両親の仇との対面
第二皇子がワイルド上級精霊に促されてぼくたちのテーブルを離れると、小さいオスカー殿下が挨拶に来た。
オスカー寮長と少しだけ立ち話をしている小さいオスカー殿下は皇族席の自分のテーブルの周りに人が集まり始めたのを見て、後でまた来る、とぼくたちに声を掛けると自分の席に戻っていった。
二人の皇子が立て続けにぼくたちのテーブルにやってきても衣装が光ることはなかったのに、飲み物の給仕のために係員がテーブルに近づくとぼくたちの衣装が再び光った。
ワイルド上級精霊が水の入ったデキャンタを置いていってくれたので、オスカー寮長は給仕の係員を下がらせた。
給仕係が何もしていないのにぼくたちの衣装が光ったことで、直接害をなさなくても何らかの計画がある時点で衣装が光るのではないか、という疑問が湧いたのかぼくたちのテーブルに挨拶に来ようとしていた人たちの足が止まってしまった。
ドーナッツ状にできた人々の輪に切れ目ができると、生徒会長が第三皇子を連れてきた。
「ご招待ありがとうございます」
オスカー寮長が第三皇子に挨拶をすると第三皇子はジェイ叔父さんやぼくをチラチラ見ながら早口で話しだした。
「皆さんお揃いでお越しくださいましてありがとうございます。憧れていたジェイさんにお会いできるなんて感激です」
第三皇子はジェイ叔父さんが競技会用に魔術具を販売し始める前年に魔法学校を卒業してしまったので、ジェイ叔父さんの魔術具に直接触れなかった経緯があり、自分が競技会でジェイ叔父さんの魔術具を使用できなかった悔しさから、ジェイ叔父さんが発表する論文も特許もすべて目を通して就職先の軍での導入を推し進めたらしい。
ジェイ叔父さんが帰国できないほどの嫌がらせにあったのは、イケメンすぎて恨みを買っただけではなく、帝国軍から囲い込みに合っていたのも妬まれて逆恨みされた側面もあったはずだ。
第三皇子が軍で推しのジェイ叔父さんをアピールし過ぎたために、ジェイ叔父さんが難儀したのだけど、第三皇子がジェイ叔父さんに近寄っても叔父さんの衣装は光らなかった。
どうやらこの魔法陣は、推し活ゆえの災いには反応しないようだ。
ぼくの疑問を察したウィルが、いつの間にかお婆の背後に立つオーレンハイム卿を見遣った。
そうだった。
お婆はオーレンハイム卿の付きまといに迷惑している側面があっても、オーレンハイム卿がお婆を害する人物と判定されてしまうのは、人柄がわかっている今となっては困る。
まくしたてるようにジェイ叔父さんに話しかける第三皇子を気遣ってオーレンハイム卿の開いた席にボリスたちが一席ずつズレて座ったので、第三皇子がジェイ叔父さんの隣の席に座っている。
憧れの人を前にして嬉しそうに話し続ける第三皇子と親しくなったと判断されると、皇子たちの利権に群がる人々から少なからず嫌がらせがあったとしても、それは第三皇子のせいではない、という線引きなのか衣装が光ることはなかった。
「卒業記念パーティーではこうやって普段、部署や身分が離れていて気軽に話せない人たちに知人の紹介を通じて話せる場になるんだ。こうして場が和んだところで卒業生たちは主催者に挨拶をしてダンス会場に向かう……っと、殿下!卒業生たちが皇帝陛下に謁見する列に並んでいます。もう戻らないといけません!」
卒業式さえ終われば気楽だ、と言っていた生徒会長は第三皇子のお守りを任されてしまっていたようで思い出したように苦言を呈した。
「まって、まだカイル君と話していない!」
皇族席を見た後、時間切れを実感した第三皇子は瞳を潤ませて、もう少しだけ!と生徒会長に食い下がった。
この人は根っからの魔術具オタクで、ぼくと魔法の絨毯の話がしたかった、というのが事実だったようだ。
「また後でと、小さいオスカー殿下とも約束しましたよ」
オスカー寮長が、まだ帰らない、と匂わせると第三皇子は首を小さく横に振りながらため息をついた。
