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巡る因果

「これがマリアの手紙に書かれていた精霊たちなのですね」

 おばあちゃま、とジョージが駆け寄った高齢の女性は、晩餐会で紹介されるまで待てませんでした、と言って上品に笑った。

「マリア、いえ、マルコとジョージの祖母のエイダです。孫たちが大変お世話になったうえ、城に精霊たちを呼んでくださいましてありがとうございます」

 元王妃の自己紹介にぼくたちも丁寧に挨拶を始めると、自分は自己紹介さえしなかったことを思い出したのかジョージがもじもじした。

「洗礼式前だと目こぼしをするにしては、ジョージはお行儀の悪いことをしたと理解したようですね」

「はい、お婆様。姉様のお客様、申し訳ありませんでした。ぼくは、国王の長男のジョージです。皆様ぼくの無作法をお許しください」

 ジョージがぺこりと頭を下げると、精霊たちが、許してくれ、と言うかのようにジョージの頭の上で天使の輪のようにドーナツ型に集まって点滅した。

 あまりの可愛らしさにぼくたちは笑みをこぼして、先ほど話し合いましたからね、といい子にする約束を思い出させた。

 いろいろとお世話になりっぱなしのようですね、とエイダ殿下はジョージの態度がよくなったことに、ありがとうございます、と美しい所作で頭を下げた。

 クレメント氏にあと一歩足りない優雅さを見たぼくのスライムは、むむ、とエイダ殿下の一挙手一投足をつぶさに観察していた。

「お婆様。祠の魔力奉納の時に楽しいことがあれば精霊たちが出現するように、教会の定時礼拝でも礼拝方法を変えれば教会が光るのですが、両陛下は本日私たちが市中に出る許可をくださいませんでした」

「貴方の凱旋とガンガイル王国留学生御一行様を歓迎して市中はお祭り騒ぎです。とても皆さんを安全にご案内出きる状態ではありません」

 首を横に振ったエイダ殿下の言葉にマルコは食い下がった。

「今こそ絶好の機会なのです、お婆様。精霊たちはお祭り騒ぎが大好きなのです!そして、ガンカイル王国出身者たちは精霊たちに愛されているのです!ちょうど今頃、ぼくたちの護衛兼案内役が王都に戻ってくる頃でしょう。ぼくたちが見習い騎士団の制服を身に纏って認識疎外の魔法を使って出迎えに行けば、市民たちにバレずに市中に紛れ込むことができます。神々が与えてくださった絶好の機会なのです。教会を光らせましょう」

 マルコは両陛下に否定されても己の信念を通す究極のおねだりの矛先を元王妃に定めて懇願した。

 ジョージにとって悪い手本になるかもしれないけれど、七大神の祠巡りと教会の定時礼拝に乱入することが旅の定番だったマルコにとって自国でしない選択肢はない、と祖母に詰め寄った。

「マリアの手紙は全て穴が開くほど何度も読みました。数々の奇跡のような出来事は神々の思し召しかのように絶妙なタイミングでガンガイル王国の留学生一行の皆さんがかかわったから成し得たことだと理解しています。予備騎士の制服がこのタイミングで新調してあるのも、神々の思し召しなのでしょうね」

 判断の早いエイダ殿下がいくつか指示を出す姿に、根回しとはこういうふうにするのか、とジョージは呟いた。

「制服の数量の確認を取る間に、年寄りの与太話に付き合っていただいてもいいでしょうか?カイル君」

 突然指名をされて首が伸びたぼくに犬型のシロが四阿の方向を見遣った。

 あちらでうかがいましょうか?と四阿に誘導しながら、お城の中庭の四阿と言えば緑の一族の族長のカカシと面会した時を思い出して思わず笑みが漏れた。

「ああ、緑の一族の族長もそうやって少し俯いて笑みを見せる仕草をよくしていましたね」

 懐かしむように言うエイダ殿下の言葉に、もしかしたらそれは短期間一緒に住んでいたカカシの仕草からではなく、生母から学んだ仕草ではないかと気付き、胸がグッと熱くなってぼくは青空を見上げた。

