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逃げるが勝ち?

 王都の辺境伯寮の全体で気を付けた方がいいことだから、父さんに相談しようということで三つ子たちの話を終わらせてぼくたちは就寝した。

 みぃちゃんとみゃぁちゃんはミロの猫のところに遊びに行くのか、ぼくが眠りに落ちる直前に部屋を出る音が聞こえた。


 お米を炊く匂いで目が覚めた時は、寝坊した!と思ったのに夜明け前の教会の中庭で御者ワイルドと教会関係者が朝食の支度を早めに始めていただけだった。

 魔獣たちまで手伝っているということは早めに出発した方がいい事態があるのかと思い、兄貴とシロを見ると無言で頷いた。

 ケインとウィルも起き出すと、留学生一行全員が起床した。

 手早く身支度を済ませると、いつでも出発できるように馬車を整えた。

 早朝礼拝では多くの町民たちが、昨日の鳥肉のオイスターソース炒めのお礼に、と家にある食材を持ち寄って特設祭壇に奉納したので精霊たちが喜んで姿を現した。

 早朝礼拝を終えたぼくたちはおにぎりと豚汁の朝食を済ませると、先を急ぐから、と名残惜しむ教会関係者に告げて町を後にした。

 前前世の皇帝の領土ではバイソンたちはすでに国境の森から外れて北上してしまっているので、追跡を断念して南下することにした。


 町を離れるとアリスたちポニーを馬車に載せて一気に南下し、蝗害の被災地の付近のオオスズメバチの発生源に向かった。

 オオスズメバチに襲われて倒れていた人たちを目の当たりした衝撃からキャロルとミロは、今被害に遭っている人たちを心配する発言を朝食の席でしていたからだ。

 どうやら精霊たちの干渉があったようで同室のマルコまで南方の地で農作業中にオオスズメバチに襲われて倒れている農民たちの夢を見たらしい。

 馬車の中で協議した結果、蜂駆除の魔術具を作ってしまおう!と盛り上がった。

 腹ごしらえの昼食のために街道脇の人目につかない場所を魔法で整地して、炊事場を作ると新入生たちが喜んだ。

 中華が続いたので昼食はお好み焼きの横でステーキを焼くちょっとした贅沢を楽しんだ。

「広域魔法魔術具で範囲を指定しオオスズメバチの魔力にだけ反応する氷結魔法の魔術具を冒険者たちに貸し出せば、我々が蜂駆除の専門家のような真似をしなくて済むのですね」

