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故郷の森

 日の入り前に滑り込んだ町の教会の夕方礼拝に突撃し、礼拝所内を光らせて精霊たちを出現させると、司祭は快く中庭の使用許可を出してくれた。

 教会関係者たちを夕食に招待すると、カレーライスの美味しさに口が軽くなった司祭は、大聖堂島から定時礼拝方法を古式ゆかしい様式にせよ、と通達が来ていたが何のことだかさっぱりわからなかった、と内情を暴露した。

 どうやら、この教会では司祭と司祭補しか早朝礼拝をおこなっておらず、古い宗教画を参考に司祭の後ろで司祭補が蹲るだけでは何の変化もなかったらしい。

「教会関係者全員……それでも少ないから、町民も交えて全員で一斉に祭壇に向かって跪き魔法陣に両手をついて魔力奉納をするのですか」

 そもそも人数が足りなかったのか、と司祭補は嘆いた。

「私たちの魔力では足りないかと思うのですが……」

 魔法学校の生徒さんたちがいたから今日の奇跡が起きた、と下働きの老婆が申し訳なさそうに言った。

「教会関係者は日々祈りを捧げる司祭様たちの暮らしを支えているから、神のご加護があるはずです」

 ベンさんの発言に給仕をしていた御者ワイルドは頷いた。

「毎日、ピカピカに光らせなくても日々少しずつ光量が増えていくと、それはそれで研鑽の証のようでいいではありませんか」

 キャロルの呟きに教会関係者たちは安堵したようにホッとした表情で頷いた。


 翌朝、教会関係者たちと張り切って早朝礼拝をおこなうと、昨晩に引き続き教会が光った、と一部の好奇心旺盛な町民たちが様子を見に来たので、夕方礼拝に参加するように司祭は促した。

 人数が増えることに気をよくした教会関係者たちと二日目のカレーを食べると、ぼくたちはキリシア公国へと出発した。


 昨年の蝗害の被災地にもまばらに緑が萌え、街道脇の防風林に新たな苗木が移植されているのを見ると、新入生たちは被害の大きさに険しい表情になったが、順調な復興の兆しを見たようにマルコとエンリコさんは穏やかな表情になった。

 生態系が元に戻るまで通常なら時間がかかるだろうけれど、土壌改良の魔術具で護りの結界が世界の理まで繋がったからきっと回復も早まるだろう。

 上り坂が多くなりポニーたちを馬車に載せると、森の緑はどんどん濃くなりキリシア公国の周辺の土地の魔力が充実していることが明確にわかった。

 この緑を守るためにマルコたちは危険な旅に出たのかと思うと感慨深い風景だ。

「土地の魔力や結界によってこうも差が出ることを目の当たりに致しますと、上に立つことを定められた自身の身を正さなければ、と緊張感を持ちます」

 将来、王家に入ることがほぼ決定しているキャロルが姿勢まで正すと、貴族としての矜持を示すかのようにウィルも背中をピシッと伸ばした。

「故郷の森が変わらずにあることを誇らしく思います」

 マルコの言葉にエンリコさんはうっすらと目に涙をためた。

 国境の門に近づくと御者ワイルドたちは馬車を止め、アリスたちを馬車に繋ぎ普通の馬車のように見えるようにしていると、車窓から街道に写る影に気付いたマルコが空を見上げて言った。

「お父様の鷹よ!」

「ああ、陛下の鷹が迎えに来たようだな」

 懐かしそうな顔をしたマルコは、昨年、留学経路を両親に内緒で勝手に変更してしまったことを思い出したのか青くなった。

「一緒に怒られましょう」

 エンリコさんの言葉にマルコは素直に頷いた。


 国境の検問所に降り立つとキリシア公国側に大勢の人が詰めかけているようなざわめきが聞こえ、姫様お帰りなさい!という声もあった。

「人気者だね」

「そんな……出来損ないの姫なのに……」

 そう呟いて俯いたマルコにキャロルが肩を叩いた。

「そんなことは言いたい奴らに言わせておけばいいのです。私たちは蝶よ花よと育てられましたが、責任を全うしています。顔を上げてください。この新緑に萌える森を維持したのは、諦めなかったマルコが己の責務を果たしたから守られたのです」

