常識の違う特殊な愛妻家
キャロお嬢さまは赤面してブンブン横に首を振った。
「まだ、誰と結婚したいとか、考えたことはありませんわ!」
全力で否定するキャロお嬢さまに、ええ、そうでしょうね、と二人の老婆は顔を見合わせて微笑んだ。
「義務と責任を忘れなければ、貴女は貴女に与えられた自由があることを覚えていればいいのですよ」
「それを理解していなかったから私たちは冷めた生意気な少女時代をすごしたのです」
「いえ、許される範囲内でなら自由に恋愛できると知っていても、貴女は本ばかり読んでいたでしょうし、皇帝はそんな貴女を掻っ攫っていったでしょうね」
辺境伯領主夫人と第三夫人はキャロお嬢さまに言い聞かせながらもコントのように自分たちの話をした。
あれ?
いくら皇帝が第三夫人に一目惚れしたといっても、一度も話したことのない相手にいきなりプロポーズするなんてなにかおかしい。
「あの……アメリア様。つかぬことをお聞きしますが、クレメント、という名前に何か馴染みがあったりしませんか?」
ぼくのスライムがぼくとおなじような違和感を覚えたのか、第三夫人もクレメント氏と同じように転生を繰り返すたびに皇帝のそばにいた人物だったのではないか、と疑って鎌をかけた。
クレメント、とゆっくりと発音して小首を傾げた第三夫人は困ったように眉を寄せた。
「聞き覚えがありませんが……懐かしい感じがいたします」
「ラウンドール王朝の最後の国王の名前ですわよね」
第三夫人はキャロお嬢様の返答に、そうでしたわね、と言いながらも何か気にかかるように首を傾げた。
「アメリア様がクレメント氏を気にかけるということは、生まれ変わりを繰り返す皇帝の運命の相手として生まれ変わりをしている存在なのかな?」
とケインの疑問に、たぶんね、兄貴が答えた。
「太陽柱の過去の映像の中から、転生する皇帝を探し出したら、幼馴染のクレメント氏のように女性がいることが確認できるけれど、過去の転生ではこんな異様な執着心を見せていないんだ」
お茶会から抜け出したシロは、スクリーンにシロが確認した前世の皇帝やクレメント氏や第三夫人の姿を映し出した。
「ご主人様。これがクレメント氏の前世で、帝国が北方遠征に力を入れていた時代です。上級魔法学校がラウンドール王国になかったので、ガンガイル王国の上級魔法学校で三人は巡り合います」
ガンガイル王国王立魔法学校の制服を着た三人が共同で課題に取り組む仲の良い映像を映し出した。
「この時のクレメントは幼少期ラウンドール王家の分家に生まれています。幼少期に国境の田舎町で小児喘息の療養中に、当時、帝国の属国であった隣国の王家の次男として生を受けた皇帝と知り合い、親睦を深めました。アメリアは辺境伯領領主の三女として転生し、初級魔法学校からの知り合いであるクレメントの紹介で上級魔法学校から留学した皇帝と知り合います。皇帝と恋仲になったアメリアは、魔法学校在籍中に婚約します。その前の転生の過去二回とも、二人が知り合うきっかけはクレメントの紹介ですね」
眉を顰めた兄貴の表情から察すると、何か良くないことがあったのだろう。
「クレメントの記憶では転生は三回ですが、アメリアの過去を辿ると四回あります。ご主人様の推測通りクレメントが火山口に閉じ込められている間に、一度転生している画像をアメリアの魔力を辿って発見できました。クレメントがいない前世ではガンガイル王家の長女として生まれたアメリアは、一年間の予定で帝国に留学し、中央教会の寄宿舎から通う魔法学校生の皇帝と魔法学校で接触しています。ですが、親し気に話しかけてくる教会所属の皇帝に、懐かしさと不信感が交錯して感情が不安定になったアメリアは護衛たちが心配して予定より早く帰国させてしまいます。その後の皇帝の姿を太陽柱で追えなくなるということは、大聖堂で邪神の欠片に接触したのでしょう」
ああ、そうか!
