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オレンジの友情の広がり

 前エピソードにて、作者錯誤によりカイルとマリアが交際している記述がありましたが、それはボツにした内容を踏まえた物であり、正しくは親しい友人ではあるが恋人ではない、という本来の内容に変更しました。

 その他に変更点はありませんので、前話を再読しなくても本エピソードに影響しないはずです。

 どうぞよろしくお願いいたします。

 冒険者ギルドに到着すると、去年はありがとう、と居合わせた人たちに声を掛けられた。

 キャロお嬢さまと新入生たちが冒険者登録を済ませると、今年は依頼自体が少ないよ、とギルド職員から近郊の農村からの依頼がほとんどないことを教えられた。

 むくれるキャロお嬢さまに、魔獣討伐のために帝国に入国したのではないでしょう、とケインが突っ込むと、ギルド職員たちや冒険者たちを笑わせた。

 バイソンの群れは北東部に分散し周辺の生態系が整ってきたようで、このギルドで斡旋している依頼は一角兎や土竜の間引き程度で、厄介なものでも大スズメバチの駆除ぐらいしかなかった。

「バイソンの群れの行方とその後の魔獣たちの生態系の観測を魔獣学の先生と約束したのでしばらく国境沿いの村を回ってから蝗害の被災地に向かいます。復興が進んでいるそうなので楽しみです」

 しばらくウロウロしてもぼくたちが冒険者として依頼を受けないとわかると、居合わせた冒険者たちは饒舌になった。

「飛蝗が大量発生したきっかけになった土地に教会が少ないのが問題だ、と第二皇子殿下が領主様にかけあって、司祭を育成する学校をつくると奔走されているらしいな」

「そうか。おれは、正しい魔法知識があれば怪しい雨乞いをしなくなる、と第二皇子殿下が仰って地方に初級魔法学校を併設した教会を作るべく奔走されていると聞いたぞ」

 第二皇子は大きな神学校を作る前に自分の後ろ盾の領地から司祭候補となる魔法学校生を育成する方針に出たようだ。

「成績優秀者は大聖堂に行けるらしい、と子どもを学校に通わせるよう促しているらしい。大人は復興事業の灌漑工事に貧困層の農民や難民を派遣して、子どもたちは寄宿舎に入れる方向で詰めていると聞いたぞ。たいしたお方だ」

 親子が離れてしまう政策だが、貧困層ほど子どもを労働力と考えて教育から遠ざけてしまうから、基礎教育の就学率を上げる初期の一時的政策ならありだろう。

「それもこれもガンガイル王国から過分な支援を得たからですね」

 冒険者たちが第二皇子を持ち上げると、ギルド職員は昨年、派手に活躍したハロハロを金髪の美青年でカッコよかった、と話した。

「帝国もガンガイル王国も世継ぎの君が頼りになるなんて幸先が良さそうだ」

 第二皇子の後ろ盾の領地に近いこの土地ではすっかり第二皇子が皇太子の最有力として見られているようだ。

 ぼくたちはテキトーに相槌を打ちながら、終末の植物の発生がないことを確認すると冒険者ギルドを後にした。

 商会の人たちが商売をしている間にぼくたちは町の七大神の祠に魔力奉納をしていると、こちらにいらっしゃいましたか、とこの町では見かけないような上等な上着を着た男性に声を掛けられた。

「我々に何か御用でしょうか?」

 ベンさんが代表して応えた。

「ガンガイル王国留学生御一行様をお迎えに上がりました。私、ククール領領主カルビン様の代理人クレールと申します。本日ガンガイル王国留学生御一行様が帝国に入国なさると伺っておりましたのでこうしてお迎えに参りました」

 頭を下げたクレールさんに、ベンさんはきっぱりと言った。

「留学生たちを迎えに来たのは我々、帝都ガンガイル寮生たちと関係者の俺であって、ククール領は六日後に訪問予定です。我々は随行する商会の交易ルートとしてククール領に立ち寄りますが、基本的には魔法学校生たちの課外研修を兼ねたこの旅では生徒たちの希望を叶えることが最優先です。どうぞ領主様にその旨お伝えいただきたい」

