表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/809

奇跡の夜

 子ども部屋にたどり着く前に、マナさんに止められた。

「カイル。お前さん、……壮大なことを、しでかした」

 マナさんが真顔で、体を小刻みに震わせている。

 今日はそこまで寒くない。

 さっきの魔力の流れに感動しているのだろう。

 あれはカッコよかった。

 ぼくのせいじゃないはずだ。あんなに大きな魔力の流れを、ぼくが引き起こすなんて、どだい無理なことだ。

「な、なにをしでかしたんでしょうか?」

 マナさんは一枚の紙を取り出すと、震える手が落ち着くのを待ってから、指先から魔力を出して魔方陣を描き上げた。

「いま、新しい神が誕生した。お前の祈りに精霊たちが応え、七大神が認めた」

 はぁ?

 アタラシイカミ?

 新しい神!

 ……なんだか物凄いことになっている。

「発酵の神が誕生した。これはその神様の魔方陣じゃ。祭壇に祀るとよい」

 ぼくはなんだかわからないけど、両手を掲げて恭しく受け取った。

 発酵の神様が誕生したんですね。

 ……もう、深く考えるのはよそう。

 難しいことは明日聞こう。


 頂いた魔方陣の上にお米をおいて、祭壇の真ん中に祀った。

 新たに誕生した発酵の神様。ぼくに麹を下さい。

 お願いします。


 黒い兄貴も茫然としている。

 こんな事態、わかるわけないよな。

 ぼくはそのまま寝ることにした。

 みぃちゃんとスライムがピッタリ寄り添ってくれる。

 いまはこの体温がありがたかった。



 父さんの寝室の窓を鳩が激しく突いている。

 大人って大変だな。

 居間で大人たちが何やら相談している。

 マナさんの説明に、父さんが頭を抱えた。


 あれ?

 ぼくは寝ているはずなのに、居間の様子がなんでわかるんだ?


 街中が大騒ぎになっている。

 街中の石畳の照明がとても明るく光っているので、家の中から人が出てきたのだ。

 点滅していないから、魔獣の襲来ではないのだが、今までにない光量に人々がざわついている。

 石畳の明かりは、上空から見ると夜間の空港の滑走路のように、街を縦断して真っ直ぐ伸びている。

 この町を守る結界の魔力が十二分に満ちていて、街が輝いている。


 かつてはこのようなことが、あたりまえだったのだ。

 守りの結界とは十二分に魔力を満たし、その先の結界まで満たすことで、各都市間の街道は安全となっていたのだ。


 ああ、上級精霊だ。

 昔は各都市の結界の魔力が沢山あったから、それが街道まで薄く伸びていて、魔獣を気にすることなく、安全に旅ができたのか。


 気がついた時は、真っ白な亜空間にいた。

 茶会の用意ができている。

 ぼくが席に着くと、向かいの席には上級精霊がすでにいた。

「前回の神の誕生は、この国の歴史より遥か昔の事だった」

 神様って増えるものなんだ。

「お前が精霊について学ぶのは、もっと成長してからの方が良いと考えていたのだが、神々はせっかちだったようだ」

 精霊たちも相当せっかちだと思うけど、神々はそれ以上にせっかちだということか。

「神様たちはどうしたんですか?」

「カイル、お前は神様によく祈るだろ。神々がそれに応えたがっただけだ。料理の神と酒の神が牽制しあって、土の女神が裁定して、いくつかの上級精霊が集結して新しい神の誕生となった」

 アタラシイ カミサマハ ジョウキュウセイレイノ シュウゴウタイ……?

 あまりの新事実に脳が理解を拒否している。

「精霊はそもそも精霊素の集合体だ。上級精霊が神に昇格することはままあるが、神になるまでの年月は途方もなく長い。今回は結論ありきで神への昇格だったので、通常は牽制しあう神候補の上級精霊が集結して結合した。滅多にないことだね」

 うわぁぁぁ。

 なんてことになったんだ!

