姉弟の絆
荷積みをした飛竜の魔術具が出発の準備をしていると、キリシア公国の面々は、あれを打ち落とすのは難しいだろう、と言いたいかのように矯めつ眇めつ複雑な面持ちで眺めた。
「落ちたら地上に被害を及ぼさないように粉砕する設計になっていますよ」
「人間を乗せないからこそできる力技ですね」
ぼくとケインの言葉に、粉砕などもったいない、という声があがった。
「物は壊れても復元できるけれど、地上の命が失われたらそうはいきませんからね」
兄貴の言葉に両陛下は深く頷いた。
「難攻不落の要塞国家を維持することで私たちは国民を守っています。いかなる魔術具にも攻め落とされないように考え続けることが私たちに課せられた責任なので、多少不謹慎な考え方をするのもご理解ください」
留学生一同は妃殿下の言葉に理解を示すように頷いた。
帝国が覇権を取る前からずっとこの小国が独立国家でいられたのは徹底した自衛の方針を貫いてきたからだろう。
お互いの考え方の違いを認め合って交流を深めていくことが大切なのだ。
「飛竜の魔術具がキリシア公国の有事に関わることはないと約束いたします。一応ぼくたち兄弟があの魔術具の制作から運行まで責任者として名を連ねています」
契約書には国王陛下と会社名しか記載されていなかったので居並ぶ官僚たちは驚いた表情を見せた。
「エントーレ一家は全員、会社経営をする実業家の一族ですよ」
ウィルの発言にぼくとケインと兄貴に熱視線が集まったが、ぼくは会社を立ち上げていません、と兄貴は首を横に振った。
飛竜の魔術具が稼ぎ出す総額を考えた文官たちは感心するようにぼくとケインを見た。
安全確認の後、出発までのカウントダウンの声がかかり、轟音を発して飛び立った飛竜の魔術具をキリシア公国の面々は唖然とした表情で見送った。
午後のひと時を魔獣カードや歴史双六などの知育玩具でスライムたちと対戦したジョージは自分の使役魔獣を欲しがったが、自分の世話を人に頼り切りなうちは魔獣を飼育できない、とキャロルに釘を刺された。
「あなたが魔獣を飼いたがっていると周知されるとあらゆる人が魔獣を献上しようとするでしょうね。ぼくもカイルとケインとミロの猫たちが羨ましくて両親におねだりしたら、一言でも外でそれを口にするな、と口を酸っぱくして言われました。実際、領都の市では買い手がなくなるほど搔き集められた犬や猫が市中に放たれて、ちょっとした問題になりました」
キャロルはキャロルのスライムと見つめ合うと、スライムの飼育ができただけで幸せなのです、と言った。
「魔獣たちとの出会いは縁なのですよ。この子は兄の猫でしたがお世話をさぼる癖があったので結局ぼくに懐きました。ぼくが兄より良くできた子どもだったかと言えば、実のところ兄とは別の意味で手のかかる子でした。ですが、末っ子のぼくはこの子をお世話することに喜びを感じたのです。この子を使役魔獣にできたのは家族の協力が合ってのことです。心が通う関係の魔獣に出会った時にその子と絆を結んでください」
出会いと相性と家族との関係、どれかが欠けていると魔獣が可哀想なことになる、とミロが力説すると魔獣たちも頷いた。
「一年間ガンガイル王国の皆さんと過ごしたあね、兄上が魔獣を使役していないのは、魔獣との出会いを待っているからなの?」
ジョージの質問にマルコは深いため息をついた。
「それどころじゃないほどいろいろあったの。あのね、ジョージ。早くみんなから信頼を得て、城の外に出なさい。ぼくはジョージより扱いやすい子どもだと思われていたから、時折、城下町に下りることを許されていたけれど、それでも、圧倒的に世間知らずだったんだ。……まあ、茶会に参加したらきっとわかるよ」
マルコは多くを語らずにジョージのお茶会に話題をすり替えた。
キャロルが遠い目をして、うちの弟の外面だけはそれなりにいいからね、と苦笑した。
キャロルの弟という言葉に過剰反応したジョージの顔が赤くなった。
「うちの三つ子たちとウィル君の妹君、王太子殿下のご子息が参加されるかどうかは微妙なところでしょうね」
ケインの見立てにジョージの護衛たちは、うちの殿下は太刀打ちできないのではないか、というかのように青くなった。
「みんなちょっとした個性的な子どもたちなだけです。不死鳥の貴公子なんて二つ名があっても不死鳥を召喚できるわけではありません」
「ジョージが紅蓮魔法の継承者と言われていても火竜を召喚できなくてもいいのよ」
キャロルの言葉に続けたマルコはジョージの胸をトンと叩いた。
「この胸に祖国を守りたいという情熱が滾るなら、その魔力を集めて具現化すればいいだけなの」
ジョージの胸にあてたマルコの手にマルコの魔力が具現化した飛竜が巻き付いた。
ジョージの二人の護衛が腰の刀に手をかけると、キャロルとミロが護衛たちとマルコの間に割って入った。
クリスとボリスが護衛たちの抜刀の動線を邪魔する位置にぴったりと張り付いた。
「思い通りに行かないことも、大勢の前で恥をかくことも、生きていたらあたりまえにあることなの。カッとなったり、グッとなったりした思いを、ここで練り上げて、いざというときの力にするんだよ。形になるまで何年かかってもいい。感情をここで受け止めて、ゆっくり練りあげなさい」
マルコがジョージに火竜紅蓮魔法の奥義のようなことを伝えていることを理解したジョージの護衛たちは警戒を解いた。