 第二皇子の後ろ盾と隣接する領地が焦っていることは理解できるが、皇帝からぼくたちが立ち寄るように指定されているのだから大人しく待っていてほしい。

「あのクレール様。つかぬ事をお尋ねいたしますが、こちらの魔獣かこちらの植物にお心当たりがありませんか?」

 ウィルは魔獣学と植物学の先生から見かけたら調査してほしい、と言われていたリストのメモをクレールさんに見せた。

「残念ながら心当たりはございません。初めて目にする単語ばかりです」

 そうですか、と残念そうに首を傾げながら言ったウィルは、それでは長居する意味がないと言いたげに表情を歪めた。

「ガンガイル王国からの留学生の皆さんは大変優秀だと伺っておりましたが、本当に真面目に研究に打ち込まれているのですね」

 感心するクレールさんに、先を急ぎますから、とベンさんが断りを入れると、ぼくたちは一礼してそそくさと馬車に戻った。


 商談を終えた商会の人たちと合流するとハンスの町に向かうべく御者ワイルドは馬車をとばした。


 教会で出迎えてくれたハンスや司祭や聖女と一年ぶりの再会に涙した。

 今年の留学生たちを紹介して、オレンジの香りが立ち込める教会の中庭でそれぞれが持ち寄ったメニューで昼食を共にしながら互いの一年を話し合った。

 教会側からは懐かしのバインミーとぼくたちは食堂のおばちゃんたち特製のラザニアだった。

 孤児院の子どもたちの相手を魔獣たちが務めてくれている間、この町の周辺の農村で二毛作が成功し暮らしが楽になった話を司祭から聞けた。

 ぼくたちは旅の道中で土壌改良の魔術具を販売した話をしたところ、司祭は周辺の環境が整うと教会でのお勤めが楽になったと喜んで報告してくれた。

 ぼくたちが帝都で精霊たちを出現させまくり魔法学校でわちゃわちゃした結果、教皇から大聖堂島に招待された話をすると、おめでとうございます!と司祭は我がことのように喜んでくれた。

「教皇猊下の招待で大聖堂島に行かれたとは、それは大変素晴らしいことですね。私も司祭試験の時に大聖堂島に行きましたよ」

 司祭は試験前の一年間だけ大聖堂の神学校に通った外部試験組で、出世街道から外れており一生を地方の教会を転々としているとのことだった。

「大聖堂島の神学校に進学するのは実家の支援が篤いか、ずば抜けて成績優秀で推薦枠に入るかしないと、と案内してくれた神学生から聞きました」

 司祭と大聖堂島の話で盛り上がっていると、馬車の中でマルコから男装の手ほどきを受けたキャロお嬢さまことキャロルが、一生に一度は訪れたいところです、と言った。

「ぼくたちはゆっくりできずに即行で帰ることになったので、是非もう一度訪れたいですね」

 ウィルの一言から帝都魔術具暴発事件の話に移った。

「新米上級魔導士たちによる魔術具暴発事件ですか。私が大聖堂島に滞在していた期間にも古代魔術具研究倉庫で暴発事故がありました。大聖堂島には優秀な魔導士たちがたくさんいますから事なきを得ましたが、五つの教会都市から治安警察隊員がなだれ込んできて一般礼拝者たちを次々と避難させていくみごとな手腕に呆気に取られて見ていた記憶がありますな」

 司祭は懐かしむように遠い目をして話したが、ぼくとウィルが気になったのは邪神の欠片の研究所での事故はたびたび起こっているのか?という疑問だった。

 ワイルド上級精霊は穏やかな表情で子どもたちにラザニアを取り分けていたが、ぼくをチラッと見て小さく頷いた。

 柔和な表情なのに、月白さんが全く働いていなかったから把握していない、と言いたげなワイルド上級精霊の額に青筋が浮かんでいないのに気配で見えた。

 この話を掘り下げたいのにウィルはワイルド上級精霊の機嫌に気付いていない。

「ええ、治安警察の初動の速さは素晴らしいですよね」

「一般礼拝所で精霊たちが大発生しただけでその輝きに火災と勘違いした治安警察隊が一斉放水していました」

 ウィルとボリスの思い出話に、なんてことだ、と司祭たちは噴き出した。

「建物内で精霊たちが集まって一斉に光り輝くと火災と間違われてしまうのは仕方ないですね」

 聖女の言葉にキャロルと男装のミーアことミロも頷いた。

「ガンガイル王国の皆さんは大量の精霊の出現に慣れていらっしゃるのですね」

 ハンスはぼくたちが去ってから、この町ではもう精霊たちの大量出現はない、と打ち明けた。

「真面目に日々のお勤めを果たし生活も楽になってきましたが、あの輝きが見れないのは残念です」

 ハンスは自分たちの努力が足りないからだと顔を顰めた。

「精霊たちは姿を見せなくてもいつもそばにたくさんいるよ。精霊たちが興奮して姿を現す事態に陥っていないことが、ハンスたちが頑張ってきた証じゃないか」

 もう中央広場にカビた食材を集めて浄化する必要がなくなり、市民たちが飢えることなくひと冬を過ごせたことは、当たり前すぎて精霊たちが歓喜の舞をするほどではないが、当たり前の生活をするためにハンスたちが頑張ったことは事実だよ、と説明すると、ハンスや教会関係者たちは涙ぐんだ。