 胸元に拳をあてて小首を傾げたクレメント氏の所作をスライムたちが採点をしている。

 平均値は45点で、赤点をつけるスライムはいなかった。

 クレメント氏は着実に淑女らしさを身につけているようだ。

「魔術具を冒険者ギルドに預けてしまえば、ぼくたちの出番がないのはありがたいですね」

 大量の蜂を見なくて済むことをキャロルは喜んだ。

「一か所の冒険者ギルドと契約して、各地のギルドに必要に応じて運ぶだけの依頼も出しておけば、いちいちぼくたちがギルドを回らなくてもいいよね」

 ウィルの提案に、その方が管理も楽だ、と商会の代表者も喜んだ。

「そうすると、それなりの数の魔術具を一度に用意しなくてはならないから大変じゃないか?」

 ぼくたちが夜なべして魔術具を作ることを想像したベンさんは顔を顰めた。

「ケインのバズーカーほど大きなものじゃなくて、帝都の瘴気対策で寮生たちが携帯していた小型の魔術具を改良するから問題ありませんよ」

 そうか?と兄貴の答えに納得していないベンさんに、ケインは収納ポーチからオオスズメバチの魔石の袋を取り出して見せた。

 地面に落ちたオオスズメバチからスライムたちが魔石だけ回収してくれたのだ。

「これに魔法陣を刻んで装着するだけだから簡単な手作業ですよ」

 ぼくの説明に、また誰もできないことをサラッとするんだから、とクリスとボリスが同時に言った。

 小さな魔石にも手作業で描きこむ母さんと違って、ぼくとケインは精霊言語で刻みつけるだけだから簡単なんだけど、ここは手先が器用だということにしておこう。

「それにしても朝から慌ただしく出発した理由は何だったのでしょうか?」

 クリスの素朴な疑問に、起きた時から慌ただしかったから、としか言いようのない気持ちでいたみんなは、はて、と一様に首を傾げた。

 まあ、ワイルド上級精霊が急ぐと普通の人は疑問を抱く間もなく急ぎたくなってしまうものだ。

 なんとなく心当たりがあったぼくが口を開く前にウィルが口にした。

「ぼくたちの行方を追っている皇子殿下の遣いがいるかもしれないだろう?」

 国境の町で訪問予定地の領主から遣いが来ていたことをウィルが指摘すると、あれか、とみんなも頷いた。

「ああ、冒険者ギルドでバイソンの群れを追うと言ってしまったから、滞在先を推測されやすい状態だったな」

 うっかりしていた、と言ったベンさんに、結果的にはよかったのでは?と商会の代表者は言った。

「バイソンを追って北上していると思わせておけば連中をまくことができますし、このままキリシア公国に向かってはどうでしょうか?」

 自国に向かう案が唐突に出されて、お好み焼きを頬張っていたマルコの目が丸くなった。

「キリシア公国の保存食を我々も取り扱いたいのですが、一族秘伝の品ですからマルコさんと共に入国したら多少なりとも融通していただけるのではないか、という下心があります」

「そうですか。たくさん用意できない品ですが、おそらく、鰹節をキリシア公国に卸してくださいましたら何とかなるかもしれません」

 鉄板の上で踊るお好み焼きの鰹節を見ながら、よく似た形の鰹節のあまりの美味しさに感動して本国への手紙で大絶賛したら両親が興味を持っている、とマルコは頬を染めて言った。

「あんなに味気ない非常用食料に似ているのに旨味の塊だから、両陛下も一度食べたら虜になりますよ」

 エンリケさんの言葉に非常食を食べたことのあるぼくとウィルとクリスとボリスは笑ったが、新入生たちは、何それ?と頭に疑問符を浮かべた表情をした。

 エンリケさんが自分の鞄から本物を取り出して見せると、新入生たちは枯れ枝にしか見えない外見に、鰹節にそっくり!と言いながら匂いを嗅いで、無臭だ!と首を傾げた。

 エンリケさんがナイフで削いで欠片を新入生たちに配ると、口に入れた新入生たちは微妙な表情になった。

「ハハハハハ。美味しくもないが不味くもないだろう。でも、非常食として完璧なものだよ」

 小腹が空いたから食べようとならないから在庫が減らないし、時間の経過が緩やかな収納の魔術具に保管しておけば賞味期限がとてつもなく長くなる完璧な保存食だ、とベンさんは絶賛した。

「緊急時の栄養補給として魅力的な食材ですから、うちの商会としては取引できるなら魅力的な商品です」

 ぼくたちにしても先を読まれない滞在先としてキリシア公国を選択することに異議はなかった。


 午後からはオオスズメバチの多発地点の冒険者ギルドに立ち寄り、オオスズメバチ駆除の依頼を受ける冒険者たちを引き連れて実演販売のように魔術具の使い方を説明した。

「このようにオオスズメバチを見つけると、こちらの範囲指定の魔術具を投げつけます」

 魔力が多ければ誰でも扱えることを示すために小柄なミロがブンブンと凶暴な羽音を立てるオオスズメバチから逸れた方向に手榴弾のような広域魔法魔術具を投げた。

 小柄な子どもが投げたにしては飛距離が長かったことに見学者たちから、おお、と声が上がった。

「オオスズメバチの方向から逸らして投げることで、オオスズメバチを刺激することなく巣ごと指定範囲内に収めてしまう魔術具です。この魔術具が開いた状態になっているか視力強化を使用し目視で確認してください」

