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作戦は発展する

「本好きのアメリアは皇帝が帰るとさっそく王家の魔術具の鍵に触れ、私の分身に接触しましたわ。いきなり発声魔法を使用しては驚かせるので、直接アメリアの脳に話しかけたら成功しました。明け方の特訓のときにアメリアを外に連れ出して皇帝の呪いから解き放つべきです!」

 離宮に籠もりきりになっている現状に満足している第三夫人は洗脳されている、と辺境伯領主夫人のスライムは主張した。

「離宮にいれば安心、とずっと言われ続けていることで外への関心がどんどん薄れていくように刷り込まれてしまった現状を打破するにはその方がいいかもしれませんね」

 薄明の時刻なら寝ているだけなのでまだ不慣れな操り人形の操作も誤魔化せるだろう、と提案するとオスカー寮長が辺境伯領主夫人に調整してくれることになった。


 調整の結果、亜空間に更衣室を用意して第三夫人は着替えてから辺境伯領領城の中庭に転移し、姉妹の再会を果たし、運行前の市電や地下鉄の臨時便で乗車体験をしてもらい、本屋で自分の好きな本を選ぶ楽しさを体験してもらうことになった。

 第三夫人の現在の姿がぼくのスライムの撮影で公開されて以来、オーレンハイム卿夫人を筆頭に、高齢のご夫人らしい落ち着いた少女趣味、を合言葉に急ぎでドレスを制作していたらしい。

 他のスライムたちは亜空間で人形遣いの技を極めたいとのことなので通常通りに訓練し、辺境伯領主夫人のスライムの分身を筆頭にみぃちゃんとぼくとみぃちゃんのスライムが着付けの手伝いをすると張り切っている。

 そもそもファッションにそれ程興味のないキュアは第三夫人を驚かせるかもしれないということで遠慮して人形遣いの練習に参加することを選んだ。

 決行は皇帝が第三夫人の離宮から去る薄明の時刻から第三夫人の起床時間までの数時間程度で、着替えの時間は亜空間だからノーカウントとなる。

 皇帝が離宮を去ると辺境伯領主夫人のスライムの分身が開始の合図を寮に待機しているもう一体の辺境伯領主夫人のスライムの分身に伝えることになっている。

 寮で待機している辺境伯領主夫人のスライムの分身は、ぼくのスライムと女子風呂に入ったり女子寮で仲良くなった女子寮生たちの新刊の薄い本を読んで散々寛いだりしてから、明け方近くにぼくたちの部屋にやってきた。