 ケインがぼくの上着の裾をぎゅっと摘まんだ。

「生母を亡くしてから緑の一族の族長と交流する機会がありましたが、それほど影響を受けた気がしないので、きっと生母の仕草から学んでいたんでしょうね。こうして三歳で死別した生母からの影響を指摘されると、ぼくの中でまだ母が生きていて命を繋いでいることを誇りに思います」

 ぼくの言葉がエイダ殿下の涙腺を直撃したのか、殿下は大粒の涙を浮かべた。

「この国は緑豊かで、緑の一族のお世話になることなどないと、私はずっと考えていました。でも、カテリーナを帝国の皇帝がお求めになった際、私たちは本人の意向を叶えてあげたくてお断りいたしました。帝国に囲まれたこの国の現状からすれば、国益を損ねることになる決断でしたが、カテリーナの手紙の端々からアルベルト殿下への思慕が溢れていましたから、娘の幸せを国益より優先したつけが回ってきたのです」

 エイダ殿下の話では、カテリーナ妃の魔力量の多さから皇帝の第五夫人として迎えられる、夫人たちの序列を無視した破格な待遇での縁談を断ったことで、帝国から様々な圧力をかけられ、心労から前国王が倒れたことで、一時的にキリシア公国の魔力不足が起こったらしい。

「カテリーナは移動制限がかけられていましたし、新国王は急遽引き継いだ内政と、一触即発の外患との交渉に疲弊していました。王妃には妊娠の兆候があり無理をさせられない状態だったのです。そんななか、緑の一族の族長が植物の調査をしたいと申し出てくださって、国境付近を拠点に長期間滞在してくださったのです。あのときどれほど助かったか……」

 エイダ殿下の両目から溢れ出た涙がぽたぽたと頬を伝って膝に落ちた。

「……族長は急用ができた、とお帰りになってしまいましたが、緑の一族の調査隊は残ってくださったことで、帝国軍はキリシア公国に干渉できなくなったうえ、私たちは国を護る結界への魔力奉納の負担がまるで夫が生きていた頃のように軽くなりました。緑の一族は我が国の恩人です……」

 涙を拭うことなく話し続けるエイダ殿下にマルコがハンカチを差し出した。

「この世界の中心に近いキリシア公国の結界は、世界を支える結界の一つと言っても過言ではないので、魔力で地脈の乱れを整える緑の一族の族長として当然のことをしたまでです」

 緑の一族への感謝をぼくが一身に受けるものではない、とエイダ殿下に言うと、悲しそうに眉を寄せて、首を横に振った。

「……この国が助かった裏側でカイル君のご両親が亡くなりました。あの時、曾孫の不幸を調査するためと言って族長が去られたのは、時期的にカイル君のご両親がお亡くなりになったころです。私は何と言って貴方にお詫びをしたらいいのか……言葉が見つかりません」

 エイダ殿下の突然の告白にぼくたちは息をのんだ。

 兄貴とシロは無言で俯いている。

 否定しないということは事実なのだろう。

「……両親のことは緑の一族の族長でさえ、予見できなかったことなのです。族長があの時キリシア公国に来なかったなら、きっと別の土地で魔力を整えていたことでしょう。そういう責任のある立場の人なのです。……両親の死はぼくの人生の最大の不幸でしたが、今はこうしていい家族や友人たちに恵まれ、キリシア公国を訪れることができました。ぼくは幸せです。この幸せの一端をエイダ殿下が担ってくれたのですよ」

 ぼくの言葉に涙を拭いたエイダ殿下は驚いたようにぼくを見た。

 ぼくの両親に関しては皇帝が悪い、としか言いようがないので負い目を感じてほしくない。

「族長が即座にこの地を離れられたのは、キリシア公国がそこまで魔力不足ではなかったからです。ぼくの両親の調査を終えた族長はこの地に戻ることなくぼくの家でゆっくり寛いで滞在してくれました。その間うちでは三つ子が生まれ、てんやわんやでしたが、楽しく過ごせたいい思い出があります。この国の皆さんの頑張りのお陰でぼくは忙しい族長と家族として過ごす貴重な時間をいただきました」

