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国王の鷹

 猫たちが三匹並んで牛筋煮込みを食べている光景は可愛らしく、交代で食事を終えた騎馬隊員たちが表情を緩めてみていたが地面に鷹の影が映ると姿勢を正した。

 やっと自分の順番が回ってきて今食べ始めたばかりの三人の隊員たちのトングを持つ手が止まった。

 仕事をさぼって焼肉に舌鼓を打っているようにしか見えない状況に気まずくなっているじゃないか。

 見かねたキュアが上空の国王の鷹に話をつけるべく飛び立った。

 大方お腹が満たされたぼくたちは青空を見上げていると、キュアが国王の鷹に渡そうとした最上級なお肉を国王の鷹が断るように振り払って落下させた。

 みぃちゃんが見事な跳躍力でお肉をキャッチしたのを見て、キュアの国王の鷹への買収計画が失敗したことに地上にいる全員が頭を抱えた。

 国王の鷹は騎馬隊たちが任務の途中で焼肉に興じていることに立腹しているのではなく、国王の長女からアーンと食べさせてもらった騎馬隊隊長に立腹していることは、キュアと鷹との精霊言語でのやり取りを聞いていたぼくと兄貴とケインだけが理解している。

 マルコの成長を見守ってきた国王の使役魔獣の隊長への憤りもわからなくはない、とぼくたち三人は顔を見合わせた。

 マリア姫がアーンと差し出したのだから断るのは難しい状況だった、と国王の鷹に思念を送った。

 “……卒業記念パーティーで彼氏ができたと聞いていたのに、あいつが姫の手ずから肉を食べさせてもらうなど将来を約束する彼氏に対して申し訳ないじゃないか!”

 卒業記念パーティーでマリアをエスコートしたぼくが焼いた肉をマルコが隊長に食べさせたのだから、ぼくたちの関係に溝をさす出来事ではな……違う違う!ぼくとマリアは将来を約束していない!

 “……バッカじゃないの!カイルとマルコは将来を約束しあったカップルじゃないよ!カイルが焼いた肉をマルコが隊長に食べさせていたじゃない!現状把握をするなら私見を混ぜちゃ駄目なんだよ”

 キュアが国王の鷹を叱り飛ばした。

 地上からもスライムたちが、少ない情報から判断せざる得ないのは理解できるけれど現状把握くらいはしっかりしようよ、と国王の鷹に叱責すると、勘弁してくれとばかりに国王の鷹はピーピーと甲高い鳴き声を上げた。

 人の話を聞かない鷹だな。

 昨年の、カテリーナ妃の嫁ぎ先の国に入国した際にマリア姫とその下僕たちとの焼肉ランチを見ていただけの国境警備兵たちや、飛竜に馬車ごと運ばれて国境を超え帝国に再入国した時の焼肉の匂いに耐える兵士たちの映像に匂いをつけた精霊言語を国王の鷹に送り付けた。

 そんな中で食事する方も気まずいんだよ。

 送り付けた情報量の多さに頭がくらくらしたのか国王の鷹は失神するように墜落し始めた。

 陛下の鷹が、と見上げていた騎馬隊員たちから絶叫が上がったが、急降下したキュアが背中で受け止めた。

 拍手と歓声が上がる中キュアが地上に国王の鷹をそっと下ろすと、ぼくは念のために回復薬を振りかけた。

 国王の鷹は口に入った回復薬のまずさに悶絶すると、陛下の鷹に何をする!と隊長がぶっ飛んできた。

 悶絶していた鷹は隊長を見るなり飛び上がると隊長の頭を突いた。

「こら、元気になってすぐ隊長を攻撃しちゃ駄目だよ。マルコにアーンとしてもらったことが羨ましかったのでしょう?」

 ぼくの言葉に国王の鷹はぼくを見て、羨ましくない!と精霊言語で答えたが、あらあら、と言ったマルコはお肉を小さく刻んで国王の鷹にアーンと箸で摘まんで差し出した。

 “……わしはいらん”

 “……鷹なのに儂だって!”

 マルコの周囲を飛行しながらもお肉を拒否した国王の鷹をスライムたちがからかった。

「マリア姫が育てた牛なのに、いらないならぼくのスライムにあげちゃうよ」

「育てたなんて大袈裟です。数回餌をあげて牛舎の掃除を手伝っただけです」

 牛舎の掃除を姫がしたのか!と隊員たちも国王の鷹も驚いてマルコを凝視した。

 ぼくは左腕にタオルを巻きつけると、おいで、と国王の鷹に声を掛けた。

 ぼくに向かって低空飛行した国王の鷹がぼくの左腕に止まると拍手が沸き起こった。

「意地を張らずに食べようよ。マリア姫の様子を見に来たのなら何が起こっているのかを確認するお仕事だからつまみ食いじゃないよ」

 ぼくはそう言うと左腕をマルコの方に向けて国王の鷹の嘴の前にマルコの差し出すお肉があたるように動かした。

「ほら、アーンしてごらんなさい。餌にした牧草が特別なものだから、お肉がとっても美味しくなっていますよ」

 国王の鷹は大きな目をぱちぱちさせて小首を傾げた後、パクッとお肉を嘴で咥えた。

 “……これでお主も騎馬隊員たちと同罪だ、なんて考えていないから。美味しく食べてね”

 “……マリアが帝国留学の最中に飼料の作り方を学んで、牧場を買収し、牛を肥やして解体する判断をしたんだ”

 “……お世話をしたら情も湧くけれど、人間だって食べなきゃ生きていけないのを理解して決断したんだよ”

 “……甘っちょろいお姫様ではないんだよ”

 キュアとみぃちゃんとスライムたちに精霊言語で話しかけられた国王の鷹はお肉を咥えたままマルコをじっと見た。

 “……姫様はご成長なさったのだな”

