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夢で会えたら特訓しましょう!

 デイジーとマリアとアーロンを見送ると入れ替わるようにオーレンハイム卿夫妻が寮に来た。

 新情報があるから、と言ってぼくとウィルとお婆とジェイ叔父さんを引き連れて寮長室に押し掛けた。

「第一夫人がお亡くなりになったそうですわ!」

 オーレンハイム卿夫人は開口一番に衝撃的な話題を持ち出したのに、ぼくたちが驚かなかったことで、逆にオスカー寮長から情報源の第二皇子の話を聞き出した。

「そうですか。私がサロンで小耳に挟んだ噂も第一夫人の離宮で階段から転落死した、というものでしたわ。情報操作の一環として噂を先行させて信憑性を上げようとしているのでしょうね。それにしても第一夫人のご実家がお取潰しになったら、暗殺未遂事件の首謀者だったと推測されてしまうでしょうに」

「落としどころとしては領地経営の失敗だろう。そうしておけば、数年で効果が切れる土壌改良の魔術具だけに頼り過ぎていれば次の魔術具の購入ができなければ自分たちも危ない、と各地の領主たちも自覚せざるを得ないだろう」

 領地持ちの帝国貴族たちを皇帝が統制しやすくなる、とオーレンハイム卿は推測した。

「公式発表がどうなるのかわからないが、ガンガイル王国としての対応は公式発表を踏まえてすることになるだろう」

 王国の対応、という話から思い出したようにオーレンハイム卿夫人は二冊の本を収納の魔術具らしい小さなハンドバックから取り出した。

「第三夫人に献上する本なのですが、男性に見ていただきたくない本とこのくらいならかまわないだろうという本の二冊を用意しました。ジュンナさんに預かっていただきたくて持参しましたのよ」

 オーレンハイム卿夫人はオスカー寮長に見せずにお婆に直接手渡すと、二人の女性は意味深長な笑顔を見せた。

 ぼくのスライムとみぃちゃんが臆することなく、後で見せてね、と二匹は女子だと主張すると、女性二人は顔を見合わせてから頷き、後で女子寮にいらっしゃい、とお婆に招かれていた。

「カイル君たちの身代わり人形計画がかなり順調に進んでいるようなので、辺境伯領主夫人のスライムを偵察に送れないか?ということを相談すると、辺境伯領主夫人から、夫人のスライムをカイル君のスライムに鍛えてほしい、と要望があったのだよ」

 オーレンハイム卿夫人の本を撫でていたぼくのスライムは、いきなり自分に話を振られて驚いて振り返るように体をねじった。

「あたいから何を学びたいのか知らないけれど、分身に辺境伯領都と帝都の間で通話させるのは遠すぎて無理だよ。分身術のコツは分身に好きにさせておいて合体してから細かい情報を受取る方が上手くいくわ。たかだかスライムにできることなんてしれているのよ」

 ぼくのスライムがそう言うとスライムたちが頷いた。

「たかだかじゃないよ。魔力量が多くて魔法の種類も多いキュアや、愛らしさと実力で認められるみぃちゃんと、比べてもスライムたちは負けないくらい多彩な魔法と独特の愛嬌があるじゃないか!」

 謙遜するな、とオスカー寮長が言うと、スライムたちは、知っている、と口を揃えた。

「あたいたちにはできることと、できないことがあるのを、辺境伯領主夫人に理解してもらいたいのよ。あたいが何でもできるわけじゃなくて、あたいには協力者がいるからできることもあるのよ」

 ぼくのスライムはスライムたちの共感性を利用していることもある、と匂わせた。

「なるほど。カイル君のスライムと同じことが必ずしもできるわけではない、ということをお伝えしておけば、辺境伯領主夫人のスライムを鍛えてもいいということかな?」

「大きいオスカー寮長の頼みだからね。できる限りのことをするわよ」

 ぼくのスライムが了承すると、お婆やウィルのスライムたちが人形遣いの技の特訓がしたい、と言い出した。

「明日の明け方、会議室に集合することはできるだろうか?」

 “……ご主人様。いい案ですよ”

