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早朝の探索

 夕方礼拝では全員が跪いて一度に魔力奉納をすると礼拝所が光ることをハンスの町の教会で検証するためにぼくたちも協力して行なった。

 床から壁や天井まで魔法陣が光ると精霊たちが礼拝所いっぱいに出現した。

 教会関係者たちは壁面に現れた魔法陣に注目したが、五歳児登録を済ませて魔力奉納ができる年齢の孤児院の子どもたちは、精霊さんこんばんは、と可愛らしく挨拶をした。

 自分の脳内にある唯一の魔法陣を思い描いて本能で城跡の大地の神の祠に魔力奉納をしているハンスは精霊たちの出現に喜ぶ子どもたちを見て微笑んでいた。

 礼拝所内の魔法陣を自分が理解できない暗号だとチラッと見るだけで解読を諦めてしまったハンスを見ていると、魔法学校に通って早く基礎魔法学だけでも習得すべきだと思ってしまう。

 神々からこの土地を護る者として魔法陣の記号を授かっているのに、正規の領主一族ではないハンスはただこの町の安寧のためにひたすら魔力奉納をしているだけで、魔法が使える楽しさを全く享受していない。

 衛生的な環境で明日の食事の心配がない暮らしになったことは確かに幸せなことだ。

 日々死ぬよりつらい苦痛を一身に受けていたころより幸せだろうが、今のハンスは、たとえいい出会いがあって恋に落ちたとしても妻子を養う経済力がない。

 町を裏側から支えるハンスの社会的地位は教会の雑用係でしかなく、ハンスの次に魔力奉納を代行するだろう幼子も責務ばかりあるのに十分な補償がない。

 ぼくはキャッキャとはしゃぐ子どもたちを見てそんなことを考えていたが、礼拝堂の魔法陣を初めて目の当たりにしたケインを除く新入生たちは必死にメモを取っていた。

 余裕をかますケインに、なんでそんなに呑気なの!とキャロルが詰め寄ると、ケインは無言で記録係の自分のスライムを指さした。

 キャロルのスライムはキャロの肩の上で任せておけと胸を張った。

 教会が輝いたことで集まってきた市民たちに、ガンガイル王国の留学生たちが来たので礼拝方法を変えただけだ、と教会関係者たちは説明した。

 日中の祠巡りでぼくたちを目撃した市民たちは、昨年に続きありがとうございます、と涙ながらに挨拶しするので、ぼくたちの前には握手会のように行列ができ、流れ作業のように市民たちと握手をし続けた。

 こうなることを見越していたかのようにワイルド上級精霊とベンさんが大量に仕込んでいた豚汁とお握りを市民たちに振る舞い、教会関係者たちは市民たちに、毎日の早朝礼拝に参加するように、と促していた。

 教会前の広場では小腹を満たした市民たちが歌いだし、精霊たちは喜んで薄暗くなった広場を明るく照らした。

 その幻想的な光景に見に集まった市民たちから神々への感謝の言葉が囁かれた。

「ああ、私はなんて愚かだったのでしょう。国や領地を動かしている力は、ネコ車のような一輪車ではなく、領主一族と教会で前輪を支え貴族と領民たちが後輪を支える馬車のようにしっかりしたつくりなのだということが頭から抜け落ちていましたわ!」

 選民意識が抜けきらなかった、と嘆くお嬢様言葉に戻ったキャロルが、この世界を四輪駆動車のように例えたことにぼくは吹き出した。

「いや、馬鹿にしたわけじゃないよ。気付かなかったぼく自身に呆れただけだ。教会の定時礼拝に市民たちが参加するようになれば、司祭様や聖女様の負担が軽減されるからハンスが留学しても大丈夫なんじゃないかということを、すっかり失念していたんだ」

 ぼくのとっさの言い訳に、ケインは集まった市民たちの数から定時礼拝で集まる魔力量の暫定数値を想定した。

「明日の早朝礼拝で実際に魔力の負担軽減を体感できるだろうけど、ざっくりと見積もっても一般市民二、三十人で司祭補一人分の奉納する魔力の量だと仮定したら、その十倍近い市民が集まれば、司祭様と聖女様が交互に城跡の大地の神の祠に魔力奉納をしても老体に負担を強いずに済みそうですよ」