 時が来たようだ。

 シロは計画通りに離宮から第三夫人を亜空間の試着室に転移させた。


 試着室から、これは夢なの!そのようなものですわ!あら、可愛い!こんな下着は初めてよ!フフフフフ、と賑やかなお喋りが聞こえた。

 今回のぼくの役割は完全に裏方なので、ただ微笑ましく聞いているだけだ。

 キュアが人形遣いの魔法を習得するとキュアの身代わり人形を自在に飛ばすことができた。

 楽しくなったぼくたちはキュアの家族を増やそう!ともう一体キュアの身代わり人形を制作した。

「ジュエル兄さんにあげてもいいかな」

 ジェイ叔父さんがユゴーさんに確認すると、ぼくの家族と打ち解けていたユゴーさんは快く頷いた。

 ケインと三つ子たちにも……いや、三つ子たちにはまだ早いな。

「ご主人様。着替えが済んだようなので辺境伯領に転移させます」

 第三夫人とスライムたちとみぃちゃんは辺境伯領に転移し、ぼくたちは寮に戻り朝風呂を堪能して寮の中庭で魔力奉納をする、いつも通りの日課を熟した。

 朝食を終える頃、亜空間に転移すると、更衣室から聞こえてくる声は辺境伯領主夫人の声も混ざっており、早朝の地下街を貸し切りにして買い物を堪能したことが窺えた。

「ああ、アメリア。夢でもう一度会いたかったら孫のキャロラインがモデルの人形に魔力を込めるようにしてね」

「はい、お姉様。また夢で会いましょう」

 辺境伯領主夫人の言葉に第三夫人が涙ぐんだ声で答えたところで、シロは夫人たちを亜空間から転移させた。


 初回のお出かけは第三夫人の離宮で使用人たちに気付かれることなく大成功に終わった。

 ベッドの中に戻った第三夫人は夢の中の出来事だと考えたような振る舞いだった、と辺境伯領主夫人のスライムの分身が寮長室に集まったぼくたちに報告した。

 書を捨てて地方都市にでよう!作戦の成功を喜び合っていると、今朝は自宅に帰っていたお婆とオスカー寮長が微妙な表情をしていた。

「伯母上の外出計画はひとまず成功し………いや、帝都を散策するまで決行するんだったね」

 書を捨てて地方都市にでよう!作戦はノリノリになった女性陣たちによって、第三夫人がお忍びでオーレンハイム卿夫人後援の劇団を見に行くところまで計画が発展しており、顔バレしていない第三夫人を外出させ帝国の実情を知らせることになっていた。

「いやはや、本国では伯母上の話を聞きつけたキャロライン姫が帝都留学への出発予定日を前倒しにしたい、と言い出しているんだ。姪の自分が離宮を訪問すれば面会させてくれるかもしれない、という主張は隠密に離宮外から出た伯母上を公にガンガイル王国の女性王族と面会させる丁度いい機会でもあるのだ」

 キャロお嬢さまの我儘というより次の作戦として有効な手段だ。

 だが、去年ぼくたちの出発が例年の留学生たちより早かったのは神々からの依頼があったからであって、ケインたちは陸路でキャロお嬢さまは海路で例年通りに旅をするはずだった。

 護衛予定のクリスたちは帝都に戻ってきてしまっている。

「キャロライン嬢が海路を選ばずケインたちと陸を選択するかもしれないことを念頭に置いてクリス先輩たちが偵察に行ったはずなのに、今、寮にいることが問題なのですね」

 当初の予定が狂っていることを指摘するウィルにオスカー寮長は頷いた。

「お付きの商会と辺境伯領騎士団から護衛を派遣するにも、ちょっともめごとが起こりそうな気配なんだ」

 オスカー寮長は眉を寄せて事情を語った。

「魔術具暴発事件の事情聴取の件は公安と和解済みでも、つい先日暗殺未遂事件の被害者になったガンガイル王国側としては護衛騎士を多数つけて帝国入りすることは用心を重ねた正当な行為、と主張できる。だがその一方で、フル装備の部隊を派遣すると軍事侵攻の足掛かりでは、と因縁を付けられかねないのだ。帝国内の派閥が瓦解したところに外国嫌いな勢力が台頭するだろうということを考慮すると、カイル君が弟を迎えに行くという方針にした方がよいのでは、という話が持ち上がったのだよ」

 留学生たちが活躍しすぎると帝国内で国粋主義のような主張が高まってしまうのはある意味当然だ。

 ガンガイル王国としてはそんな国粋論者たちと敵対したくないのだろう。

「国境の町までカイル君が迎えに行くまで待つことは数日かかってもキャロライン嬢にも納得がいくし、卒業記念パーティーで暗殺未遂事件に巻き込まれたカイル君が弟を心配して迎えに行くために魔法の絨毯を使用したい、という願いは宮廷や帝国軍に認められやすいだろう」

 寮長の説明にぼくは頷いた。

「キャロお嬢さまは転移魔法で帝都入りするより旅をして入国した方が、皇帝陛下に面会を認めさせる時間稼ぎができますし、お嬢様の性格上、見聞を広げるため旅をする方を選択するでしょうね。国境の町がどうなっているのかも気になるのでぼくは喜んで迎えに行きますよ」

 快諾すると、カイルが行ってくれると安心だ、とお婆は呟いた。

 お婆は昨今の帝国の情勢に旅の危険を憂いていたのだろう。

 ぼくたちは新入生お出迎えチームのメンバーを選出する話し合いに移った。


 代表者としてベンさん、妹のミーアがいるクリスとボリスの兄弟とぼくと兄貴は兄弟を迎えに行くという名目で無条件に選出メンバーに選ばれた。

 ウィルは留学生名簿の中から遠縁の親戚の名前を見つけて大喜びで立候補した。

 一学年下なのに名簿を見なければわからない親戚とウィルはほとんど付き合いがなかっただろう。


 お出迎えのための魔法の絨毯の使用許可はあっけないほど簡単に下りた。

 だが、それは国境の町まで迎えに行くだけで、帝都に入る旅程は陸路が望ましい、という限定的な許可だった。

 それは、ぼくたちが帝都までの旅をした旅順に沿って土地の魔力が回復し、商業的にも物流が発展したこともあって、陸路で立ち寄ってほしいと期待している領主たちが多くいるためらしい。