 寮長の提案をシロは支持した。

 個別に面倒を見るより集団で教えた方が共感性の高いスライムたちには効果的だろう。

「ユゴーさんとも会う約束をしているから、夜明け前でしたら好都合です」

 こうして後に、夢で会えたら特訓しましょう!と呼ばれる作戦を始めることになった。


「ユゴーさん。今日はぼくの家族と友人たちがたくさん来てしまったのですけれど、大丈夫でしょうか?」

「またこうして夢で会えたことが嬉しいから、問題ないよ。人形遣いの魔法は儂が死んだら廃れてしまう魔法だと考えていたから、こうして見学者がいるのは唯一継承した儂が認められるような気がしてとても嬉しいよ」

 長年隠された存在だったユゴーさんは涙ぐんで頷いた。

 そんなユゴーさんにシロが亜空間に招待した面々を紹介した。

 お婆とジェイ叔父さんとウィルはもちろんとして、スライムだけでよかったのに辺境伯領主夫妻にオーレンハイム卿夫妻と父さんと母さんまでいる。

 暗殺未遂事件以降、自宅に帰っていなかったぼくを心配していた父さんに、自分も亜空間に行きたかった辺境伯領主が泣きついた結果、会議室と呼ばれる亜空間に全員を招待してしまおう!ということになってしまったのだ。

 辺境伯領領主とオーレンハイム卿はユゴーさんと収穫高の話をしている横で、ぼくは父さんと母さんから有事の後は帰宅して元気な顔を見せなさい、と詰め寄られ、スライムたちは活躍を褒められていた。

 オーレンハイム卿夫人と辺境伯領主夫人とお婆は女子だけが読める本を見て、キャーキャー言っている。

 本がどんな内容なのか気になるけれど、内輪で盛り上がっているところに水を差すのは粋じゃない。

 父さんと母さんはひとしきり僕を抱きしめた後、話題は人形遣いの魔法に移り、人形制作の質問が飛び交ったので、詳しくはユゴーさんに訊いてくれ、と説明をユゴーさんに丸投げした。