「さっきの夕方礼拝では皆さんの魔力奉納のお陰で楽だったのを体感しました!みんなの魔力が合わさると一人一人の負担が減るんですね。一年ぶりに精霊たちも出現して……なんだか、留学してもいいよと、精霊たちに後押しをしてもらったように感じてしまうのは自分勝手な思い込みなのでしょうか」

 ハンスが漏らした言葉に、自分勝手じゃない、とぼくたちは口を揃えて言った。

「辛く苦しい経験を強いられてきた人は、幸福を追求することがまるで罪かのような過剰反応をすることがあるようにぼくには思えるのですよ。ぼくの知り合いの女の子は、飢餓にあえぐ村で口減らしになる、と悪い大人に騙されて劣悪な環境の孤児院に入りました。そんな彼女に非がないのに保護された後も、自分が悪かったのでは、と自責の念に囚われていました。いいんですよ。普通の人は自分が幸せになるための行動を躊躇ったりしないんです」

 ケインは卑下しがちになるハンスに緑の一族の末裔のフエの話を例に出して、留学の機会を後ろめたく思わないでほしいと語った。

 その子は何も悪くない、と言ったハンスの言葉を肯定するように精霊たちがハンスのそばで点滅した。

「うちのおじい様から正式な招待が来たら受けてくださいね」

 ハンスはキャロルの目を見て、はい、と力強く返事をした。

 ぼくたちはお祭り騒ぎになった教会前の広場から中庭へ移動し、馬車を変形させて本日の寝室を作った。


 女子三人が寝室に入ったのを確認したベンさんに呼ばれた男子が商会の馬車の裏に集まった。

「国境付近の森の探索にゾロゾロと留学生たち全員を引き連れていくと、森に生息している魔獣たちに威圧感を与えてしまうから、人数を絞って明日の早朝にちょっと探索に行こうかと考えている」

 ベンさんの提案にケインが眉を顰めた。

「少人数は賛成ですが、女子抜きでメンバーを決めたら、後で揉めますよ」

「そうなんだが、キャロルがキャロお嬢様だと、この教会の関係者たちは知っているから、キャロルが国境の森に行くと言い出したら、教会関係者たちは絶対止めに入るだろう。そうなると揉めることになるのは間違いない。だったら、ここは年長者がちょっと観察に行った、としておけば丸く収まるだろう?」

