伝わりにくい真実
「あまり口うるさく言うと『外国かぶれ』みたいでかえって信憑性がなくなるかと思って、手紙では控えていたのですが、ガンガイル王国の発展ぶりをお聞きすると、キリシア公国は古来よりのしきたりを大切にしすぎていて頭が固いというか、柔軟性に欠けるように思えてならないのです」
マルコの訴えに、そうですね、とエイダ殿下は頷いた。
「手紙で最新の魔術具について詳しく書かなかったのは正解でしょう。正直ここまで魔力を使用しない魔術具が存在するなんて思いもよらなかったです。このトイレでしたらこれほどの機能がありながら平民でも利用できる魔力使用量です。体験しないととても信じられません」
エイダ殿下の話によると、魔術具の使用は贅沢であると考える風潮がキリシア公国にあるのは、帝国に囲まれる地理的緊張から魔力を温存するために生活魔法の魔術具の使用は食糧保存の冷蔵庫くらいしか使用されていないかららしい。
「魔術具と言えば戦術用の魔術具で、有事の際には女性も魔法で後方支援を担当します。国の護りの堅さは有名で難攻不落の国と言われています」
カテリーナ妃の母らしく不敵な笑顔を見せたエイダ殿下は相当な手練れなのだろう。
「半日とかからず魔術具を利用した温泉を掘り当てたことは、キリシア公国でこれからずっと話題になるでしょう。魔術具を受け入れる機運が高まっていくでしょうね」
エイダ殿下の言葉に、頑張って良かった、とマルコが呟いた。
親孝行がしたいというのは口実でガンガイル王国の発展を知らしめたかった下心がマルコにはあったようだ。
二人のやり取りを見ながら、ぼくと兄貴とウィルとボリスは顔を見合わせた。
「弟たちが頑張っているから、じつは兄として張り切ってしまったのです……」
何を張り切ったのか?と首を傾げる二人を裏庭の大浴場の脱衣所に連れ戻した。
「マルコが有無を言わさずエイダ殿下を馬車まで案内してしまったから言えなかったけれど、ここのトイレもおしり洗浄トイレにしてしまったのです」
ぼくたちを探していたジョージが、お婆様凄いのです!と駆け寄ってきた。
「髪の毛を乾かす温風が出る魔術具や筋肉のこわばりをほぐしてくれる魔術具の椅子もあるし、身長と体重と筋肉量や脂肪の量を測ってくれる魔術具もあるんだよ!」
大きな仕事ができなかったぼくたちがちまちまと作った魔術具をジョージが興奮してエイダ殿下に説明した。
清掃魔法で水分を飛ばしてしまうのもいいですがこのように髪形を整えるのにも使えます!とキャロルとミロは説明しながらジョージの長めの前髪をリーゼントヘアーに整えた。
ヘアーモデルのジョージが鏡の前で顎に指をあてて決めポーズをすると、エイダ殿下とマルコは、似合っている、と笑った。
「利用時間帯を分ければお城の従業員たちにも利用していただけるかと、どの魔術具も平民が使用できる程度の魔力しか使いません」
ぼくの説明にエイダ殿下の顔色を窺うように小さくマルコが首を傾げた。
「そうですね。使用時間帯を決めれば、使用人たちもかしこまることなく利用できるでしょうね」
エイダ殿下は、使用人ごときが温泉施設を使用するなんて!と言い出すような王族ではなかったようで一安心していると、使用人も利用できるのか!とエイダ殿下とジョージの護衛たちが慄いた。
「お風呂は全裸ですから隠し魔法陣の紙を忍ばせることもできませんので、ガンガイル王国の保養施設では辺境伯領主公女様も一般の方々とご一緒に入浴したことがありますよ」
キャロお嬢さまが廃鉱跡の保養所で一般従業員たちと入浴したことをミロが話すと、これが文化の違いなのですね、とエイダ殿下は微笑んだが、公女殿下と一般市民が!と護衛たちは真っ青になった。
「まあ、そこまで許されるために、いろいろあったことなので一朝一夕にはいかないよ」
ウィルが単純な話ではない、と補足説明をすると、魔法学校の実習先でしたからね、とキャロルが笑った。
「真っ裸の状態で最強なのは魔法陣を仕込まなくても呪文で魔力を駆使する魔導士ですが、魔力量があれば威圧で時間が稼げます。たとえ全裸であっても私には使役魔獣がいますからスライムが衣装に変化したら羞恥心など気にしないで戦えます!」
どや顔でキャロルが自慢すると、まあ、勇ましい、と男装のキャロルがキャロお嬢様だと知っているエイダ殿下は喜んだ。
キリシア公国では淑女の面持ちで勇ましい女性が女性の支持を得るようだ。
実情としては神学を学ぶ女性は皆無だから女湯に魔導士がいることはまずないだろう。
「もう、そんな下品な例を持ち出さないでください!」
ミロがキャロルの発言を止めたのは、キャロルを男児だと疑っていないジョージと護衛たちが全裸で戦う方法を検討し始めたからだった。
帝国の脅威にさらされながら独立を保ったキリシア公国では特殊なシチュエーションにおける戦闘という話題に燃えるようだ。
「入浴の話はお湯が溜まってからするということで、そろそろ昼食にしませんか?」