 ベンさんの説明に、やっと冒険者らしい能力を使える、と見学する冒険者たちが目を凝らした。

「確認できたらこの水鉄砲型の魔術具を、それこそ明後日の方向でもかまわないのでうちさえすれば追跡機能があるのでオオスズメバチは巣ごと凍結してしまいます」

 マルコが真上に向かって魔術具の引き金を引くとキラキラと輝く氷の粒がオオスズメバチに向かって広がっていった。

「予想以上に綺麗ですね」

 キャロルの発言に見学者たちも頷いた。

「氷の粒が消えたら駆除完了です。一番氷の粒が集まっていたところに巣がありますから、それを持ち帰れば依頼達成です」

 これは凄い、と冒険者ギルドの職員たちは拍手をした。

「これを俺たちに売ってくれればいいだけなのに、なぜ冒険者ギルド預かりにするんだ?」

 冒険者たちの発言にギルド職員たちも頷いた。

「ご覧になってわかるように、けっこうな魔力を放つ魔術具です。オオスズメバチ駆除にしか使用できない物ですが、他の魔獣に試してみたくなったり、転売を目論んだりする冒険者が出ないとは限らない。ギルドで管理してもらえないなら、この魔術具を冒険者には託せません」

 あり得る、とギルド職員たちは納得したが、冒険者たちはまだ不満げな表情だった。

「まだ、いくつか問題点があるので、話を聞いてください」

 ぼくはスライムたちに落ちているオオスズメバチを回収させながら冒険者たちに声を掛けた。

「オオスズメバチの残骸は物凄く低温なので素手で触らないでください。凍傷になります。うちのスライムたちは優秀だからできるのであって真似しないでください。ああ、猫たちも特別に優秀な魔猫です」

 オオスズメバチを咥えている三匹の猫たちも普通の猫ではないと強調した。

「つまり、オオスズメバチの残骸を放置すると、牧草地なのに低温障害を起こし草の成長が遅くなるでしょうから、換金率の高い巣だけ持ち帰って蜂の残骸を放置しない契約が必要になります」

「ああ、巣が高額だからとオオスズメバチを駆除しすぎると、害虫を捕食するオオスズメバチの激減により近隣の農地に害虫が増えて生産効率が下がります。取り過ぎ注意です!」

 ぼくとウィルとケインがつらつらと問題点をあげつらうと、冒険者たちはたじろいだ。

「ハハハハハ。簡単に言うと、この魔術具を買い取っても十分な利益が出るとは思えないので、借りる方がいいのです」

 利益が出ない、というベンさんの言葉に一番説得力があったようで冒険者たちは、そうか、と項垂れた。

「あんた方に利益がないのに、こんな立派な魔術具を貸してくれるのか?」

 ギルド職員の質問に商会の代表者が答えた。

「魔法学校の生徒さんの魔術具ですから、使用頻度、耐久性、全ての実験を兼ねています。ですから冒険者ギルドで記録を詳細に取ってくれることに意義がありますし、こうして協力する我々もオオスズメバチの魔石を買い取るつもりがあります。条件によっては幼虫も買い取りましょう。詳しくはギルドに戻ってから話し合いましょう」

 オオスズメバチの魔石も買い取ると聞いた冒険者たちが這いつくばってオオスズメバチ拾いに参加しだすと、ギルド職員と商会の人たちは冒険者ギルドに戻っていった。

 男装の女子三人や虫嫌いの留学生たちも商会の人たちについていき、残った虫好きたちは巣が入っている木の洞に向って行った。


 ぼくたちが巣を捕獲して冒険者ギルドに戻ると、契約書の雛形が出来上がっていた。

「昨年の飛蝗駆除の魔術具を制作した魔法学校生たちの魔術具なら信頼が置けます。管理は我々に任せてください」

 ほくほくの笑顔でギルド長に迎えられたぼくたちは、では、先を急ぎますから、と自分たちの取り分をもらうとそそくさと次の町に旅立った。

 長居をすると足取りを追われてしまうからね。

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