 そうなったのはぼくたちに出会ったからだ、と言いたげな視線をマルコはぼくと兄貴とウィルに向けた。

「マルコさんが兄たちに出会ったことは幸運の引きが強かったことで間違いないでしょう。でも、マルコさんの運の良さはガンガイル王国留学生一行の馬車の横を歩いていたことだけで、兄たちが蝗害対策の魔術具を作ることになったのは、マルコさんの国を守りたいという熱意と人柄が兄たちに伝わったからです。現に今、自分勝手にぼくたちに助けを求める人たちを振り払うために、こうしてキリシア公国に足を運んでいるじゃないですか」

 困難に立ち向かおうとする勇気と手を差し伸べてあげたくなるマルコの人柄があっての幸運だ、と励ますケインの言葉にぼくたちは頷いた。

 自信を取り戻したマルコがうっすらと頬を赤く染めて検問所の向こうを見据えると、エンリコさんは再び目に涙を浮かべて呟いた。

「年寄りは涙もろくていかんのだ」

 クレメント氏が同意するようにエンリコさんを見つめてたおやかに少しだけ首を傾けると、スライムたちは採点せずに祖国と姫を守った老人を無言で称えるクレメント氏を見守った。

 商会の馬車の検査が済むと、検査官は留学生一行の二台の馬車には積載物の書類に目を通し留学生一行の身元確認書類に目を通しただけで簡単に検問を通過する許可を出した。

 ぼくたちが馬車に乗り込むとキリシア公国側の扉が開いた。

 門の両側にはキリシア公国の騎士団と思しき鎧を身に纏った青年たちがずらりと並び、姫様お帰りなさい!と揃った声でぼくたちの馬車に声を掛けた。

 隊長らしき青年が御者ワイルドに、城までご案内いたします、と申し出た。

 エンリコさんとベンさんが馬車を降り、マリア姫を城まで送り届けたら、自分たちはキャンプを張るつもりだ、と説明した。

 我々の任務はマリア姫と客人を城まで警護することなので、その先は両陛下とご相談ください、と隊長は言った。

「皆さんがお城に滞在されるのは窮屈かもしれませんが、キリシア公国にとって皆さんは大変な恩人ですので、どうか両陛下のご招待をお受けください」

「急な訪問でご迷惑をおかけいたします。我々も次の町に入るまでの二、三日滞在させていただけると幸いです」

 ベンさんとエンリケさんと隊長は宮廷側から指定された滞在地に寄るまでの数日間ほどキリシア公国に滞在する、というすり合わせを行った。

「足の速い馬を今すぐ先ぶれに出してください。うちのポニーたちは優秀ですから今まで騎馬隊の皆さんが見たこともない速度で城まで駆け抜けますよ」

 ベンさんの言葉に隊長は訝し気にアリスたちを見たが、エンリケさんが真顔で、急いだ方がいい、と隊長に促した。

「我々は昼食を済ませてから出発します。マリア姫の無事な帰還を早くお城に知らせてください」

 隊長が前触れを選出している間に、ぼくたちは国境を越えると恒例になりつつある焼肉を始めることにした。

 馬車からマルコが降りるとぼくたちを取り巻くように見守っていた騎馬隊の面々が、マリア姫か?と口をあんぐりと開けた。

 マルコは隊長に近づくと、お勤めご苦労様です、と声を掛けた。

 歩く姿も話しかける姿勢も立派な公子らしい振る舞いのマルコに、マリアをよく知る人物らしい隊長は、姫ご立派になられて、と呟いた後、ありがたきお言葉を頂戴いたしました、と男装のマルコに目を丸くしながら姿勢を正した。

「堅苦しいことは一旦なしにしましょう。だって、ここはキリシア公国ですもの。私を後ろから刺すような人物がここにはいないでしょう?焼肉を始めますから皆さんも交代で召し上がってくださいね」

