負けず嫌いのこどもたち
我が家の冬支度は早々に終わった。
騎士団の有志や大店の何軒かが協力的で、自宅はもちろん、製薬所も厩舎も十分に資材を蓄えることができた。
時間に余裕ができると何か作りたくなるものでしょ?
まだ本格的な冬には早いけど、居間を土足禁止にして、コタツを作ってもらったのだ。
みぃちゃんとみゃぁちゃんはすっかり気に入ってしまい、中でお昼寝を楽しんでいる。
まだ、暖房器具として使っていないのにね。
母さんの体に配慮してホリゴタツにした。
ぼくは妊婦の体に詳しくないけど、春に生まれてくるにしては、お腹が大きいような気がする。
おなかの中で大きくなり過ぎたら難産になりそうだから心配だ。
ぼくは三人子どもを産んだお婆に聞いてみることにした。
「私も、ジーンのお腹が標準的な妊婦より大きい気がしていたのよ」
お婆とマナとメイ伯母さんが三人とも賛同してくれた。
「双子なのかしら?」
メイ伯母さんは推測する。
ぼくもそんな気がする。妊婦さんのエコー検査みたいなことできないのかな。
「お腹に魔力探査をかけて赤ちゃんに影響があったら嫌だな」
「「「………」」」
ぼくの呟きに誰も返事をしない。お腹の中の赤ちゃんを探ろうなんて発想がなかったようだ。
「魔力が赤ちゃんに影響しないとは言い切れない。試してみるのはお勧めしないね」
お婆もやっぱり慎重になる。
ぼくは持ち運べるミニ黒板を出して、聴診器の絵を描いた。
ゴムっぽい素材があったからできるはずだ。
「こうやってお腹の中の音を聞くと、母さんの心音と赤ちゃんの心音が聞こえてくると思うんだけど」
「「「!!!」」」
図解説明で理解してもらえた。
「双子だったら赤ちゃんの心音が二つあるということね」
「これなら試してみても問題ないようだね」
お婆は早速試作品を作り出した。
マナが終始無言なのが気になる。
精霊たちは赤ちゃんのことがわかるのかな?
「マナさん、知っていますね」
「精霊は知っているけど私はきいていない。精霊は人間の生活には干渉せんのじゃ。聞けば教えてくれるかもしれないけど、今後の生活に役に立ちそうな道具を作っているのだから、精霊に頼らない方が良かろう。取り敢えず赤ん坊は元気だと言っておる」
確かにその方がいい。聴診器はお医者さんの役に立ちそうだ。
精霊たちに頼ってばかりいては、精霊使いが居なくなっては何もできなくなってしまう。
カカシが辛くても死ねなかったのは、そういう事かもしれない。
聴診器は出来上がったが、お婆と父さんや母さんが聞いてみてもわからなかった。
素人でわからないというより、赤ちゃんは羊水の中にいるのだから聞こえにくくてわからなかったらしい。
残念だ。
ただ、双子の可能性があるならベビー用品が、倍必要になる。哺乳瓶やオムツ、ベビーベッドも二つ用意しなくてはいけない。
紙オムツが欲しいが、大量消費する物が流行してしまうと資源の乱獲が起こり、この世界では破綻しかねない。
布オムツに敷いて、排せつ物だけ固めて捨てやすくするような物ができないか、お婆に相談してみよう。
赤ちゃんが生まれるまではまだ時間がある。
なにかいいもの出来るといいな。
ぼくとケインは午前中のお手伝いを終えると遊び部屋に向かう。
だいたいいつも七、八人の子どもたちがもう来ている。
キャロお嬢様は三日に一度くらいの頻度でやってくる。
そうすると遊び部屋には不文律のように、キャロお嬢様に合わせて、子どもたちが遊ぶのだが、いない時の秩序は強いものが制することになる。
毎日同じ子が来るわけではないのだが、騎士の子どもたちの方が文官の子どもよりも多いので、体を使った遊びが多くなる。
縄跳びやフラフープは場所を取らずに個人で遊べるので人気がある。
そうなると、跳べる回数を競うようになる。
まあそれはそうだろう。
そうなると、上手な子どもが調子に乗りだす。
体格のいい騎士の子どもたちが仕切りだすので、文官の子どもたちには面白くない。
だったら勝てばいいだけなのだ。
ぼくはケインが縄跳びを跳んでいるときに、猫たちの玩具のボールを同時に数個ほど投げる。
ケインは跳びながら何個あったか数えるのだ。
再び数個投げたボールの数を前回の数に足す。
これを、つまずくまで続けて、縄跳びが終わった時に合計何個だったか聞くのだ。
ぼくも試してみたが、これが結構つらいのだ。
跳びながら数えるのは簡単なんだけど、次の数を足す、その数を覚えておかないと、また次ボールが投げられた時、ボールの数はすぐにわかっても、足し算ができないのだ。
ぼくとケインは一勝負終わるごとに、きゃぁきゃぁ言いながら床に転がった。
ぼくは五ケタの暗算だって出来るのに、跳びながらだと本当に出来ないのだ。
笑うしかない。
ケインは悔しがって、床に座り込むと、縄跳びをせずに、ランダムな数のボールを飛ばして暗算し始めた。
ボールを投げるのはスライムだ。
ぼくもケインに付き合って数える。
当然だけどぼくの圧勝だ。
大人げないって?検算は大切でしょ。