「この後ダンス会場に行く約束を妻としているんだ……」
年に一度の大規模なパーティーを楽しみにしている妻との約束を果たすと、ぼくたちがダンス会場に移動しなければもう話す機会がない、と項垂れる第三皇子にほだされて、あれだけ練習もしたのだからダンス会場に移動してもいいかなという気持ちが湧いてきた。
パートナーのマリアを見ると気の毒そうに眉を寄せているのでマリアも第三皇子に少し同情しているようだ。
「私たちは寮生たちの後学のためにダンス会場に行こうと考えているので、この後の機会がないわけではありませんよ」
オスカー寮長はダンス会場に行く、とは明言しなかったが、またすぐ会えますね、と生徒会長が強引に話を〆て第三皇子を皇族席に追い立てた。
「せっかく帝国の盛大なパーティーに出席しているのですから、ダンス会場の雰囲気も味わいましょうよ」
ダンスの猛特訓に付き合ったオーレンハイム卿夫人が提案すると、場の雰囲気に慣れたことと衣装の点滅で害意を察知できることから全員、ダンス会場に行ってみよう、という気分になっていた。
「それでしたら卒業生たちの列の最後尾に並んで速やかに陛下への謁見を終わらせてダンス会場に移動しましょう」
社交界デビュー浮き立つ卒業生の晴れの姿を見に行こう、とオーレンハイム卿夫人が晩餐会の会場を今すぐ出ようと提案した。
成り行きに任せて心が少し軽くなっていたぼくは皇帝への挨拶という言葉に心臓をギュと掴まれるような動悸が起こった。
“……大丈夫だよ。ご主人様!皇帝はねぇ……ただのドヘンタイだから。あんな奴をご主人様が気にかける必要はないよ。あいつったら、第三夫人の離宮にご主人様に見せられないような隠し部屋の寝室があるのよ。気持ち悪いもの見ちゃった”
ぼくのスライムは精霊言語で自分の分身が宮殿敷地内を散策して得た情報を映像付きで見せてくれた。
宮殿の敷地内の片隅に第三夫人となっているガンガイル王国の姫の小さな離宮があり、強めの結界が施されていたが、さらに小さく分裂して従業員の出入りにあわせて内部の潜入に成功したようで、秘密の寝室以外の内部を見せてくれた。
“……お姫様は健康だったよ。あれはただの引き籠りだわ。たくさんの本に囲まれていれば幸せなタイプのお姫様で、皇帝はそれに乗じて本をたくさん与えて閉じ込めているだけよ”
辺境伯領夫人の面影がある第三夫人は不幸なお姫様には見えない容貌だったが、妻の行動を制限するのは家庭内モラハラなような気がする。
“……そうねぇ。お姫様は男性に見せたくない本の収集には使用人を使っているから、本当は外出したいのかもしれないわね”
ぼくのスライムはプライバシーを考慮したのか部屋の中の音声までは中継しなかった。
“……ごめんなさいご主人様。小さくなりすぎて情報を同時に送れないの。あと、お姫様が依頼している本のタイトルがちょっと恥ずかしいものだから音声なしの方がいいのよ”
第三夫人は自宅で何でも話せる使用人に向けて話している内容まで、ぼくが知る必要はないからそれでいいよ。
“……お姫様の使用人がアリスの馬車に接触したから、そのことが帰りの馬車で話題になるはずよ。あたいは姫様の使者が離宮に戻って来るタイミングで外に出るわ”
ぼくのスライムは第三夫人の書庫からもう少し第三夫人の趣向を探る、と言って精霊言語の中継を打ち切った。
ぼくが立ち上がりマリアをエスコートすると、ぼくたちを取りまいていた人垣が二つに分かれて道ができた。
迂闊に近づき過ぎて衣装が光ると疑われてしまうからの行動なのだろうが、反発する磁石の動きみたいで面白い。
オスカー寮長夫妻を先頭に晩餐会の会場に入場した順に寮長夫妻の後ろに並び、お婆とジェイ叔父さんの後ろにオーレンハイム卿夫妻が守るように並んだ。