 マルコの言葉に、やきにく?と隊長は首を傾げたが、ぼくたちは黙々と土魔法で椅子やテーブルを作り七輪を並べ始めていた。

「マルコ!火おこしを頼んでいいかな?」

 キャロルが声を掛けると、いいよ、と元気よく返事をしたマルコは、ポカンとしている隊長を放置して紅蓮魔法の力加減の練習になる、と喜んで右腕に巻き付く火竜を出現させた。

 騎馬隊員たちが、おおおお、マリア姫が覚醒された、と大喜びしたが、紅蓮魔法を放つ火竜は七輪の炭起こしのガスバーナー程度の炎しか噴出していない。

 何だかシュールな光景に面白がったキュアが鞄から飛び出すとマルコの向かいのテーブルの上の七輪まで飛び、口から卓球玉サイズの炎の塊を吐き出し炭に着火させた。

「そうね。火の勢いだけでは駄目なのですね。わかりました。風魔法を組み合わせて下から風を送ります」

 キュアとマルコは魔法の練習をしながら次々と七輪にセットされた炭を着火させた。

 水場を確保するため井戸を掘ったり、その辺の食べられる草と持ち込んだ野菜でサラダを作ったりと、ぼくたちは好き勝手に楽しい昼食会場を設営した。

「こんなにたくさん護衛がいても仕事なんかないのだから交代で焼肉に参加したらいい」

「いえ、元騎士団長の勧めでも、我々は任務中です!お肉を食べるなどもってのほかです!」

 エンリコさんの勧めをきっぱりと断った隊長の前までとことこと歩いていったキャロルは絶妙な提案を出した。

「皆さんの任務はマリア姫と客人たちの警護兼案内ですよね。でしたら、長旅で運ばれた生肉の安全性を確認するのも立派なお仕事ではありませんか?」

「そうですね。帝国で買収した牧場の牛を潰して運んできたお肉です。おや、これは大変な事態です。解体してから何日も立っていますよ」

 棒読みのセリフのようにマルコが言うとぼくたちは笑い出した。

「マリア姫様がキリシア公国の騎士団とガンガイル王国の騎士候補たちの交流の場を用意してくださった、ということにしていただけませんか?」

 ウィルのこじつけに隊長の表情は神妙な面持ちのまま目が泳いだ。

 ぼくは隊長のそばの七輪にシャトーブリアンを一切れ載せた。

 解けた脂が炭火に落ち、ジュっと音を立てると煙と肉の焼ける香りが広がった。

 裏面をサッと炙ると特製のブレンド塩をぱらっと振りかけた。

 マルコはぼくの作戦を理解し菜箸でちょうどいい焼き加減のお肉を摘まむと微笑んだ。

「さあ、熟成肉は熟成なのか腐敗しているのか、是非、確認してください。隊長!」

 アーンとマルコが声を掛けると誘惑に負けた隊長は素直にアーンと口を開けた。

 パクッと一口で食いつくと隊長は目を閉じて恍惚の表情を浮かべた。

 そして、自分の任務を思い出したかのようにカッと目を見開いた隊長は叫んだ!

「この世のものとは思えないほどの美味しさだ!でも、これは私には美味しすぎて毒かどうかの判別がつかない!隊員たちは三名ずつ順番に焼肉に参加し、この味について詳細な報告書を後で作成するように!」

 いきなり頭のスイッチが切り替わった隊長に隊員たちは魂を込めたかのような腹の底から出るいい声で、はい、と返答した。

「状況判断のできる優秀な隊長ですね」

 ベンさんは最初に選ばれた三名を席に案内し、塩、たれ、辛味噌、を紹介し、肉を食べたら飯を食え、野菜サラダも忘れるな、と焼肉の流儀を説明した。

「こんなに美味しい肉を食べたのは初めてです!口の中でお肉が!お肉が消えました!」

 感激する隊員たちにぼくたちは、うんうん、と頷いた。

 美味しく食べる人たちと一緒に食べると、ぼくたちもうんと美味しい食事になる。

 今まで、国境警備兵たちに匂いばかり嗅がせて自分たちだけが食べていた焼肉とは一味違う楽しい焼肉を堪能した。

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