絶妙なタイミングで現れた従者ワイルドが声を掛けると、血沸き肉滾っていたキリシア公国の面々は正気を取り戻した。
ガンガイル王国とキリシア公国との外交が急ピッチで進んだことで、ぼくはシロの亜空間で保護者たちに説明しておこうとすると兄貴とケインとウィルがぼくの上着を掴んでついてきた。
辺境伯領主とハルトおじさんと父さんを招待して急遽話し合いの場を持った。
「なるほど。現段階では短期留学の打診がありそうだ、ということか」
概要を説明すると、辺境伯領主とハルトおじさんは、悪くない話だ、と言った。
「君たちはこのまま友好的な流れに頷いて、本国に随時連絡を入れるという方針でいいだろう」
世界地図を広げたハルトおじさんが言った。
「キリシア公国は世界の背骨と呼ばれる山脈を挟んで大聖堂島の真南にあたる地域だ。同等の距離にある北、東、西の帝国領土が荒廃していたため、今まで世界を支える魔力負担を相当負っていただろう。本当によく持ちこたえてくれた」
「土壌改良の魔術具の販売が済んでいる地域なので、後は教会の合同礼拝が行なわれれば中心付近の十字と正方形の魔法陣が強化されますね」
ハルトおじさんと父さんはキリシア公国の教会の礼拝所に現れた世界の理に繋がる魔法陣の全容を知らないのに、魔法陣の基礎知識からほぼ正解を導き出した。
「それが、教皇猊下は古来の礼拝方法を研究せよ、としか指示を出さなかったようで、どうも各地の教会は古い宗教画から誤った礼拝方法を導き出しているようです」
ウィルの報告に、父さんとハルトおじさんと辺境伯領主が顔を見合わせて溜息をついた。
「その指示は我が国の教会も一時混乱を起こしたんだ。我々はこうして君たちから逐一報告を聞けるので王族出身の司祭に伝えることができたからすぐ各地で再現できたが、各国で混乱が起こるのは理解できる。けれども……」
辺境伯領主はこめかみを親指で押さえながら教皇の対応を責める言葉を飲み込んだ。
「次の滞在予定地はここか」
父さんは地図上に次に向かう帝国ククール領の領都を指さすと、そこから東に移動すると大聖堂島を取り囲む四角い結界の西側までそう遠くない距離だった。
「ククール領都に滞在した後、皇帝に指定された次の目的地には遠回りになるが、この地に立ち寄りその後大聖堂島にもう一度訪問してほしい。今回は国王陛下の親書を預かっているということで教皇猊下に面談し、早急に具体的な礼拝方法を各地の教会に伝授してもらった方がいいだろう」
ハルトおじさんはぼくたちが残りの三か所を回らなくても教会側で何とかさせようと手配してくれることになった。
「そういえば、キリシア公国の王子はハロルドの子やうちの孫と同い年だったな。短期留学には早いだろうが、三つ子たちを交えて一度お茶会でもできたらいいな。行儀作法の練習のいい目標になるだろう?」
辺境伯領主の提案に父さんは眉間に皺を寄せたが、ハルトおじさんはケタケタ笑った。
「どうせ短期留学か帝国留学でお会いすることは違いないだろうから、早めに面識を持っておいて損はないよ」
それもそうか、と父さんが項垂れると、うちの妹も交ぜてください、とウィルはちゃっかり便乗した。
「そうだな。その件については両国の王家を通じて連絡し、おそらく王家の転移の魔術具を使用することになるだろう。詳細が決まれば特急の魔術具の鳩で連絡する。まあ、その前に誰かが自宅に顔を出しなさい」
ハルトおじさんはまめに連絡を取るためにぼくたち兄弟が順番に帰宅することを勧めた。
はい、とぼくたちが返事をしたところで緊急会議はおしまいになり、キリシア公国に戻った。
何もかもお見通しの従者ワイルドが設営した中庭の昼食会場ではピクニックのように低い椅子やテーブルが用意されており、エイダ殿下とジョージも参加した。
サンドイッチと野菜スープかお握りと豚汁で選べるお弁当を前に、どっちも食べたい、と言うジョージにエイダ殿下と二人は互いに選んだお弁当を分け合う形になった。
城下町を見学に行ったクリスたちが戻ってくると、敵が城に攻め込まれないように設計されている城下町は道が入り組んでおり騎士団員の案内がなければ迷子になるかと思った、と騎士団員たちに世話になったことをエイダ殿下に感謝した。
「こちらこそ、大変お世話になりっぱなしですから、皆様がご滞在の間、いつでもご案内いたします。遠慮しないで客室棟の使用人に申し付けてください」
エイダ殿下の言葉に、もう大丈夫です、と言おうとしたクリスにマルコが首を横に振った。
「坂道を利用して見る角度によって目印になる建物が消えてしまう設計だから、案内がないと明日も迷子になるでしょうね」
マルコが笑いながら言うと、一方向からしか撮影していなかったらしいスライムたちが、しくじった、と言うかのように体の上部を左右に震わせた。
「大人の言うことを聞けるようになるまでぼくが城下町に下りてはいけない理由がわかったよ」
ジョージがしみじみと言うと、よく理解しましたね、とエイダ殿下とマルコは笑顔で頷いた。