 感慨深げな眼差しをマルコに向けた国王の鷹はゴクンと肉を飲み込んだ。

「今回の道中でマルコとしてマリア姫が仕留めた獲物もあるからあっちで見せてあげるね」

 ぼくは馬車の裏手の方に国王の鷹を連れて行こうとすると、ぼくの後ろにいたマルコに、虫が苦手なら無理をしない方がいい、とウィルが止めに入った。

 耐性のある隊員の希望者のみを引き連れてぼくたちの取り分の蜂の子を見せた。

「これをね、素揚げにすると美味しいけれど、見た目がなんでしょう?だからね、衣をつけて天婦羅にするといいんだよね。でも、それを国王陛下に献上すると嫌でしょう?」

 国王の鷹はぼくの説明に頷いた。

「だから、ちょっと味見をしてほしいんだ。あっ、ちょっと待ってね。解凍しないとお腹の中が凍っちゃう」

 ぼくのスライムが一匹差し出した蜂の子を魔法の杖を一振りして解凍した。

 なんだなんだ、とどよめく隊員たちにウィルが魔法の杖の説明をした。

 国王の鷹は躊躇うことなく蜂の子を一口で食べると、美味い!魔力量の多い良い食材だ!これなら献上品として問題ない!と精霊言語で話した。

 国王陛下は精霊言語を取得しているのかい?

 ぼくが直接国王の鷹に精霊言語で話しかけると、鷹は驚いたようにぼくを振り返って見た。

 “……国王陛下は儂の言葉を理解していないよ。これは魔獣言語だと思っていたけれど精霊言語なのかい?”

 国王の鷹は魔力の多い魔獣だけが使いこなせる言語だと勘違いしていたようで、精霊たちの声を聞こうとすれば聞けるようになるよ、と教えてあげた。

 “……仕事がないときに練習しないと、精霊たちはうるさいから、またパニックを起こして墜落するよ”

 キュアが注意するとみぃちゃんとスライムたちも頷いた。

「カイル君を見ていると国王陛下の鷹と気持ちが通じ合っているように見えます」

 国王の鷹がぼくの話を聞いたかのような仕草をして蜂の子を食べ、その後もぼくに頷く様子から隊長はぼくのことを魔獣の気持ちがわかる少年と考えたようだ。

「なんとなく陛下の鷹が訴えかけていることがわかるような気がします」

 うすらとぼけてそう言うと、陛下の鷹を手懐けるなんて凄いことです!と隊員たちがぼくを褒めた。

 国王の鷹はぼくの左腕で羽ばたいて、手懐けられていない、と抗議した。

「客人に行儀よくしているだけで手懐けられていない、とのことです。そうだ!国王陛下の鷹さんにお願いがあるんだ。ぼくたちのポニーはとても優秀で、今までキリシア公国の人たちが見たこともない速度で走るから、この先の道にいる人たちに軽い威圧をかけて道を譲ってくれるように先導してくれるかい?」

 “……わたしたちより早く飛ばなくては先導の意味がないから、よろしくね”

 鼻の穴を膨らませたアリスの言葉に国王の鷹は凛々しい表情になった。

 “……わしもそんじょそこらの鷹とは一味違うことを見せてやるよ”

 国王の鷹の言葉にアリスが頷くと、わかり合っているようですね、と隊長は呑気に言った。

「隊長!我々が遅れをとるから先導を陛下の鷹に任せると言っているようですが!」

 隊員の言葉に留学生一行全員が頷いた。

「無理しなくていいですからね。ぼくたちの馬車はその気になれば障害物を飛び越えて走りますから、後に続くと普通の馬たちが可哀想です」

 ウィルの言葉に騎馬隊員たちは疑問符の浮かんだ表情になったが、魔法で一気に後片付けをする様子を見て、常識が違う!と馬たちを含めた全員が真顔になった。


 国王の鷹はアリスの馬車より少し速く飛行し、前触れでマリアの帰還を知った国民たちが街道に溢れてこないように威圧でせき止めてくれた。

 騎馬隊員たちを置き去りにして猛スピードで駆け抜ける三台の馬車に街道わきの国民たちは呆気にとられた表情で手を振った。

 “……途中の町は飛び越えるから覚悟しておいてね!”

 アリスの精霊言語に合わせてぼくのスライムが馬車から飛び出しジャンプ台に変身すると、みぃちゃんのスライムは三匹に分裂しポニーたちを天馬に変身させた。

 “……こりゃあたまげた”

 勢いよくジャンプ台を駆け抜けた三台の馬車が町を飛び越えると国王の鷹は大喜びした。

 “……アッハハ!騎馬隊がついてこられないのは騎馬隊のせいじゃない!”


 王都に到着する直前でアリスが速度を落とすと、よくわかっているじゃないか、と国王の鷹はアリスの配慮を褒めた。

 丘の上に聳え立つキリシア公国の王城は王都の城壁の外からも見えた。

「美しい城だね」

 白壁に青いとんがり屋根の塔がいくつもあるお城はいわゆる絵本の挿絵に描かれるようなお城だった。

 アリスの馬車が城壁の門に到着すると、ずらりと並んでいた職員たちが頭を下げた。

「さあ、姫様一年ぶりの王都への帰還です」

 馬車が検問もなく通過すると涙ぐんだエンリケさんに馬車の窓を開けるように勧められた。

 姫様お帰りなさい!

 街中の人たちが集まったかのような大勢の人々が道の横にぎゅうぎゅうになって集まっており、マルコに声を掛けた。

 笑顔で手を振るマルコを見た人々から、姫様が王子様になった!と混乱する声が上がったので、ぼくたちは噴き出した。

 男装を解除することをすっかり忘れていた。

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