 ベンさんの提案にぼくたちは頷いた。

 年の順なら新入生の出番はない。

 クリスとボリスの兄弟に任せてぼくたちが留守番すれば、女の子たちから文句が出ることはないだろう。

「ぼくもその案に賛成ですが、ラウンドール公爵領に続いている森の探索にぼくも行きたい、という気持ちを抑えきれません」

 ウィルの言葉にぼくと兄貴の口角がニヤリと横に広がった。

「命の危機ではないけれど、予行練習をすべきだよね」

 ぼくの発言にウィルもニヤリと笑った。

「ちょっと待った!敵を欺くには味方から、ということで人形遣いの魔法で早朝礼拝に身代わり人形を置いて、カイル兄さんとウィル君も探索に行く気なのかい?」

 ケインは自分が行くことは想定しない口ぶりでぼくたちを止めた。

「バレたらどれだけ恨み節を聞かされるか想像したくないよ!」

 ケインの主張に新入生たちから笑いが起こった。

「本番さながらの緊張感を持って臨めるじゃないか!」

 ウィルが好奇心あふれる輝いた目で言うと、ケインも人形遣いの魔法を実践する機会に心が動いたのか目を泳がせた。

「バレたとしても新しい魔術具の練習だったと言えばいいだけだよ」

 ベンさんが開き直ることを提案すると、それもそうか、とケインも自分の好奇心を優先することにした。

 みぃちゃんとキュアも行きたがったので、二体の人形操作はぼくとみぃちゃんのスライムに任せることになった。

 早朝からの探索隊はベンさんを隊長にぼくとケインとウィルとクリスとボリスに決まった。

 ぼくたちは早々に寝床に入り明日に備えることにした。


 まだ空が白む前にコッソリと起床した探索隊メンバーは三体の身代わり人形をベッドに残して静かに教会を出た。

 一部の教会関係者と町の門番にだけ作戦を打ち明けていたベンさんの手腕で開門前に町を出ることができた。

 堂々と町を出たのはベンさんとクリスとボリスだけで、ぼくとケインとウィルは三人が門を出るタイミングで気配を消して身体強化を駆使して門を飛び越えた。

 門を飛び越える瞬間にできるだけ魔力を消して結界の外に出たので、事実上町を護っているハンスが気付かなければ、隠密で町を出入りするのに有効な手段だと言えるだろう。

 門の外でベンさんたちと合流すると国境付近の森に向けて身体強化をかけて全力疾走した。


 国境付近の森にたどり着いた時、ちょうど日の出の時刻になった。

「キュアがいるせいか、魔獣除けの薬草の効果か、瘴気の気配を感じずに移動できたな」

 夜間の出発を強行したベンさんは、日の出と同時に一つの緊張感が解けたように笑った。

「ここからは通常の魔獣駆除の依頼を熟すように、森に入る危険察知を怠らないように」

 ベンさんの注意に、はい、とぼくたちは元気よく答えた。

「人形操作をしている三人は俺の後方につくように、しんがりにクリスがついてくれ。三人は森の探索より人形操作に気を使ってくれ!」

 好奇心旺盛なぼくたちが森の中を勝手に散策しないようにベンさんに釘を刺された。

 人形操作は分裂したスライムたちのアシストがあるので、教会で早朝礼拝を難なく熟している。

 ぼくたちは森の生態系に興味津々だったがベンさんの言いつけを守り、ベンさんの後ろから、獣道(けものみち)に残る魔獣の糞や、木々に残る草食系魔獣たちの食性の跡を観察した。

「ここはバイソンより小型の草食魔獣の縄張のようですね」

「ああ、バイソンの好物の木の実を大角鹿が食べた形跡がある。バイソンたちはここまで南下しなくても冬を越せたようだな」

 森の奥深くまで行かなくても生態系の確認ができたので帰ることにしたが、ちゃっかり茸と薬草を少しだけ採取して教会の皆の手土産にすることにした。

 全力疾走で町に戻ると、問題はぼくたちが身代わり人形と入れ替わるタイミングだった。

 行きは闇夜に紛れて門を飛び越えたけれど、帰りはすっかり晴れ渡った青空の下門を飛び越えたら丸見えだ。

 ぼくとケインとウィルは人通りがない町はずれまでぐるっと迂回し、自分たちの魔力を押し殺して結界の柵を飛び越えた。

 養鶏場の鶏たちにも気づかれないほど気配を殺して教会裏まで近づくと、マルコが身代わり人形のぼくたち三人に、あの花の名前はなあに?と裏口に誘い出した。

 ……バレてる?

 ここは開き直ってしまおう、とぼくたちが顔を見合わせていると、ジョシュア君が二人を引き留めているから早くしなさい、と小声でマルコがぼくたちをせかした。

 身代わり人形が花壇まで近づくと、ぼくたちは人形の魔力を遮断して元の大きさに人形を戻し、さり気なく人形を拾い上げた。

「大丈夫だよ。二人は何も気付いていないよ。へえ、こんな変わった形のチューリップがあるのね」

 小芝居をするマルコに合わせて、そうだよ、とぼくたちは言った。

 なんでマルコにだけバレたのだろう。

「さっき気付いたの。早朝礼拝に市民たちが教会前に集まっているのにスライムたちが教会裏を気にしている気配がしたの」

 プルンとした水まんじゅうのようなスライムたちの視線がわかるマルコはそのうち精霊言語を取得しそうな気がするよ。

「黙っていてくれてありがとう」

 マルコの耳元で囁くと、様子を見に来たキャロルとミロに、男同士でイチャイチャしている!と指をさされてしまった。

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