表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
551/809

ダンスの終わりに

 お婆たちが踊るダンスフロアーにぼくたちが混ざると、熱心にダンスの指導をしてくれたオーレンハイム卿夫人が満面の笑みをみせた。

 曲が終わり滑らかに次の曲に移行すると、お婆たちはぼくたちに手を振ってオスカー寮長夫妻が待つ壁際にサッと戻った。

 子どもたちだけになったダンスフロアーで伝統的な帝国のダンスをする小さいオスカー殿下たちを中心にした大きな輪になり、ぼくたちは練習してきた自分たちのパートナーをクルクル回すダンスを始めた。

 パートナーたちのドレスは回転するとスリットに隠れていたレースが満開の白いカーネーションのように広がった。

 ダンス会場内はクルクルと回る奇抜なダンスとスカートの仕掛けに、おお、と歓声が上がった。

 調子に乗ったウィルがデイジーを空中に放り投げて回転させると拍手が沸き起こった。

 ぼくはマリアの耳元で、飛びたい?と訊くとマリアは首を横に振った。

 ゆったりとした動きになるとドレスがキュッと萎むのも演出の一つなのだから、グルグル回るだけではドレスの魅力を引き出すダンスとは言えないだろう。

 緩急をつけてマリアを回していると曲が終盤に向かうにつれてウィルが飛ばすデイジーの飛距離が長くなっていた。

 それでも曲の終わりにぴったり合わせてぼくたちがパートナーを抱き寄せると、ぼくたちの衣装が一斉に光り出した。

 両隣のウィルとボリスの背中はちょっとした嫌がらせの警告サインがみぃちゃんのシルエットではなく、命に関わる警告のキュアのシルエットで光っている。

 その瞬間、ぼくたちのポケットから弾丸のようにスライムたちが飛びだし、ぼくたちに害意を向けた人物たちを包み込んで拘束した。

 ぼくたちのダンスに拍手をしようとしていた会場内の人々は、あまりの速さで起こった出来事に手を止めることができずに拍手をしつつも、スライムたちが四方に飛び出した衝撃に驚きあちこちで悲鳴が上がった。

 スライムに拘束された現行犯たちから一斉に招待客が離れたので、拘束された人物が五人だと周知された。

 皇帝や皇族たちの前に護衛たちが立ちふさがったが、皇帝は自分の前に立つ二人の護衛に下がるように命じると立ち上がった。

「まだ拘束されていない不届きものがそこにいる!」

 立ち上がった皇帝が左手で顎を擦りながら右手でジェイ叔父さんの横にいる第三皇子の背後の男性を指さすと、男性は顔色一つ変えることなくバタンとその場に倒れた。

 ……あの倒れ方には心当たりがある。

 “……ご主人様。正解です。あの者の魔力を皇帝が奪い、魔力枯渇で倒れています。回復薬を飲ませなければ死ぬでしょうね”

 いきなり何の前兆もなく倒れるのは幼少期に魔力枯渇を起こしたことがあったから見当がついたことだ。シロは精霊言語で肯定した。

「ガンガイル王国寮生諸君!スライムの拘束を解いてくれ。このまま余がこの者たちに処罰を与えると諸君たちに害が及ぶことになる!」

 パートナーを庇うためにダンスフロアーの中央のオスカー殿下の周りに女の子たちを避難させ、男子で壁を作っていたぼくたちの周りを、マリアの火竜が蛇のような体をくねらせて全員を守るように囲んでいた。

「陛下!一人ずつ拘束を解きますか?それとも全員同時でいいですか?」

 ウィルが代表して皇帝に直答すると皇帝は不敵な笑みを浮かべた。

「全員一斉に開放して良い。3、2,1!」

 皇帝のカウントダウンに合わせてぼくたちのスライムは実行犯たちの拘束を解いた。

 立ったままスライムたちに拘束されていた実行犯たちは拘束が解けるなり、掌で隠せる大きさの細長い筒状の物を手放してバタリと倒れ、スライムたちはそれぞれの主人のポケットに素早く戻った。