 ぼくを見つめるエイダ殿下の瞳から再び涙が溢れ出た。

「なんと素晴らしい考え方をする少年なのでしょう!……カテリーナへの行動制限が解かれ、孫を連れて一時帰国できるように交渉できたのもガンガイル王国親善大使、エル・ブーン・オスカー・ブライト・ガンガイル様の口添えがあってのことです。私の皆さんへの感謝の念はつきることがありません」

 エイダ殿下はオスカー寮長の正式名をすらすらと口にして、感謝の対象をガンガイル王国留学生一行全員に広げた。

「お義母様!感謝のし過ぎで皆さんが恐縮されています。公式の場では込み入ったご挨拶ができないから、と中庭に精霊たちが出現したのを口実に皆さんにご挨拶することになさったのでしょうけれど、こうも号泣されるとご迷惑ですよ」

 ぼくたちの間に割って入った王妃殿下は、娘と息子がお世話になったうえ義母までお世話になりまして……と長々と挨拶を始めた。

「お母様!私たちが市中に降りる許可は出たのですか!」

 しびれを切らしたマルコに、ね、兄様はお行儀がなっていない、とジョージが突っ込んだ。

 もう、この場は無礼講ということにしてくれないかな。

「ええ、下りました。教会の司祭様にも連絡を入れてあります。客室棟に予備騎士の制服をご用意してあります。私もお忍びで参りますから、お義母様、ジョージが抜け出さないようにしっかり見ていてもらえませんか?」

 エイダ殿下が頷くと、置いていかれる不満に口を尖らせたジョージにマルコが声を掛けた。

「お城の舞踏室のバルコニーから城下町を一望することができるから、ジョージは町全体の状況を観察する大切なお役目をするのですよ」

 マルコは七大神の祠巡りと夕方礼拝を同時に行えば町中に精霊たちが出現するのではないか、と提案した。

「そうですね。町中に精霊たちが出現したら町を一望できるこのお城が観測任務を果たすのに一番いい場所ですね」

 キャロルの言葉に、観測任務!と嬉しそうにジョージは何度も繰り返し呟いた。


 ぼくたちが着替えを終えて客室棟のエントランスに集合すると、予備騎士の制服を着用した両陛下と思しき二人が既にいた。

 唇に人差し指をあてた国王陛下と思しき人物は笑顔で言った。

「秘密任務をこなす予備騎士マイクとキャシーです」

 ジョージの両親だなぁ、との感想が頭をよぎったぼくたちは表情筋に身体強化をかけて平常心を装った。

 ぼくたちは七大神の祠に魔力奉納をする班と教会の夕方礼拝に参加する班に分かれて徒歩で移動することになった。

 教会の夕方礼拝にはマイクとキャシーとマルコとキャロルとウィルとぼくとケインと兄貴と正規の騎士なのに予備騎士の制服を着た護衛騎士たちが担当し、七大神の祠には残りの留学生一行と本物の予備騎士たちが分散して担当することになった。


 城下町ではお祭り騒ぎの市民たちが屋台で一杯ひっかけており、とても賑わっていた。

 予備騎士の制服のお陰で治安維持のために増員された警備員に紛れて、誰にも注目されることなく目的地に到着することができた。

 話が通っていた司祭に簡単な挨拶をするだけでぼくたちは礼拝所に入ることができた。

 供物としてぼくたちは蜂蜜を、マイクはヨーグルトを寄進したので精霊たちが出現する条件は整った。

 夕方礼拝の直前まで司祭や教会関係者たちと礼拝方法を確認し、時間になると身分に関係なく司祭の後ろに並び両手をついて魔力奉納を行なった。

 礼拝所内は光り輝き精霊たちが踊るようにくるくると回りながら出現した。

 百聞は一見に如かずという状態なのか、予想通りの結果にもかかわらず、教会関係者もマイクもキャシーも茫然として礼拝所内を眺めた。

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