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二人の皇族

 上昇する三台の馬車にキュアと精霊たちと国王の鷹がついてきた。

 風を受けながら手を振るキリシア公国の人たちにぼくたちも見えなくなるまで手を振った。


 山脈を超えるために上昇し続ける馬車の車窓から雪景色の残る山を見下ろす頃、ピーと国王の鷹が一声を上げて大きく旋回した。

 国境を前に引き返す国王の鷹に、さよなら、とキュアが小さな手を振った。

 山頂付近でキュアが魔法の絨毯を広げると、三台の馬車は魔法の絨毯に着地した。

 ぼくたちは馬車を降りて魔法の絨毯の上で寝そべったり、魔獣カードで遊んだりして寛いだ。

 速度を落としてのんびり飛行したい気がしてしまうのはなぜだろう?

 なんだかトラブルが待ち構えている気がしてならないので兄貴とシロを見遣ると首を傾げた。

 機内食?のおやつを用意しているベンさんとワイルド上級精霊の元に手伝いに行くと、みんなが馬車の側面から椅子やテーブルを引き出してお茶の準備をし始めた。

 “……カイル。ククール領城におそらく二人の皇族が待ち構えている”

 精霊言語でワイルド上級精霊がぼくの漠然とした不安に答えると、そっちだったか、とシロと兄貴は項垂れた。

 マカロンとスライムたちが入れてくれるお茶を楽しみながらキリシア公国の思い出話に花を咲かせている新入生たちはククール領で帝国の皇族と初対面になるのか。

「浮かない顔をしてどうしたの?」

 ぼくの顔色に敏感なウィルは、領主が迎えをよこすような領地に向かうぼくの憂鬱を見透かしているだろうに、しれっとした顔で尋ねた。

「いや、わざわざ国境の町まで迎えをよこしたククール領と言えば第五皇子のご母堂殿下の出身地だから、もしかしたら第五皇子殿下か第六夫人がいらっしゃるかもしれないよね」

 ぼくの発言にクリスとボリスは、あり得る、と眉を顰めたが、皇族が迎えをよこすなんてないだろう、と新入生たちは本気にしていなかった。

「いや、ガンガイル王国なんて世界の端の小国の留学生たちが健闘しているから自分が目をかけてやろう、というぐらいの厚かましさをぶちかましながら、それを厚かましいと考えていないのが皇族なんだよね」

 ウィルの不敬な発言に、王都病の発展形の病の事前学習が済んでいた辺境伯領出身者たちが、そうだった、と溜息をついた。

 がっかりする新入生たちに怪訝な顔を向けるマルコにキャロルは苦笑しながら言った。

「中央大陸の覇権を制した帝国が、周辺諸国を辺境とあざ笑うのはある程度理解できるよう事前学習を済ませているんだけど、目の当たりにする衝撃はそこそこあるものなのよ」

 キャロルの嘆きに、荒廃した国土を放置しながら世界の端に位置するだけでガンガイル王国をよくも属国のような扱いをしやがって、とミロが鼻息を荒くして言った。

「うちは実際に小国なので気にしていませんでしたが、確かに帝国内でのガンガイル王国の扱いは酷いですね」

 マルコは苦笑しながらミロを宥めた。

 ミロの憤りを在校生のぼくたちは、そんなことには拘っていられなかったんだ、と軽く笑い飛ばした。

「第五皇子は第二皇子殿下の派閥の末端に所属しているけれど……第二皇子は現在派閥を無視して神学校の増設に向けて邁進している、ということはククール領で何か問題があっても頼れない、ということなんだろうね」