 実行犯たち全員倒れたことでぼくたちの衣装の光が消えた。

 実行犯たちが警備の者たちに引きずられて回収されていったが、ぼくたちはまだ警戒を解かなかった。

 真っ青な顔色の第一皇子が黒幕として一番怪しかったのだが、皇帝は気にすることなく不敵な笑みを絶やさなかった。

「この者たちは一時的に魔力を奪い反撃できないようにしているだけだ。卒業生たちにとって一生に一度の記念の場に人を陥れようとする奴らを余は決して見逃さない!」

 いや、そんなカッコいいキメ台詞を言うくらいなら、事を起こらないようにちゃんと取り締まってくれよ!

 マリアの火竜は納得いかないのか皇帝に鎌首を向けている。

「魔獣の持ち込みは禁止されている会場に、なぜスライムが入場しているのですか!」

 第一皇子が不満気に皇帝に進言すると、皇帝は哀れな者を見るかのように眉間に皺をよせた。

「余の宮殿に許可なきものは入れない。スライムたちは使役者とほぼ同等の魔力に染まり使役者の手足と同然なのだ。手足をもいでパーティーに参加せよなどと招待状には記載していない!」

 皇帝の発言にぼくのスライムはポケットの中で、ご主人様と同一だと認められた!と喜んでいるが、第三夫人の離宮に忍び込んだのが露呈したらその罪はぼくの罪ということになる。

 あれ?

 そもそもぼくの使役魔獣が犯した犯罪はぼくの罪で間違いないからどうってことないじゃないか!

 両親の仇の皇帝が監禁しているぼくの恩人たちの親戚である皇帝の妻の様子を探りに行ったことを責められたとしても、現時点で暫定的に保留にしている復讐を遂行する手立てがないわけではない。

 ああ、成り行きに任せればいい、というのはこういうことも含めてだったのか。

 第二皇子の背後に控えているワイルド上級精霊を見るとこんな混沌とした状況でも、大丈夫だ、という安心感が湧いてきた。

 ぼくの心が平静さを取り戻すとぼくたちを取り巻いていたマリアの火竜が姿を消した。

 ああ、この緊張感に耐えていたのはぼくだけじゃなかったんだ。

 振り向いて背後に庇っていたマリアに手を差し伸べると不安げな表情だったマリアは花が咲いたかのように笑顔になった。

「みんなを守ってくれてありがとう」

 ぼくの手を取ってくれたマリアに声を掛けていると、オスカー寮長夫妻やお婆たちがぼくたちに駆け寄ってきた。

 ぼくたちに危害が及ぶ前にスライムたちが実行犯を拘束したから掠り傷一つなかったのだが、緊迫した状況だったので互いの無事を確認し合った。

「不届きものは捕らえられた!卒業生を祝うパーティーは続行される。皆も踊るが良い」

 こんな状況でも皇帝がパーティーの続行を宣言したので、楽隊は演奏を始めた。

 ぼくたちはそそくさとダンスフロアーから離れると小さいオスカー殿下と第三皇子夫妻もついてきた。

 皇帝が踊れと命じたことで卒業生たちは動揺した表情を見せつつもダンスフロアーに出てきて何事もなかったかのように踊り出した。

 上位者の命に必ず従う反射な卒業生たちの行動に、これが帝国の上流階級の生き方なのだと感じた。

 ぼくたちをここで始末しても皇帝がそれを是としたなら誰も異を唱えることをしない自信がある人物がこんな無茶を仕掛けたのだろう。

「私たちはこれにて退出させていただきます。事件の詳細については後ほど宮廷警護責任者にお尋ねする形を取らせていただきます」

 オスカー寮長が第三皇子にそう言うと、第三皇子は引き止めなかったが、ダンス会場を出てもぼくたちについてきた。

「この度の件は大変申し訳なかった」

 第二皇子もダンス会場から抜け出してぼくたちを追ってきた。

「正門前に馬車を用意する手筈を整えました。しばらくこちらでお待ちください」

 ワイルド上級精霊に促されてぼくたちは馬車待ちの控室に案内された。


 待合室には第二皇子と第三皇子夫妻と小さいオスカー殿下のカップルもついてきたので、大勢出入りする警備関係者から、実行犯たちは小さな吹き矢型の魔術具でぼくたちの毒殺を試みようとしていたらしいことが漏れ聞こえた。