「そうだ、カイル君。城跡の礼拝室に司祭様も聖女様も入れました!あと、洗礼式前の子どもも扉に触れたら光ったけれど、幼すぎるので中に入らないように言い聞かせています」

 ハンスは嬉しそうに自分だけが苦労していたわけではない、と語った。

 お互いに積もる話がありすぎて昼食の後も七大神の祠巡りと大地の神の祠に魔力奉納をしに行きながらハンスと語り合った。

 ハンスのオレンジの種から苗木を育てて移植したこと、オレンジの木のお礼にガンガイル王国に短期留学する資金を辺境伯領主が用立てする意思があることを、キャロルがハンスに伝えた。

「信じられません。本当に留学できるんですね!」

「高齢の司祭様と聖女様の負担を考えると本当に短期間しか町を離れられないですが、幸いこの町は国境の町に近いですから、ガンガイル王国に入国してしまえば、本物の成体の飛竜に乗れるので、王都だろうが辺境伯領だろうが一日でいけますよ。滞在先については王都なら辺境伯寮で、辺境伯領ではカイルの実家が名乗りを上げています」

「何もかもお世話になるのでは申し訳ないです」

 ミロが詳しく説明すると恐縮したハンスにキャロルはきっぱりと言った。

「ハンスさんにここまでしても辺境伯領主の気は治まりません。いいですか、一年中毎日オレンジがたわわに実る希少な木が、大陸の冷蔵庫、と揶揄される辺境伯領で根付いたのですよ。帝都のガンガイル王国寮でも毎日食べ放題だと聞きましたわ。それもこれもみんな、ハンスさんのお陰です!」

「飛竜の里でも根付きましたので、飛竜たちが喜んでいます。彼らにしてもハンスさんの送迎は何度だって喜んで引き受けてくださいますわ!」

 語気を荒くしたミロとキャロルは男装のまま口調が女の子に戻っているので、ぼくたちは吹き出し、ハンスは困惑したように目を泳がせた。

「失礼いたしました。私冒険者志望なので男装していますが、ガンガイル王国辺境伯領主長男の長女のキャロラインです。この旅では冒険者キャロルとして活動するつもりでしたので、自己紹介では省略致しました。どうぞお見知りおきを、ではなくキャロルとお呼びください」

「私は辺境伯領騎士団第三師団長長女ミーアこと冒険者ミロです。ミロとお呼びください」

 短髪で骨格が男児に見えるような認識阻害の魔法をかけていたキャロお嬢さまとミーアが魔法を解いて挨拶すると、驚いたハンスはタタタっと三歩さがった。

「あの、実はわたくしも変装していました。だますつもりはなかったのですが、旅をするのには男装の方がなにかと問題が起きにくいのでこうしておりました。私はキリシア公国皇女マリアです。ですが、ご友人になっていただきたいのでマルコと呼んでいただけますとありがたいです」

 ぼくの友人として接していた留学生たちが突如として三人の美少女に変身したことで、ハンスは耳まで真っ赤になった。

 ごめんなさい、と三人は男装に戻り、ハンスに驚かせたことを謝罪した。

「男女の性差についてはどうしようもありませんが、身分については気にしないでくださいね。留学生一行として、ひとくくりで見ていただけるとありがたいですし、そもそもハンスさんは世が世なら領主一族ですよね」

 城跡の礼拝室に入れることからキャロルが指摘すると、そうだった、とハンスも納得した。

「領地を護るから領主一族は敬われるのですわ。ハンスさんは私たちと同じで敬われるべき人物なのですから、卑下なさらないでくださいませ」

「口調がお嬢様言葉に戻っています」

 自分もさっき女の子言葉に戻っていたミロがキャロルに指摘した。

「ありがとう。気を付けます。ミロもぼくのことをお嬢様と呼んではいけませんよ」

「はい!……男装を解いてもですか!?」

「決まっているでしょう!普通の友人でいたいのよ!」

「わかりました。ですが、まだ女の子言葉が残っています!」

「ミロが敬語を止めたらね!」

 ハンスをそっちのけにしてキャロルとミロが友情を確かめ合っている姿にハンスは力を入れていた肩を楽にした。

「気楽に留学しようよ!」

 ウィルの言葉にハンスは頷いた。

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― 新着の感想 ―
高齢司祭と聖女のことを考えると扉が光った子供を鍛えて5年でも10年でも待ってからガンガイル王国に留学でも仕方なしとハンスなら考えていそうですね。 ハンスの未来が少しでも明るいものになりますように!
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