 だからといってぼくたちがどうこうできるような単純な問題ならいいのだけど、過剰な期待を寄せてほしくない。

「何も手を貸す必要なんてないのだから、大変ですね、と言葉を濁す程度にして、次の町に行きましょう!」

 初対面の皇族に義理も何もない、とキャロルはきっぱりと言い切った。

「そうなんだよね。第五皇子とガンガイル王国寮は個人的な付き合いは全くないから、挨拶と祠巡りだけで十分に訪問の礼を尽くすことになるはずなんだ」

 宿泊するとしても教会の庭の片隅を借りよう!とウィルがベンさんに言うと、ケインは微妙な表情になった。

「個人的に付き合いのない皇族、という言い方だと、個人的に付き合いのある皇族がいる、ということなんだね」

 ウィルの言葉尻に引っ掛かりのあったケインが確認するように言うと、クリスとボリスは頷いた。

「第七皇子がうちの寮長と同じ名前でかなり親しくさせてもらっているよ。というか、本人はカイルと親友だと思っているだろうね」

 小さいオスカー殿下の話は新入生たちにも伝わっていたようで、あの第七皇子がいるのなら大歓迎なのに、と新入生たちは無理を承知で言った。

 小さいオスカー殿下の母君の実家は帝国東南部だから反対方向で、ククール領とは縁もゆかりもないからいるはずがない。

「あの、個人的な心配事を話してもいいでしょうか?」

 マルコが思い出したかのように急に眉を顰めると、心配事は事前に把握しておこう、とぼくたちはマルコに気兼ねなく話すように勧めた。

「実は私の叔母のカテリーナに皇帝との縁談が持ち上がった時に、男児をご出産された順番に夫人たちの序列がなされているところを割り込むように、第五夫人として迎えるという話になっていたので、第六夫人の実家であるククール領としては序列が下がることになるので、キリシア公国を面白く思っておられないでしょう」

 カテリーナ妃の縁談が破談になった際、嫌がらせのように国境付近で演習を始めた帝国軍の部隊は第一夫人の派閥の軍属だったらしいが、本来第二夫人派であるククール領も後方支援にかかわっていた、とキリシア公国では分析していたらしい。

 面子を潰されたら仕返しをしなければ屈服することになる、という習慣から、破談になったのだから実際には第六夫人の格が下がったわけではないのに、下がるかもしれなかった状況が既に面子を潰された、ということで派閥を越えた嫌がらせにあったようだ。

「でも、出産していない夫人は名称こそ第三夫人、となっていますが、事実上は第三皇子の母君が第三夫人のように幅を利かせているのに、面子も何もないですよ!」

 ガンガイル王国出身の第三夫人が社交の場に出ることがないので、まるで存在していないかのように扱われている状況にキャロルは憤った。

「そうですね。マルコやキリシア公国へ少しでも侮蔑をする態度を見せたなら、ククール領への滞在を切り上げてしまいましょう」

 ベンさんはこともなげに、少しでも気分を害することがあったら即行で下ろう、と提案した。

 お茶が不味くなる話題はそこで終わらせて、まだらな緑が広がるククール領上空を飛行した。


 ククール領都の城壁の検問所の手前で高度を下げ魔法の絨毯を傾けて三台の馬車を下ろした。

「やっぱりこっちだったか!」

 三頭の馬上の人物たちがぼくたちの馬車に駆け寄ってきた。

 先頭の軍服の人物に見覚えがある。

 ぼくたち在校生が頭を抱えると、誰ですか?とキャロルが尋ねた。

「第三皇子殿下のおでましだ」

 舌打ちしたベンさんは代表者として馬車を降りた。

 ベンさんが第三皇子に挨拶しながら、なぜここにいるのかと尋ねると、軍の魔術具開発部門の責任者としてガンガイル王国留学生一行の後を追い最新の魔術具を見る仕事です!と個人の欲求を強引に仕事にしただけの言い訳を第三皇子は正々堂々と主張した。

 ただの魔術具オタクか、とぼくたちが説明しなくても新入生が理解する自己紹介になった。

 第三皇子は乗せてほしそうに馬車を覗き込み、目と鼻の先がククール領都なのにもかかわらず、案内します、と笑顔で言った。

 厚かましい、と口元を隠したキャロルが声を出さなかったのに何を言ったのか全員が理解できた。

 本人は善意の上での行動だと信じ切っているところが、第三皇子の面倒臭いところだ。

「一応、卒業記念パーティーで大きいオスカー寮長とジェイさんとジュンナさんが襲われなかったのは第三皇子殿下夫妻がお近くにおられたからなんだよね」

 厚かましいながらも皇族の威光で恩恵がなかったわけではない、という第三皇子とガンガイル王国寮との微妙な関係をウィルが説明した。

 ベンさんは、何とか馬車に乗せてもらおうとする第三皇子を、警備上の問題があるとか、お乗りの馬をどうするのか、などの現実的問題点をあげ連ねて、渋滞の元になるので急ぎましょう、と強引に話を終わらせた。

