ダンスパーティー暗殺未遂事件のその後
「第三夫人には信用できる使用人がいて、手紙を託せるくらいの自由はあるのですね」
帰りの馬車では同乗していたオーレンハイム卿夫人がオスカー寮長に尋ねた。
「うん、何というか、一応これでも私は王族だからガンガイル王国を代表して王家の手紙をお渡ししていたのだけど、辺境伯領主夫人やキャロライン姫からのお手紙は受け取ってくださるのだが、国王陛下や男性王族からの手紙はご兄弟なのに女性執事に拒否されて渡すことさえできなかった。返信のお手紙をいただけるなんて、私が帝国にきてから初めてのことです」
感動して封筒を胸元に寄せたオスカー寮長に、ぼくのスライムが爆弾発言をした。
「お姫様はお元気そうでしたよ」
みぃちゃんが寮で留守番しているからぼくの太ももの左右をみぃちゃんのスライムと独占したぼくのスライムに、本当か!とオスカー寮長が叫んだ。
耳が痛い。
「本当だよ。宮廷内を分身たちに探索させていたら第三夫人の離宮に潜入できたのよ。離宮の女主人を確認したら、とっても元気そうだったよ。外に出る機会が少ないからか凄く色白だったけれど辺境伯領主夫人と比較しても肉付きも悪くないし、何なら少し若く見えるくらいだったわ」
ぼくのスライムの説明に、日光を浴びていなければシミや皺が少なくなるけれど、太陽の恩恵を受けない健康被害もある、とお婆が心配した。
「体に不自由があるような気配はしなかったけれど、十五、六歳からほぼ監禁のような生活をしているせいか時代に取り残されているような印象を受けたわ。普通、中年を過ぎた女性がフリルやリボンを多用したドレスではなく、もっと落ち着いたデザインのドレスを着るでしょう?」
ぼくのスライムの発言に馬車の中の全員が、外の世界と隔絶されたために流行から取り残されてしまい少女趣味のままお婆ちゃん世代になってしまったのか!と合点がいった。
ぼくの脳裏に浮かんだのは世界的に有名なゲームに登場する、怪獣に攫われて、配管工に救助されなければ永遠に城に囚われている桃と同じ名前の姫がそのままお婆ちゃんになってしまったような姿だった。
「次女姫のご趣味は読書で、三度の飯より新刊が好き、という噂は本当ですか?」
オーレンハイム卿夫人の質問にオスカー寮長とぼくのスライムが頷いた。
「毎月の差し入れに多種多様な本を献上していますが、断られたことはないです」
「本棚を二重にして隠し書庫を作って乱読するくらいの読書家だよ」
ぼくのスライムの発言にオーレンハイム卿夫人は破顔した。
「今、ガンガイル王国女子寮で寮生たちが密かに作っている薄い本がとても興味深いのですよ!」
オーレンハイム卿夫人の発言に寮生たちと交流の深いマリアとボリスたちのパートナーの女子寮生たちは赤面したが、デイジーも女性寮監も表現の自由を謳歌した作品たちだ、と発言し、お婆は青春の情動です、と微笑んだ。
男子寮内にも青春の衝動を凝縮したような薄い本が流行しているので、ぼくたち男子も俯いた。
男女の寮の流行を差しさわりない程度に理解しているオスカー寮長が、あれを一冊献上したら第三夫人の興味を引き離宮の外への関心を高めるのではないか?と言い出すと、寮外持ち出し禁止です!と女性寮監がピシャリと言い放った。
「えっ!そんなに興味深そうな本なのに門外不出なのですか!」
クレメント氏が残念がるが、破廉恥認定されて焚書になるくらいなら門外不出の方がいい、と魔本がぼくの脳内で嘴を挟んだ。
どんな内容でも本は本で後世に残すべきと考えている魔本らしい考え方だ。
薄い本を読んだことがある全員が口を噤んでいたが、発禁になるくらいなら沈黙を選ぶと言わんばかりにクレメント氏を睨みつけた。