皇帝が詠唱魔法を行使できるのは、前世で神学を学んだ上級魔導士だったからで、邪神の欠片を携帯したディミトリーを自身の暗殺部隊に取り込めたのは、大聖堂で邪神の欠片を研究したからなのだろう。
「クレメントが仲介しないとアメリアと皇帝は結ばれないので、クレメントがいない現世に焦った皇帝が強引にガンガイル王国の魔法学校に転入してアメリア様を攫った、と考えられるのか」
ケインがため息をつくと、兄貴は黙って頷いた。
「いろいろ辻褄が合って来たようだね。同じ家系に転生するのは国の護りの結界の一部を記憶している魂だからその国に戻しているのかな?」
「ご主人様。私には神々のお考えを推し量ることはできません」
ぼくの推測をシロは否定も肯定もしなかった。
「カイル兄さん。王家に転生しているのは土地の権力者の家系というだけで、王朝が変わってもその地域の魔力の高い家系に生まれるのかもしれないよ」
さすがケイン。
目の付け所がいい。
ぼくたちは世界地図を広げてクレメント氏が前世(皇帝や、第三夫人には前前世)で誕生したラウンドール王国の場所を犬型のシロが書き込んだ。
「ラウンドール王国は前世のクレメント氏が誕生した時は、このような国土の広さだったのですが、火山口に飛び込むころにはここまで面積が狭くなっています」
「ラウンドール王国がガンガイル王国と併合した面積で、現在のラウンドール公爵領はこのままだね」
ケインはラウンドール王国併合前の王都の場所を地図に落とし込み、その時の遷都に伴って開拓されたぼくの出身の村の周囲を原野と書き変えた。
古い国土でのガンガイル王国の護りの結界が薄っすらと見えるかのようにぼくたちにも推測できた。
「帝国が国土を北西に広げたことで帝国も遷都して今の帝都の位置になりました。前世の皇帝は旧来の友であるクレメント氏を裏切ってラウンドール王国に奇襲をかけ国土の半分を奪いました。その褒賞として近隣の土地も当時の皇帝から下賜されています」
シロは前世の皇帝が獲得した地域に印をつけた。
「前世の皇帝の支配した領土の治世は良かったようで、戦地になり荒れてしまったラウンドール公爵領より前世の皇帝の領土の方が早く復興したため、分断された領民たちはラウンドール公爵領から親族を頼り国境を超えて移民した、という記録があるぞ」
過去の記録なら任せておけ、と魔本が収納ポーチから飛び出してきた。
「前前世のアメリアは七人の子をもうけて八人目の出産のときに死亡しているぞ」
ぼくたちは現世の第三夫人に子どもがいない理由に思い当たった。
「出産で第三夫人を失いたくないから、たくさんの女性と結婚して夫人たちの子どもを産ませたのかな」
囲い込んだ第三夫人を失いたくない皇帝の執念を感じる。
ケインは世界地図に帝国夫人たちの序列順に出身地に印をつけた。
「序列は男子を産んだ夫人が上にきているから無視してもいいんじゃないかな」
兄貴はケインの印を見ながら指摘した。
地図にはほぼ帝国全土から皇帝が嫁を貰っていることがわかった。
「自分の子どもたちが夫人たちの地元の貴族たちと婚姻関係になれば、帝国全土に魔力の多い皇帝の子孫が散らばるという算段なのかな?」
ケインの指摘に、あり得る、と思いつつもぼくと兄貴は首を傾げた。
「それにしては帝国全土が荒廃しすぎているし、そもそも皇族たちは帝都に集まり過ぎているんだよね」
卒業記念パーティーで勢ぞろいしていた皇族たちの姿を思い出して顔を顰めた。
「冬の社交シーズンだからではないのかな?」
ケインはガンガイル王国の常識で質問した。
「いや、お金の流れからみると、皇女たちは帝都にほぼ定住しているし、皇子たちも仕事でもない限り帝都にいるだろうね」
魔本が指摘するとケインは眉を顰めた。
「帝都に魔力が集中しているのに、邪神の欠片に誘発されたからといって帝都のそこら中で瘴気が発生するなんて、どうなっているの?」
「帝都を護る結界の魔力まで荒廃した国土に持っていかれるからじゃないかな?」
ああ、そっちか、とケインは溜息をついた。
「正直、この責任は現皇帝のせいではなく、帝国が戦争で国土を広げるたびに、戦争の功労者に褒賞として土地を与えてきたから世界の理と繋がらない護りの結界ばかりになったことが原因なんだ。世界の理にしっかりと根付いているまともな領地が魔力の低い土地を補うために相当な負担を強いられているんだよね」
それでは世界が破綻してしまう、とケインが呟くと、ぼくと兄貴も頷いた。
「土壌改良の魔術具が数年間だけ世界を整えている間に皇子たちがまともになって自身の後ろ盾の出身地方を護る結界が張れるようになれば、何とかなりそうなんだけれど……」
「皇子たちはどうにもピンとこない人たちなんだよね」
ぼくと兄貴の言葉にケインが叫んだ。
「産ませっぱなしで教育しない父親が悪いんじゃないか!」
「そもそも、第三夫人にしか関心を示していないからこうなってしまったような気がするよ」
ぼくたちと常識の違う特殊な愛妻家によって、そもそも歪んだ世界は破滅に向かって加速したのかな。
「第 七皇子と第二皇子が兄さんたちの干渉で変化が出たように、この数年で皇族の意識に変化があればなんとかなる見込みはある、と希望を持ってもいいのかな?」
ケインは自分ももうすぐ帝国留学をして巻き込まれる立場なのに他人事のように言った。
「数日後に迎えに行くから、皇族に絡まれる覚悟をケインもしておきなよ」
ケインが嫌そうに顔を顰めるとぼくと兄貴は笑った。
「女性陣たちの恋バナは止めないとどこまでも続くから、ここらでお開きにしようよ」
ぼくのスライムの分身が苦笑しあうぼくたちに報告に来た。
「そうですね。間に入りましょう」
シロがお茶会に戻ると、夢のような一時の終了を告げた。
「わかりました。このお茶会の時間は離宮に戻ればなかったことになり、ガンガイル王国を見学していた時間だけが経過しているのですね」
第三夫人はドピンクのドレスに着替え直して支度を整えると、自分の置かれている現状を確認した。
「キャロラインが面会に行くまでの間に姉様に贈られた生地でドレスを仕立てておきますわ」
「そうねえ。オーレンハイム卿夫人にデザイン画を頼む手紙を書くといいですわ。帝都でファッションショーを企画して成功させた方ですから、皇帝陛下にも不自然に思われることはないでしょうね」
第三夫人のいきなり性格が変わったような振る舞いにならないように辺境伯領主夫人は指摘した。
「わかりました、お姉様。私、新しい生地に興味が出たから新しいデザインを知りたい、という形で手配いたします」
第三夫人はキャロお嬢さまに、帝都で会いましょう、と約束して離宮に帰った。