 第三皇子たちが先導する形で三台の馬車はククール領都の城壁の検問所に向かった。


 城壁の検問所では先に並んでいたはずの馬車が駐車場で待機していた。

 ぼくたちの馬車を先導する第三皇子の威光で検問の優先順位が変わったのかと思っていたが、検問所の中に第五皇子が待ち構えていたからだった。

 二人目の皇族はこの人だったか、と兄貴とシロは項垂れた。

 自由過ぎる皇族たちのせいで先の見通しが複数あったようだ。

 二人の皇子がいる検問所ではさすがに挨拶を省略できないと諦めたぼくたちは馬車を降りた。


「まあ、堅苦しい挨拶はよそう。私がここまで迎えに来たのも、実はガンガイル王国留学生一行は城に来るより先に教会へ行ってしまうだろうと考えたので、使いの者を遣るより私自身が来た方がいいと判断しただけなのだ」

 初対面の印象が悪い七人の皇子の中で、スライムたちに一本釣りされながらも悪態をつかなかった皇子として記憶している第五皇子は、城内に行くまでは無礼講でいこう、と真っ先に提案した。

 序列を意識したら第三皇子を立てねばならない状況下で、魔法学校の新入生たちを案内するから身分を意識しないでくれ、という方向に持ち込む手腕は見事だ。

 印象が薄いのは処世術が上手だからなのかもしれない。

「そうだね。無礼講ということにしてくれた方が私も気さくに話せる。やはり、其方が皇太子に一番適性があると思っていた通りだ」

 満面の笑みで頷いた第三皇子はそのまま爆弾発言を口にした。

「兄君はその口を閉ざすことを覚えなければ、命がいくつあっても足りませんよ」

「あの!内緒話の結界を張る許可をください!」

 第三皇子の爆弾発言を笑顔でいなす第五皇子に、検問所の職員たちも二人の皇子の護衛たちも真っ青になっている状況に心苦しくなったぼくが申し出た。

「ハハハハハ。聞かれて困る発言をするつもりはないが、護衛たちの心臓によくないから頼もう」

 第五皇子が軽快に笑うと第三皇子も笑った。

 ぼくが魔法の杖を一振りすると第五皇子の護衛たちの顔色が戻った。

「殿下。ククール領主は殿下のお人柄をご存じないので、言葉のままに受け止めて第三皇子殿下に毒を盛るくらいはされますよ」

「ああ、なに、致死量を摂取しなければ大丈夫だよ。ククール領主は第五皇子を皇太子にする気はないのか。もったいないな」

 第三皇子は本気で第五皇子を皇太子に推しているかのような発言をした。

「私は皇太子の器ではありませんよ」

 皇帝の器ではない、と言うのならわかるが、皇太子の器ではない、という第五皇子の発言を怪訝に思ったが留学生一行の誰も表情に出さなかった。

「ほら、凄いだろう。鉄壁の無表情だ。これが十になったばかりの子どもたちの所作なんだぞ。この中に、ガンガイル王国ガンガイル領のお姫様がいらっしゃる」

 第三皇子は面白そうに新入生たちを大雑把に第五皇子に紹介した。

 お馬鹿な皇子代表のような第三皇子との初対面だったのに、核心的な話をどんどんする第三皇子に面食らったのは新入生たちだけではなく、ぼくたち在校生もだった。

 “……ご主人様。帝国では馬鹿な振りをしていないと生き残れないのですが、第三皇子は正直言って紙一重です”

 シロの精霊言語での説明を聞いたぼくとケインと兄貴は咄嗟に表情筋と腹筋に身体強化をかけた。

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バカ(な振り)、時々(実は)賢い。 精霊でさえ判断に迷うとは(^_^;A) ボーダーライン上の皇子が多過ぎますね!?帝国はwww
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