沈黙は美徳なりという空気を肌で感じ取ったクレメント氏も口を噤んだ。
同人の世界は同人たちのみで語られる身内だけの狭い世界でいいのだ。
「寮内に門外不出の『人間の衝動を新たなジャンルに昇華した本』があると、女性が手紙に書いたなら第三夫人に問題なく届くのではないでしょうか?」
ウィルの提案にオスカー寮長はそれがいい!と喜んだ。
アリスの馬車の中での話題が第三夫人の話ばかりだったので、寮の正面玄関に到着した時に、寮生たちが外まで出てぼくたちの帰還を待ちわびていたことに驚いた。
そうだった。
留守番していた寮生たちはぼくたちの暗殺未遂事件を生中継で見ていたから、さぞかし心配していただろう。
みぃちゃんのスライムがメインとなり、ウィルとボリスとロブとジェイ叔父さんとお婆のスライムが撮影していた卒業記念パーティーの映像を見ていた寮生たちは、会場にいたぼくたちより細部の情報を知っていた。
それでもぼくたちがダンス会場を辞してからの映像が途絶えたため、寮生たちはやきもきしながらぼくたちの帰寮を待っていたようだった。
ガンガイル王国寮で待機していた東方連合国寮長のバヤルさんやエンリケさんとアンナさんもデイジーとマリアの無事な帰還に胸をなでおろしていた。
ぼくたちは談話室に移動してスライムたちの映像を確認しながら事実の擦り合わせを行った。
寮生たちに卒業記念パーティーの会場に向かう最中からアリスの馬車に攻撃があったことを前振りとして説明すると、卒業式に赤っ恥をかいた第一皇子の関与を疑う声が寮生たちからも上がった。
裏口からの入場は前日まで招待が公になっていなかったこともあって、ガンガイル王国への侮辱ではなくサプライズゲストとの演出だろう、という声が多かった。
ぼくたちが駐車場で待たされている間に先行して潜り込んだみぃちゃんのスライムが晩餐会冒頭から試験的に中継していたようで、ぼくたちが入場する前に皇帝の挨拶があり、魔術具暴発事件は教会側の不手際であり、ぼくたちの活躍がなければ大きな被害が出ていたと明言していたので、寮生たちは宮廷主催のパーティーでぼくたちが軽んじられていないと判断したようだった。
実際、晩餐会の席はとびっきりの上座だったし、皇帝との挨拶ではぼくたちの会話が長かったことから間違いなく最上級の接待を受けたようだった。
「たくさん食べられなかったのは食事が美味しくなかったからであって、まあ、本当に口に合わなかったんだ」
毒が入っていたわけではない、と倍速で流している晩餐会の映像を見ながらウィルが言った。
寮生たちはデイジーまで残しているから何か混入されていたのではないか、と心配したらしい。
「お肉とポテトは美味しかったですわ」
第二皇子が山盛りのポテトの皿をわざわざ運んできた時に、二度目の視聴にもかかわらず寮生たちから笑いが起こった。
晩餐会で衣装が光った軽い嫌がらせは、ぼくたちの衣装を汚そうとするものがほとんどで、晩餐会の会場内で洗浄魔法を使用するのを躊躇って会場を離れるだろうと踏んでのことだろう、とオスカー寮長が推測するとオーレンハイム卿も頷いた。
ドーナッツ状に人だかりができると、誰もが自分が一歩前に出た時にぼくたちの衣装が光ると嫌だけど、ぼくたちと顔つなぎがしたい人たちが、誰かが先に行くと後に続こう、と牽制しあっていた。
魔猿の村のがけ崩れの現場の指揮官とその領地の領主までいたらしいのに、駆けつけて自信をもって一歩前に踏み出そうとしたところで生徒会長が第三皇子を引き連れてきてしまったから、話しかける機会を失っていた。
その後ぼくたちは皇帝への挨拶の列に並んでしまい交流の機会が完全に絶たれてしまった。