 ぼくたちは勲章された親善大使としての役割もあるので、領地訪問を兼ねて旅をするのは義務の側面もあった。

 ぼくたちの訪問希望予定地と帝国側の希望との調整をしている間に、書を捨てて地方都市にでよう、計画も順調に進んでいた。

 第三夫人はキャロお嬢さま似の人形を相手に魔獣カードで遊び始めると、離宮に立ち寄った皇帝も夢中になり予定通り第三夫人にコテンパンにされた。

 奮起した皇帝は宮廷内でも時間を作っては魔獣カード勝負を誰かれかまわずけしかけているようで、噂になっていた。

 第三夫人は午前中に魔獣カードを、午後から読書をする日課になると、読書の時間には皇帝が離宮に立ち寄らなくなった。

 そこで、辺境伯領主夫人のスライムの分身が、あれは夢ではなく特別な転移魔法だ、と第三夫人に打ち明け、日中に身代わり人形を稼働させて辺境伯領に行こう!と持ち掛けた。

 夢のような体験が、夢ではなく夢のような街が存在することに興奮する第三夫人を辺境伯領主夫人のスライムの分身が宥める必要があったが、第三夫人はもう一度辺境伯領に出かけることに賛成した。

 辺境伯領では卒業式を終えたキャロお嬢様が特急料金を払ってイシマールさんの(つがい)の飛竜を貸し切り、転移した第三夫人を乗せて廃鉱跡地の温泉や飛竜の里を訪問して、ガンガイル王国と帝国の軋轢の歴史を説明したようだ。

 大叔母様にお会いするために予定より早く帝国留学に参ります。到着したら是非面会してくださいね、とキャロお嬢様は約束を取り付けたらしい。

 第三夫人はガンガイル王国の王族なのに何も知らなかった、と落ち込んだので気持ちを落ち着かせるためにシロは亜空間で女性だけのお茶会を急遽用意した。

 ぼくは亜空間の別室でケインと身代わり人形作りに没頭していると、ぼくのスライムはお茶会にスクリーンを出してぼくたちが見た帝国の惨状の上映会をした。

 シロは別室のぼくたちも情報共有が出来るようにお茶会の様子をスクリーンに映し出した。

 帝国に入国するなり遭遇した餌場がなくなり集まったバイソンの群れや、食糧難の村々、旧領主一族への呪いでなんとか護りの結界を維持する領主、帝国に内政干渉された属国の王家が裏王家となったユゴーさん、マリアやカテリーナ妃の国をとばして、死霊系魔獣に襲われる村、と次々と見せると、村ごと消滅された噂の(くだり)で第三夫人は動揺し涙を流した。

「たくさんいる夫人たちは自分の実家を優遇してもらおうと足掻いていたのだろうけれど、どこも豊かじゃないなんておかしなものですわね」

 辺境伯領主夫人は国土が荒廃しているのは多くの夫人たちの派閥による足の引っ張り合いだと非難した。

「いえ、帝国に嫁ぎながら本ばかり読んで何もしなかった私が悪かったのです」

 落ち込む第三夫人に辺境伯領主夫人がきっぱりと言った。

「アメリア。貴方の功績は生きのこったことよ。私が当時の第一皇子に嫁いでいたらとっくに死んでいたでしょうね。帝国の宮廷で生きのこったことは十分素晴らしいことなのですよ」

 辺境伯領主夫人の言葉にスライムたちとみぃちゃんとシロは頷いた。

「宮廷では毒饅頭が挨拶として贈られるのが当たり前なんだよ。おまけに。やられたら面子を保つためにはやり返さなくてはならないんだもん、そんな宮廷でよく生きのこってくださったわ」