 そこからぼくたちは人形遣いの特訓の成果をユゴーさんに披露する傍ら、スライムたちが辺境伯領主夫人のスライムに分裂の仕方を教えていた。

「千切れる、と考えてしまうと分身はすぐ死んでしまうから、あっちもこっちも見に行きたい、と好奇心を胸に抱くようにするとうまくいったわ」

 ぼくのスライムの言葉にすでに分裂を習得したスライムたちがそれぞれの分裂の成功体験を語りだした。

 どうやら辺境伯領主のスライムはぼくのスライムに特訓してもらった時に、できた、という喜びしか覚えておらず、夫人のスライムに、気合で何とかしろ、と教えていたらしい。

「どんな感覚で習得するかは個人差があるからね。全属性のスライムは何でもできてあたりまえだから、できないと落ち込みが激しいのよ」

 白っぽい虹色に輝く全属性の辺境伯領主夫人のスライムに、緑色のぼくのスライムが語り掛けると、ぼくのスライムは体の色を薄くしていき虹色に輝いた。

「いろんな魔法を使用しているうちにその時々に合わせて使用する魔法陣が変わるように体の色を抑えることを覚えたのよ。気が付いたら色数が増えていたわ」

 この説明では、気合いだ、としか言わない辺境伯領主のスライムとあまり変わらないような気がするのに、辺境伯領主夫人のスライムは体の白さを抑えて虹色に輝いた。

「そうそう、使わない属性を抑え込むようにすると効率がいいのよ。次は発声の練習をしたいから参考書を読み込むわ。だけど、あっちの女子の本も見たいでしょう?」

 ぼくのスライムは発声魔法に必要な声帯の仕組みが書かれた医学書と辺境伯領主夫人が夢中になって読んでいる女子の本を触手で指さした。

 辺境伯領主夫人のスライムは両方気になっているようでダンベルのように体を左右に分けて膨らむと、細くなった中心からぷつんと千切れた。

 二つに分かれた辺境伯領主夫人のスライムはそれぞれの目的の本に向かって突進していった。

「やったね!大成功だ!」

 スライムたちが辺境伯領主夫人のスライムに触手で拍手をしていると、できたじゃないか、と辺境伯領主がスライムたちの様子を見に来た。

「人形が見えない状態での操作はカイルが一番上達していると聞いたから見せてもらえないかい?」

「スライムの協力がなければ別室からの操作はまだできないので、今日は夫人のスライムの指導に集中させたいから遠慮しておきます」

 短時間で分裂が修得できた今、乗りに乗っている勢いで発声魔法も練習した方が効果的だろう。

「うむ。カイルのスライムは教え上手だな。このまま任せておけばすぐにでも第三夫人の離宮に忍ばせられるだろう」

 今すぐにでも辺境伯領主夫人のスライムを第三夫人の離宮に派遣させたいような口調の辺境伯領主は精霊たちに負けず劣らずないせっかちな人だった。

「今、相変わらずせっかちだなと考えたな。いや、急ぐ理由があるんだ……」

 辺境伯領主は立ち話のまま、皇帝から直筆の手紙が届いたことを明かした。

 手紙の内容は暗殺未遂事件の顛末と第三夫人の近況で、宮廷内がざわついているので第三夫人との面会は当分見合わせたい、とのことだった。

「第一夫人は皇帝がガンガイル王国を庇護する宣言をした卒業記念パーティーに立腹し、飲み過ぎて離宮の階段から転落し、打ち所が悪くて医者も回復薬も間に合わなかったらしい。まあ、首の骨がぽっきりいってしまったら、離宮内にジェニエさんの回復薬でも常備していなければ間に合わなかっただろうな。詳細な状況報告を読むと本当に事故死だったらしい」

 皇帝は現場検証の写しを手紙に添えていたらしく、第一夫人に暗殺未遂事件首謀者の容疑がかけられていることも包み隠さず辺境伯領主に知らせたようだった。

 宮廷内の事故処理、ならびに反外国勢力の制圧が済むまで、離宮内の来客も制限し、第三夫人への手紙や差し入れも断りたい、と皇帝は騒ぎに乗じて第三夫人の囲い込みの塀をさらに高くしようとしているらしい。

「実の姉の心遣いをまとめて送るからそれだけは認めろ、と返事を送ったので、当面のチャンスは一度きりなんだ」

「わかりました。それでしたら、物の試しなのですが、領主夫人のスライムが離宮内に潜入したらさらに分裂して片方のスライムが第三夫人の魔力を拝借してもらうことで、身代わり人形の遠隔操作が楽になるかもしれません」

 みぃちゃんのスライムがみぃちゃんを経由してぼくの魔力をやり取りしているうちにぼくの魔力に近くなったように、辺境伯領主夫人のスライムが第三夫人の魔力に近くなれば、第三夫人が自分の魔力に似たスライムに命じることでより自然な振る舞いをする身代わり人形になるかもしれない、と辺境伯領主に説明した。

 この案なら、第三夫人が精霊言語を取得していなくてもスライムが第三夫人に呼びかけることで遠隔の人形操作が可能になるかもしれない。

「そうだな。皇帝が不意に思いついて第三夫人の離宮に立ち寄った時に身代わり人形がバレでもしたら、それこそ大事になるから慎重にならざるを得ないな」

 発声練習を頑張る辺境伯領主夫人のスライムを見ながら一朝一夕にはいかないことを理解した辺境伯領主は頷いた。

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誤字報告 第三夫人との当分面会は当分見合わせたい、とのことだった 第三夫人との面会は当分見合わせたい〜 ジェニエさんの回復薬でも常備していなければ間に合わなだろうな。 〜間に合わないだろうな
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