「兄弟不仲を前提に警備しなければならないのは理解できるけれど、マルコへの信頼感が足りないよ」
帝国の七人の皇子たちの毒の贈り合いのように、この城でマルコがジョージに害をなす、と考えられているのなら残念だ。
失礼いたしました、と二人の護衛がぼくたちに謝罪すると、それがあなたたちの仕事です、とキャロルは言った。
「常に警戒を怠らず有事に備えるべきですが、対象に敵意をむき出しにしすぎです。姉弟の不仲を狙う勢力に付け入る隙を与えてしまいます。大事なところで即座に反応できるよう警戒してもそれを悟られないように隠す訓練が足りませんね」
キャロルの言葉にぼくたちは頷いた。
「ちょっと待ってください。護衛対象の危機に殺気を出すな、ということでしょうか?」
狼狽する護衛たちに、ちょっとだけ試していいですか?とクリスが尋ねると、二人の護衛は頷くと、クリスとボリスが手を動かしただけで護衛たちの帯刀ベルトが切れた。
落下する刀をウィルとケインが拾い上げたところで、ぼくは魔法の杖を一振りして切れたベルトを修復した。
「落とすところでしたね」
刀を差し出したウィルが護衛に声を掛けるとケインも刀を本人に返した。
「魔法を使用した気配がなかったぞ!手刀でベルトを切ったのか!」
「身体強化の気配さえ全くなかった!」
老師様に特訓されましたから、とクリスとボリスはケタケタと笑って言った。
「冬の嵐に紛れて魔獣や瘴気がやってくる際に殺気を出していたら的になるだけです。囮役ならそれでいいですが、部隊の中にそんな奴がいたらその部隊は全滅です」
クリスの説明に山岳地帯の護衛たちは冬の魔獣か、と納得した。
「人間の恐怖心を煽り死に向かう行動を誘う幻術を放つ魔獣ですね。我々は脅威に向かって強烈な威圧を放って対抗します」
うちもその作戦をとることもある、と護衛たちとクリスたちは冬の魔獣討伐の話で盛り上がり始めた。
そんな状況を気にすることなくマルコとジョージは淡々と内なる魔力の扱い方の練習をしていた。
和やかな夕食の席でジョージはマルコの一挙手一投足を観察するように見る場面があった。
自分がお手本にしなければならない対象を見つけたような仕草に使用人たちは目を見張った。
明日の朝には出発してしまう姉を慕っているジョージを見ているとぼくとケインは三つ子たちが恋しくなり就寝前に亜空間を経由して自宅に帰った。
寝顔を見るだけで満足するはずだったのに、三人はまだ起きていた。
「キリシア公国の王子様とお茶会をすることが決まったから、兄さんたちが立ち寄ってくれるかと思ってちょっとだけ就寝時間を伸ばしてもらったんだ」
クロイの言葉にアオイとアリサは頷いた。
「お行儀の訓練もよく頑張っているから、ちょっとしたご褒美があってもいいでしょう、ということになったのよ」
お土産のヨーグルトは明日の朝ごはんにしましょうね、と母さんに言われて、はーい、と声を揃えて返事をする三つ子たちが可愛すぎてぼくたちは目を細めた。
ぼくとケインの目尻が下がりっぱなしだ、と父さんに突っ込まれた。
キリシア公国の城下町は町全体がトリックアートだらけだ、と三つ子たちに説明すると、行ってみたいな、と羨ましがった。
短期留学の話はまだ決定事項ではないから話すな、と母さんが目で訴えていたので、行けたらいいね、と微笑んだ。
夜更かししないでしっかり寝ろよ!と三つ子たちに別れを告げると、お前たちもな!と父さんに即答された。
笑顔で自宅を後にして城の自室に帰ると、置いていかれたウィルがぼくのベッドで寝ていた。
摘まんで部屋に戻そうかい?とキュアが言うと、自分で戻る、とウィルはむくっと起き上がった。
絶対に今度は連れて行ってね、というので、機会があったらね、と誤魔化してウィルを部屋から追い出した。
誰も寝坊することなく夜明け前に中庭の山の神の祠に留学生一行が勢ぞろいすると、昨日の倍の人数の騎士団員が待ち構えていた。
「気配を殺して待っていたのですが、驚かれませんね」
「一人一人が気配を殺していても集団になればそれなりに魔力を感じますよ」
呆れたようにクリスが言うと、お見逸れしました、と騎士団員たちは盛り上がった。
駆け足で祠巡りを終えると、部分的に身体強化を使い分けているのか!とクリスとボリスの手刀の仕掛けを騎士団員たちに見破られた。
朝風呂にはジョージも参加し、スライムたちとの入浴を楽しんだ。
朝食時には、お別れが迫っていることに切なそうな視線をキャロルに何度も向けるジョージを見て、初恋か!と誰もが思ったが口にしなかった。
旅立ちを派手にしてよい、と許可した辺境伯領主の伝言を父さんから聞いていたぼくは三台の馬車を飛行の魔術具に変身させて飛び立つ許可を予備騎士マイクから取り付けた。
王城前の広場でアリスたちを馬車前方の特等席に載せると、やはり動力はポニーだけではなかったか、という集まった人々から声が上がった。
馬車がゆっくりとオスプレイのように変身していくと見ていた全員が、おおおおお、と興奮の声を上げた。
「お世話になりました」
「こちらこそ大変世話になった。今後ともガンガイル王国と友好関係でいられるよう努力する」
ベンさんが代表して挨拶すると国王陛下は満面の笑みでベンさんと握手をした。
馬車の変身に興奮するジョージは別れに涙を見せることなく、次にお会いする時には立派な王子になっています!と宣言した。
ぼくたちが笑顔で別れを告げて馬車に乗り込むと、爆風を巻き起こして馬車は飛び立った。