 ぼくのスライムがしみじみとボヤくと、辺境伯領主夫人とキャロお嬢様が笑い、第三夫人は泣きながら笑った。

記念じゃないけどおまけ ~王族のスライムの嘆き コレも愛たぶん愛~


 自慢だったのよ。

 純白なパールホワイトのボディーに虹色の輝きを纏った私は暫定王位継承順位第二位の辺境伯領主夫人のスライムなのですもの。

 暫定王位継承順位なんて不確かな言い方になるのは現王族に継承困難な事態が生じた時に暫定王位を継ぐ資格があるからだけど、正規の王位継承順位もご主人様は一桁なのですから、国の重要人物であることに間違いはないのですわ。

 ですから、私はご主人様と共に国の護りの結界や領地の護りの結界を維持すべく日々魔力奉納さえしていれば美味しいものを与えられるのは当然のことだと思っていたのです。

 国土や領地を護る高尚な仕事を日々しているのですもの、魔獣カード対戦が苦手でも私の高貴さは損なわれない……。

 いいえ、黄緑のスライム!

 私は決して食っちゃ寝をしている怠け者ではないのですよ!

 魔法陣の組み合わせが下手ですって?

 まあ、私が前線で戦うことなんて絶対ないのですからいいじゃありませんか!

 文字を覚えたように魔法陣も覚えろ、ですって!

 気合いだ!という以外の助言をあなたがなさるなんて珍しいわね。

 …………。

 何を言っているのでしょうか?無理ですわよ、そんな事!

 ああああああああ!

 泣かないでご主人様!

 妹のアメリアが帝国に嫁がなければご主人様が帝国に行くことになっていたのですね。

 わかりました。できるだけ頑張ります。


 ……できるだけ努力すると、私は確かに言いました。

 ですが、できるだけの常識が私とカイル君のスライムとでは大きく違いました。

 スライム界の姐さんと呼ばれるだけありましたわ。

 難しい分裂ができるようになったと思えば発声魔法の修得です。

 いえ、確かに話せるようになりたいです。

 だって、ご主人様と会話を楽しむなんてええ、できるものならやってみたいですわ。

 えっ!女性だけの秘密の本を私も見たいです……。

 あれ?

 分身術が成功いたしましたわ。!

 声帯模写に人形遣いの魔法……。

 覚えることにきりがありません。

 ……ええ、もし、ご主人様がアメリアの立場だったなら……そう考えたなら死ぬ気で頑張れますわ。


 キモチワルイキモチワルイキモチワルイ!!

 アメリアは何でこの状態で幸せそうに笑うの!

 身代わり人形のパンツの中まで調べる男が旦那なのよ!

 実の姉からの贈りののなのよ。

 危険物じゃないですわ!

 戯曲集を幾つも差し入れしたって、アメリアが読みたいのはチケット入手困難と言われているオーレンハイム卿夫人後援の戯曲集なのよ!

 代替品じゃだめよ!

 そうよ!

 アメリア!

 女の秘密を守って!

 ヘンタイ皇帝野郎の所業を全部チクってあげますわ!

 なのになんでしょう!

 この老夫婦の間に流れる甘い空気は!

 アメリアはイチャイチャするなら奥の部屋で、なんて言っているし、執務があるから、と断る皇帝も奥の部屋を見ているわ。

 気になるから小さく分裂して奥の部屋に入って調査してやりますわよ!

 ………!

 ありとあらゆる職業の衣装の中に、赤ちゃんみたいな衣装のロンパースなのに成人用のサイズ!

 あら、やだ!

 よだれかけまであるじゃない。

 色と大きさからみて、これを着用するのは皇帝なの!

 いけないわ。

 夫婦の秘密の寝室なんて覗くものじゃありませんもの。

 これは報告しませんわ。

 というかアメリアの尊厳のために秘密にいたします!

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― 新着の感想 ―
第三夫人に毒”饅頭”って通じるのですが? さすがに饅頭は知らないのでは?
誤字報告 「お待たせいたしまして申し訳ござい」 「お待たせいたしまして申し訳ございません」 第三夫人は夢の中の出来事だと考えたていたような振る舞い 考えたような振る舞い 帝都を散策すりまで決行す…
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