閑話#11
王都の父から、冬の社交シーズンには帰郷するようにと手紙が来た。
面倒なことこの上ない。
国王の甥という立場は、既婚の王太子に長年、子どもができないことによって、より面倒な事態を引き起こしている。
こちらにその気はないのにもかかわらず、子どもが数人いる私を王の養子にさせ、王太子に対抗させようという勢力があるのだ。
どんな阿呆だ。
まあ、王都を抜け出す理由にさせてもらって、無茶な人事を押し通した。
父は、いまだに納得しておらず、度々手紙で催促が来る。
今度は少々断りにくい。
王太子妃に妊娠の兆しがあり、問題は解決した、というのだ。
こちらも緑の一族の報告もあり、王城に参上せねばならないのだが、帰りたくない。
緑の一族の拝謁の際立ち会えなかったのが悔やまれる。当事者のみの参加しか許されず、涙をのんだのだ。
口外できない何かがあったのは間違いない。
謁見の後、領主自らが焼肉パーティーに乱入したのだ。
呼ばれてもいないパーティーに行くか?領主が。
だから、ジュエルの休日に、昼時前に高級お肉を持参したのだ。
緑の一族は老婆と美女の二人だと聞いていたのに、長老は帰ったと言って、美女二人が居るのだ。
転移の魔法が使えるのか?
緑の一族の実力の全貌が見えない。
騎士団のお礼に贈られた回復薬は、動物実験によると、四肢がちぎれていても、パーツがそろっていて生きているのならば完全に回復させられる、最高級の品だった。
購入したのではなく、おそらく製造したのだろう。
おいそれと使用できるものではないので、劣化防止の魔術具に保管されたとのことだが、あれを作れる技術者が、緑の一族の中におり、製薬業を始めたジュエルの家に滞在しているのだ。
潜入捜査は必要だろう。
もちろん、表向きの訪問の理由はスライムを対決させることだ。
カイルのスライムは城でも噂になっている。文官の間でもスライムの飼育に興味を持つものが出始めたのだ。
私のスライムは、ジェニエの新薬の治験をしているが、まだ巧みに技を組み合わせることができない。だから今日はジュエルの一家のスライムの戦いを見学させるのだ。
私のスライムは真珠のように輝くピンク色で、じいじのスライムより可愛い、とキャロに好評だ。
おとなしくテーブルの隅で、競技台で行われる熾烈な戦いを熱心に見ているので、鍛え甲斐がある。
「ハルトおじさんのスライムは対戦しないのか?」
マナと名のった美女は敬語を全く使わない。
いいねぇ。私はこういう対応を求めていたのだ。
ただ、相手が妻に誤解されそうなほどの美女だから、こちらも近づき過ぎないように気を遣う。
「私の子はまだ技の組み合わせが出来ないので、今日は見学させに来ました」
なぜ私の方が丁寧語になってしまうのだろう。
「団体戦にすればよかろう。三対二、にすれば戦略的にも面白そうじゃろ」
マナさんは美女なのに、ババくさい話し方をする。残念な美女だ。
「団体戦とはいいですね。それなら、私のスライムでもなんとかなりそうだ」
私のスライムもやる気になっている。
競技台は騎士団仕様の大きなものにして、私、カイル、ケインのスライム対、ジュエル、ジーンのスライムで対戦することになった。
対戦前にカイルのスライムが触覚を出して私とケインのスライムの触覚と握手でもするかのように作戦会議をしていた。
スライムは情報の伝達ができるのか?