「ぼっぼぼ、ぼくの祈りなんてささやかなものでしょう。はっはっは、発酵に携わるお仕事をしている人間はたくさんいます。っそそそ、その人たちの願いの集結が、ああああ新しい神様の誕生を促したんですよね?」

 お酒やチーズ、食べ物以外でも堆肥まで含めたら、生活のために発酵を利用している人たちは多いはずだ。

 断じてぼくの仕業ではない。

「そういう願いがあったから、上級精霊に候補がおったのだ。まあ、神々からも、お前が面白いと思われておるのだろう。光栄なことだぞ」

 神々の覚えめでたいって……、有難すぎるだろ。

「ぐっ具体的にはどのような、ご興味があるのでしょうか?」

「酒の神が『日本酒』を待っておる。料理の神は『みたらし団子』だ」

 うわぁ。またピンポイントに注文してきたな。

 日本酒も、醤油も発酵してから時間がかかる……。

 だから、発酵の神様なのか。

「すぐに出来るかはわかりませんが、起きたら早速取り掛かります。醤油も大事ですが、味噌も試します。味噌の上澄みは醤油の代用になるからです」

 味噌づくりの許可はしっかりとらないと。

 指定されていないものを作り始めて、天罰とかあったら、堪らない。

「まあ、お前の好みのものを作る事には、問題ないぞ。酒の神が、お前は子どもだから酒造りは後回しにされそうで指定しただけだ。料理の神は団子なら何でもいいそうだ」

 助かった。酒造りは大人に任せよう。

「大人への説明は、発酵を願う全ての人々の願いに神々が応えた、ということで、宜しいでしょうか」

 新しい神様の誕生を説明するにしては、大雑把すぎかな。

「ふむ。間違ってはおらぬ。お前のささやかな願いを聞き入れてという方が、小さい子どもらしくてかわいいだろ」

 いやいやいやいや、そんなささやかな願いで新しい神様は誕生しないよ。

 人々の願いの結晶だよ。

「願いの総量が違い過ぎます」

「あはははははは。お前のそういうところが、とても好ましい。亜空間への招待は、お前の召喚に応じるのとは別件だ。お前がどんな用件で召喚するのか、楽しみにしているぞ」

 生涯、召喚せずに済むのが、ぼくの希望だ。

 安穏と、美味しいものを食べて暮らしていくのがぼくの野望だ。

 一般市民に紛れて一般市民らしく生きて、一般市民として死んでやる。

「もうすでに、お前の周りは貴族だらけではないか。緑の一族にでもなるか?」

 緑の一族は嫌いではない。

「まだ、その選択肢は選びたくないです」

 将来のことはわからない。

 王都の学校に進学したら、一般市民の暮らしがぼくの想像と違えば、失望してしまうこともないとは言えない。

 山間部でスローライフなんて言うのも魅力的ではある。

 マナさんが生きる気力を取り戻したから、跡取りを急いでいない。

 一度村にお邪魔してもいいかなと、思えるようにはなった。

「ふふ。まあ良い。私は緑の一族に肩入れしているわけではない。お前が人生を楽しむ様子を見ているだけだ。また、何かあったら、呼んでやる」

 なにか理解しがたいことが起こっても、見知った上級精霊に説明してもらえるなら、有難い。

「わかりました。よろしくお願いいたしま…」

 帰宅までの速さは、相変わらずだった。

 自分のベッドは一番落ち着く場所だね。


 ぼくは外の喧騒など気にすることなく、ぐっすり眠ってしまった。


 そのころ、世界中の教会では、聖典が神々しい輝きに満ちて、新たな項目が突如出現した。伝説の聖典の改定が起こったのだ。

 世界の理を司る天地創造の神が、人々に福音を齎す聖典は、稀に内容の変更が起こると言われている。

 前回の改定は千年以上も前とされているが、その後の世界が非常に混乱した故に、はっきりと特定されていない。

 失われた情報に、後世の権力者による改竄、真実は歴史の中に埋もれてしまっている。

 聖典が神の手によって書き換えられるなど、教会で語り継がれた作り物語だと思うものまで現れた。

 だが、高位の司祭ならば知っている。かつて本当にあった事なのだ。

 世界の理に破綻を齎そうとした神が、除籍され、その神の名は聖典から消えた。

 その神の名を口にした人間は、跡形もなく消し炭にされてしまい、その名に使われていた文字を声に出して読むだけで、呪われた。簡単な死に方ではなく、苦しみ喘いで挙句なかなか死ねない、という熾烈なものだった。

 その神の名は使用禁止の文字となり、結局、ほとんどの書物が焚書となった。

 聖典改定はその時以来なのだ。

 世界中の聖職者が文字を失う畏怖に慄いた。

 光り輝く聖典は、自らそのページを開いた。

 覚悟を決めた大司教が見たものは、新たな神の名前だった。

 司祭たちは緊張から解放され、新たな神の誕生に大いに喜び、皆一晩中、祝詞を唱え続けた。

 歴史に残る一晩となったのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