落ち込む第五皇子にウィルが声を掛けた。


 第三皇子を先触れにした第五皇子が直接教会に乗り込んだことで、昨日、第五皇子の親書を受け取りながらも教会を光らせることのできなかった教会関係者たちは真っ青な顔色でぼくたちを出迎えた。

「すまなかったね。第五皇子として親書をしたためながら的確な表現ができなかったようだ」

 出迎えた司祭に開口一番そう言った第五皇子は、難しい話は後にして礼拝所に案内してくれ、と謝罪から始めて皇族の威光を最大限使いながら最短で目的を達しようとした。

 ほら、皇太子向きだろう、と第三皇子はこの期に及んでも聞く人が肝を冷やすようなことを平然と言ってのけた。

 有無を言わさず案内させた礼拝所でぼくたち留学生一行が床に手をついて魔力を流すとほんのりと床が光り魔法陣の一部が見えた。

 教会関係者たちは自分たちの間違いに即座に気付き頭を抱えた。

「さっそく、夕方礼拝から礼拝方法を変えてみます!」

 顔色の戻った司祭に、教会の中庭に滞在させてもらえないか、とベンさんが申し出ると、城に滞在する客人ではないのか?と司祭は第五皇子に無言で訴えた。

「よいではないか。夕方礼拝に参加すると日没を迎えている。そのまま教会の中庭に宿泊する方が安全だ!」

「第三皇子殿下は本日の宿泊先はお決まりなのですか?」

 司祭を差し置いて第三皇子が勝手に許可を出しそうになると、ベンさんはすかさずツッコミを入れた。

「まだ宿は取っていないから、私も教会の中庭に泊めさせてくれ」

 魔法学校の留学生たちが中庭でキャンプをしたいと願い出るのと、今や皇太子候補筆頭の一角とみなされている第三皇子の申し出とは教会関係者たちの許容量が違うということを一ミリも考えていないような第三皇子のあっけらかんとしたものの言いように、第五皇子はこめかみに親指をあてて考え込んだ。

「兄君。貴方がククール領に滞在して、領主があなたを城に招待しなかったら世間では領主が貴方を拒絶したとみなすことを考えてください!」

 第五皇子の発言に教会関係者たちも小さく頷いた。

「私はガンガイル王国留学生一行を追ってきたのだから、彼らが滞在する場所に留まることは何も問題がない。それより、食費は支払うから食事も一緒にさせてほしい」

 第三皇子はベンさんに自分と護衛の分の食材を提供するから同じ釜の飯が食べたい、と熱弁をふるった。

「王宮のご馳走など比較にならないほどガンガイル王国の料理は美味しいのだ。特別な食材を搔き集めているのではなく味付けや調理法を工夫しているだけなので、贅沢を禁じた皇帝陛下の方針に反しているわけではない。まあ、ガンガイル王国の蜂蜜は最高級品だが、こうして教会に献上するために持参している物を少しばかりいただくだけだ。贅沢の極みではない」

 ご都合主義の主張だが、ガンガイル王国の流行りの料理が皇帝の方針に反していないと主張してくれるとぼくたちとしてはありがたい。

 第五皇子は両手で頭を抱えながら親指で両側のこめかみを押さえた。

 頭痛が止まないのだろう。

 キャロルとミロがマルコを見ると、三人は同じ考えに至ったようで頷いた。

「ぼくたちの馬車をお貸ししましょう。ぼくたちはスライムのテントを張りますから、お気になさらないでください」

 第三皇子に女子部屋を貸し出して自分たちは話に聞いていたスライムのテントに泊まってみたい、という願望をキャロルとミロは叶えようとした。

「それはありがたい」

「兄君!司祭様はまだ許可をお出しになっていませんよ!」

 有力な次期皇帝候補とみなされている第三皇子の申し出を断れるはずがない司祭は、たいしたおもてなしはできませんが、と言うしかできなかった。

「申し訳ないです、司祭様。兄君の見張り役として本日、私もこちらに滞在させていただいてもよろしいですか?」

 常識人だと信じていた第五皇子の申し出に、司祭と教会関係者たちは白目をむくほど驚いたが、黙って頷いた。

 先の予測がしにくいのは、第三皇子の思い付きの行動の影響力が大きいせいなのか……。

 “……そうです、ご主人様。領城では留学生一行の部屋の用意はあったのですが、第三皇子が留学生一行に追いついてしまったので、慌てて第三皇子用の部屋を用意しているのに、それを無視した選択をしましたね”

 追いついてしまった?ということは、追いつかないようにする妨害工作か何かがあったのだろうか?

 “……いくつかありましたが、第三皇子はそれらすべてをすんでのところでかわす強運を発揮しました”

 そういう変な運の良さは辺境伯領主が奥さんを射止めた時のいきさつに似ている。

 “……ご主人様。積極的に精霊たちが関与したというより、偶然の要素が大きく、もしかしたら第三皇子は覇者の素質があるのかもしれま……”

 “ない!”

 シロの精霊言語をワイルド上級精霊が遮った。

 “……あいつはカイルたちに追いつきたい一心で動物的勘を働かせて強運をつかみ取っただけだ”

 魔獣のように勘を頼りにぼくたちに追いついた第三皇子の執念にぼくとケインと兄貴は背筋に悪寒が走った。

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