卒業生たちの皇帝への謁見では名前を呼ばれて、今後の活躍に期待する、というような声掛けを皇帝がするだけなのだが、従者が耳元で囁くこともなく一人一人の名前や進路まで覚えているようなので、声を掛けられた卒業生たちは感激していた。
滞りなく次々と謁見を済ませていくので、アイドルの握手会のように行列はサクサクと進んでいった。
ぼくはスライムから、気負うな、気にするな、と助言を受けたこともあってそれほど緊張しなくなっていたが、列が短くなるとエスコートしているマリアの手が緊張で小さく震えだした。
ぼくはマリアの顔を覗き込むと前方にいるオスカー寮長夫妻とウィルとデイジーを見遣って、真似すればいいだけだ、と微笑みかけた。
マリアはエスコートされている手に少しだけ力を入れると小さく息を吐いて呼吸を整えた。
大丈夫、何とかなる、と励ますようにぼくが小さく頷くとマリアも頷き返した。
ぼくたちが気持ちを整えているとオスカー寮長夫妻の順番になっていた。
「……エル・ブーン・オスカー・ブライト・ガンガイル、ならびに……夫人。此度はガンガイル王国との交渉に奔走してくださったことに感謝する」
皇帝直々の感謝の意の表明にオスカー寮長夫妻は頭を下げた。
「陛下の丁寧な感謝の意を確かに承りました。つきましては我が伯母上との面会を是非とも認めていただけましたら幸いです」
オスカー寮長はこの場に居ない第三夫人との面会要求を公の場で口にした。
「ふむ、あれは体が弱いので、気分がよいときのムラがあるのだ。体調の良いときに遣いをだそう」
今さっきの映像ではとても元気そうだった第三夫人がこの場に居ないことを体調不良と言い切るのだから、体調がよくなった時に使者を寮に遣わせることなどないだろう。
オスカー寮長は皇帝の言い逃れを追求することなく、心待ちにしております、と言って夫人とともに席を離れた。
続いてウィルとデイジーが皇帝の前に進み出て一礼すると、ニヤリと左口角を少し上げて二人の名を呼んだ。
「競技会の決勝戦では相対峙して激闘を繰り広げた二人がパートナーとは面白い組み合わせだな」
「「陛下に覚えていただけるとは光栄です」」
二人は打ち合わせでもしていたかのように息もぴったりに答えた。
「二人ともまだ幼いゆえ、今後の帝都魔法学校での活躍を楽しみにしている」
「「ご期待に添えますよう精進いたします」」
ウィルとデイジーはまたもや声を揃えると一礼して席を離れた。
デイジーは小さいオスカー殿下にスカートの裾を気にするふりをしてダンス会場の方向を指さして合図した。
ぼくはマリアの腰に手を回して一歩前に進み出ると皇帝に一礼した。
「ガンガイル王国エントーレ男爵長男カイル・エントーレならびにキリシア公国皇女マリア……キリシア。其方たち二人も競技会で相対峙して双方ともに活躍したようだね。紅蓮魔法の使い手が再びキリシア公国から誕生したことは素晴らしい」
皇帝は穏やかな表情でマリアを褒め称えた。
「皇帝陛下に覚えていただけるほどの使い手ではありませんので精進いたします」
マリアはカテリーナ妃がその魔力量ゆえに皇帝のお妃候補になったことを牽制してか、身を固くして謙遜した。
「まだ、中級魔法学校生なのだからその実力が至らないことはない。そしてカイル君。君の魔術具は大変すばらしい。定期購入も検討しているので、今後ともよろしく頼む」
「ありがたいお言葉です。土壌改良の魔術具は原材料が希少なため国王陛下に販売を委託しております。今後とも両国間の友好関係が続くことを願っております」
土壌改良の魔術具について追加販売の言質を取らせず、国王陛下を通せと明言してしまったので、マリアの肩が少しだけびくついた。
「ハハハハハ。そうだな。両国間の友好大使として、これからもよろしく頼む」
善処いたします、と言ってマリアに目配せして一礼すると、ササっと退席すべくマリアの腰に手を回して速足でエスコートした。
皇帝がそんなぼくたちを見て、ハハハハハ、と再び笑い声をあげたことに会場中がざわついた。