「うーん。私たちへの嫌がらせで私たちの社交の機会を損失させる効果があったのか」
寮長はぼくたちの衣装が汚れて団体行動が崩れたところを狙って暗殺を企んだのでは、と推測していたのに地方の上位者との交流の阻止を企てていたのかもしれない、と嫌がらせの主犯と暗殺未遂の主犯は別の可能性もあると考えた。
ダンス会場に移動してからはドレスの広がり方が見たい、というオーレンハイム卿の希望により標準速度で映像を見ることになった。
ぼくたちは衣装の見栄えより実行犯たちの動きを追いたかったので、ダンス会場の入り口に注目していた。
ぼくたちがダンス会場に移動した時には会場内は卒業生たちばかりで実行犯はまだいなかった。
皇帝が突然ダンス会場に移動することを宣言したのでダンス会場に向かう人の流れが一旦ぼくたち以外いなくなった。
皇帝がぞろぞろと皇族たちを引き連れて入場した後、晩餐会の会場からたくさんの人たちが移動してきた。
「こっちの入り口をよく見せてくれないかな?」
兄貴が奥の扉を指さすとみぃちゃんのスライムは分裂して別のスクリーンに変身し、会場の奥にある扉をアップで映し出した。
扉の前には警備員が二人も立っており出入りする人たちを確認していた。
「ああ、六人ともここから入場している。ここは休憩室やトイレに向かう時に使う出入り口だから不審物が持ち込まれないように目視で確認されているな」
オーレンハイム卿は警備員の行動から実行犯たちが手ぶらであることを確認した。
第三皇子がぼくたちのところに突進してくると、ダンスを始めることを察した実行犯たちがダンスフロアーを狙いやすい場へと分散したので、みぃちゃんのスライムはスクリーンを人数分増やして全員の行動を映し出した。
壁際にいたぼくたちに実行犯の一人が残り、あとの五人はスライムたちに拘束された場所に移動する途中で飲み物を勧められて断っていた。
その時、実行犯たちは右掌を広げて大袈裟に断る態度をしながら、左手を給仕係りのトレーの下にさし入れて何かを握りしめた。
毒の仕込まれた吹き矢は現場で支給されていたのだ。
オーレンハイム卿夫妻とジェイ叔父さんとお婆がダンスの途中で狙われなかった理由は実行犯たちがお婆に見とれていたからだった。
実行犯たちは左手を握りしめたまま、口を半開きにして呆けた顔をしてお婆から目線が外せなくなっていた。
ぼくたちがダンスフロアーに繰り出すと、正気に戻った実行犯たちが右手を頬にあて左手を右手に添えた。
曲が変わってお婆たちが下がると女の子たちがクルクルと回り出したので口元にあてた手に隠し持っている吹き矢を吹くタイミングが図れなかったようだ。
オーレンハイム卿夫妻と合流したジェイ叔父さんとお婆に第三皇子夫妻が実行犯との間に入ってしまったので護衛たちが目を光らせているから、実行犯は凶器さえ受取れずにいた。
ダンスフロアーを狙っていた五人の実行犯たちは、ぼくたちのダンスが終了したタイミングで実行しようとしたところをスライムたちに拘束されてしまった。
その後、皇帝が何もしなかった実行犯の一人から魔力を奪ったのだが……なぜ実行犯がもう一人いることが皇帝にバレたのだろう?
暗殺計画そのものを知っていたか、あるいは皇帝は精霊言語の使い手で、犯人の思考を会場内で察知したのか?
「……詠唱魔法?」
実行犯を昏倒させた時の皇帝の仕草を見たウィルが呟くと、クレメント氏が首を傾げた。
二百年近くクレメント氏が火山口に閉じ込められていた期間に、皇帝が一度転生していてもおかしくない。
クレメント氏が知らない期間に神学を学んでいたなら、魔導士しか使えない詠唱魔法を皇帝が使用できるようになっていても何ら不思議ではないのだ。