一方のジュエルのスライムも何やら作戦を立てているかのように向かい合って頷きあっている。
これは面白い勝負になりそうだ。
対戦が始まると私のスライムは後方から土魔法の盾をピンポイントで発生させ、全員分の防御に徹するようだった。先陣をケインのスライムが担当し、カイルのスライムが攻撃を強化したり、拡散させたりしている。
伯父貴のスライムと対戦した時に、魔力切れで敗北したカイルのスライムが作戦を立案したようだ。
対するジュエルとジーンのスライムは、土魔法で自らをコーティングして防御をふりきって、双方が攻撃に徹し、噴霧器に雷電を組み合わせるなどして、お互いの攻撃力を補完しあっている。
さすが仲良し夫婦のスライムだ。息があっている。
だが、私のスライムが防御だけなので、すべての攻撃を防ぎきっている。
いい仕事をしているぞ。
これでは結局のところ総魔力量が勝敗を左右してしまうことになる。
三匹いるこちらが有利だ。
誰もが魔力切れで勝敗がつくと考えていたところに、カイルのスライムがやらかした。
ケインのスライムが、ジュエルのスライムに向けて打ち放った火炎砲に、威力を増幅させたうえ、ジーンのスライムへと方向を変えたのだ。
スライムにも人間性というか、スライム性でもあるのだろうか。
ジュエルのスライムは己の身も顧みず、ジーンのスライムに覆いかぶさったのだ。
これで勝敗は決したが、ジュエルのスライムは絶賛されることとなった。
こんなことが起こるからこの家に来るのは面白いのだ。
昼食はテラスで焼肉となった。
これを食べてみたかったのだ。
目の前で焼いて食べる肉は格段に美味しかった。
なぜだか、猫やスライムたちに囲まれて、お前はくれないのだな、とでも言うかのような視線を向けられている。
おかしいな、スライムに目はないのにもかかわらず、目力がある気がするのだ。
ちなみに私はおにぎりの具は昆布が気に入った。
海藻だと聞いて仰天してしまった。
緑の一族は食べる習慣があるとのことだった。
原野を開拓する一族だと聞いていたのに、海の幸を好んで食すなんて、ますます謎が深まるばかりだ。
製薬の具合を探りに来たのにジェニエが出てこない。
「ジェニエはどうしたんだい?」
その一言に子どもたちが凍り付いた。
「………実は、ご相談したいことがあるんです」
ジュエルが神妙な顔で難しい話を切り出した。
相談の前振りの話がとても信じられない事だった。
マナが目の前で老婆に変身した。
「権力者に知られるわけにはいかんのじゃが、めんどくさい問題があるのじゃ」
権力者と不老不死の組み合わせは確かにまずいだろう。
よく知らない緑の一族の長老が若返ったところで、誰もが若返れるわけではないので他人ごとだった。
だが、若返ったジェニエを見て仰天した。
ただの美女ではない、絶世の巨乳美女なのだ。振り返らない男はいないだろう。
ジェニエは今話題の美容家だ。
うちの妻もジェニエの新作に夢中だ。今日もお土産を期待されている。いただいたお土産は、新作の髪の美容液だが、私は増毛剤が欲しい。
ジェニエにはそれを開発することさえ可能なはずだ。
つまり、ジェニエは今、最も注目されている人物なのだ。
変装や声を変える魔術具があるので、誤魔化しはきく一方、親しい人では見破られてしまうだろうと心配しているのだが、変装の完成度は高い。
問題ないようにみえる。
そこで語られた内容は、噂で聞いたことがあった。
ジェニエに付きまとう上級貴族。
本人から聞く話は、噂以上に気持ち悪い、オーレンハイム卿の奇行の数々だった。
これは、変装では無理かもしれない。
私はオーレンハイム卿と直接会って、今後ジェニエとどういった関係でいたいのか聞き出すことを約束した。
敵の本音を調査しなければ、適切な対策はたてられない。
せっかくの焼肉だったのに、話の内容が濃すぎて楽しみが半減してしまった。
許すまじ。オーレンハイム。
だがしかし、面白いことは続きそうだ。
ジーンが妊娠しているのだ。
王太子の子と同い年になる!
他にも、王国の上位貴族の跡取りの夫人に、妊娠の兆しありとの報告が何件かある。
生まれてくる子どもはみな、ジュエルの子と同い年なんて、楽しすぎる。
初級魔法学校が大変なことになるだろう。
まあそれは七年後の話だ。
一足先に入学するボリスでさえ入学まで二年ある。
遊び部屋に来る子どもたちはいつの間にか、物凄い英才教育を受けていると聞いておる。
こんな帝国の端っこの王国の、更に端っこの辺境伯領から、とんでもない人材がどんどん輩出されることになるだろう。
笑いが止まらない。
王都に帰るなんて、考えられないね。
おまけ ~特別なスライムになりたい~
パールピンクの自慢のボディー。王族のスライムにふさわしい美貌だと慢心していたの。
そんな自信は、ジュエル一家のスライムによって粉々に打ち砕かれたわ。
なんなのあの子たち!
次々に繰り出す技は熾烈にして美しく、作戦を実行しながら感動に震えたわ。
そして、私には考えつかない思考力で現場で技を更に変更してくるの。
スライムにこんなことができるなんて!
私はご主人様が考える手札をただ実行していただけ。
それでは魔獣カードと変わらない。
私も自分で戦略を練れるようになりたい!!
何々、文字を覚えて本を読め、と。
……。
ご主人様に話を付けてやる、とカイルのスライムが意気揚々に『はい』と『いいえ』のカードを持ってご主人様とカイルのところに行った。
カイルは察しがいい子で、自分のスライムと会話をし始めた。
カイルが質問すると見当違いなら『いいえ』、適切なら『はい』、微妙に違う時は真ん中に触手をおいて、どんどん会話を進めていく。
自分のご主人様と話せるなんて、羨ましい。
「…そうか、ハルトおじさんのスライムも文字を覚えたいんだね」
私も素早く『はい』のカードに手を伸ばした。
ご主人様が嬉しそうに私を撫でてくださる。
ああ、幸せだわぁ。
お土産に、文字と数字が書かれた表をもらったので、私も勉強ができるわ。
私も目標ができたの。
ご主人様のために『はたらくスライム』になることよ。