「陛下の御前で暗殺を試みるなんて不可能なことを、なぜしようとしたのでしょうか?」

 小さいオスカー殿下の疑問はぼくたちも考えていたことだったが、さっぱり見当もつかなかった。

「実行犯たちは家柄こそそこそこの出自の者たちだが、借金で首が回らなくなっているといった噂があった」

 記憶力のいい第二皇子の発言に社交界に顔の効くオーレンハイム卿夫人が頷いた。

「おおかた借金をチャラにするからと買収されたのに使い捨てられた、といったところでしょうね」

 第三皇子の発言に第二皇子が頷いた。

「まだ検証が済んでいないから、小さいオスカーは一人で出歩いてはいけないよ。留学生たちの防御の衣装が光ったからといって、あの場の中心にいた小さいオスカーが狙われていなかったとは言えないからね」

 第二皇子が小さいオスカー殿下に優しく語り掛けると、小さいオスカー殿下も第三皇子も意外そうな表情をした。

「私はね。皇太子を目指しているのだから、帝国の安定した治世のためにこれ以上皇族を減らさないように努力しなければいけないのだよ」

 他国から土壌改良の魔術具を購入しなければいけないということは帝国の魔力が足りていないのだ、という事実を言外に言って、第二皇子は小さいオスカー殿下を気遣う発言をした言い訳をした

「はい、兄上。身辺に気を付けて魔力奉納に励みます」

 つい最近まで毒饅頭を差し入れするような兄が考え方を改めたことを知った小さいオスカー殿下は、第二皇子の目をじっと見つめて力強く返事をした。

 馬車の用意ができました、とワイルド上級精霊が声を上げると、小さいオスカー殿下と第三皇子は事の真相が明らかになるまでぼくたちに会えなくなることに気付いて眉を顰めた。

「修了式が終わったら魔法学校で魔獣カード倶楽部の打ち上げでもしましょうよ」

 デイジーが提案すると小さいオスカー殿下が笑顔を見せた。

 第三皇子が羨ましそうな表情をすると、オスカー寮長は小さいオスカー殿下の父兄としてお手伝いとして入り込めますよ、と第三皇子も参加可能な提案をした。

 第三皇子夫人もまんざらではない表情になり、何か楽しそうだけれど自分は当分手が離せないから無理だろう、と第二皇子は嘆いた。

 あんな事件があった直後なのに和やかな会話をしながら宮殿の正門にぼくたちが向かったので、宮殿の職員たちはギョッとしたような表情を押し殺してぼくたちを馬車乗り場まで案内した。

 三人の皇子たちはぼくたちがアリスの馬車に乗り込むまで見送ってくれたから、馬車で待機していたクレメント氏と女性寮監を驚かせた。

「暗殺未遂事件があったのに三人の皇子に玄関先まで見送られるなんて、帝国との関係が悪化するわけではないのですね」

 ぼくのスライムの分身からダンス会場内の出来事を聞いていたクレメント氏が寮長に念を押した。

「皇帝陛下自らが実行犯を拘束した形になるだろうから、こちらからは事件を責めるより先に事実関係の解明を求める形になるだろう」

 オスカー寮長の説明に女性寮監はホッとした表情をした。

「じつは皆さんをお待ちしている間、第三夫人の離宮の関係者から姫様の直筆のお手紙をお預かりいたしました」

「おおおおお手紙!」

 女性寮監の言葉に絶叫したオスカー寮長の声量に驚いてしまい、事前に精霊言語で知っていた情報でも驚いたふりをすることができた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