数回繰り返していると、他の子どもたちも参加するようになった。
この勝負では文官の子どもたちのほうが、正解率が高かった。
こうなると騎士の子どもたちは跳びながら数える方に挑戦し始める。
足し算もできないのに無理だろ、それは。
付添人が正解じゃないのに、よくできましたね、なんて顔をするから、第三者が検算をしなくてはいけない。
検算に付き合うのも面倒なので、ぼくは百玉そろばんをいくつか作ってもらって、数えるのも、子どもたちに担当させた。
そうしたら、めきめきと才能を伸ばす子どもが現れたのだ。
彼は文官の子どもで、体格は六才なのにボリスとあまり変わらない。運動では目立つことはなかったが、縄跳びは自宅でも練習しているのだろう、いつの間にか百回以上跳べるようになっていた。
彼の驚異はそこではない。
穏やかな性格でキャロお嬢様が居る時は控えめで存在感を消し去るが、いない時は他の子がズルをしないように、全力で計算してくる。
検算屋さんなのだ。
はじめは百玉そろばんを使っていたのに、自宅で練習しているせいか、無しでもどんどん正解率を高めていった。
ぼくは彼がどこまでできるようになるか楽しくなってしまって、百玉そろばん十個並べて、どこまで足し続けられるか、彼が来るたびに試すようになった。
キャロお嬢様が居る日は早々に間違えてしまうが、彼の新記録を騎士の子どもたちも楽しみにしていたので、ブーイングがでる。
そうなると、キャロお嬢様も興味を持ち、記録更新をみんなで楽しむようになったのだ。
足し算は子どもたちの間で大ブームになった。
彼ほどできなくても自分の記録を日々更新するのは楽しい。
友達とも競える。
跳びながら数える部門と、暗算だけする部門で壁の黒板に記録が取られるようになり、ランキングまでするようになった。
暗算の彼は縄跳び部門でも一位を獲得して。子どもたちがあこがれる存在になった。
彼の名前はビンス。
父親が父さんの同僚で、父さんが設計した魔術具の量産を担当している。
下級貴族の長男だった。
この遊び場では身分の差もなく遊ぶ規則があるが、来年王都の学校に進学するにあたって、振舞い方を付添人に指導されていた。
目立たず、控えめに、だが、努力は人一倍せよとの指導だったようだ。
それを聞いて、ぼくは気がついた。
ぼくもおそらく王都の学校に進学する。
平民上がりの一代貴族の養子のぼくが悪目立ちを避けるために、控えめにするより、ぼくより目立つ子どもが沢山いればいいんだ!
ぼくが進学するまでまだ三年もある。
誰もかれもが才能があるわけではないが、何かしらの一芸がとびぬけて出来る子どもが沢山いれば、ぼくの存在感も薄まるはずだ。
楽器の演奏や図画工作、歴史オタクなんか作ってみるのもいい。
高価な楽器を用意するのは、キャロお嬢様が興味を持てば揃えてもらえる。
取り敢えずぼくは、子どもでもサイズ的にいいかなと思って、ウクレレとオカリナを作ってみた。
ウクレレはスライムたちもマスターしたが、オカリナは無理だった。口がないのだから、仕方がない。
これは意外な結果を生み、子どもたちより親御さんにうけた。
楽器をいくつか提供され、専任の教師が派遣された。教師が来る日は音楽好きの子が集まるようになり、みんなの技術も上がってきた。
歴史オタク養成用に、歴史双六、歴代王様トランプ、を作ったところ、こちらも興味を持つ子が現れた。伝説の戦いを再現するぞと、積み木で戦場をつくって遊んでいたら、付添人の騎士らしき人に指揮官を乗っ取られたりして、盛り上がった。
この辺境伯領出身の子どもたち全員が変人になればいいのだ。
おまけ ~スライムだってつらいのよ~
ハルトおじさんのスライムに小石のように小さいやつと呼ばれて憤慨したわ。
私は真珠のように艶やかに輝く、キャロライン嬢のスライムよ。
自我に目覚めたのが他のスライムより遅いから小さいだけなのに偉そうにして!
お嬢のスライムでいることは試練があるのよ。
お嬢様の目標は高いのに何かと誤魔化そうとする気質と戦わなくてはいけないの。
今日も飛ばしたボールの数を足していくゲームで、間違いを誤魔化そうとして、従者に目線で検算を間違えろ、なんてやってしまっていた。
お嬢様、みな口に出さないだけで、お嬢様が間違えたことはバレてますわ。
ケイン君がいたら、すかさず間違いを指摘するのですが、ここにはそんな猛者はいないようね。
検算君なんか顔を上げることもできないでいるわ。
こんなことが続いてしまうと、お嬢様の評判は地に落ちてしまいますわ…!
ですから私が代わりに数え続けるのです。
お嬢様が間違えた時は、肩の上で触手でポンと叩き、正解ならば少しだけ震えます。
お嬢様は、二ケタになると間違えるので、私は二ケタの正解の数だけポンポンポン…と高速で叩きます。
そうやってお嬢様を正解に導くのです。
カイル君やケイン君がやって来ると、魔獣カードの技の特訓です。
お嬢様のスライムでいることはなかなか大変なのです。




